竜焔の騎士

時雨青葉

文字の大きさ
上 下
68 / 598
第2章 何が正しいこと?

わだかまる疑念

しおりを挟む
 まだ日も昇り切っていない早朝。
 キリハは静かに目を開けた。


 最近、やたらと早く目が覚めてしまう。
 どれだけ夜更かしをしようが、どれだけ疲れていようがこうなので、最近は体が重く感じて仕方ない。
 とはいえ、もう一度寝るには中途半端な時間だし、二度寝はしない方なので結局起きるしかない。


 洗面所で顔を洗い、歯ブラシをくわえたまま部屋に戻る。
 そして特に目的があるわけでもなくテレビのチャンネルを回し、すぐに消した。


 見なければよかった。
 心底後悔する。


 この時間帯は、ニュース番組くらいしかやっていない。
 タイミングが悪かったのか、ほとんどの番組が昨日のドラゴン討伐について報道していた。
 一体どこから撮影していたのかは知らないが、様々なアングルから撮られた古代遺跡と、そこに舞う炎の映像がくどいほどに流れていたのだ。


 昨日は麻酔が効いたせいで、ドラゴン殲滅部隊はほとんど動いていない。
 だから結果として、取り上げる部分が《焔乱舞》の威力に絞られるのは仕方ないことなのだろう。


 でもとにかく今は、《焔乱舞》と自分を褒め称える声など聞きたくないのだ。


 朝一番に嫌なものを見てしまい、もやもやした気分のまま部屋を出る。
 最近いつもそうしているように、階段を上がって屋上へと向かった。


 こちらの気分などつゆ知らず、屋上を包むのは爽やかな青空だ。
 それに複雑な気持ちになる一方で、自分に構わず変わることのない空にほっとする。
 そんな朝の空気を胸いっぱいに吸い込み、肺が空になるまでゆっくりと息を吐き出す。


 静かに目を開いて見下ろした街の風景は、いつも下から見上げることが多いせいか、少しだけ見慣れないものを見るようで新鮮だ。
 ガラス張りのビルの窓に朝日が反射して輝き、道を行く人や車の姿は小さくて、まるでおもちゃのようだ。


 でも不思議なことに、この景色を綺麗だとは思わなかった。


「………」


 キリハは思わず目を伏せる。


 自分の心が嫌な方向へ傾いていると、それを自覚するしかない。
 周囲に対する感覚が鈍麻しているのがいい証拠だ。


 昨日に至っては八つ当たりまでしてしまっているし、ここ最近の自分は自分じゃないように思える。
 それだけ、自分の心が追い詰められているのだろうか。


 腰に下がる《焔乱舞》に手をかけ、ゆっくりと抜いて天にかざしてみる。
 日の光を浴びてきらめくあかい剣は、その刀身から小さな炎を舞わせている。


 使用者を選ぶと言われていた《焔乱舞》。
 それがどういう意味なのかは、《焔乱舞》を手にしてから実体験を元に知った。


 自分以外の誰も、《焔乱舞》に触れることができなかったのである。
 さやに触れる分には特に問題もないらしいのだが、誰もそのつかを握ることはできなかった。


 皆口を揃えて、熱くてさわれないと言うのだ。


 科学的な分析もされたが組成は至って普通の剣であり、《焔乱舞》が発熱しているというデータも取れなかったらしい。
 しかし、《焔乱舞》が自分以外の人間に熱さを感じさせている事実もあり、宮殿の研究者たちは頭を悩ませているそうだ。


 ただ確かにある現実は、《焔乱舞》が自分にしか扱えない剣であること。
 それだけだ。


「なんだかな……」


 じっと、炎を宿した剣を見つめる。


 自分のことを絶対に認めさせると大口を叩きはしたものの、実際に《焔乱舞》が手元に来たのは、奇跡的な確率だったと思っている。


 あの時は精神的にも肉体的にも限界が近かったし、何よりレイミヤが現場だったこともあって、とにかく必死だった。
 自分も周囲もかなり疲弊していて、それはドラゴンも同じことで、双方のためにも早くこの戦いを終わらせたかった。
 《焔乱舞》の声に引きずられた時も、売り言葉に買い言葉の勢いで、がむしゃらに手を伸ばしただけだ。


 そうして掴んだこの剣。
 それによってもたらされた変化。


 その変化の大きさは、自分の想像を大きく超え過ぎていた。


 テレビや新聞の世界など、所詮は画面や紙面を挟んだ別世界でしかない。
 そこに自分が取り込まれることになるなんて、頭の片隅ですら思ったことはなかった。
 画面の向こうに自分が映る違和感が気持ち悪くて、苛立ちすら覚える時もある。


 ドラゴン討伐の終わりと共に過去も清算され、竜使いを差別する風潮もなくなるだろう。


 飽きるほど見た《焔乱舞》の特集番組で、そう語るまれな評論家もいる。
 もし本当にそうなるなら、これだけ自分が目立っていることにも意味があるのだろう。


 しかし結局のところ、それは夢物語でしかない。
 現実はあまりにも厳しく、無慈悲だ。




 ―――本当に、正しかった?




 現実を見つめ続けてきた心が問いかけてくる。
 この剣を手にして得られた恩恵は大きいが、何か違う気がするのだ。


 本当に自分は、《焔乱舞》を手にするべきだったのだろうか。


 ドラゴン大戦時は、《焔乱舞》なしで戦っていたらしい。
 それならば今だって、苦労するのは最初だけで、経験を積んで慣れていくうちに《焔乱舞》がなくとも効率よく戦うことができるようになるはず。


 じゃあ、《焔乱舞》がここにある意味はあまり大きくないのでは…?


「もう……分かんないや。」


 楽観的だった頭で必死に考えたが、結局何が正しくて、何がいけないのか分からない。
 自分と周囲に生まれてしまった歪みは大きくきしむだけで、その改善策も全く思いつかない。
 もう、考えること自体に疲れてしまいそうだ。




 ピ――――――ッ




 その時、宮殿中に耳を塞ぎたくなるほどの警告音が鳴り響いた。
 最近は聞く度に憂鬱ゆううつになる、ドラゴン出現警報だ。


「……行かないと。」


 自らに言い聞かせ、動きたがらない足をドアの方へ向ける。
 一つ深呼吸をして腹に力を込める。


 それで気持ちを切り替え、次にキリハは思い切り走り出した。


 そうすることで、沈む心を振り払うように。

しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

完結【真】ご都合主義で生きてます。-創生魔法で思った物を創り、現代知識を使い世界を変える-

ジェルミ
ファンタジー
魔法は5属性、無限収納のストレージ。 自分の望んだものを創れる『創生魔法』が使える者が現れたら。 28歳でこの世を去った佐藤は、異世界の女神により転移を誘われる。 そして女神が授けたのは、想像した事を実現できる創生魔法だった。 安定した収入を得るために創生魔法を使い生産チートを目指す。 いずれは働かず、寝て暮らせる生活を目指して! この世界は無い物ばかり。 現代知識を使い生産チートを目指します。 ※カクヨム様にて1日PV数10,000超え、同時掲載しております。

世界の十字路

時雨青葉
ファンタジー
転校生のとある言葉から、日常は非日常に変わっていく――― ある時から謎の夢に悩まされるようになった実。 覚えているのは、目が覚める前に響く「だめだ!!」という父親の声だけ。 自分の見ている夢は、一体何を示しているのか? 思い悩む中、悪夢は確実に現実を浸食していき――― 「お前は、確実に向こうの人間だよ。」 転校生が告げた言葉の意味は? 異世界転移系ファンタジー、堂々開幕!! ※鬱々としすぎているわけではありませんが、少しばかりダーク寄りな内容となりますので、ご了承のうえお読みください。

エリクサーは不老不死の薬ではありません。~完成したエリクサーのせいで追放されましたが、隣国で色々助けてたら聖人に……ただの草使いですよ~

シロ鼬
ファンタジー
エリクサー……それは生命あるものすべてを癒し、治す薬――そう、それだけだ。 主人公、リッツはスキル『草』と持ち前の知識でついにエリクサーを完成させるが、なぜか王様に偽物と判断されてしまう。 追放され行く当てもなくなったリッツは、とりあえず大好きな草を集めていると怪我をした神獣の子に出会う。 さらには倒れた少女と出会い、疫病が発生したという隣国へ向かった。 疫病? これ飲めば治りますよ? これは自前の薬とエリクサーを使い、聖人と呼ばれてしまった男の物語。

アイテムボックス無双 ~何でも収納! 奥義・首狩りアイテムボックス!~

明治サブ🍆スニーカー大賞【金賞】受賞作家
ファンタジー
※大・大・大どんでん返し回まで投稿済です!! 『第1回 次世代ファンタジーカップ ~最強「進化系ざまぁ」決定戦!』投稿作品。  無限収納機能を持つ『マジックバッグ』が巷にあふれる街で、収納魔法【アイテムボックス】しか使えない主人公・クリスは冒険者たちから無能扱いされ続け、ついに100パーティー目から追放されてしまう。  破れかぶれになって単騎で魔物討伐に向かい、あわや死にかけたところに謎の美しき旅の魔女が現れ、クリスに告げる。 「【アイテムボックス】は最強の魔法なんだよ。儂が使い方を教えてやろう」 【アイテムボックス】で魔物の首を、家屋を、オークの集落を丸ごと収納!? 【アイテムボックス】で道を作り、川を作り、街を作る!? ただの収納魔法と侮るなかれ。知覚できるものなら疫病だろうが敵の軍勢だろうが何だって除去する超能力! 主人公・クリスの成り上がりと「進化系ざまぁ」展開、そして最後に待ち受ける極上のどんでん返しを、とくとご覧あれ! 随所に散りばめられた大小さまざまな伏線を、あなたは見抜けるか!?

老女召喚〜聖女はまさかの80歳?!〜城を追い出されちゃったけど、何か若返ってるし、元気に異世界で生き抜きます!〜

二階堂吉乃
ファンタジー
 瘴気に脅かされる王国があった。それを祓うことが出来るのは異世界人の乙女だけ。王国の幹部は伝説の『聖女召喚』の儀を行う。だが現れたのは1人の老婆だった。「召喚は失敗だ!」聖女を娶るつもりだった王子は激怒した。そこら辺の平民だと思われた老女は金貨1枚を与えられると、城から追い出されてしまう。実はこの老婆こそが召喚された女性だった。  白石きよ子・80歳。寝ていた布団の中から異世界に連れてこられてしまった。始めは「ドッキリじゃないかしら」と疑っていた。頼れる知り合いも家族もいない。持病の関節痛と高血圧の薬もない。しかし生来の逞しさで異世界で生き抜いていく。  後日、召喚が成功していたと分かる。王や重臣たちは慌てて老女の行方を探し始めるが、一向に見つからない。それもそのはず、きよ子はどんどん若返っていた。行方不明の老聖女を探す副団長は、黒髪黒目の不思議な美女と出会うが…。  人の名前が何故か映画スターの名になっちゃう天然系若返り聖女の冒険。全14話+間話8話。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

【完結】過保護な竜王による未来の魔王の育て方

綾雅(ヤンデレ攻略対象、電子書籍化)
ファンタジー
魔族の幼子ルンは、突然両親と引き離されてしまった。掴まった先で暴行され、殺されかけたところを救われる。圧倒的な強さを持つが、見た目の恐ろしい竜王は保護した子の両親を探す。その先にある不幸な現実を受け入れ、幼子は竜王の養子となった。が、子育て経験のない竜王は混乱しまくり。日常が騒動続きで、配下を含めて大騒ぎが始まる。幼子は魔族としか分からなかったが、実は将来の魔王で?! 異種族同士の親子が紡ぐ絆の物語――ハッピーエンド確定。 #日常系、ほのぼの、ハッピーエンド 【同時掲載】小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2024/08/13……完結 2024/07/02……エブリスタ、ファンタジー1位 2024/07/02……アルファポリス、女性向けHOT 63位 2024/07/01……連載開始

うっかり『野良犬』を手懐けてしまった底辺男の逆転人生

野良 乃人
ファンタジー
辺境の田舎街に住むエリオは落ちこぼれの底辺冒険者。 普段から無能だの底辺だのと馬鹿にされ、薬草拾いと揶揄されている。 そんなエリオだが、ふとした事がきっかけで『野良犬』を手懐けてしまう。 そこから始まる底辺落ちこぼれエリオの成り上がりストーリー。 そしてこの世界に存在する宝玉がエリオに力を与えてくれる。 うっかり野良犬を手懐けた底辺男。冒険者という枠を超え乱世での逆転人生が始まります。 いずれは王となるのも夢ではないかも!? ◇世界観的に命の価値は軽いです◇ カクヨムでも同タイトルで掲載しています。

処理中です...