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第2章 不穏な前触れ
ディアラントが慕われる理由
しおりを挟む「―――ふう。こんなもんか。」
血に濡れた剣を布で拭き、ディアラントは剣を鞘にしまった。
「ディア兄ちゃん、はい。」
キリハも自分の肌に飛び散った血や汚れを拭いながら、ディアラントにタオルを手渡す。
「おお、サンキュー。それにしてもすげぇな、それ。オレの出る幕なんてなかったよ。」
キリハの腰の《焔乱舞》を示し、ディアラントはくすりと笑った。
「いや…。そんなことないと思うけど。」
キリハは周囲を見回す。
今日は、ディアラントが初めてドラゴン討伐に参加した。
たったそれだけで、現場の状況が見違えるほどに変わっていた。
皆の疲労度が、桁違いに軽いのである。
自分が《焔乱舞》の使用を躊躇わなくなったことに加え、やはりディアラントという強大な戦力の追加が大きな要因と言えた。
ディアラントは討伐が始まるや否や、後衛の取りまとめをミゲルとジョーに任せ、自らは前線に突っ走っていった。
それから、キリハがドラゴンにとどめを刺すまでのおよそ三時間。
ディアラントは周囲に的確な指示を出しながら、自分自身は一度も前線から下がることはなかった。
「なんか、むず痒い気分だな。キリハとこうやって、同じ仕事をするってのも。」
ディアラントは普段そうするようにキリハの頭を両手で掻き回し、嬉しそうな表情を見せた。
「キリハがいたから、オレもやりやすかったよ。お疲れさん。」
最後にぽんぽんとキリハの頭を叩いて、ディアラントは後片づけをする人々の方へと歩いていった。
「ミゲル先輩、お疲れ様でした。後衛の指揮、完璧でしたよ~。」
まるで軽い運動をした後のような口調で寄ってきたディアラントに、ミゲルは苦虫を噛み潰したような顔をする。
「おうよ。お前はやっぱり、前に出ていったな。一応肩書きは隊長なんだから、奥に引っ込んで指示出してたって、文句なんざ言われねーってのに。」
「いやぁ…。オレ、動きながらじゃないと上手く指示振れなくてー。ミゲル先輩の統率力のおかげで、オレは安心して前に出れました! これからも、よろしくお願いします。」
「はいはい。」
「もー、そんなめんどくさそうな顔しないでくださいよ~。あ、ジョー先輩!」
ディアラントの意識が、一瞬でミゲルからジョーに移る。
ディアラントに呼び止められ、大量の書類をめくりながらその場を通り過ぎようとしていたジョーは、何事かと問うような顔で振り返った。
「先輩の先読み、すごかったですよ! あのアシストがなかったら、もっと手こずってたと思います。さすがは部隊一の頭脳ですね。」
「そう? 最近、ようやく傾向が掴めてきたところなんだよね。役に立ったならよかった。」
「役に立ちまくりですって! 先輩のおかげで、前衛と後衛の呼吸が自然と合ってたんですから。ああっ、アイロス先輩待ってください!!」
またもや会話の途中で、ディアラントは別の人間を呼び止める。
「先輩、ちゃんと医療班のとこ行きました?」
「へ? なんで?」
突然ディアラントにそんなことを問われて、アイロスはきょとんと目をしばたたかせた。
「なんで、じゃないですよ! さっき瓦礫に足を取られて、思いっきり捻ってたじゃないですか。歩くの、少しきついはずですよ。我慢せずに診てもらってください。」
「ディア……相変わらずだけど、お前の目はどこについてるの? 誰にも見られてないと思ってたのに……」
図星だったらしく、アイロスは渋い顔をする。
すると、ディアラントは大袈裟な仕草で目を見開いてみせた。
「見逃すわけないじゃないですか。これでも隊長ですよ? 先輩の機動力は部隊に必要不可欠なんですから、我慢しすぎて悪化したら、オレ泣いちゃいますよ~……」
「わ、分かったって。今すぐ行ってくるから、そんなプレッシャーかけないでよー。俺の胃が死んじゃうから!」
「アイロス先輩も相変わらずですね~。そんなんで、先遣隊の代表なんてやって大丈夫なんですか?」
「俺は全力で辞退したのに、推薦して譲らなかったのはどこの誰!? 今からでも遅くないから、人選を改めてくれる!?」
「いや、アイロス先輩以上の適役はいません!」
「ほらあ!」
「あはは! じゃあ、ちゃんと治療受けてくださいね~♪」
にっこりとアイロスに笑いかけ、ディアラントはまた別の人、また別の人へと声をかけていく。
いつどのタイミングで見ていたのか、ディアラントは一人ひとりにそれぞれの言葉を用意していた。
ドラゴン殲滅部隊や竜騎士隊だけではなく、情報収集のために同行していた気象部や情報部、医療班や地元警察の人々まで。
関係者という関係者に片っ端から労いの言葉をかけていき、最後に必ず笑って離れていく。
どうりでこんなに慕われるわけだ。
こうして見ていると、ディアラントに人が集まる理由がよく分かる。
ディアラントの言葉はご機嫌取りの世辞ではなく、実直で誠意がこもっている本物の言葉だった。
口調こそ冗談めいていて軽いものの、その言葉に嘘がないことは誰もが感じ取っている。
ディアラントに話しかけられた皆が、ドラゴン討伐後とは思えないほど明るい笑みをたたえていることがその証拠だ。
(やっぱり、ディア兄ちゃんってすごいな。)
キリハは微笑み、飽きることなくディアラントの姿を眺めていた。
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