竜焔の騎士

時雨青葉

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第2章 何が正しいこと?

わだかまる疑念

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 まだ日も昇り切っていない早朝。
 キリハは静かに目を開けた。


 最近、やたらと早く目が覚めてしまう。
 どれだけ夜更かしをしようが、どれだけ疲れていようがこうなので、最近は体が重く感じて仕方ない。
 とはいえ、もう一度寝るには中途半端な時間だし、二度寝はしない方なので結局起きるしかない。


 洗面所で顔を洗い、歯ブラシをくわえたまま部屋に戻る。
 そして特に目的があるわけでもなくテレビのチャンネルを回し、すぐに消した。


 見なければよかった。
 心底後悔する。


 この時間帯は、ニュース番組くらいしかやっていない。
 タイミングが悪かったのか、ほとんどの番組が昨日のドラゴン討伐について報道していた。
 一体どこから撮影していたのかは知らないが、様々なアングルから撮られた古代遺跡と、そこに舞う炎の映像がくどいほどに流れていたのだ。


 昨日は麻酔が効いたせいで、ドラゴン殲滅部隊はほとんど動いていない。
 だから結果として、取り上げる部分が《焔乱舞》の威力に絞られるのは仕方ないことなのだろう。


 でもとにかく今は、《焔乱舞》と自分を褒め称える声など聞きたくないのだ。


 朝一番に嫌なものを見てしまい、もやもやした気分のまま部屋を出る。
 最近いつもそうしているように、階段を上がって屋上へと向かった。


 こちらの気分などつゆ知らず、屋上を包むのは爽やかな青空だ。
 それに複雑な気持ちになる一方で、自分に構わず変わることのない空にほっとする。
 そんな朝の空気を胸いっぱいに吸い込み、肺が空になるまでゆっくりと息を吐き出す。


 静かに目を開いて見下ろした街の風景は、いつも下から見上げることが多いせいか、少しだけ見慣れないものを見るようで新鮮だ。
 ガラス張りのビルの窓に朝日が反射して輝き、道を行く人や車の姿は小さくて、まるでおもちゃのようだ。


 でも不思議なことに、この景色を綺麗だとは思わなかった。


「………」


 キリハは思わず目を伏せる。


 自分の心が嫌な方向へ傾いていると、それを自覚するしかない。
 周囲に対する感覚が鈍麻しているのがいい証拠だ。


 昨日に至っては八つ当たりまでしてしまっているし、ここ最近の自分は自分じゃないように思える。
 それだけ、自分の心が追い詰められているのだろうか。


 腰に下がる《焔乱舞》に手をかけ、ゆっくりと抜いて天にかざしてみる。
 日の光を浴びてきらめくあかい剣は、その刀身から小さな炎を舞わせている。


 使用者を選ぶと言われていた《焔乱舞》。
 それがどういう意味なのかは、《焔乱舞》を手にしてから実体験を元に知った。


 自分以外の誰も、《焔乱舞》に触れることができなかったのである。
 さやに触れる分には特に問題もないらしいのだが、誰もそのつかを握ることはできなかった。


 皆口を揃えて、熱くてさわれないと言うのだ。


 科学的な分析もされたが組成は至って普通の剣であり、《焔乱舞》が発熱しているというデータも取れなかったらしい。
 しかし、《焔乱舞》が自分以外の人間に熱さを感じさせている事実もあり、宮殿の研究者たちは頭を悩ませているそうだ。


 ただ確かにある現実は、《焔乱舞》が自分にしか扱えない剣であること。
 それだけだ。


「なんだかな……」


 じっと、炎を宿した剣を見つめる。


 自分のことを絶対に認めさせると大口を叩きはしたものの、実際に《焔乱舞》が手元に来たのは、奇跡的な確率だったと思っている。


 あの時は精神的にも肉体的にも限界が近かったし、何よりレイミヤが現場だったこともあって、とにかく必死だった。
 自分も周囲もかなり疲弊していて、それはドラゴンも同じことで、双方のためにも早くこの戦いを終わらせたかった。
 《焔乱舞》の声に引きずられた時も、売り言葉に買い言葉の勢いで、がむしゃらに手を伸ばしただけだ。


 そうして掴んだこの剣。
 それによってもたらされた変化。


 その変化の大きさは、自分の想像を大きく超え過ぎていた。


 テレビや新聞の世界など、所詮は画面や紙面を挟んだ別世界でしかない。
 そこに自分が取り込まれることになるなんて、頭の片隅ですら思ったことはなかった。
 画面の向こうに自分が映る違和感が気持ち悪くて、苛立ちすら覚える時もある。


 ドラゴン討伐の終わりと共に過去も清算され、竜使いを差別する風潮もなくなるだろう。


 飽きるほど見た《焔乱舞》の特集番組で、そう語るまれな評論家もいる。
 もし本当にそうなるなら、これだけ自分が目立っていることにも意味があるのだろう。


 しかし結局のところ、それは夢物語でしかない。
 現実はあまりにも厳しく、無慈悲だ。




 ―――本当に、正しかった?




 現実を見つめ続けてきた心が問いかけてくる。
 この剣を手にして得られた恩恵は大きいが、何か違う気がするのだ。


 本当に自分は、《焔乱舞》を手にするべきだったのだろうか。


 ドラゴン大戦時は、《焔乱舞》なしで戦っていたらしい。
 それならば今だって、苦労するのは最初だけで、経験を積んで慣れていくうちに《焔乱舞》がなくとも効率よく戦うことができるようになるはず。


 じゃあ、《焔乱舞》がここにある意味はあまり大きくないのでは…?


「もう……分かんないや。」


 楽観的だった頭で必死に考えたが、結局何が正しくて、何がいけないのか分からない。
 自分と周囲に生まれてしまった歪みは大きくきしむだけで、その改善策も全く思いつかない。
 もう、考えること自体に疲れてしまいそうだ。




 ピ――――――ッ




 その時、宮殿中に耳を塞ぎたくなるほどの警告音が鳴り響いた。
 最近は聞く度に憂鬱ゆううつになる、ドラゴン出現警報だ。


「……行かないと。」


 自らに言い聞かせ、動きたがらない足をドアの方へ向ける。
 一つ深呼吸をして腹に力を込める。


 それで気持ちを切り替え、次にキリハは思い切り走り出した。


 そうすることで、沈む心を振り払うように。

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