竜焔の騎士

第4章 伝えられること

純粋だからこそ、より重い言葉

　その後、孤児院はお祭り騒ぎになってしまった。


　自分たちを迎えるためか、いつもでは考えられないほど豪華な料理が大量に並び、食堂内も綺麗に装飾されていて、そこはさながらパーティ会場といった華やかさを醸し出していた。


「ごめん、ちょっと休憩。」


　終始子供たちの相手をしていたキリハはそう断りを入れ、椅子に腰かける。


「はい、これ。」


　目の前に飲み物が入ったコップが差し出されたのでそちらを見ると、サーシャが微笑んで立っていた。


「ありがと。」


　コップを受け取ると、サーシャが隣の席に座ってくる。


「素敵な所ね。」
「ま、うるさくて仕方ないけどさ。」


　サーシャの言葉に肩を落としながら答え、キリハは目の前に広がる風景を眺めた。


　はしゃぐ子供たちに、おしゃべりに花を咲かせるナスカたち。
　皆を見守る穏和なメイ。


　常に忙せわしなくて、休む暇などない毎日だ。


「でも、これが俺の世界で、俺の日常だから。」


　どこにいたとしても、この小さな町が自分の世界の全てだと思う。
　ここで積み重ねてきた日々が今の自分の原点であり、いずれ帰ってくる場所なのだろう。


「日常、かぁ……」


　ふとサーシャの唇から漏れた囁き。
　そこには、まるで果てしなく遠くにあるものを羨うらやむような、そんな寂しげで空虚な響きが滲んでいる。


「サーシャ？」


　キリハは思わず、その横顔に呼びかけていた。
　今のサーシャには、あの夜のことを鮮やかに思い出させる雰囲気があったのだ。


「―――あのね……」


　どこにも焦点が合わない目のまま、サーシャは言葉を紡ぎ始める。




「私、本当は竜騎士になんてなりたくなかったの。」




　こちらの注意を引くような前置きをしておきながら、サーシャの口調は誰に聞かせるでもない独白のようだ。


「竜騎士は竜使いから選ばれる。いつかは私も、竜騎士に選ばれるかもしれない。でも、そんな日が来ませんようにって……いつも願ってた。」


　そこまで言って、サーシャはふふっと頬を緩める。


「私の家、小さなお花屋さんなの。常連さんしか来ないくらいの小さなお店だけど、私はあそこが大好きだった。パパもママも優しくてね。……本当は、ずっと家から出たくなかった。私は人見知りする方だったし、あそこが私が私でいられる、唯一の場所だったから。」


「ふーん、そっかぁ。」


　サーシャの言うことも、もっともであろう。
　彼女の思うところが理解できたので、キリハは同意するようにうんうんと頷いた。


「どんなに嫌でも、竜騎士って強制だもんね。拒否権があるなら、誰だってやってないよ。俺もここを離れたくなかったし。」
「キリハは宮殿でもちゃんとやってるじゃない。私には……無理だけど……」


　伏し目になったサーシャが、自分の感情を殺すように持っていたコップを握る。


「キリハもルカ君も、カレンちゃんもすごいよ。ちゃんと任務と……戦うことと向き合ってる。いつも家を……後ろを向いちゃう私とは違う。私はいつも、戦うことなんかより、パパやママと笑ってた日常を追いかけちゃうの。本当は今だって、家に帰りたくて仕方ない。戦うことなんてしないで、穏やかな日常を大切にしていたいの。」


　ごめんね、とサーシャは唇を噛んだ。


　戦うことへの恐怖と、引き離された日常への渇望。
　サーシャの心に澱おりを落としているのはそんなものだ。


　彼女はこれらの思いを一人で抱え続け、誰にもそれを言えずにひっそりと涙を流していたのだろう。


　宮殿には、戦うことを納得して受け入れた者たちが集っている。
　そんな特殊な空間は、彼女にとってつらい空間に他ならなかったはずだ。


「いいじゃん、別に。」


　少しかけるべき言葉を考えたが、結局キリハの口から出たのはその一言だった。


　キリハの言葉を受けたサーシャが、意外そうに目をしばたたかせる。
　そんなサーシャを不思議そうな顔で見つめるキリハは、今の言葉がただ気休めのために放たれたものではないと雄弁に物語っていた。


　そして実際に、この時のキリハは気遣いといった類たぐいのことは微塵も考えていなかった。


〝それの何が悪いの？〟


　あどけなさの残る無邪気な顔が、サーシャにそう無言で問いかけている。


「正直、俺だってなんの覚悟もしてないよ。だってどんなに訓練してたって、肝心のドラゴンが出てないんじゃ、現実味がないじゃん。前にも言ったけど、戦いなんて、本当はそういう覚悟ができてる奴がやればいいんだよ。」


「でも……」


　口ごもるサーシャに、キリハはあくまでも静かに言葉を連ねた。




「それにさ、どうして家族とか日常を大切にしちゃいけないの？　昨日まで笑って傍にいてくれた人が、次の日も笑って傍にいる確証なんてないんだよ？」