竜焔の騎士

時雨青葉

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第2章 何が正しいこと?

憂いの理由

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 信用ならないか。


 そう告げた後、気まずげな雰囲気で黙るエリク。
 それを見て、キリハは違和感に眉をひそめた。


 何か、誤解されていないだろうか。


 直感的にそう感じたので、キリハは溜め息混じりに口を開く。


「分かってるよ。そんなこと。」


 はっきりと言うと、案の定エリクは呆けたように目を丸くした。
 キリハは続ける。


「ルカの性格くらい、嫌ってくらい知ってるもん。あれが本心じゃないことくらい分かってる。心配しなくても、これくらいじゃルカを本気で嫌ったりしないよ。」


 エリクの悲しげな顔。


 いつもの彼らしくない。
 いつもなら、ルカのフォローをするために色んな言葉を連ねてくるはずなのに。


「そもそもルカのことなんだから、ルカが自分で責任を取るべきだとは思うんだけど……エリクさん、ルカのことで何人の人を、そんな悲しそうな顔で見送ったの? お生憎あいにく様。同じ竜騎士隊にいるんだし、少なくともその間は、意地でも食い下がってあげるよ。あのひねくれ者にさ。」


 ぺろりと舌を出して、キリハは悪戯いたずらっぽく笑ってやる。


 今のエリクには、ルカのために自分を引き留めようという意志がなかった。
 仮に今自分が〝ルカのことなんか、もう知らない〟とでも言ったら、エリクはあの悲しげな顔のまま、自分を見送るだけだっただろう。


 自分としては、そのことが少々不服だった。
 ルカを見限るつもりならば、エリクに呼ばれたからといって、こんな風に病院へ足を運んだりなどしない。


 エリクはキリハの言葉に、しばし目をしばたたかせていた。
 そしてある瞬間を境に、彼はものすごく嬉しそうに笑う。


「キリハ君は優しいね。ルカは幸せ者だよ。よし、分かった。ルカには僕から言っておくね。」


 呆けていたと思ったら、この変わり身の早さだ。
 想定外のエリクの申し出に、キリハは慌てて両手を振る。


「いやいや! 別に怒ってるわけじゃないんだよ! ただ……」


「ただ?」
「ただ……」


 訊ねられ、キリハは眉を下げる。


「ただ、それを否定できない自分が嫌なだけ。だってさ、ほむらは俺にしか使えないんだよ? それなのに、唯一焔にさわれる俺が、焔のことを認めてあげられないんだもん……」


 世間は《焔乱舞》のことを好き勝手にはやし立てているが、《焔乱舞》がどんな代物なのかを実感して知っているのは自分だけ。


 それなのに、《焔乱舞》のことを一番知っているはずの自分が、《焔乱舞》の存在を肯定できないのだ。
 こんな情けない話があるだろうか。


「そっか……そうだね。戸惑っちゃうよね。周りの見る目が変わって、それについていけなくて、何がだめだったのかを必死に考えて、結局何が正しいのかも分からなくなる。そんなところかな?」


 反論の余地もない。
 キリハは沈んだ表情のまま頷く。


 毎週のようにこちらの話を聞いていただけあって、エリクの指摘には寸分の違いもなかった。


 もう、分からない……


 光のこもらない瞳で、ぼうっと机を見つめるキリハ。


 寝不足や食欲不振の影響も相まってか、身も心もすっかり疲れていた。
 加えて、この場なら誰にも見られないという事実が、気丈に振る舞おうとする心を邪魔してくる。
 大丈夫だと言えるほどの気力も残っていない。


 きっと、今の自分はこれまでで一番ひどい顔をしているだろう。


 こんなことでは、エリクに迷惑をかけるだけだというのに……


「キリハ君……」


 囁くような呼び声と共に、向かいで椅子が引かれる音がする。


 さすがに呆れられてしまっただろうか。
 そう思っていると、机を見つめる視界の端に彼がまとう白衣の生地が映り込んできた。

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