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第6章 伝説と謳われる男
ぶつかり合う本気
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キリハとディアラントが二人で並んで会場に姿を現すと、中央アリーナはこれまでにないほどの声援に包まれた。
観客席は、ぎっしりと人で埋め尽くされている。
聞いた話によると、モニター観戦用に臨時で開けられた四つの競技場も満員らしい。
キリハたちは中央まで歩を進め、互いの拳をこつんとぶつけ合ってから離れた。
二人が所定の位置につくと、あれだけ騒がしかった観客席が一気に静まり返る。
鳴り響く試合開始のブザー音。
それを聞きながら、キリハとディアラントは腰に下がる剣に手をかけた。
次の瞬間、観客席に広がったのは大きなどよめき。
無理もない。
キリハとディアラントが、二人揃って互いに向かって剣を構えたのだ。
これまでのキリハたちは、必ず相手の剣を受ける側に回っていたため、最初から相手に剣を向けることはしなかった。
そんな二人の剣を知っていれば、この状況に驚くのも仕方ないことだった。
そんな観客たちの動揺をよそに、キリハは呼吸を整える。
これは、ディアラントとの間にある暗黙の了解だ。
同じ流風剣を扱う者どうし、最初にどちらから仕掛けるかで、嫌でも優位性が決まってしまう。
だから、本気で剣をぶつけ合う時に許されるタイミングは―――同時。
ディアラントと目を合わせ、自然と呼吸をも合わせる。
そしてどちらから示し合わせるでもなく、キリハとディアラントは、全く同じタイミングで地面を蹴った。
あっという間に触れ合い、一瞬で離れる二人の初撃。
だが観客たちの目が追いつく暇も与えずに、二人の動きは早くも次の攻撃に移っている。
やはりそうだ。
ディアラントと数度剣を交えた時点で、キリハは確信する。
これまでとは違いすぎる彼の動き。
どうやら彼には、自分との試合まで色々と隠してきたものがあるようだ。
おかしいとは思っていたのだ。
出張で色んなものを得たと言っていたくせに、試合で見せている動きがいつもどおり過ぎて。
それが決勝で当たるだろう自分への対策だったと考えるなら、あの動きも腑に落ちる。
さすがは、この大会で三連覇中のディアラントである。
―――だが、それはこちらとて同じこと。
キリハは攻撃の合間に一呼吸を入れ、自分も動きを変えた。
こちらが下から切り上げてくる動きに合わせて、ディアラントの剣が上から下に向けて下ろされる。
その軌跡とタイミングを経験と勘で計算し、ギリギリのところで、剣を振る勢いはそのままに、手首のスナップを利かせながら右手を開いた。
自分の剣はディアラントの剣と交わることなく、空中へと高く舞い上がる。
それには目もくれず、キリハは振り下ろされたディアラントの剣の上に飛び乗った。
反射的に、ディアラントが剣を支えようと力を込める。
その力を利用したキリハはそこから思いきり跳躍し、空中で先ほどあえて投げた剣をキャッチする。
そして両手で握ったそれを、落下点にいるディアラントに向かって遠慮なしに振り下ろした。
「!!」
ディアラントが間一髪でキリハの剣を避ける。
避けられることは想定済みだ。
キリハは着地の勢いを使って地面を転がり、くるりと体をひねらせて宙を舞いながら、ディアラントと再び向かい合った。
観客席から、息を飲む気配が伝わってくる。
今の一撃。
避けられなかったら、十中八九死んでいただろう。
驚いたように眉を上げるディアラントに不敵に微笑み、キリハは軽いステップで会場内を駆け抜ける。
この日のために動きに制限をかけてきたのは、何もディアラントだけではない。
自分だって、宮殿に来てからの訓練や実践を経て得たものはたくさんあるのだ。
ディアラントのあの表情は、自分が隠してきた動きが、彼の計算外のものであったという証拠。
多くの人の剣を一目で見抜くディアラントといえど、自分の動きまでは一目で見切れないらしい。
ならば―――そこに勝機はある。
ここで自分が勝てば、ディアラントは宮殿を去らなくてはいけない。
だがそんな理屈は抜きにして、キリハは本気で勝ちを狙って走っていた。
手を抜かないと言った。
ディアラントなら、どんな自分でも受け止めてくれる。
そして、ディアラントなら絶対に負けはしないはずだから。
逃げるわけにはいかないと言ったディアラントの瞳にあった、揺るぎない決意と信念。
自分は、それを何よりも信じている。
それに……
ディアラントの剣を受け、力の主導権を奪われるよりも前に、彼の横を滑るようにして移動しながら剣を流す。
その刹那、ディアラントと目が合った。
それに―――こんなにも嬉しそうで楽しそうな顔をされては、手を抜くわけにはいかないじゃないか。
無駄なことは考えない。
ただあるがまま、今の百パーセントで彼と向かい合う。
さすがのディアラントも、今回ばかりは暢気にしゃべっている余裕もないらしい。
少しでも大きな師匠との実力差を縮められているようで、くすぐったくて嬉しかった。
こちらの動きに合わせて、ディアラントの動きもどんどん変わっていく。
激しい剣撃の最中、さすがにさばききれなかった鋭い一撃が二の腕をかすった。
肌に痛みが走ったが、キリハは構わずにディアラントの攻撃をかいくぐる。
余裕がないのはお互い様だ。
確実に無駄がなくなっていくディアラントの動き。
間違いなく、自分の動きが見切られ始めている。
相手はあのディアラントなのだから、これは必定の展開だ。
問題はここから。
これ以上は動きを見切られないようにするか、あえて動きを読ませた後でそこを裏切るか。
どちらの動きの用意もある。
だから、具体的には考えない。
ディアラントの動きを読み、右手が動くままに剣をひらめかせる。
少しずつではあるが、自分もディアラントの動きを把握しつつある。
とはいえあのディアラントのことだから、まだまだ隠している動きがあるはず。
こちらの動きを完全に掴まれるより前に、彼が隠している動きを出し切らせた方が得策だろう。
互いに一進一退の試合展開。
観客たちは、固唾を飲んでその試合に見入っていた。
試合のレベルが、これまでとは桁が違いすぎた。
並みを大きく超越している、キリハとディアラントの剣技。
多少の傷を負っても止まらない二人の気迫。
遠慮なしに互いを襲う剣の乱舞は、一歩間違えば殺し合いにも見えるくらいの凄まじさだった。
一声も発することを許されない。
そんな緊迫感が中央アリーナを支配する。
試合への期待や興奮は完全に奪い去られ、観客たちは薄ら寒い怖気を抱きながら、それでもこの試合から目を離すことができないでいた。
まるでここだけが、別世界へと移動したかのような錯覚。
それは中央アリーナにいる誰もが―――いや、他の競技場でモニター越しに試合を観戦している人々ですらも感じていたことかもしれない。
(―――あ……)
ふと脳裏によぎる心の声。
その呟きの正体に一瞬で気付いたキリハは、ディアラントへ向かっていた体の動きをすぐに切り替えた。
攻撃予定を変更し、彼の前で力強く地面を蹴る。
ひらりと宙を一回転して、ディアラントの後方へ着地。
そのまま後ろに転がりながら、彼との距離を置く。
素早く体勢を整えてこちらに剣を向けるディアラントと睨み合い、互いにその場で静止。
試合が初めて、膠着状態になった瞬間だった。
(まずいな、この流れ……)
流れてきた汗を拭いながら思う。
途中で気付いてなんとか回避したものの、今のは完全にディアラントが有利な流れに引き込まれかけていた。
見れば、ディアラントの表情が少しばかり悔しげに歪んでいるのが分かる。
―――あと、もう少し。
確信に満ちた予感。
呼吸を整え、キリハは剣を握り直す。
それに応じてディアラントも剣を構え、互いの呼吸を感じてタイミングを測る。
「双方、剣を収めなさい!!」
澄んだ声が響いたのは、その時だった。
観客席は、ぎっしりと人で埋め尽くされている。
聞いた話によると、モニター観戦用に臨時で開けられた四つの競技場も満員らしい。
キリハたちは中央まで歩を進め、互いの拳をこつんとぶつけ合ってから離れた。
二人が所定の位置につくと、あれだけ騒がしかった観客席が一気に静まり返る。
鳴り響く試合開始のブザー音。
それを聞きながら、キリハとディアラントは腰に下がる剣に手をかけた。
次の瞬間、観客席に広がったのは大きなどよめき。
無理もない。
キリハとディアラントが、二人揃って互いに向かって剣を構えたのだ。
これまでのキリハたちは、必ず相手の剣を受ける側に回っていたため、最初から相手に剣を向けることはしなかった。
そんな二人の剣を知っていれば、この状況に驚くのも仕方ないことだった。
そんな観客たちの動揺をよそに、キリハは呼吸を整える。
これは、ディアラントとの間にある暗黙の了解だ。
同じ流風剣を扱う者どうし、最初にどちらから仕掛けるかで、嫌でも優位性が決まってしまう。
だから、本気で剣をぶつけ合う時に許されるタイミングは―――同時。
ディアラントと目を合わせ、自然と呼吸をも合わせる。
そしてどちらから示し合わせるでもなく、キリハとディアラントは、全く同じタイミングで地面を蹴った。
あっという間に触れ合い、一瞬で離れる二人の初撃。
だが観客たちの目が追いつく暇も与えずに、二人の動きは早くも次の攻撃に移っている。
やはりそうだ。
ディアラントと数度剣を交えた時点で、キリハは確信する。
これまでとは違いすぎる彼の動き。
どうやら彼には、自分との試合まで色々と隠してきたものがあるようだ。
おかしいとは思っていたのだ。
出張で色んなものを得たと言っていたくせに、試合で見せている動きがいつもどおり過ぎて。
それが決勝で当たるだろう自分への対策だったと考えるなら、あの動きも腑に落ちる。
さすがは、この大会で三連覇中のディアラントである。
―――だが、それはこちらとて同じこと。
キリハは攻撃の合間に一呼吸を入れ、自分も動きを変えた。
こちらが下から切り上げてくる動きに合わせて、ディアラントの剣が上から下に向けて下ろされる。
その軌跡とタイミングを経験と勘で計算し、ギリギリのところで、剣を振る勢いはそのままに、手首のスナップを利かせながら右手を開いた。
自分の剣はディアラントの剣と交わることなく、空中へと高く舞い上がる。
それには目もくれず、キリハは振り下ろされたディアラントの剣の上に飛び乗った。
反射的に、ディアラントが剣を支えようと力を込める。
その力を利用したキリハはそこから思いきり跳躍し、空中で先ほどあえて投げた剣をキャッチする。
そして両手で握ったそれを、落下点にいるディアラントに向かって遠慮なしに振り下ろした。
「!!」
ディアラントが間一髪でキリハの剣を避ける。
避けられることは想定済みだ。
キリハは着地の勢いを使って地面を転がり、くるりと体をひねらせて宙を舞いながら、ディアラントと再び向かい合った。
観客席から、息を飲む気配が伝わってくる。
今の一撃。
避けられなかったら、十中八九死んでいただろう。
驚いたように眉を上げるディアラントに不敵に微笑み、キリハは軽いステップで会場内を駆け抜ける。
この日のために動きに制限をかけてきたのは、何もディアラントだけではない。
自分だって、宮殿に来てからの訓練や実践を経て得たものはたくさんあるのだ。
ディアラントのあの表情は、自分が隠してきた動きが、彼の計算外のものであったという証拠。
多くの人の剣を一目で見抜くディアラントといえど、自分の動きまでは一目で見切れないらしい。
ならば―――そこに勝機はある。
ここで自分が勝てば、ディアラントは宮殿を去らなくてはいけない。
だがそんな理屈は抜きにして、キリハは本気で勝ちを狙って走っていた。
手を抜かないと言った。
ディアラントなら、どんな自分でも受け止めてくれる。
そして、ディアラントなら絶対に負けはしないはずだから。
逃げるわけにはいかないと言ったディアラントの瞳にあった、揺るぎない決意と信念。
自分は、それを何よりも信じている。
それに……
ディアラントの剣を受け、力の主導権を奪われるよりも前に、彼の横を滑るようにして移動しながら剣を流す。
その刹那、ディアラントと目が合った。
それに―――こんなにも嬉しそうで楽しそうな顔をされては、手を抜くわけにはいかないじゃないか。
無駄なことは考えない。
ただあるがまま、今の百パーセントで彼と向かい合う。
さすがのディアラントも、今回ばかりは暢気にしゃべっている余裕もないらしい。
少しでも大きな師匠との実力差を縮められているようで、くすぐったくて嬉しかった。
こちらの動きに合わせて、ディアラントの動きもどんどん変わっていく。
激しい剣撃の最中、さすがにさばききれなかった鋭い一撃が二の腕をかすった。
肌に痛みが走ったが、キリハは構わずにディアラントの攻撃をかいくぐる。
余裕がないのはお互い様だ。
確実に無駄がなくなっていくディアラントの動き。
間違いなく、自分の動きが見切られ始めている。
相手はあのディアラントなのだから、これは必定の展開だ。
問題はここから。
これ以上は動きを見切られないようにするか、あえて動きを読ませた後でそこを裏切るか。
どちらの動きの用意もある。
だから、具体的には考えない。
ディアラントの動きを読み、右手が動くままに剣をひらめかせる。
少しずつではあるが、自分もディアラントの動きを把握しつつある。
とはいえあのディアラントのことだから、まだまだ隠している動きがあるはず。
こちらの動きを完全に掴まれるより前に、彼が隠している動きを出し切らせた方が得策だろう。
互いに一進一退の試合展開。
観客たちは、固唾を飲んでその試合に見入っていた。
試合のレベルが、これまでとは桁が違いすぎた。
並みを大きく超越している、キリハとディアラントの剣技。
多少の傷を負っても止まらない二人の気迫。
遠慮なしに互いを襲う剣の乱舞は、一歩間違えば殺し合いにも見えるくらいの凄まじさだった。
一声も発することを許されない。
そんな緊迫感が中央アリーナを支配する。
試合への期待や興奮は完全に奪い去られ、観客たちは薄ら寒い怖気を抱きながら、それでもこの試合から目を離すことができないでいた。
まるでここだけが、別世界へと移動したかのような錯覚。
それは中央アリーナにいる誰もが―――いや、他の競技場でモニター越しに試合を観戦している人々ですらも感じていたことかもしれない。
(―――あ……)
ふと脳裏によぎる心の声。
その呟きの正体に一瞬で気付いたキリハは、ディアラントへ向かっていた体の動きをすぐに切り替えた。
攻撃予定を変更し、彼の前で力強く地面を蹴る。
ひらりと宙を一回転して、ディアラントの後方へ着地。
そのまま後ろに転がりながら、彼との距離を置く。
素早く体勢を整えてこちらに剣を向けるディアラントと睨み合い、互いにその場で静止。
試合が初めて、膠着状態になった瞬間だった。
(まずいな、この流れ……)
流れてきた汗を拭いながら思う。
途中で気付いてなんとか回避したものの、今のは完全にディアラントが有利な流れに引き込まれかけていた。
見れば、ディアラントの表情が少しばかり悔しげに歪んでいるのが分かる。
―――あと、もう少し。
確信に満ちた予感。
呼吸を整え、キリハは剣を握り直す。
それに応じてディアラントも剣を構え、互いの呼吸を感じてタイミングを測る。
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