93 / 598
第5章 背負う約束
もう一度、約束を。
しおりを挟む―――あと一歩だ。
ぼんやりと、そう思う。
辺り一面には相変わらず、平衡感覚が狂うような闇が広がっている。
それでも、なんとなく分かるのだ。
今の自分は崖っぷちに立っていて、この下にはさらなる闇が口を開けて待っている。
もう引き消すことはできない、無の世界が。
―――――――――………ハ
「?」
なんだろう。
ふと思う。
この空間で、初めて何かの音を聞いた気がする。
――――――……リ………ハ
いや、違う。
これは音じゃなくて、誰かの声だ。
気付いた瞬間に、胸が締めつけられるように痛んだ。
誰だろう。
きっと、自分はこの声を知っているはずなのに。
もどかしさと不快感が全身の末端から集まって、喉元にせり上がってくる気分だった。
―――――――――キリハ!!
今度ははっきりと、子供のように可愛らしい声が脳裏に響いた。
「キ…リ、ハ…?」
無意識になぞる、その言葉。
知っている。
これは……
「俺の……名前……」
そして、この声の主は―――
「!!」
自分の中で、何かが盛大に弾けた。
意識にかかっていた靄が、綺麗に晴れる。
「何やってんの、俺……」
何が正しいのか。
何を求めているのか。
どうして帰らなければいけないのか。
そんなこと、今はどうでもいいではないか。
理屈や意味づけなど、帰ってからいくらでも考えればいい。
とにかく、今は―――
「行かなきゃ!!」
感覚だけで振り返って、闇を蹴った。
しかし。
「あ…」
引き返そうとした体が、見えない何かにぶつかった。
思ってもみなかった衝撃に、体がよろける。
足を引いた先に、確かな感触はなかった。
「!?」
がくんと膝が砕けて、バランスが一気に崩れる。
一瞬の浮遊感は、すぐさま落下感に変わる。
―――もう、帰れない。
否応なしに理解した、その時だ。
「あっつ!!」
背後から上がってきた風のように柔らかい何かに、体を力強く持ち上げられた。
体が空中に放り投げられるような感覚がして、今度は固い闇の上に落ちる。
「いったー…」
痛む体に顔をしかめつつも、頭を上げる。
すると、目の前が真っ赤に染まっていた。
「―――っ!!」
思わず息を飲んだ。
自分の周りを、赤く揺らめく炎が取り囲んでいたのだ。
―――覚悟は、あるか?
問いかけてくるのは、あの時と同じ声。
―――背負う覚悟が。守る覚悟が。全てを受け入れて裁きを下す覚悟が、お前にあるか?
ああ、そうだ……
約束したじゃないか。
全て背負ってやると。
戦う覚悟は決めていたし、色んな責任がのしかかってくることも承知していた。
全部分かっていた上で、それでも手を伸ばしたのだ。
誰かに強要されたわけじゃない。
紛れもない、自分の意志で。
(そっか……それでいいんだ。)
なんのためとか、誰のためとか、そんなところに答えを求めても意味はなくて。
自分が自分の意志でそう決めたから、剣を取った。
きっと、理由なんてそんな単純なものでいいのだ。
自分を抑え込める必要はない。
エリクがああ言った意味が、ようやく分かった気がした。
「ははっ、ばっかみたい……」
なんだか笑えてきた。
自分で決めたことなのだから、仕方ないじゃないか。
それで何かが悪い方向へ変わっていってしまうのなら、新たな変化で塗り潰してしまえばいい。
ただそれだけなのだ。
やっと、胸と頭のつかえが取れた気がする。
―――行こう。
いつまでも、ここで座っているわけにはいかない。
そう思って立ち上がると、周囲の炎が己の存在を主張するように高く燃え上がった。
それに、苦笑が込み上げてくる。
これはどうやら、この炎のお望みを叶えてやるしかなさそうだ。
やるべきことは分かっていたので、赤々と燃える炎の中に手を突っ込んだ。
「背負うよ。」
炎に向かって言ってやる。
「自分でそう決めたんだもんね。逃げてちゃ意味ないよね。周りが変わっていくのはやっぱり怖いけど……それでも俺は、俺が守りたいものを守るだけ。今度はちゃんと向き合うよ。」
そこで一度、言葉を区切る。
深呼吸をして、覚悟と共に再度口を開く。
「だから、俺に力を貸してね―――竜血剣《焔乱舞》。」
紡ぎ出す一言一句に、決意を込める。
すると、炎がさらに大きく燃えて揺らめいた。
炎の中でゆっくりと手を握ると、その手は固いものを掴む感触を返してくる。
それに安堵して目を閉じると、意識がぐっと遠のいていった。
恐怖はない。
進む先にあるのは、無ではないから。
次に目を開いた先にあるのは、きっと―――
0
お気に入りに追加
59
あなたにおすすめの小説

出戻り勇者は自重しない ~異世界に行ったら帰って来てからが本番だよね~
TB
ファンタジー
中2の夏休み、異世界召喚に巻き込まれた俺は14年の歳月を費やして魔王を倒した。討伐報酬で元の世界に戻った俺は、異世界召喚をされた瞬間に戻れた。28歳の意識と異世界能力で、失われた青春を取り戻すぜ!
東京五輪応援します!
色々な国やスポーツ、競技会など登場しますが、どんなに似てる感じがしても、あくまでも架空の設定でご都合主義の塊です!だってファンタジーですから!!
オレの異世界に対する常識は、異世界の非常識らしい
広原琉璃
ファンタジー
「あの……ここって、異世界ですか?」
「え?」
「は?」
「いせかい……?」
異世界に行ったら、帰るまでが異世界転移です。
ある日、突然異世界へ転移させられてしまった、嵯峨崎 博人(さがさき ひろと)。
そこで出会ったのは、神でも王様でも魔王でもなく、一般通過な冒険者ご一行!?
異世界ファンタジーの "あるある" が通じない冒険譚。
時に笑って、時に喧嘩して、時に強敵(魔族)と戦いながら、仲間たちとの友情と成長の物語。
目的地は、すべての情報が集う場所『聖王都 エルフェル・ブルグ』
半年後までに主人公・ヒロトは、元の世界に戻る事が出来るのか。
そして、『顔の無い魔族』に狙われた彼らの運命は。
伝えたいのは、まだ出会わぬ誰かで、未来の自分。
信頼とは何か、言葉を交わすとは何か、これはそんなお話。
少しづつ積み重ねながら成長していく彼らの物語を、どうぞ最後までお楽しみください。
====
※お気に入り、感想がありましたら励みになります
※近況ボードに「ヒロトとミニドラゴン」編を連載中です。
※ラスボスは最終的にざまぁ状態になります
※恋愛(馴れ初めレベル)は、外伝5となります
【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる
三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。
こんなはずじゃなかった!
異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。
珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に!
やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活!
右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり!
アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。
転生悪役令嬢に仕立て上げられた幸運の女神様は家門から勘当されたので、自由に生きるため、もう、ほっといてください。今更戻ってこいは遅いです
青の雀
ファンタジー
公爵令嬢ステファニー・エストロゲンは、学園の卒業パーティで第2王子のマリオットから突然、婚約破棄を告げられる
それも事実ではない男爵令嬢のリリアーヌ嬢を苛めたという冤罪を掛けられ、問答無用でマリオットから殴り飛ばされ意識を失ってしまう
そのショックで、ステファニーは前世社畜OL だった記憶を思い出し、日本料理を提供するファミリーレストランを開業することを思いつく
公爵令嬢として、持ち出せる宝石をなぜか物心ついたときには、すでに貯めていて、それを原資として開業するつもりでいる
この国では婚約破棄された令嬢は、キズモノとして扱われることから、なんとか自立しようと修道院回避のために幼いときから貯金していたみたいだった
足取り重く公爵邸に帰ったステファニーに待ち構えていたのが、父からの勘当宣告で……
エストロゲン家では、昔から異能をもって生まれてくるということを当然としている家柄で、異能を持たないステファニーは、前から肩身の狭い思いをしていた
修道院へ行くか、勘当を甘んじて受け入れるか、二者択一を迫られたステファニーは翌早朝にこっそり、家を出た
ステファニー自身は忘れているが、実は女神の化身で何代前の過去に人間との恋でいさかいがあり、無念が残っていたので、神界に帰らず、人間界の中で転生を繰り返すうちに、自分自身が女神であるということを忘れている
エストロゲン家の人々は、ステファニーの恩恵を受け異能を覚醒したということを知らない
ステファニーを追い出したことにより、次々に異能が消えていく……
4/20ようやく誤字チェックが完了しました
もしまだ、何かお気づきの点がありましたら、ご報告お待ち申し上げておりますm(_)m
いったん終了します
思いがけずに長くなってしまいましたので、各単元ごとはショートショートなのですが(笑)
平民女性に転生して、下剋上をするという話も面白いかなぁと
気が向いたら書きますね

【完結】婚約者が私以外の人と勝手に結婚したので黙って逃げてやりました〜某国の王子と珍獣ミミルキーを愛でます〜
平川
恋愛
侯爵家の莫大な借金を黒字に塗り替え事業を成功させ続ける才女コリーン。
だが愛する婚約者の為にと寝る間を惜しむほど侯爵家を支えてきたのにも関わらず知らぬ間に裏切られた彼女は一人、誰にも何も告げずに屋敷を飛び出した。
流れ流れて辿り着いたのは獣人が治めるバムダ王国。珍獣ミミルキーが生息するマサラヤマン島でこの国の第一王子ウィンダムに偶然出会い、強引に王宮に連れ去られミミルキーの生態調査に参加する事に!?
魔法使いのウィンロードである王子に溺愛され珍獣に癒されたコリーンは少しずつ自分を取り戻していく。
そして追い掛けて来た元婚約者に対して少女であった彼女が最後に出した答えとは…?
完結済全6話

異世界転生ファミリー
くろねこ教授
ファンタジー
辺境のとある家族。その一家には秘密があった?!
辺境の村に住む何の変哲もないマーティン一家。
アリス・マーティンは美人で料理が旨い主婦。
アーサーは元腕利きの冒険者、村の自警団のリーダー格で頼れる男。
長男のナイトはクールで賢い美少年。
ソフィアは産まれて一年の赤ん坊。
何の不思議もない家族と思われたが……
彼等には実は他人に知られる訳にはいかない秘密があったのだ。
完結【真】ご都合主義で生きてます。-創生魔法で思った物を創り、現代知識を使い世界を変える-
ジェルミ
ファンタジー
魔法は5属性、無限収納のストレージ。
自分の望んだものを創れる『創生魔法』が使える者が現れたら。
28歳でこの世を去った佐藤は、異世界の女神により転移を誘われる。
そして女神が授けたのは、想像した事を実現できる創生魔法だった。
安定した収入を得るために創生魔法を使い生産チートを目指す。
いずれは働かず、寝て暮らせる生活を目指して!
この世界は無い物ばかり。
現代知識を使い生産チートを目指します。
※カクヨム様にて1日PV数10,000超え、同時掲載しております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる