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第3章 駆け巡る悪意
早朝の呼び出し
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時間もこの後の都合もどうでもいいから、今すぐに盗撮盗聴対策万全な場所を提供してくれ。
朝の五時をようやく回った辺りで鳴った電話を取るなり、驚くほど据わった声でそう言われ、意識を覆っていた眠気も、体にわだかまっていた疲れも吹き飛んでしまった。
ターニャは彼女らしくもなく困惑を露わにした表情で、先ほど無理やり呼び出した人物たちを待ちわびる。
さすがにこれは予想外。
いくら自分でも対処不可能だ。
とりあえず出された条件に合う場所として自分の執務室を提供したわけだが、これ以上は自分にも、隣にいるフールにも手を出せない状況だった。
内心はらはらとしていると、待ちに待ったノック音が室内に響いた。
「ターニャ様、いらっしゃいます?」
「挨拶はどうでもいいので、とりあえず入ってきてもらえますか?」
やっと来た救いの手だ。
ターニャは努めて冷静な声で、ドアをノックした人物を促す。
「何かあったんですか? ターニャ様らしくない呼び出しの仕方でしたけど……うおっ!?」
執務室に入ってくるなり、ディアラントはその場から飛び上がった。
その後ろから続いてきたミゲルにジョー、ルカたち竜騎士の面々も、揃って面食らったような顔をしてその場に立ち尽くす。
皆が見つめる先では、ソファーに座っているキリハが、虚ろな目でぶつぶつと何かをひたすらに呟いていたのだ。
ターニャとフールが困り果てている原因はこれだった。
普段のキリハからは到底想像できない口調と声に急かされて執務室を開け、とにかく事情を聞くつもりでキリハを待った。
しかし執務室に入ってきたキリハは、ドラゴン殲滅部隊の幹部と竜騎士隊の人間を呼び出してくれとターニャに頼んだかと思うと、それ以降はずっとこんな調子。
その殺気すら滲み出ている剣呑な雰囲気に、さしものフールも介入を拒んだほどなのだ。
どうにかしてくれ。
ターニャとフールに目だけでそう訴えられ、ディアラントは思わず頬を掻いた。
「お前……また、なんかやらかしたんじゃないだろうな?」
小声のミゲルに脇腹をつつかれる。
「し、知りませんよ! 原因に心当たりがあれば、こんなにビビりませんって!」
「じゃあなんで、キー坊があんなことになってんだよ!? おれ、あんなキー坊は初めて見たぞ!?」
「オレだって初めてですよ!」
「もう! 二人とも、揉めてる暇があったらなだめに行って!!」
小声で言い争っているディアラントとミゲルの間に、これまた小声でジョーが割って入る。
(なだめるっていっても……)
ディアラントは周囲を見回した。
すでに目が合っていたミゲルとジョーはこちらの言いたいことを察したのか、すぐに全力で首を横に振る。
ルカからは露骨に目を逸らされ、サーシャとカレンからはすがるような視線を送られる。
最後にターニャとフールに目を向けると、〝早くしろ〟とジェスチャーで訴えるフールがいた。
これはやはり……
―――オレがやるの?
自分の顔を指差すディアラントに、全員が計ったかのように一致した動きで頷く。
(マジか……)
ディアラントはキリハに視線を滑らせる。
目が完全に、現実ではない別の世界へと飛んでいってしまっている。
自分も含め、この場に居合わせた皆がそれなりに騒いだと思うのだが、一向にこちらに気付いている様子がないのがいい証拠だ。
これは無理に事情を聞き出すのではなく、そっとしておくべきなのではないか。
そう思ったディアラントだったが。
「ちなみに、僕たちを叩き起こしたのはキリハだからね。」
いつの間にか傍に来ていたフールに、最後の逃げ道すらも潰されてしまった。
「え、そうなの?」
問うと、フールは何度も頷いた。
つまるところ、自分たちを呼び出したのはターニャではなく、キリハだったというわけだ。
ディアラントはそれを聞き、ようやく腹をくくる。
そっとキリハに近寄り、その肩に優しく手を置いた。
「……キリハ?」
呼びかける。
すると、キリハの肩が大きく震えた。
だが、すぐには動かないキリハ。
時間が止まったかのように張り詰めた空気に、誰もが固唾を飲んでキリハとディアラントを見守った。
「…………ディア兄ちゃん?」
地を這うような声が、薄く開いた唇から発せられる。
「お、おう。どうした? こんな時間に……」
できる限り平静を装うつもりだったが、見事に失敗した。
声が震えて、語尾が変に上がってしまう。
「ディア兄ちゃん……」
ゆらりと立ち上がるキリハ。
まるで亡霊のような佇まいに、ディアラントの後ろに控えていたミゲルたちが一歩退いた。
それとは逆に、キリハの傍にいるディアラントとフールは、金縛りにあったかのように動けなくなってしまう。
「もう……やっと来たよ………ふふふふふ……」
「キ、キリハ? マ、マジでどうした?」
「そ、そうだよ。いつものキリハらしくないよ~? 何か変なものでも食べたのかなぁ!?」
キリハの豹変ぶりについていけない上に逃げられないディアラントとフールは、動揺をごまかすようにキリハに語りかける。
しかし、キリハはそれに全く反応らしい反応を示さなかった。
「ふふ……ふふふ………―――あははっ!」
ようやく顔を上げたキリハは、ディアラントに向かって満面の笑みを向けるのだった。
朝の五時をようやく回った辺りで鳴った電話を取るなり、驚くほど据わった声でそう言われ、意識を覆っていた眠気も、体にわだかまっていた疲れも吹き飛んでしまった。
ターニャは彼女らしくもなく困惑を露わにした表情で、先ほど無理やり呼び出した人物たちを待ちわびる。
さすがにこれは予想外。
いくら自分でも対処不可能だ。
とりあえず出された条件に合う場所として自分の執務室を提供したわけだが、これ以上は自分にも、隣にいるフールにも手を出せない状況だった。
内心はらはらとしていると、待ちに待ったノック音が室内に響いた。
「ターニャ様、いらっしゃいます?」
「挨拶はどうでもいいので、とりあえず入ってきてもらえますか?」
やっと来た救いの手だ。
ターニャは努めて冷静な声で、ドアをノックした人物を促す。
「何かあったんですか? ターニャ様らしくない呼び出しの仕方でしたけど……うおっ!?」
執務室に入ってくるなり、ディアラントはその場から飛び上がった。
その後ろから続いてきたミゲルにジョー、ルカたち竜騎士の面々も、揃って面食らったような顔をしてその場に立ち尽くす。
皆が見つめる先では、ソファーに座っているキリハが、虚ろな目でぶつぶつと何かをひたすらに呟いていたのだ。
ターニャとフールが困り果てている原因はこれだった。
普段のキリハからは到底想像できない口調と声に急かされて執務室を開け、とにかく事情を聞くつもりでキリハを待った。
しかし執務室に入ってきたキリハは、ドラゴン殲滅部隊の幹部と竜騎士隊の人間を呼び出してくれとターニャに頼んだかと思うと、それ以降はずっとこんな調子。
その殺気すら滲み出ている剣呑な雰囲気に、さしものフールも介入を拒んだほどなのだ。
どうにかしてくれ。
ターニャとフールに目だけでそう訴えられ、ディアラントは思わず頬を掻いた。
「お前……また、なんかやらかしたんじゃないだろうな?」
小声のミゲルに脇腹をつつかれる。
「し、知りませんよ! 原因に心当たりがあれば、こんなにビビりませんって!」
「じゃあなんで、キー坊があんなことになってんだよ!? おれ、あんなキー坊は初めて見たぞ!?」
「オレだって初めてですよ!」
「もう! 二人とも、揉めてる暇があったらなだめに行って!!」
小声で言い争っているディアラントとミゲルの間に、これまた小声でジョーが割って入る。
(なだめるっていっても……)
ディアラントは周囲を見回した。
すでに目が合っていたミゲルとジョーはこちらの言いたいことを察したのか、すぐに全力で首を横に振る。
ルカからは露骨に目を逸らされ、サーシャとカレンからはすがるような視線を送られる。
最後にターニャとフールに目を向けると、〝早くしろ〟とジェスチャーで訴えるフールがいた。
これはやはり……
―――オレがやるの?
自分の顔を指差すディアラントに、全員が計ったかのように一致した動きで頷く。
(マジか……)
ディアラントはキリハに視線を滑らせる。
目が完全に、現実ではない別の世界へと飛んでいってしまっている。
自分も含め、この場に居合わせた皆がそれなりに騒いだと思うのだが、一向にこちらに気付いている様子がないのがいい証拠だ。
これは無理に事情を聞き出すのではなく、そっとしておくべきなのではないか。
そう思ったディアラントだったが。
「ちなみに、僕たちを叩き起こしたのはキリハだからね。」
いつの間にか傍に来ていたフールに、最後の逃げ道すらも潰されてしまった。
「え、そうなの?」
問うと、フールは何度も頷いた。
つまるところ、自分たちを呼び出したのはターニャではなく、キリハだったというわけだ。
ディアラントはそれを聞き、ようやく腹をくくる。
そっとキリハに近寄り、その肩に優しく手を置いた。
「……キリハ?」
呼びかける。
すると、キリハの肩が大きく震えた。
だが、すぐには動かないキリハ。
時間が止まったかのように張り詰めた空気に、誰もが固唾を飲んでキリハとディアラントを見守った。
「…………ディア兄ちゃん?」
地を這うような声が、薄く開いた唇から発せられる。
「お、おう。どうした? こんな時間に……」
できる限り平静を装うつもりだったが、見事に失敗した。
声が震えて、語尾が変に上がってしまう。
「ディア兄ちゃん……」
ゆらりと立ち上がるキリハ。
まるで亡霊のような佇まいに、ディアラントの後ろに控えていたミゲルたちが一歩退いた。
それとは逆に、キリハの傍にいるディアラントとフールは、金縛りにあったかのように動けなくなってしまう。
「もう……やっと来たよ………ふふふふふ……」
「キ、キリハ? マ、マジでどうした?」
「そ、そうだよ。いつものキリハらしくないよ~? 何か変なものでも食べたのかなぁ!?」
キリハの豹変ぶりについていけない上に逃げられないディアラントとフールは、動揺をごまかすようにキリハに語りかける。
しかし、キリハはそれに全く反応らしい反応を示さなかった。
「ふふ……ふふふ………―――あははっ!」
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