竜焔の騎士

時雨青葉

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第5章 目覚め

安らぎは一瞬の内に―――

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 問われ、サーシャは石のように固まる。
 一瞬、何を言われたのか分からなかった。


『キリハのこと、好きなの?』


 脳内でその言葉を反芻はんすうする。
 何度も何度も何度も何度も……


「―――っ!!」


 あっという間に真っ赤に染まるサーシャの顔。


「あら、自覚なしだった?」
「えっ……あの……え!?」


 あらまあ、と頬に手を添えるメイに、サーシャはろくに声も出せない。


「っていうか、キリハもキリハよね。あの子ったら、無自覚で乙女心をばんばんプッシュしちゃって……」


 ナスカが眉を下げて苦笑する。
 メイもそれに同意。


「大抵のことはそつなくこなす子だから気にしてなかったけど、さすがにレディーとの接し方は教えてなかったわね……」
「というか院長。キリハの口から、一度でも恋愛関係の話を聞いたことあります?」


「いいえ。そう言うナスカさんは?」
「あったらよかったんですけどねぇ……」


 話しているうちに、徐々にメイとナスカの表情が強張っていく。


「ああ…。そういえば、事情を隠してキリハのことを育ててたから、キリハは中学までの勉強をここで済ませてたわね。」
「ついでに言うと、剣の方はディアから教わってたので、外に出てまで習う必要はありませんでした。」


「ということは、キリハの中で女の人っていうと、職員か畑のおばあちゃんか、子供たちしかいないってことよね…?」
「………」


 互いに顔を見合わせ、メイとナスカは言葉をなくす。


「盲点だったわ……」
「サーシャちゃん!! こうなったら、あなたしかいないわ! あの子に、恋愛ってものを教えてあげて!!」
「えええええっ!?」


 ナスカに懇願されながら両手を掴まれ、サーシャは今までの後悔なども忘れて叫んだ。


「このままじゃあの子、無駄に愛想ばかり振りまいて、そのうち刺されちゃうわー!!」
「そ、そんなこと言っても、私だってキリハのことが好きって今気づいたんですよ!? それに、誰かのこと好きになるなんて初めてで……」


「初恋が、よりよってあの子なの!? ごめんね、私たちのせいで苦労かけちゃうわぁ…。これは、あなたの傍に強力な助っ人が必要ね!」
「え…?」


 ナスカがふと別の方向へ顔を向けたので、サーシャも無意識にそれにならった。


「もう入っていいわよ。」


 ぴったりと閉じているドアに向かって、ナスカはそう言った。
 すると、その言葉を待ち構えていたかのようにドアが開く。


「カ……カレンちゃん!?」


 そこに立っていた人物が意外で、サーシャは目を丸くした。


「どうしてここが……」
「勘よ。もう、心配かけて……捜したんだからね。」


 大袈裟な口調で言いながら、カレンは手に持っていたものをサーシャに手渡した。
 それは、サーシャがターニャから渡されていた剣だ。


「ちゃんと持ってなきゃだめじゃない。逃げないんでしょ?」
「……うん。」


 サーシャは受け取った剣をぐっと握る。
 カレンはサーシャのその反応に満足げに頷き、次に意地悪そうに口角を上げた。


「それにしても~、いいこと聞いちゃったなぁ。」
「いいこと?」
「だって、キリハのこと好きなんでしょ?」


 にやにやと笑うカレン。


「もう面白すぎて、笑うの我慢するのつらかったんだから。」


 その発言は嘘ではないらしく、カレンの目尻にはうっすらと光るものがあった。


 真正面からの爆弾発言に、サーシャの顔は瞬く間に茹でだこ状態になっていく。
 まるで魚のように口をぱくぱくとさせるサーシャに、カレンはさらに言ってやる。


「ちなみに、あたしはなんとなく知ってた。」
「ええー!?」


「サーシャが分かりやすいのよ。まあ、気づかないキリハも鈍感だけど。さあさあ、この無自覚天然カップルを、あたしはどうすればいいのかしら?」


 カレンはおふざけ調子で声音を上げ、わざとらしく両手を頬に当てる。
 そこに面白半分でナスカが乗っかった。


「カレンちゃん、どうかこの二人を…っ。特に馬鹿丸出しのキリハを、せめて! せめて普通に!!」
「むむ、それは難題だわ! 作戦会議をしましょう!」


「ぜひ!!」
「もう、カレンちゃん!! ナスカさんまで……」


 頬を赤らめたまま叫ぶサーシャは、先ほどまでとは別の意味で涙目である。
 それを見たカレンとナスカは大声で笑う。


 からかっている部分が大きいだろうが、自分を元気づけてくれている。
 苦笑いで見守るメイと笑うカレンたちから、そのことは痛いほどに伝わってきた。


 ここに来てよかった。


 自分をさらけ出せたこと。
 なんだか前向きな気持ちになれたこと。


 そして、気づいてしまった小さな恋心。


 それらはサーシャの中に渦巻いていた後悔を押し流し、その部分を温かい気持ちで満たしてくれた。


「みんな、ありがとう。」


 サーシャははにかんで、謝罪の言葉ではなく感謝の言葉を伝える。


 これで、本当の意味で自分は自分自身と向き合えるかもしれない。
 そう思えたのに―――



 ドーンッ



 孤児院を襲う巨大な地震。
 立っていられなくなるような揺れに、サーシャたちは床に倒れてしまった。


「なっ……何!?」


 カレンが緊迫した様子で周囲を見回す。


 大きく揺れる照明。
 倒れる家具や落ちる小物。
 割れそうなくらいきしむ窓。
 それに加えて、外から聞こえる何かの破壊音。


 今までの地震とは、明らかに違っていた。


「………」


 揺れが収まり始めた頃、サーシャは意を決して立ち上がった。


 確かめなくてはならない。
 これがただの地震なのか、そうではないのか。


 おそるおそる窓に近寄り、カーテンを開く。




 そこには―――



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