竜焔の騎士

時雨青葉

文字の大きさ
上 下
95 / 598
第5章 背負う約束

とっさに体が動く理由は―――

しおりを挟む
 《焔乱舞》なくしてのこの戦いは、明らかにこちらにとって不利だろう。


 ミゲルのこの言葉は、正確すぎるほどに未来を予言していた。


 ライド地方の海沿いに現れたドラゴンは、すさまじい抵抗を見せた。
 周囲に市街地がないのがせめてもの救いだが、やはり被害は甚大だ。


 景色を楽しむために整備された道路も、その道路沿いに点在していた建物も、今は見る影もない。
 動きをにぶくさせるために撃った麻酔弾はむしろドラゴンを刺激してしまい、半狂乱になったドラゴンは、ただひたすらに破壊活動を繰り返していた。


「ちっ、めちゃくちゃな奴だな。前後部隊入れ替われ!! しんどいだろうが、あいつの注意を陸の方に向けるな!」
「ミゲル先輩!! レベル八麻酔弾の追加と、レベル十麻酔弾が届きました!!」


「分かった。後方支援は、前線部隊が奴の気を引いているうちに、背後から弾薬を撃つ用意をしとけ! 準備ができたら報告!!」
「はい!!」


 まるで怒号のような声が、イヤホンから止まることなく流れてくる。
 それを耳半分で聞き流しながら、ルカはドラゴンに向かって剣を振るっていた。


 やりにくくて仕方ない。


 細かなやり取りにいちいち無線を使うわけにもいかないので、前線部隊には無言での連携が不可欠。
 それが、なかなか上手くいかないのだ。


 戦いが長引けば長引くほど、噛み合わなさが顕著に表れる瞬間が多くなる。


 キリハがいた時は、こんなことを感じなかったのに……


「……くっ…」


 ルカは思わず目元を険しくする。


 全然戦いに集中できない。
 最後に見たキリハの姿が脳裏に焼きついていて、それが常に意識の半分を持っていってしまう。


 キリハを信じろと、ミゲルは言った。
 だが所詮、あんなもの気休め程度の言葉でしかない。


『容体が急変して、なすすべもなくそのまま……』


 今まで、エリクの口から何度そんなことを聞いただろう。
 ミゲルの希望的な未来への言葉よりも、医者であるエリクの絶望的な過去の言葉の方が、何倍も重く心にのしかかってくる。


 信じろと言われても、あれは助からない流れなのではないか。
 ここで必死に戦って帰っても、そこで待ち受けているのは、二度と目を開かない冷たくなったキリハなのではないか。


 そんな最悪の〝もしも〟が、ぐるぐると巡る。


 カレンやサーシャには、このことを伝えていない。
 ミゲルから厳重に口止めされたからだ。


 彼いわく、いらぬ情報で皆を混乱させたくないとのこと。


 いらぬ情報?
 これが?


 吐き出してしまいたいのに吐き出せない。
 そんなもやもや感が、余計に集中力を削いでいく。


 再びドラゴンの元へと駆け出しながら、ルカはミゲルを盗み見る。


 ミゲルはせわしなく無線でやり取りを交わし、現場の統括に尽力している。
 いつもは指示を出しつつ自らも前線で剣を振るっているのだが、今回はそんな余裕もないらしい。


 今は、目の前の仕事で精一杯なのだろうか。
 それとも、本当にキリハがあんな状態でも平気なのだろうか。


 自分なんかより、ミゲルの方がずっとキリハと親しかったはずなのに。


 どうして……自分の方が、こんなにも不安なのだろう。


「―――っ!!」


 視線を前に戻したルカは瞠目する。


 瞬間的に目が合った、紅玉のような双眸。
 その後、微かに震える両翼。


「全員伏せろ!!」


 気付いた瞬間、無線のスイッチを入れて渾身の力で叫んでいた。
 それと同時に、ドラゴンの足元に滑り込むようにして身を低くする。


 それから数秒と経たない間に、ドラゴンの翼が生み出した猛烈な強風が一帯を襲った。


 聞こえてくるのは、いくつもの悲鳴。
 とっさに注意喚起はしたものの、何人かはこの風に飛ばされてしまったようだ。




「カレンちゃん!!」




 ふと空気を裂いた、サーシャの金切り声。


「!?」


 ルカは慌てて体勢を整えて、背後を振り返った。


 そこには、右足を押さえてうずくまるカレンがいた。
 その足元には、先ほどの強風で飛んできたらしい木片が落ちている。


 どうやら、木片が足に当たってしまったらしい。
 カレンの両手と右足は、血で真っ赤に濡れていた。


「まずい! 早くドラゴンの気を逸らすんだ!!」


 ミゲルが剣を抜き払って突進するも、間に合わない。
 この時にはすでに、ドラゴンの狙いは動けなくなったカレンに絞られていた。


「カレン!!」


 ルカは無我夢中で走る。


 カレンに一番近いのが自分だとか、そんな計算は一ミリも頭の中にない。
 意識とは関係なく体は動き出し、視界はただカレンだけを映していた。


 まるで、世界の全てがスローモーション映像のようだ。
 振り下ろされるドラゴンの腕も、怯えた表情のカレンが流す涙も、コマ切れ画像のように動きがぎこちない。


 声も出ない様子のカレンを胸の中に抱き込み、ルカはその場から思い切り飛びのいた。
 直後にドラゴンの爪が地面に激突し、大きな地響きを生む。


「くっ…」


 ルカは上半身だけを起こし、自分とカレンを見下ろす二つの目を睨んだ。


 間一髪でのがれたものの、状況は最悪だ。
 ドラゴンのターゲットは、依然としてこちらに固定されている。


 負傷したカレンを抱えた状態では、これ以上ドラゴンからのがれることは不可能。


 目が合った瞬間、こちらの敵意を感じ取ったのだろう。
 ドラゴンは大きく咆哮ほうこうし、大口を開けてこちらに襲いかかってくる。


「―――っ!!」


 息を飲むカレンの視界を自分の体で塞ぎ、ルカはカレンを強く抱き締めた。


(―――ああ、そういうことか……)


 必死にしがみついてくるカレンの温もりを感じながら、ふと理解した。


 とっさに人をかばうのに、理由などない。
 いて理由をあげるとすれば、守りたかったから。


 たったそれだけの思いで、体は恐怖すらも押しのけて、簡単に動いてしまうのだ。


 なんて馬鹿なのだろう。


 こんな単純なことに―――死ぬ間際になってからしか、気付けないなんて……


 カレンを抱いたまま、ルカは目をぎゅっと閉じる。
 その時。




「みんな、丸焦げになりたくなければ動かないでね!!」




 危機的状況にそぐわないほど明るい声。
 そして、今聞こえるはずのない声が、右耳のイヤホンを通して流れてきた。


 そう。
 ありえない。




 だって、この声は―――



しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

勇者召喚に巻き込まれ、異世界転移・貰えたスキルも鑑定だけ・・・・だけど、何かあるはず!

よっしぃ
ファンタジー
9月11日、12日、ファンタジー部門2位達成中です! 僕はもうすぐ25歳になる常山 順平 24歳。 つねやま  じゅんぺいと読む。 何処にでもいる普通のサラリーマン。 仕事帰りの電車で、吊革に捕まりうつらうつらしていると・・・・ 突然気分が悪くなり、倒れそうになる。 周りを見ると、周りの人々もどんどん倒れている。明らかな異常事態。 何が起こったか分からないまま、気を失う。 気が付けば電車ではなく、どこかの建物。 周りにも人が倒れている。 僕と同じようなリーマンから、数人の女子高生や男子学生、仕事帰りの若い女性や、定年近いおっさんとか。 気が付けば誰かがしゃべってる。 どうやらよくある勇者召喚とやらが行われ、たまたま僕は異世界転移に巻き込まれたようだ。 そして・・・・帰るには、魔王を倒してもらう必要がある・・・・と。 想定外の人数がやって来たらしく、渡すギフト・・・・スキルらしいけど、それも数が限られていて、勇者として召喚した人以外、つまり巻き込まれて転移したその他大勢は、1人1つのギフト?スキルを。あとは支度金と装備一式を渡されるらしい。 どうしても無理な人は、戻ってきたら面倒を見ると。 一方的だが、日本に戻るには、勇者が魔王を倒すしかなく、それを待つのもよし、自ら勇者に協力するもよし・・・・ ですが、ここで問題が。 スキルやギフトにはそれぞれランク、格、強さがバラバラで・・・・ より良いスキルは早い者勝ち。 我も我もと群がる人々。 そんな中突き飛ばされて倒れる1人の女性が。 僕はその女性を助け・・・同じように突き飛ばされ、またもや気を失う。 気が付けば2人だけになっていて・・・・ スキルも2つしか残っていない。 一つは鑑定。 もう一つは家事全般。 両方とも微妙だ・・・・ 彼女の名は才村 友郁 さいむら ゆか。 23歳。 今年社会人になりたて。 取り残された2人が、すったもんだで生き残り、最終的には成り上がるお話。

公女様は愛されたいと願うのやめました。~態度を変えた途端、家族が溺愛してくるのはなぜですか?~

朱色の谷
恋愛
公爵家の末娘として生まれた幼いティアナ。 お屋敷で働いている使用人に虐げられ『公爵家の汚点』と呼ばれる始末。 お父様やお兄様は私に関心がないみたい。 ただ、愛されたいと願った。 そんな中、夢の中の本を読むと自分の正体が明らかに。 ◆恋愛要素は前半はありませんが、後半になるにつれて発展していきますのでご了承ください。

異世界でお取り寄せ生活

マーチ・メイ
ファンタジー
異世界の魔力不足を補うため、年に数人が魔法を貰い渡り人として渡っていく、そんな世界である日、日本で普通に働いていた橋沼桜が選ばれた。 突然のことに驚く桜だったが、魔法を貰えると知りすぐさま快諾。 貰った魔法は、昔食べて美味しかったチョコレートをまた食べたいがためのお取り寄せ魔法。 意気揚々と異世界へ旅立ち、そして桜の異世界生活が始まる。 貰った魔法を満喫しつつ、異世界で知り合った人達と緩く、のんびりと異世界生活を楽しんでいたら、取り寄せ魔法でとんでもないことが起こり……!? そんな感じの話です。  のんびり緩い話が好きな人向け、恋愛要素は皆無です。 ※小説家になろう、カクヨムでも同時掲載しております。

ちっちゃくなった俺の異世界攻略

鮨海
ファンタジー
あるとき神の采配により異世界へ行くことを決意した高校生の大輝は……ちっちゃくなってしまっていた! 精霊と神様からの贈り物、そして大輝の力が試される異世界の大冒険?が幕を開ける!

種族【半神】な俺は異世界でも普通に暮らしたい

穂高稲穂
ファンタジー
旧題:異世界転移して持っていたスマホがチートアイテムだった スマホでラノベを読みながら呟いた何気ない一言が西園寺玲真の人生を一変させた。 そこは夢にまで見た世界。 持っているのはスマホだけ。 そして俺は……デミゴッド!? スマホを中心に俺は異世界を生きていく。

追い出された万能職に新しい人生が始まりました

東堂大稀(旧:To-do)
ファンタジー
「お前、クビな」 その一言で『万能職』の青年ロアは勇者パーティーから追い出された。 『万能職』は冒険者の最底辺職だ。 冒険者ギルドの区分では『万能職』と耳触りのいい呼び方をされているが、めったにそんな呼び方をしてもらえない職業だった。 『雑用係』『運び屋』『なんでも屋』『小間使い』『見習い』。 口汚い者たちなど『寄生虫」と呼んだり、あえて『万能様』と皮肉を効かせて呼んでいた。 要するにパーティーの戦闘以外の仕事をなんでもこなす、雑用専門の最下級職だった。 その底辺職を7年も勤めた彼は、追い出されたことによって新しい人生を始める……。

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

異世界へ誤召喚されちゃいました~女神の加護でほのぼのスローライフ送ります~

モーリー
ファンタジー
⭐︎第4回次世代ファンタジーカップ16位⭐︎ 飛行機事故で両親が他界してしまい、社会人の長男、高校生の長女、幼稚園児の次女で生きることになった御剣家。 保険金目当てで寄ってくる奴らに嫌気がさしながらも、3人で支え合いながら生活を送る日々。 そんな矢先に、3人揃って異世界に召喚されてしまった。 召喚特典として女神たちが加護やチート能力を与え、異世界でも生き抜けるようにしてくれた。 強制的に放り込まれた異世界。 知らない土地、知らない人、知らない世界。 不安をはねのけながら、時に怖い目に遭いながら、3人で異世界を生き抜き、平穏なスローライフを送る。 そんなほのぼのとした物語。

処理中です...