竜焔の騎士

時雨青葉

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第4章 暗闇の中に

すれ違う思い

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 シングルモード、時間指定コース。
 時間百五十分。


 長い時を刻んでいたモニターが、もうすぐ役目を終える。


 残り時間が十秒を切り、やがてゼロ秒へ。
 低いブザー音と共に実践場の証明が一度落ち、すぐに蛍光灯の明かりが点灯する。


「また無茶苦茶してる……」


 自動ドアの向こうから姿を現したルカのことを、カレンは苦笑を浮かべて出迎えた。


「まだ起きてたのか。」


 深夜三時を回ろうとしている時計を一瞥いちべつし、ルカは椅子にかけてあったタオルを取って、流れてくる汗を拭く。
 カレンは、そんなルカをじっと見つめていた。


「ねえ、ルカ……」


 手を伸ばし、そっとルカに寄り添う。
 触れた背中は汗で濡れていたが、それも相手がルカだというだけで不快には感じなかった。


「なんでまた、こんなことしてるのよ。最近、しなくなってたじゃん。」
「………」


 ルカは答えない。


「お決まりのだんまりだ。……まあ、言われなくても分かってるけどさ。」


 ずっとルカのことを見続けてきたのだ。
 彼の思考など、自分のもののように分かる。


「キリハがこうなったの、自分のせいだと思ってるんでしょ?」


 訊いてみるも、ルカは頑なに口を閉ざしている。
 だが、一度だけ微かにその背が震えたのが手を通して伝わってくる。
 それが、答えを明確に語っていた。


「あたしも、目の前で見てたから分かるよ。分かるけどさ……あんなの、誰のせいでもないじゃん。たまたまあそこにルカがいただけで、たまたまドラゴンがしぶとかっただけでしょ。なんで、ルカが自分のことを責める必要があるの?」


 カレンはルカの服をぎゅっと握る。


「ねえ……もう、帰ろうか?」
「……は?」


 ここでようやく、ルカが反応らしい反応を見せた。


「もういいじゃん。どうせあたしたちはほむらが使えないんだし、望んでここにいるわけでもないんだもん。帰ったって、誰も呼び戻しにこないよ。」


「お、おい……」


 ひどく狼狽ろうばいしたルカの声。
 しかし、カレンは口を止めない。


「だって、怖いんだもん。キリハがこんなことになっちゃって、次は自分かもしれない―――ルカかもしれないって思うと…。もう、ここにいたくないの…っ」


「カレン……」


「帰ろうよ! ルカがキリハの代わりなんてする必要ないでしょ!? あたしと一緒に、中央区に帰ろうよ!!」


「おい、落ち着けって……」
「嫌よ!」


「カレン!」
「嫌ったら嫌! 帰るって言うまで離さない!!」


「―――っ! いい加減にしろ!!」


 操作室の中に響く、乾いた音。


「お前は、オレに尻尾巻いて逃げろって言うのかよ!?」


 振り払われた手を見下ろすカレンに向かって、ルカは激情で震える声を叩きつける。


「今ここで逃げたら、それこそ世間の笑い者だ。あいつらを見返すどころか、一生後ろ指を差されて生きていくことになるんだぞ!? それでいいのかよ!?」


「いいわよ、別に!!」


 キッと顔を上げ、カレンは強い口調で言い返す。


 こちらの反論に、ルカが動揺して言葉に窮した。
 そんなルカを見ていると、なんだか自分のことがみじめに思えてきて、目頭に熱いものが込み上げてくる。


「もうこれ以上……あたしを馬鹿な女にしないでよ……」


「は? 何言って……」
「はっきり言うけどね!!」


 だめだ。
 止められない。


 あふれてくる涙も。
 ずっとこらえていたこの気持ちも……


「あたしは、キリハのことなんてどうでもいいの! これ以上、あんたのそのつらそうな顔を見ていたくないのよ!! ルカがそんな顔しないで済むなら、別に笑われたって、ののしられたって構わない!!」


 心の底から叫ぶと、ルカは大きく目を見開いて言葉を失ってしまった。


「せっかくこっちが、自分のわがままってことにしようと思ってたのに……台無しじゃん。こんなことまで言わせないでよ。」


 こんなことを言いに来たわけではないのに……


 拭っても拭っても、涙は止まらない。
 それはまるで、自分の心を表しているかのようだった。


 ルカもサーシャも弱っているから必死に我慢してきたけど、本当は自分だって限界寸前なのだ。


 キリハを襲ったドラゴンの爪の威力も、地面が血で染まっていく真っ赤な光景も忘れられない。
 このままキリハが死んでしまったらと思うと、恐怖で膝が笑いそうになる。


 次にこうなるのは、ルカかもしれない。
 それが怖くて仕方ないのだ。


 もうルカのつらそうな顔を見たくない。
 ルカに自分の身を削るようなこともしてほしくない。
 そして何より、ルカを失いたくない。


 その気持ちだけが、自分を突き動かす原動力。


「いい加減察してよ……あたしがなんのために、竜騎士隊に立候補してまであんたについてきたのか。」


 竜騎士隊選定のあの日、真っ先に選ばれたのはルカとサーシャだった。


 自分も一緒に選ばれるなんて、都合のいいことが起こるはずない。
 これから一年は、彼と一緒にいられなくなってしまう。


 そう、心の中で覚悟を決めていた。


 でもフールが迷う素振りを見せた瞬間、その隙をのがすまいと口を開いていた。
 理由なんて、一つしかない。


「もう嫌……ルカの、そんな顔見てるの。ルカ、つらいくせして、あたしに何もさせてくれないんだもん。必死にここまでついてきたのだって、どうせあたしがあんたの傍にいたいだけって、きっとそれだけで……ただの自己満足なんでしょ…? こんなことなら、こんな所に来なきゃよかった。馬鹿にされても、中央区にいた方がよかった。逃げたくもなるよ……もう…っ」


 必死に絞り出す声が涙に遮られ、そして飲み込まれていく。
 静まり返る室内に、カレンのすすり泣く声が小さく木霊こだまする。


「―――オレは……」


 少しの無の時間を経た後、ルカの唇が微かに震える。


「オレは、逃げるわけにはいかない。」


 口腔から吐息のように小さく零れたのは、カレンを拒絶するというよりは、自分自身に向かって放たれた、そんな独白のような、頼りなく揺れる声。


 ルカは両手で顔を覆うカレンに、ゆっくりと手を伸ばす。
 伸ばして、肩に触れかけて、怯えたようにその手が痙攣けいれんする。


 そして結局、カレンに触れることは叶わないまま、手は下がっていく。


「………っ」


 唇を噛み締めるルカ。
 そのままルカは深くうつむいて、無言のままカレンの横を通り過ぎていった。


 自動ドアが静かに開き、そして静かに閉まる。


「………分かってるもん。」


 一人取り残され、機械の駆動音すらなくなった部屋。
 その中で、カレンはぽつりと呟く。


「あんたが逃げないことくらい分かってるよ。でも……でもさ……」


 ルカは逃げない。
 いや、逃げられない。
 そんなことを自分に許せるような性格じゃないのだから。


 でも、時には逃げることも一つの選択なのではないだろうか。
 自分が壊れてしまうくらいなら、逃げたっていいじゃないか。
 そんなの、きっと誰も責められない。


「あんたが壊れちゃったら……あたしは、なんのために生きていけばいいのよ……馬鹿…っ」


 カレンはまた顔を覆う。
 そして息を殺して、たった一人で、小さく泣いた。

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