114 / 598
第2章 不穏な前触れ
それは、君自身の力。
しおりを挟む「よくよく考えてみれば、おかしくない!? コレ!?」
何度も思い返していたら、だんだんとこの状況の理不尽さに腹が立ってきた。
これまでに起こったことを話していたキリハは、ふいに湧き上がってきた感情の赴くままにテーブルを叩く。
そんなキリハの向かいには、テーブルに突っ伏して肩を震わせている人物が一人。
「……ごめん、キリハ君。面白くて……もう限界…っ」
「ちょっと、エリクさん! 笑い事じゃないよ!」
キリハが抗議するも、エリクの体はしばらく震え続けていた。
ファミレスの一角。
久しぶりに仕事が早く終わったというエリクから連絡を受け、こうして夕食を一緒に取っている。
初めこそ違和感があったものの、今では特に珍しくもなくなった風景である。
ルカも誘ったそうなのだが、にべもなく断られたらしい。
そうしてエリクの話に耳を貸しながら、自分も最近起こったことを話しているうちに、今の自分が置かれている状況のおかしさにようやく気づいたキリハであった。
「キリハ君って、本当に……ちょっと抜けてる部分があるよね。」
笑い声の合間に、そんなことを言われる。
自分でも色々と気付くタイミングが他より遅いことは事実だと思うので、反論のしようがない。
エリクに当たるのは筋違いだと分かっているが、誰かに掴みかかりたくなるこの衝動をどうしてくれよう。
キリハは頬を膨らませ、衝動をやり過ごすように、目の前に並んだ食事をひたすらに食べ進める。
そんなことをしばらくしていると、ようやくエリクの笑いが収まったようだった。
「はあ……ごめんごめん。それにしても、そっかぁ…。しばらくはこうやって、ご飯を食べに行くこともできなくなっちゃうね。」
「へ?」
エリクの言葉の意味が掴めず、キリハは首を傾げた。
「だって〈風魔のディアラント〉っていったら、忙しい僕でも知ってるくらいの有名人だよ。大会の最年少優勝記録を塗り替えた上に、今は大会連覇記録を更新中だもんね。そんな有名人の弟子があの《焔乱舞》の使い手で、二十歳以下なのに特例で本選への出場を許されたってなれば、マスコミが黙ってないんじゃない?」
「えっ……」
眉を寄せて固まったキリハの手から、するりとフォークが落ちていった。
「そうなの?」
「うん。毎年この時期は、どこのチャンネルも大会の特集番組ばっかで、優勝候補者へのインタビューとか、専門家の分析とかで盛り上がってるよ。……そういえば、ディアラントさんっていつも取材拒否で、書面でのコメントしかしてなかったっけ。そんな人のお弟子さんが、こんなところでのんびりご飯を食べてたら、すぐに囲まれちゃうよ。」
エリクの口調は、ただある事実を述べるように淡々としている。
「ええ…? ディア兄ちゃんって、そこまで有名だったの?」
「うん。むしろ、キリハ君がそれを知らなかったのが意外ってくらい。」
「うええ…。これが田舎と都会の違いか……」
キリハは頭を抱えた。
最近ようやくマスコミにつきまとわれなくなってきたというのに、これではまた逆戻りだ。
「ディア兄ちゃんめ……」
恨みがましく呟くキリハ。
しかし。
「でも、お兄さんのこと好きでしょ?」
「う…」
図星だった。
確かに予想外の展開ではあるのだが、ディアラントの性格を考えると、いかにも彼がやりそうなことだと思う。
それを分かっている手前、実際のところはそこまで怒ってはいない。
この状況に対する不満を差し引いても、ディアラントを慕う気持ちの方が大きかった。
複雑な表情をするキリハに、エリクは穏やかに笑う。
「でも僕はね、キリハ君がマスコミに騒がれるくらい有名になるのは、《焔乱舞》が君を選んだとか、お師匠さんが有名人だとか、そういうのは関係ないんじゃないかなって思うんだよね。」
「どういうこと?」
キリハは顔を上げて訊ねる。
「ディアラントさんもだけど、キリハ君自身にも、人を惹きつける力があるんじゃないかなってこと。」
「?」
ますます意味が分からない。
眉間にしわを寄せてエリクの言葉を理解しようとしているキリハに、エリクは笑みに苦いものを混ぜた。
「まあ、こういうのって、総じて本人には分からないものだよね。僕ね、キリハ君のお見舞いで宮殿に初めて行った時、すごくびっくりしたのを覚えてるんだ。」
エリクは静かに語り出す。
「医者といえ、僕も竜使いだからね。もう慣れたことだけど、患者さんに警戒されたり、出張先の病院で遠巻きにされたりっていうのは、珍しいことじゃないんだよ。」
「………」
そう言われると、胸がちょっと痛む。
こんなに優しくて患者思いの医者はいないと思うのだが、竜使いというだけでそれが伝わらないなんて。
途端に複雑そうな顔をしたキリハに構わず、エリクはさらに続けた。
「でも、宮殿で会ったキリハ君の関係者は、全然そんな態度をしなかった。最初からすごく好意的な態度で迎えられたし、キリハ君の知り合いでルカの兄ですって言ったら、もっと歓迎されたよ。これまで生きてきて、初めての経験だった。」
今でも、その時の感情を鮮明に思い返せるのだろう。
当時のことを思い出しながら話すエリクは、温かく穏やかな表情をしている。
「キリハ君が眠っている間も、目を覚ましてからも、色んな人と話した。それで思ったんだ。あの夢みたいな世界を創ったのは、間違いなくキリハ君なんだって。そこには、ディアラントさんの力なんて関係ない。あれは、君自身の力が起こした奇跡なんだ。ミゲルも言ってたよ。おれたちを変えたのは、間違いなくキー坊だって。」
その言葉に、キリハは少し戸惑ってしまう。
自分としては、そんな大袈裟なことをしたつもりはなかったからだ。
自分はただ、竜使いではなく自分自身と向き合ってほしかっただけ。
竜使いも何も関係なく、ルカたちやミゲルたちと個人として向き合いたかっただけなのだ。
そんな気持ちを率直にエリクに伝えると、彼は優しげな表情で頷いた。
「うん。それが、キリハ君の一番の魅力なんだよ。キリハ君にとっては当たり前かもしれないけど、そんな当たり前がみんなを引き寄せて、みんなを支えてるんだ。だから、つまり……」
「つまり?」
「キリハ君が目立つのは仕方ないから、もう諦めちゃった方が早いよ。」
エリクは爽やかな笑顔で、そう結論を述べた。
「何それー……」
キリハはまた膨れっ面。
簡単にそうは言うが、できることなら穏やかに過ごしていたいというのが本音。
自分はカメラから逃げれば済むが、それで自分と親しい人に狙いが向いてしまうのは、あまりいい気分ではない。
「大丈夫だって。僕も何度かキリハ君の話を聞きたいって言われたことがあるけど、適当にごまかしてるし。他のみんなも、多分そうなんじゃないの?」
「う…。まあ……」
心を読まれていたのかエリクにそう言われて、キリハは渋い顔で言葉を濁す。
実際、そのとおりであった。
最初の方こそ自分も周りも辟易としていたが、最近はそれにも慣れてしまっている節がある。
自分はカメラからふらふらと身を隠すか、取材を受けても何も答えないようにしているし、ミゲルたちも個人情報だからと口を割らないようにしているとのこと。
それで自分からも関係者からも番組に使えるような情報は得られないと分かってきたのか、ここしばらくはマスコミに囲まれる回数もうんと減った。
そう考えると確かにエリクの言うとおり、下手に抵抗するよりも、周りの配慮に甘えてしまった方が得策なのかもしれない。
「諦める、かぁ…。なんかいまいち納得できないけど、そうするしかないのかな……」
「そうそう。」
キリハのぼやきに、エリクは何度も頷く。
そんなエリクの様子を、キリハはじっと見つめる。
さきほどから、少し気になっていたのだが……
「ねえ、エリクさん。」
「何?」
「その……さっきから、何してるの?」
意を決して、キリハはエリクにそう訊ねた。
0
お気に入りに追加
59
あなたにおすすめの小説

【完結】番である私の旦那様
桜もふ
恋愛
異世界であるミーストの世界最強なのが黒竜族!
黒竜族の第一皇子、オパール・ブラック・オニキス(愛称:オール)の番をミースト神が異世界転移させた、それが『私』だ。
バールナ公爵の元へ養女として出向く事になるのだが、1人娘であった義妹が最後まで『自分』が黒竜族の番だと思い込み、魅了の力を使って男性を味方に付け、なにかと嫌味や嫌がらせをして来る。
オールは政務が忙しい身ではあるが、溺愛している私の送り迎えだけは必須事項みたい。
気が抜けるほど甘々なのに、義妹に邪魔されっぱなし。
でも神様からは特別なチートを貰い、世界最強の黒竜族の番に相応しい子になろうと頑張るのだが、なぜかディロ-ルの侯爵子息に学園主催の舞踏会で「お前との婚約を破棄する!」なんて訳の分からない事を言われるし、義妹は最後の最後まで頭お花畑状態で、オールを手に入れようと男の元を転々としながら、絡んで来ます!(鬱陶しいくらい来ます!)
大好きな乙女ゲームや異世界の漫画に出てくる「私がヒロインよ!」な頭の変な……じゃなかった、変わった義妹もいるし、何と言っても、この世界の料理はマズイ、不味すぎるのです!
神様から貰った、特別なスキルを使って異世界の皆と地球へ行き来したり、地球での家族と異世界へ行き来しながら、日本で得た知識や得意な家事(食事)などを、この世界でオールと一緒に自由にのんびりと生きて行こうと思います。
前半は転移する前の私生活から始まります。

積みかけアラフォーOL、公爵令嬢に転生したのでやりたいことをやって好きに生きる!
ぽらいと
ファンタジー
アラフォー、バツ2派遣OLが公爵令嬢に転生したので、やりたいことを好きなようにやって過ごす、というほのぼの系の話。
悪役等は一切出てこない、優しい世界のお話です。
月が導く異世界道中
あずみ 圭
ファンタジー
月読尊とある女神の手によって癖のある異世界に送られた高校生、深澄真。
真は商売をしながら少しずつ世界を見聞していく。
彼の他に召喚された二人の勇者、竜や亜人、そしてヒューマンと魔族の戦争、次々に真は事件に関わっていく。
これはそんな真と、彼を慕う(基本人外の)者達の異世界道中物語。
漫遊編始めました。
外伝的何かとして「月が導く異世界道中extra」も投稿しています。

幸子ばあさんの異世界ご飯
雨夜りょう
ファンタジー
「幸子さん、異世界に行ってはくれませんか」
伏見幸子、享年88歳。家族に見守られ天寿を全うしたはずだったのに、目の前の男は突然異世界に行けというではないか。
食文化を発展させてほしいと懇願され、幸子は異世界に行くことを決意する。


間違い転生!!〜神様の加護をたくさん貰っても それでものんびり自由に生きたい〜
舞桜
ファンタジー
「初めまして!私の名前は 沙樹崎 咲子 35歳 自営業 独身です‼︎よろしくお願いします‼︎」
突然 神様の手違いにより死亡扱いになってしまったオタクアラサー女子、
手違いのお詫びにと色々な加護とチートスキルを貰って異世界に転生することに、
だが転生した先でまたもや神様の手違いが‼︎
神々から貰った加護とスキルで“転生チート無双“
瞳は希少なオッドアイで顔は超絶美人、でも性格は・・・
転生したオタクアラサー女子は意外と物知りで有能?
だが、死亡する原因には不可解な点が…
数々の事件が巻き起こる中、神様に貰った加護と前世での知識で乗り越えて、
神々と家族からの溺愛され前世での心の傷を癒していくハートフルなストーリー?
様々な思惑と神様達のやらかしで異世界ライフを楽しく過ごす主人公、
目指すは“のんびり自由な冒険者ライフ‼︎“
そんな主人公は無自覚に色々やらかすお茶目さん♪
*神様達は間違いをちょいちょいやらかします。これから咲子はどうなるのか?のんびりできるといいね!(希望的観測っw)
*投稿周期は基本的には不定期です、3日に1度を目安にやりたいと思いますので生暖かく見守って下さい
*この作品は“小説家になろう“にも掲載しています

お前じゃないと、追い出されたが最強に成りました。ざまぁ~見ろ(笑)
いくみ
ファンタジー
お前じゃないと、追い出されたので楽しく復讐させて貰いますね。実は転生者で今世紀では貴族出身、前世の記憶が在る、今まで能力を隠して居たがもう我慢しなくて良いな、開き直った男が楽しくパーティーメンバーに復讐していく物語。
---------
掲載は不定期になります。
追記
「ざまぁ」までがかなり時間が掛かります。
お知らせ
カクヨム様でも掲載中です。

老竜は死なず、ただ去る……こともなく人間の子を育てる
八神 凪
ファンタジー
世界には多種多様な種族が存在する。
人間、獣人、エルフにドワーフなどだ。
その中でも最強とされるドラゴンも輪の中に居る。
最強でも最弱でも、共通して言えることは歳を取れば老いるという点である。
この物語は老いたドラゴンが集落から追い出されるところから始まる。
そして辿り着いた先で、爺さんドラゴンは人間の赤子を拾うのだった。
それはとんでもないことの幕開けでも、あった――
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる