50 / 598
第5章 目覚め
好きなの?
しおりを挟む
あれから、どれくらい泣いたのだろう。
視界はぼやけ、頭が鈍い痛みを発している。
それでも涙はまだ止まらず、自分でもそのことに驚いてしまう。
(人って、こんなに泣けるのね。)
ぼんやりとそんなことを思いながら、サーシャは目を閉じる。
ふっと肩の力を抜くと、頭上から優しい声が降り注いできた。
「落ち着いてきた?」
柔らかく、まるで壊れ物を扱うかのように頭をなでられて、自分がメイに膝枕をされる形で泣き伏していたのだと自覚する。
もう少し、この温かさに触れていたい。
そう願う自分がいたが、サーシャはその願いを押しのけてゆっくりと体を起こした。
「ごめんなさい……」
謝ると、メイは目元を和ませて首を振る。
「どうして謝るの? 怖いものは仕方ないでしょ。」
サーシャの目の端に浮かぶ涙をそっと拭いながら、メイはいつかのキリハと似たようなことを口にした。
メイの胸に泣きついてから、長い時間をかけて何が起こったのかを話した。
涙声だったし、話の流れはめちゃくちゃだし、きっと要領を得ない話だったことだろう。
それでもメイは、最後まで話を聞いてくれた。
それが嬉しくて安心できて、口が勝手に今まで溜め込んできた感情を吐露していた。
こんな姿、親にだって見せたことがないのに……
サーシャが唇を噛んでいると、部屋のドアが静かにノックされてから、音を立てないように開いた。
入ってきたのはナスカだ。
「あ、よかったぁ。もう体を起こしても大丈夫なの?」
「はい。本当にすみませんでした。」
「もう、気にしないで。誰だって、思い切り泣きたい時くらいあるわよ。」
深々と頭を下げるサーシャにナスカは笑い、トレーに乗っていたカップを差し出した。
「飲めそう?」
「あ、ありがとうございます。」
カップを受け取り、サーシャはゆっくりとそれに口をつける。
温かい紅茶は少しだけ喉に沁みて、どれだけ自分が泣いていたか分かる。
「……ごめんなさい。私、逃げてきたのに、こんな……」
飲み込んだ紅茶は、涙と心を落ち着けてくれる。
涙に訴える激情が引いていけば、代わりに押し寄せるのは後悔と気まずさだ。
泣きそうな顔でカップを握るサーシャ。
しかしサーシャは、この後のメイの発言に思わずカップを取り落しそうになってしまった。
「でも、逃げちゃいけないと思うからここに来たんでしょう?」
「……え?」
まさかそんな言葉をかけられるとは思っていなかったので、サーシャはぱちくりと瞬きを繰り返す。
メイは笑って先を続ける。
「だって私たちは、あなたのお話を聞くことはできるけど、あなたをかばうことはできないわ。本気で逃げたいなら、もっとふさわしい場所があったでしょう? ……それとも、キリハにここに逃げ込めって言われたのかしら?」
「えっ!?」
唐突にキリハの名を出され、サーシャは思い切り動揺してしまった。
「い、いえっ。キリハは、そういうことは言ってなくて……キリハは―――」
脳内に鮮やかによみがえる、キリハの笑顔。
それに意識を向けるとなんだかほっとして、サーシャはここに来て初めて微笑を浮かべた。
「キリハは……なんだか不思議な人だなって、そう思うんです。キリハの隣にいると、口が勝手に色んなことをしゃべっちゃって…。でも、キリハはどんな私にも笑ってくれて、どんな私にも手を伸ばしてくれるんです。彼と一緒にいると、どんな自分でも好きになれそうに思えた。ここに来たのは、そんなキリハの何かに触れたかったからなのかもしれないですね……」
優しく笑ってくれるメイやナスカからも、こんなに色濃くキリハの面影を感じることができる。
それにどうしようもなく安堵している自分がいて、キリハの存在の大きさを知る。
彼の存在はいつの間にか、こんなにも自分を支えていたんだって。
「サーシャちゃん……」
ふと名を呼ばれる。
それに首を傾けると、メイは突然こんなことを訊いてきた。
「キリハのこと、好きなの?」
視界はぼやけ、頭が鈍い痛みを発している。
それでも涙はまだ止まらず、自分でもそのことに驚いてしまう。
(人って、こんなに泣けるのね。)
ぼんやりとそんなことを思いながら、サーシャは目を閉じる。
ふっと肩の力を抜くと、頭上から優しい声が降り注いできた。
「落ち着いてきた?」
柔らかく、まるで壊れ物を扱うかのように頭をなでられて、自分がメイに膝枕をされる形で泣き伏していたのだと自覚する。
もう少し、この温かさに触れていたい。
そう願う自分がいたが、サーシャはその願いを押しのけてゆっくりと体を起こした。
「ごめんなさい……」
謝ると、メイは目元を和ませて首を振る。
「どうして謝るの? 怖いものは仕方ないでしょ。」
サーシャの目の端に浮かぶ涙をそっと拭いながら、メイはいつかのキリハと似たようなことを口にした。
メイの胸に泣きついてから、長い時間をかけて何が起こったのかを話した。
涙声だったし、話の流れはめちゃくちゃだし、きっと要領を得ない話だったことだろう。
それでもメイは、最後まで話を聞いてくれた。
それが嬉しくて安心できて、口が勝手に今まで溜め込んできた感情を吐露していた。
こんな姿、親にだって見せたことがないのに……
サーシャが唇を噛んでいると、部屋のドアが静かにノックされてから、音を立てないように開いた。
入ってきたのはナスカだ。
「あ、よかったぁ。もう体を起こしても大丈夫なの?」
「はい。本当にすみませんでした。」
「もう、気にしないで。誰だって、思い切り泣きたい時くらいあるわよ。」
深々と頭を下げるサーシャにナスカは笑い、トレーに乗っていたカップを差し出した。
「飲めそう?」
「あ、ありがとうございます。」
カップを受け取り、サーシャはゆっくりとそれに口をつける。
温かい紅茶は少しだけ喉に沁みて、どれだけ自分が泣いていたか分かる。
「……ごめんなさい。私、逃げてきたのに、こんな……」
飲み込んだ紅茶は、涙と心を落ち着けてくれる。
涙に訴える激情が引いていけば、代わりに押し寄せるのは後悔と気まずさだ。
泣きそうな顔でカップを握るサーシャ。
しかしサーシャは、この後のメイの発言に思わずカップを取り落しそうになってしまった。
「でも、逃げちゃいけないと思うからここに来たんでしょう?」
「……え?」
まさかそんな言葉をかけられるとは思っていなかったので、サーシャはぱちくりと瞬きを繰り返す。
メイは笑って先を続ける。
「だって私たちは、あなたのお話を聞くことはできるけど、あなたをかばうことはできないわ。本気で逃げたいなら、もっとふさわしい場所があったでしょう? ……それとも、キリハにここに逃げ込めって言われたのかしら?」
「えっ!?」
唐突にキリハの名を出され、サーシャは思い切り動揺してしまった。
「い、いえっ。キリハは、そういうことは言ってなくて……キリハは―――」
脳内に鮮やかによみがえる、キリハの笑顔。
それに意識を向けるとなんだかほっとして、サーシャはここに来て初めて微笑を浮かべた。
「キリハは……なんだか不思議な人だなって、そう思うんです。キリハの隣にいると、口が勝手に色んなことをしゃべっちゃって…。でも、キリハはどんな私にも笑ってくれて、どんな私にも手を伸ばしてくれるんです。彼と一緒にいると、どんな自分でも好きになれそうに思えた。ここに来たのは、そんなキリハの何かに触れたかったからなのかもしれないですね……」
優しく笑ってくれるメイやナスカからも、こんなに色濃くキリハの面影を感じることができる。
それにどうしようもなく安堵している自分がいて、キリハの存在の大きさを知る。
彼の存在はいつの間にか、こんなにも自分を支えていたんだって。
「サーシャちゃん……」
ふと名を呼ばれる。
それに首を傾けると、メイは突然こんなことを訊いてきた。
「キリハのこと、好きなの?」
0
お気に入りに追加
59
あなたにおすすめの小説

世界の十字路
時雨青葉
ファンタジー
転校生のとある言葉から、日常は非日常に変わっていく―――
ある時から謎の夢に悩まされるようになった実。
覚えているのは、目が覚める前に響く「だめだ!!」という父親の声だけ。
自分の見ている夢は、一体何を示しているのか?
思い悩む中、悪夢は確実に現実を浸食していき―――
「お前は、確実に向こうの人間だよ。」
転校生が告げた言葉の意味は?
異世界転移系ファンタジー、堂々開幕!!
※鬱々としすぎているわけではありませんが、少しばかりダーク寄りな内容となりますので、ご了承のうえお読みください。
完結【真】ご都合主義で生きてます。-創生魔法で思った物を創り、現代知識を使い世界を変える-
ジェルミ
ファンタジー
魔法は5属性、無限収納のストレージ。
自分の望んだものを創れる『創生魔法』が使える者が現れたら。
28歳でこの世を去った佐藤は、異世界の女神により転移を誘われる。
そして女神が授けたのは、想像した事を実現できる創生魔法だった。
安定した収入を得るために創生魔法を使い生産チートを目指す。
いずれは働かず、寝て暮らせる生活を目指して!
この世界は無い物ばかり。
現代知識を使い生産チートを目指します。
※カクヨム様にて1日PV数10,000超え、同時掲載しております。

エリクサーは不老不死の薬ではありません。~完成したエリクサーのせいで追放されましたが、隣国で色々助けてたら聖人に……ただの草使いですよ~
シロ鼬
ファンタジー
エリクサー……それは生命あるものすべてを癒し、治す薬――そう、それだけだ。
主人公、リッツはスキル『草』と持ち前の知識でついにエリクサーを完成させるが、なぜか王様に偽物と判断されてしまう。
追放され行く当てもなくなったリッツは、とりあえず大好きな草を集めていると怪我をした神獣の子に出会う。
さらには倒れた少女と出会い、疫病が発生したという隣国へ向かった。
疫病? これ飲めば治りますよ?
これは自前の薬とエリクサーを使い、聖人と呼ばれてしまった男の物語。
老女召喚〜聖女はまさかの80歳?!〜城を追い出されちゃったけど、何か若返ってるし、元気に異世界で生き抜きます!〜
二階堂吉乃
ファンタジー
瘴気に脅かされる王国があった。それを祓うことが出来るのは異世界人の乙女だけ。王国の幹部は伝説の『聖女召喚』の儀を行う。だが現れたのは1人の老婆だった。「召喚は失敗だ!」聖女を娶るつもりだった王子は激怒した。そこら辺の平民だと思われた老女は金貨1枚を与えられると、城から追い出されてしまう。実はこの老婆こそが召喚された女性だった。
白石きよ子・80歳。寝ていた布団の中から異世界に連れてこられてしまった。始めは「ドッキリじゃないかしら」と疑っていた。頼れる知り合いも家族もいない。持病の関節痛と高血圧の薬もない。しかし生来の逞しさで異世界で生き抜いていく。
後日、召喚が成功していたと分かる。王や重臣たちは慌てて老女の行方を探し始めるが、一向に見つからない。それもそのはず、きよ子はどんどん若返っていた。行方不明の老聖女を探す副団長は、黒髪黒目の不思議な美女と出会うが…。
人の名前が何故か映画スターの名になっちゃう天然系若返り聖女の冒険。全14話+間話8話。
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
アイテムボックス無双 ~何でも収納! 奥義・首狩りアイテムボックス!~
明治サブ🍆スニーカー大賞【金賞】受賞作家
ファンタジー
※大・大・大どんでん返し回まで投稿済です!!
『第1回 次世代ファンタジーカップ ~最強「進化系ざまぁ」決定戦!』投稿作品。
無限収納機能を持つ『マジックバッグ』が巷にあふれる街で、収納魔法【アイテムボックス】しか使えない主人公・クリスは冒険者たちから無能扱いされ続け、ついに100パーティー目から追放されてしまう。
破れかぶれになって単騎で魔物討伐に向かい、あわや死にかけたところに謎の美しき旅の魔女が現れ、クリスに告げる。
「【アイテムボックス】は最強の魔法なんだよ。儂が使い方を教えてやろう」
【アイテムボックス】で魔物の首を、家屋を、オークの集落を丸ごと収納!? 【アイテムボックス】で道を作り、川を作り、街を作る!? ただの収納魔法と侮るなかれ。知覚できるものなら疫病だろうが敵の軍勢だろうが何だって除去する超能力! 主人公・クリスの成り上がりと「進化系ざまぁ」展開、そして最後に待ち受ける極上のどんでん返しを、とくとご覧あれ! 随所に散りばめられた大小さまざまな伏線を、あなたは見抜けるか!?

【書籍化】パーティー追放から始まる収納無双!~姪っ子パーティといく最強ハーレム成り上がり~
くーねるでぶる(戒め)
ファンタジー
【24年11月5日発売】
その攻撃、収納する――――ッ!
【収納】のギフトを賜り、冒険者として活躍していたアベルは、ある日、一方的にパーティから追放されてしまう。
理由は、マジックバッグを手に入れたから。
マジックバッグの性能は、全てにおいてアベルの【収納】のギフトを上回っていたのだ。
これは、3度にも及ぶパーティ追放で、すっかり自信を見失った男の再生譚である。

婚約破棄?一体何のお話ですか?
リヴァルナ
ファンタジー
なんだかざまぁ(?)系が書きたかったので書いてみました。
エルバルド学園卒業記念パーティー。
それも終わりに近付いた頃、ある事件が起こる…
※エブリスタさんでも投稿しています
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる