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第3章 駆け巡る悪意
届け物
しおりを挟む「あれ?」
機械の故障だろうか。
キリハは暗闇の中で周囲を見回す。
シミュレート映像を形成するために外部の光を遮断している実践場では、こうして照明が落ちてしまうと、自分の手ですらまともに見えないので困る。
とりあえず、中途半端に動いた状態では逆に気持ちが悪いので、隣のシミュレート室にでも行って続きをしよう。
特に疑うこともなく、そんなことを考えていた。
しかし現実は、機械が故障したわけではなかった。
その証拠に。
「いやはや、お見それしました。さすがはあの、風魔のディアラントのお弟子さんです。」
実践場のスピーカーから、笑みを含んだ声が流れてきた。
「!?」
キリハは慌てて操作室の方を振り仰ぐ。
しかし当然ながら、この暗闇では何も確認することはできなかった。
「……誰?」
こんな夜中に、わざわざこんな手段でコンタクトを取ってくるくらいだ。
招かれざる客だということは、言わずもがな。
「残念ながら、名は明かせないのです。私もただの運び屋ですので。」
「運び屋?」
「ええ。ある方からの依頼で、あなたにお渡ししたいものがあるのですよ。」
穏やかな声。
多分男だろう。
スピーカー越しに何やら紙がこすれるような音を聞きながら、キリハは息をひそめて歩を進めた。
「依頼の品は、マイクの側に置いておきます。後でご確認ください。」
「なんなの、その届け物って。」
端から受け取る気もないので、キリハはつっけんどんな口調で訊ねる。
「さあ…。使い方は、ご自分で判断なさってください。」
彼の声に、愉悦を含んだ気味の悪い響きが混じる。
「ああ、依頼主からの伝言です。〝恐れることはない。あのしぶといディアラントなら……運がよければ、死なずに済むだろう。〟とのことです。」
「―――っ!!」
瞬間、キリハは勢いよく自動ドアを引き開けた。
ほとんど勘だけで操作盤の方へ駆け込み、マイクの前にいるであろう人物を捜す。
しかしその時にはもう、操作室に人の気配はなかった。
「………?」
何かがおかしいことを悟り、キリハは操作盤の電源を入れて照明のスイッチをオンにする。
少しの起動時間を置いて、実践場と操作室に蛍光灯の明かりが点いた。
「くそ、やられた。」
キリハは悔しげに唇を噛んだ。
スタンド式のマイクの足元には、薬包紙の包みが三つと小型の機械が置いてあった。
限界まで曲げられたマイクは機械のスピーカー部分に向けられていて、機械からは微かなノイズ音が聞こえてくる。
「ふふ。私は経験豊富な方でして。あなたを相手に、暢気におしゃべりをしていられないことは分かっているのですよ。」
こちらの行動を嘲笑うかのような彼の声。
どうやら、こちらの行動はすでに予測済みだったらしい。
そして今も、どこからかこちらの様子を窺っているようだ。
「それでは、確かにお届けしましたよ。―――よい夜を。」
皮肉とも取れる言葉を最後に、小型の機械からノイズ音すらも消える。
両の手を震えるほどに握り締めるキリハ。
とにかくこの時は、目の前の機械を壊してしまわないように理性を保つので精一杯だった。
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