竜焔の騎士

時雨青葉

文字の大きさ
上 下
96 / 598
第5章 背負う約束

預かってやるから

しおりを挟む
 思わず顔を上げたルカの視界は、刹那の間に灼熱の赤に染め上げられた。


 ―――――――――っ!!


 ドラゴンが甲高い声をあげて後退する。
 それもそうだろう。


 ルカとカレンの周囲は紅蓮の炎で囲まれ、とても近づけるような状態ではなかったのだから。


「危ない危ない。……あれ? 俺ってば、もしかして美味おいしいところを持ってっちゃった?」


 茶目っ気を含んだ声が、茫然とする全員の鼓膜を叩く。
 ゆっくりと歩みを進める彼の道を開けるように、誰もが身を引いた。


 そして。


「やっぱり、ルカはルカだよね。ひねくれてるけど、曲がってはいないんだよ。」


 炎を隔ててルカとカレンの前に立ち、キリハは笑った。



「キリ…ハ…」



 誰もがドラゴンのことを忘れ、窮地を救った英雄の姿を見つめる。


「……ははっ。初めて名前で呼ばれた。こんな時じゃなきゃ、もっとちゃんと喜ぶんだけどな。」


 そう言いながらも、照れくさそうに笑うキリハからは、嬉しさが十分に滲み出ていた。


「コラーッ!!」


 その時、ハウリングを起こすほどの大声が全員の耳をつんざく。


「キリハ!! 出動はだめだって言ったのに、なんでそこにいるの!?」
「え? 点検が終わった車の荷台にこっそり乗った。」


 爆音に顔をしかめるキリハは、特に悪びれる様子もなくフールに答える。


「結果的に、ルカとカレンを助けられたじゃん。」
「それは……」
「ね? だから、大目に見てねー♪」


 こんな状況なのに軽口を叩くキリハは、まるで《焔乱舞》を取る前に戻ったようだ。
 それで、誰もがじわじわと実感する。


 待ちかねていた存在が、ようやく帰ってきたのだと。


「ああああー、もう!! こんなことなら、ほむらを取り上げておくんだったーっ!!」


 イヤホンの向こうで、フールが癇癪かんしゃくを起したように絶叫している。


「ってか、みんなもいつまで呆けてんの!? 早くキリハを後ろに下げて! キリハ、病み上がりなんだよ!?」


 フールの焦りを滲ませた声に、ようやく現場にざわめきが戻り始める。
 だが、この中で唯一動揺していなかったキリハの行動の方が数倍も早かった。


「もう、うるさいなぁ。」


 溜め息混じりに呟き、キリハは右耳からイヤホンを外す。
 そしてイヤホンが繋がっていた小型のトランシーバーも腰から外すと、あろうことかそれを海の方に放り投げてしまった。


「おい!?」


 さすがに驚愕して、ルカが声を荒げる。


 そんなルカに対して、キリハは悪戯いたずらを企む子供のように、無邪気に笑ってみせた。


「―――……」


 その瞬間、ルカは言葉を飲み込むしかなくなる。


 ずるい笑顔だ。
 こんな風に笑いかけられては、何も言えなくなってしまうではないか。


「ルカ。カレンを安全な所に連れてってあげて。いつまでもだと、さすがにドラゴンも可哀想だからさ。」


 キリハの視線が動いたので、ルカもそれにならってドラゴンを見やる。


 ドラゴンの周囲では、いくつもの炎の蛇がうねっていた。
 炎のおりの中に捕らわれ、ドラゴンは前進も後退も飛ぶこともできず、今までの様子からは想像もつかないほど弱々しい声をあげている。


「お願い。」


 キリハはルカたちを囲む炎に手を伸ばす。
 キリハの手が炎に触れると、炎はまるで幻のように勢いをなくして消えていった。


 ルカはしばし何かを言いたげにキリハのことを見つめていたが、優先事項を己に言い聞かせたのだろう。
 無言でカレンを抱いて立ち上がると、彼は早足にその場を離れていった。


「―――さて、と。」


 カレンが無事に救護班に引き渡されるのを見届け、キリハはドラゴンに向き合った。
 すると、ドラゴンは目に見えて怯えた仕草を見せる。


 相当怖がらせてしまったらしい。
 キリハは眉を下げる。


「ごめんね。すぐに終わらせてあげられればよかったんだけど、……今の俺じゃ、話しながら全力の焔を制御できないからさ。」


 言いながら、キリハは《焔乱舞》を両手で構えた。


 前線に出ることはしないつもりだったのだが、ここまで踏み込んでしまった以上、これはもう自分の責務だ。
 意識を集中させるほどに《焔乱舞》から舞う炎が勢いを増し、両手の中で《焔乱舞》が暴れる。


「………っ」


 キリハは苦しげに眉を寄せる。


 分かってはいたが、やはり 《焔乱舞》を使うには無理があったようだ。
 《焔乱舞》を制御することよりも、自分の体を支えることの方に精神力を使ってしまう。


 危なげにふらつくキリハの体。
 ふいに、それを誰かが支えた。


「……ルカ?」


 後ろを見ると、ルカが複雑そうな表情でこちらを見下ろしていた。


「見ていられないな、まったく……」


 久しぶりに聞くからだろうか。
 呆れ口調の言葉でも、ルカの声をもう一度聞くことができて嬉しく思えてしまう。


「悪かったね。」


 今までと同じように減らず口を叩き返し、キリハは微笑む。
 そして。


「……ごめん。」


 ずっと彼に言いたくてたまらなかった言葉を、音に乗せて伝える。


 ルカに意識を傾けた途端に、手元が狂いそうになる。
 ぎりぎりで踏ん張って《焔乱舞》を抑えながら、それでもキリハはルカへの言葉を紡ぎ続けた。


 きっと、ちゃんと伝えられるのは今この瞬間だけ。
 なんとなく、そう感じたのだ。


「嫌な思いをたくさんさせた。それが嫌で、焔を使うことをけてたけど……ごめん。やっぱり俺は、焔からもドラゴンからも逃げることなんてできない。背負うって、そう約束したから。」


「………」


 ルカは何も言わない。
 自分としても、返事を求めているわけではなかった。


 だから下ろしていた視線を上げ、ドラゴンと《焔乱舞》へ意識を戻すことにする。


「………はあ。お前って、本当に馬鹿だな。」


 聞こえてきたのは、少し笑みを含んだ声。


 そんなルカの声が意外すぎて、思わず体ごと振り返りそうになった。
 しかし、それは他でもないルカに阻止されてしまう。


「ええ!? ちょっと!」
「黙れ。」
「そんな!」




「いいから! お前は焔に集中しろ。―――背中でもなんでも、全部預かってやるから。」




「―――っ!!」


 キリハは大きく息を飲んだ。


 ルカから贈られた言葉の価値が、こんなにも心を震わせる。
 

 もう一度言ってくれとせがんだところで、二度と聞くことは叶わない。
 それが分かるからこそ、今聞いた言葉を、何度も脳内で繰り返して心に刻み込んだ。


「へへ…」


 ルカに顔を見られていないと知っていたので、キリハは我慢することなく表情を崩した。
 嬉しそうな、そして泣きそうな笑顔がキリハを彩る。


「そういうことなら、遠慮なく。」


 言葉どおり、キリハは思い切りルカに寄りかかった。


 途端に頭上から抗議的な雰囲気が伝わってくるが、それでもルカはちゃんと体を支えてくれる。
 そんな不器用なりの歩み寄りと優しさが、何よりも心にみた。


「ありがとう。」


 小さく放った言葉は、爆発的に勢いを増した炎に掻き消される。


 キリハはゆっくりと《焔乱舞》を頭上まで掲げ、次にそれを一気に振り下ろした。


 炎の波がドラゴンを瞬く間に飲み込み、そして―――

しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

異世界でお取り寄せ生活

マーチ・メイ
ファンタジー
異世界の魔力不足を補うため、年に数人が魔法を貰い渡り人として渡っていく、そんな世界である日、日本で普通に働いていた橋沼桜が選ばれた。 突然のことに驚く桜だったが、魔法を貰えると知りすぐさま快諾。 貰った魔法は、昔食べて美味しかったチョコレートをまた食べたいがためのお取り寄せ魔法。 意気揚々と異世界へ旅立ち、そして桜の異世界生活が始まる。 貰った魔法を満喫しつつ、異世界で知り合った人達と緩く、のんびりと異世界生活を楽しんでいたら、取り寄せ魔法でとんでもないことが起こり……!? そんな感じの話です。  のんびり緩い話が好きな人向け、恋愛要素は皆無です。 ※小説家になろう、カクヨムでも同時掲載しております。

異世界へ誤召喚されちゃいました~女神の加護でほのぼのスローライフ送ります~

モーリー
ファンタジー
⭐︎第4回次世代ファンタジーカップ16位⭐︎ 飛行機事故で両親が他界してしまい、社会人の長男、高校生の長女、幼稚園児の次女で生きることになった御剣家。 保険金目当てで寄ってくる奴らに嫌気がさしながらも、3人で支え合いながら生活を送る日々。 そんな矢先に、3人揃って異世界に召喚されてしまった。 召喚特典として女神たちが加護やチート能力を与え、異世界でも生き抜けるようにしてくれた。 強制的に放り込まれた異世界。 知らない土地、知らない人、知らない世界。 不安をはねのけながら、時に怖い目に遭いながら、3人で異世界を生き抜き、平穏なスローライフを送る。 そんなほのぼのとした物語。

【 完 結 】スキル無しで婚約破棄されたけれど、実は特殊スキル持ちですから!

しずもり
ファンタジー
この国オーガスタの国民は6歳になると女神様からスキルを授かる。 けれど、第一王子レオンハルト殿下の婚約者であるマリエッタ・ルーデンブルグ公爵令嬢は『スキル無し』判定を受けたと言われ、第一王子の婚約者という妬みや僻みもあり嘲笑されている。 そしてある理由で第一王子から蔑ろにされている事も令嬢たちから見下される原因にもなっていた。 そして王家主催の夜会で事は起こった。 第一王子が『スキル無し』を理由に婚約破棄を婚約者に言い渡したのだ。 そして彼は8歳の頃に出会い、学園で再会したという初恋の人ルナティアと婚約するのだと宣言した。 しかし『スキル無し』の筈のマリエッタは本当はスキル持ちであり、実は彼女のスキルは、、、、。 全12話 ご都合主義のゆるゆる設定です。 言葉遣いや言葉は現代風の部分もあります。 登場人物へのざまぁはほぼ無いです。 魔法、スキルの内容については独自設定になっています。 誤字脱字、言葉間違いなどあると思います。見つかり次第、修正していますがご容赦下さいませ。

アイテムボックス無双 ~何でも収納! 奥義・首狩りアイテムボックス!~

明治サブ🍆スニーカー大賞【金賞】受賞作家
ファンタジー
※大・大・大どんでん返し回まで投稿済です!! 『第1回 次世代ファンタジーカップ ~最強「進化系ざまぁ」決定戦!』投稿作品。  無限収納機能を持つ『マジックバッグ』が巷にあふれる街で、収納魔法【アイテムボックス】しか使えない主人公・クリスは冒険者たちから無能扱いされ続け、ついに100パーティー目から追放されてしまう。  破れかぶれになって単騎で魔物討伐に向かい、あわや死にかけたところに謎の美しき旅の魔女が現れ、クリスに告げる。 「【アイテムボックス】は最強の魔法なんだよ。儂が使い方を教えてやろう」 【アイテムボックス】で魔物の首を、家屋を、オークの集落を丸ごと収納!? 【アイテムボックス】で道を作り、川を作り、街を作る!? ただの収納魔法と侮るなかれ。知覚できるものなら疫病だろうが敵の軍勢だろうが何だって除去する超能力! 主人公・クリスの成り上がりと「進化系ざまぁ」展開、そして最後に待ち受ける極上のどんでん返しを、とくとご覧あれ! 随所に散りばめられた大小さまざまな伏線を、あなたは見抜けるか!?

勇者召喚に巻き込まれ、異世界転移・貰えたスキルも鑑定だけ・・・・だけど、何かあるはず!

よっしぃ
ファンタジー
9月11日、12日、ファンタジー部門2位達成中です! 僕はもうすぐ25歳になる常山 順平 24歳。 つねやま  じゅんぺいと読む。 何処にでもいる普通のサラリーマン。 仕事帰りの電車で、吊革に捕まりうつらうつらしていると・・・・ 突然気分が悪くなり、倒れそうになる。 周りを見ると、周りの人々もどんどん倒れている。明らかな異常事態。 何が起こったか分からないまま、気を失う。 気が付けば電車ではなく、どこかの建物。 周りにも人が倒れている。 僕と同じようなリーマンから、数人の女子高生や男子学生、仕事帰りの若い女性や、定年近いおっさんとか。 気が付けば誰かがしゃべってる。 どうやらよくある勇者召喚とやらが行われ、たまたま僕は異世界転移に巻き込まれたようだ。 そして・・・・帰るには、魔王を倒してもらう必要がある・・・・と。 想定外の人数がやって来たらしく、渡すギフト・・・・スキルらしいけど、それも数が限られていて、勇者として召喚した人以外、つまり巻き込まれて転移したその他大勢は、1人1つのギフト?スキルを。あとは支度金と装備一式を渡されるらしい。 どうしても無理な人は、戻ってきたら面倒を見ると。 一方的だが、日本に戻るには、勇者が魔王を倒すしかなく、それを待つのもよし、自ら勇者に協力するもよし・・・・ ですが、ここで問題が。 スキルやギフトにはそれぞれランク、格、強さがバラバラで・・・・ より良いスキルは早い者勝ち。 我も我もと群がる人々。 そんな中突き飛ばされて倒れる1人の女性が。 僕はその女性を助け・・・同じように突き飛ばされ、またもや気を失う。 気が付けば2人だけになっていて・・・・ スキルも2つしか残っていない。 一つは鑑定。 もう一つは家事全般。 両方とも微妙だ・・・・ 彼女の名は才村 友郁 さいむら ゆか。 23歳。 今年社会人になりたて。 取り残された2人が、すったもんだで生き残り、最終的には成り上がるお話。

スライムからパンを作ろう!〜そのパンは全てポーションだけど、絶品!!〜

櫛田こころ
ファンタジー
僕は、諏方賢斗(すわ けんと)十九歳。 パンの製造員を目指す専門学生……だったんだけど。 車に轢かれそうになった猫ちゃんを助けようとしたら、あっさり事故死。でも、その猫ちゃんが神様の御使と言うことで……復活は出来ないけど、僕を異世界に転生させることは可能だと提案されたので、もちろん承諾。 ただ、ひとつ神様にお願いされたのは……その世界の、回復アイテムを開発してほしいとのこと。パンやお菓子以外だと家庭レベルの調理技術しかない僕で、なんとか出来るのだろうか心配になったが……転生した世界で出会ったスライムのお陰で、それは実現出来ることに!! 相棒のスライムは、パン製造の出来るレアスライム! けど、出来たパンはすべて回復などを実現出来るポーションだった!! パン職人が夢だった青年の異世界のんびりスローライフが始まる!!

積みかけアラフォーOL、公爵令嬢に転生したのでやりたいことをやって好きに生きる!

ぽらいと
ファンタジー
アラフォー、バツ2派遣OLが公爵令嬢に転生したので、やりたいことを好きなようにやって過ごす、というほのぼの系の話。 悪役等は一切出てこない、優しい世界のお話です。

処理中です...