竜焔の騎士

時雨青葉

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第5章 背負う約束

これが、自分なりの答え

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「キリハ!!」


 甲高い声が、鼓膜を通して頭を揺さぶってくる。
 ゆっくりと目を開くと、枕元からこちらを覗き込んでくるフールの顔があった。


「………フール?」


 呼びかけると、フールが目に見えてほっとしたように息を吐いた。
 その後ろで。


「奇跡だ……」


 そうざわめいている声が聞こえる。


(奇跡……)


 聞こえてきた言葉を心の中で反芻はんすうしつつ、記憶をさかのぼる。


 自分の身に何が起こったのか。
 そして、自分が今までどんな世界にいたのか。


「そっかぁ…。あれが、いわゆる生死の境ってやつか……」


 それは、自然に零れた感想だった。
 だが、それを聞いた途端にフールの口調が激変する。


「ちょっと! 縁起でもないこと言わないでよ!」
「いや…。そんなこと言われてもなぁ……」


 動揺のあまりか、フールの声は完全に裏返っていた。
 そんなフールに苦笑いをしながら、キリハは左手を動かして柔らかいフールの頭をなでる。


「聞こえたよ、フールの声。ありがとう、呼び戻してくれて。」


 あの時フールの声が聞こえなかったら、自分は自分のことすら思い出せないまま、真っ暗な闇の中へ落ちていくしかなかったのだろう。


 守ることも、謝ることもできないまま。


 フールが何度も首を振る。


「違うよ。君を本当の意味で連れ戻したのはほむらだよ。僕はそこに便乗して呼びかけただけだ。」


 言われて気付く。
 自分の右手が、固いものを握っていることに。


 存在に気付いた瞬間、それは手の中で暴れ出して、懐かしくも感じる独特の感覚を訴えてくる。
 その感触を全身で噛み締め、力が入りにくい手でしっかりとそれを握り直す。


(……ありがとう。)


 心の中で礼を言うと、手の中の《焔乱舞》は、こちらの意思に応えるように震えた。


「……そういえば、みんなは?」


 意識を周囲に向けたところで、フール以外に親しい人々がいないことに気付く。


 自惚うぬぼれではないと思うが、サーシャやミゲルくらいは、大慌てですっ飛んできそうなのに。


「今はみんな、ライド地方にいるよ。またドラゴンが出たんだ。」
「そっか……」


 納得すると同時に、皆が自分よりも任務を優先してくれていることに安心した。
 そして、そんな気持ちはしっかりとフールに伝わっていたらしい。


「キリハ。みんな、君のことを心配しながら戦いに向かってるんだからね。自分がいなくても平気とか思ってたら怒るよ。」


 きっちりと釘を刺されてしまい、もはや笑うしかない。


「ちゃんとみんなにも謝るって。ところで、今回のドラゴンは大きいの?」


 現状把握のために訊ねる。


「……最大級だよ。多分、ストー町のドラゴンと並ぶと思う。」


 迷う素振りを見せながらも、フールは嘘をつかずにありのままを教えてくれた。


「それって、焔なしで大丈夫なの?」
「現実的には、かなり厳しいと思う。でも、やるしかない。みんなそう覚悟してるよ。」
「そっか……」


 全身から力を抜き、キリハはベッドに身を沈める。


「………」


 納得はしている。
 皆の覚悟も受け止めている。
 今の自分の状況も理解している。


 でも、我慢できない。


「よっと。」


 素直に寝ていようという判断を瞬時に覆し、キリハは全身に力を入れて上半身を起こした。


「おおっと……」


 しかし、長いこと昏睡状態だった体だ。
 思うよう動くはずもなく、キリハの体は大きく横に傾いでしまった。


「危ない!」


 ベッドから落ちそうになったキリハを、医者の一人がすぐに支える。


「あ、ありがとう…。うっわ、体がすっごく重い。」


 どこか暢気のんきな様子でそんな感想を漏らすキリハに、フールの懐疑的な視線が注がれた。


「キリハ…。一応訊くけど、何するつもり?」


 言葉の内容と口調から、フールがこちらの考えをすでに見抜いていることを知る。


「だって、一人で寝てるなんて無理だし。」
「今のキリハが行っても、足手まといなのに?」


 ずばりと指摘されてしまった。
 しかしキリハは特に不快感を表すこともなく、ただ静かに頷くだけだった。


「分かってるよ。だから、前線に出るような無茶はしない。でも、後ろから焔を見せびらかすだけでも、十分威嚇にはなるでしょ。いざとなったら、後ろから炎を飛ばせばいいわけだし。」


 《焔乱舞》の炎は、なにも前線だけで活躍するものではない。
 使いようによっては、後方から皆を支援することも可能だろう。


 そういう使い方をしたことがないというのが、一つの懸念点ではあるけど……


 やんわりと制止されるのを完全に無視して、キリハは床に足を下ろして立ち上がる。
 初めは重心を保つのにかなり苦労したが、少し努力するとなんとか歩けるくらいにはなった。


「キリハ…?」


 どこか間の抜けた声が耳朶じだを打つ。
 頭を巡らせると、フールがベッドの上からこちらを見上げていた。


 付き合いも長くなると、このぬいぐるみの顔からも感情を読み取れるようになるものだ。
 珍しく茫然としているフールに、少しの面白さと新鮮さが湧いてくる。


「周りがどんなでも、俺のやりたいことは変わらないんだよね。」


 キリハは微笑わらう。
 それは、見るのは随分と久しい、無理のない穏やかな笑みだった。


「守りたいものを守っていきたい。そう思ったから、焔とも背負うって約束した。俺がそうしたかっただけなんだから、最初から周りの目なんか気にする必要もなかったんだよね。うじうじ悩んで怯えてるより、いっそ開き直ってぶっ壊しちゃった方が楽だし、俺らしいや。気付くのが遅くてごめんね。」


 たとえ何かが崩壊しても、それは同時に何かの誕生でもある。
 今なら、フールの言葉を素直に受け入れられる。


 向き合っていこう。
 自分を選んでくれた《焔乱舞》とも、自分を支えてくれる皆とも。


 受け入れていこう。
 いい変化も悪い変化も、どんなことでも。


 そして、一緒に変わっていこう。
 共に歩んでいくために。


 それがこの剣を取ったことに対する、自分なりの責任の果たし方だ。


「さてと。のんびりしてる時間もないし、早く行こうよ。あーあ、みんなにこっぴどく怒られるんだろうなー。帰ったら、みんなにご飯おごろうっと。」


〝帰ったら〟


 当然のようにキリハの口から生み出される、魔法の言葉。
 目の前にあるのは、本当に元通りのキリハの姿だ。


「……さすが、焔が無理に連れ戻すだけのことはあるね。」


 フールはぽつりと呟く。
 そして。


「おかえり、キリハ。」


 そっと、その背に言ってやるのだった。

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