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第4章 伝えられること
面倒な奴
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あの事件以降、ターニャから許可を取ったキリハは毎日のように中央区を訪れていた。
自分の目で、竜使いの街の姿を見つめるために。
カミルの事件は宮殿内で重く受け止められ、ルカが提出した動画から犯人たちの特定が急がれている。
彼らが捕まるのも時間の問題だろう。
事件の一部始終を聞いたターニャたちはルカと同じく、小さな子供が一人で中央区を出たという事実にひどく驚いていた。
中央区には竜使いを狙った犯罪を防止するために、宮殿直下の指示で見張りが置かれている。
しかし中央区外となると、その抑止力もはたらかない。
人が多すぎて、その動向の全てを監視できないからである。
つまり中央区にいれば、ある程度の身の安全は保たれるのだ。
だから中央区に住む竜使いは、仕事などの事情でもない限り中央区を出ないという。
ルカに始まり、ターニャたちまでもがカミルの事件に驚いていたのは、こういう事情があってのことだったというわけか。
そんな中央区の実態を聞き、そこに住む人々と接するほど、あの日のルカの言葉が重く心にのしかかった。
同じ境遇の仲間がたくさんいるはずなのに、この街の人々はなんだか孤独だ。
どんなに皆で守り合うように寄り添っていても、その心の奥では何もかもを恐れている。
その現実に心が翻弄されること、数日。
宮殿に戻ってから日課になっている検診が終わった後、キリハは一人で廊下をとぼとぼと歩いていた。
伏せられた目は暗く、どこを見るでもなく虚空をさまよっている。
ふとその後ろに、気配を殺して立つ者がいた。
キンッ
音もなく振り下ろされた剣を、キリハの剣が難なく受け止める。
「……なんだよ。」
深く息をつき、キリハは目だけをそちらにやる。
剣を振り下ろした張本人であるルカは、冷たい表情でこちらを睨んでいた。
その近くには、サーシャとカレンの姿もある。
「剣を受け止めるだけの余裕はあったか。」
「まあね。体は勝手に動くし。」
短く答え、キリハはルカの剣を軽く払って自分の剣を鞘にしまった。
ルカも同じように剣を収め、次に両腕を組んでキリハを見下ろす。
「おい、お前。最近、やたらと兄さんにちょっかい出してるみたいだな。」
「何言ってるのさ。エリクさんの方から連絡してくるんだよ?」
エリクが勤める病院に入院していたのは、たったの二日だけ。
その短い間に、ルカの兄であるエリクは、暇を見つけては病室を訪ねてきた。
話をする中で連絡先を交換し、今となっては中央区を訪れる度にエリクに会って話をするという一連の流れができている。
彼の話は、主にルカのこと。
エリクはルカが自分を連れてきたことに驚き、またルカが律儀に自分の傍についていたことが意外で、嬉しかったのだそうだ。
話を聞くところによると、周囲に敵を作りやすいルカの言動は幼い頃かららしく、カレンに迷惑をかけっぱなしだったという。
特に同年代の人間との関係は壊滅的だったので、喧嘩腰でもルカと普通に接してくれる自分の存在に、とてもびっくりしたのだと言っていた。
一生懸命ルカのフォローをしていたあたり、エリクがルカのことを想って自分のことを逃すまいとしていることは明らかだった。
「文句があるなら、エリクさんに直接言ってよ。ルカからの連絡がないって、かなり心配してたよ?」
そこまで言って、キリハはまた目を伏せる。
その瞬間、ルカに思い切り背中を叩かれた。
「いったぁ!」
突然のことに驚き、キリハは文字どおり飛び上がる。
目を丸くしてルカを見ると、彼は苛立ちを噛み殺すように唇を引き結んでいた。
「この馬鹿!」
叩きつけるような勢いで怒鳴られ、きょとんとしてまばたきを繰り返すキリハ。
しかし状況を飲み込む間もなく、ルカの言葉は矢継ぎ早に降り注いでくる。
「言っとくけどな、この前のことはオレのせいじゃないからな! お前が勝手に首を突っ込んだんだぞ。それなのにまったく、お前ときたら……ああっ、もう! 調子狂うんだよ!!」
髪をぐちゃぐちゃと掻き回していたルカは、そう言い捨てるとこちらに背を向けて大股で歩いて行ってしまった。
「……キリハ、ルカと何かあったの?」
茫然と立ち尽くすキリハに、カレンがそう訊ねる。
心当たりといってもカミルの一件以外に思いつかないので、キリハは曖昧に首を傾げるしかない。
そんなキリハを見て、カレンはふふっと笑う。
「要約すると、元気出してってことだよ。あのルカが他人のことを気にするなんて、明日は雪でも降っちゃうかも。」
どこか嬉しそうな様子で笑みを深め、カレンはスキップをしながらルカの後を追っていった。
残されたのは、キリハとサーシャの二人。
「気にしてたんだ……」
気づけば、そんな失礼極まりない感想を漏らしていた。
あのルカに限ってそんなことはしないと思っていたのだが、これはまた認識を改めなければなるまい。
思い返してみれば、ルカのカミルに対する態度は至って普通だった。
それに自分が入院している間は、なんだかんだとずっと病室にしてくれていた気がする。
あの時は自分も頭が痛かったので気にする余裕もなかったが、これまでのルカの言動を考えると、少しばかりおかしく思える行動だ。
行動を共にしろという命令があったから?
それとも―――
(あれ…?)
自分の中で再構築されていく、ルカに対するイメージ。
その結果。
「本当にめんどくさいなぁ。」
結論はこれだった。
キリハのバッサリとした物言いに、隣にいたサーシャが小さく噴き出す。
「ごめんなさい。でも、キリハとルカ君って、本当に遠慮がないよね。」
「え、そう……だね。」
初対面から今までを振り返ると、それは認めざるを得ないだろう。
出会った日からあんなことが起これば、双方に〝遠慮〟の二文字が出るはずもない。
ルカに対して言葉を考えてから話せと言われても、言葉を選ぶ前に思ったことをそのまま口にしてしまう自信があった。
それを言うと、サーシャはますます笑う。
「いいじゃない。自分のことを隠さないでいられるって、素敵なことだと思うな。」
サーシャの声に、若干の寂しさが混じった。
彼女は相変わらずの笑顔だが、その目はどこか遠くを見ているよう。
「………」
キリハは黙って彼女のことを見つめる。
思えば、自分はサーシャのことを何も知らない。
ルカのことは気に食わないからこそ知っていることも多いし、カレンは自分と同じように誰に対しても自分を隠さない性格なので、見たままが彼女自身という感じだ。
だが、サーシャはどうだろうか。
決して無口というわけではないのだが、彼女はいつも発言を避けて一歩下がったところから周りを見ているように思う。
だからか彼女の性格はなんとなく分かっても、彼女の価値観や考え方といったものはまるで分らないのだ。
あの月夜。
一人で泣いていたサーシャの姿が脳裏をよぎる。
以前彼女は自分に、戦うことが怖いと話してくれた。
でも、彼女が抱えているものはそれだけじゃないのかもしれない。
確信に近い何かを感じたものの、その話題に踏む込むことはできず、結局キリハはサーシャの言葉に合わせて笑うしかなかった。
自分の目で、竜使いの街の姿を見つめるために。
カミルの事件は宮殿内で重く受け止められ、ルカが提出した動画から犯人たちの特定が急がれている。
彼らが捕まるのも時間の問題だろう。
事件の一部始終を聞いたターニャたちはルカと同じく、小さな子供が一人で中央区を出たという事実にひどく驚いていた。
中央区には竜使いを狙った犯罪を防止するために、宮殿直下の指示で見張りが置かれている。
しかし中央区外となると、その抑止力もはたらかない。
人が多すぎて、その動向の全てを監視できないからである。
つまり中央区にいれば、ある程度の身の安全は保たれるのだ。
だから中央区に住む竜使いは、仕事などの事情でもない限り中央区を出ないという。
ルカに始まり、ターニャたちまでもがカミルの事件に驚いていたのは、こういう事情があってのことだったというわけか。
そんな中央区の実態を聞き、そこに住む人々と接するほど、あの日のルカの言葉が重く心にのしかかった。
同じ境遇の仲間がたくさんいるはずなのに、この街の人々はなんだか孤独だ。
どんなに皆で守り合うように寄り添っていても、その心の奥では何もかもを恐れている。
その現実に心が翻弄されること、数日。
宮殿に戻ってから日課になっている検診が終わった後、キリハは一人で廊下をとぼとぼと歩いていた。
伏せられた目は暗く、どこを見るでもなく虚空をさまよっている。
ふとその後ろに、気配を殺して立つ者がいた。
キンッ
音もなく振り下ろされた剣を、キリハの剣が難なく受け止める。
「……なんだよ。」
深く息をつき、キリハは目だけをそちらにやる。
剣を振り下ろした張本人であるルカは、冷たい表情でこちらを睨んでいた。
その近くには、サーシャとカレンの姿もある。
「剣を受け止めるだけの余裕はあったか。」
「まあね。体は勝手に動くし。」
短く答え、キリハはルカの剣を軽く払って自分の剣を鞘にしまった。
ルカも同じように剣を収め、次に両腕を組んでキリハを見下ろす。
「おい、お前。最近、やたらと兄さんにちょっかい出してるみたいだな。」
「何言ってるのさ。エリクさんの方から連絡してくるんだよ?」
エリクが勤める病院に入院していたのは、たったの二日だけ。
その短い間に、ルカの兄であるエリクは、暇を見つけては病室を訪ねてきた。
話をする中で連絡先を交換し、今となっては中央区を訪れる度にエリクに会って話をするという一連の流れができている。
彼の話は、主にルカのこと。
エリクはルカが自分を連れてきたことに驚き、またルカが律儀に自分の傍についていたことが意外で、嬉しかったのだそうだ。
話を聞くところによると、周囲に敵を作りやすいルカの言動は幼い頃かららしく、カレンに迷惑をかけっぱなしだったという。
特に同年代の人間との関係は壊滅的だったので、喧嘩腰でもルカと普通に接してくれる自分の存在に、とてもびっくりしたのだと言っていた。
一生懸命ルカのフォローをしていたあたり、エリクがルカのことを想って自分のことを逃すまいとしていることは明らかだった。
「文句があるなら、エリクさんに直接言ってよ。ルカからの連絡がないって、かなり心配してたよ?」
そこまで言って、キリハはまた目を伏せる。
その瞬間、ルカに思い切り背中を叩かれた。
「いったぁ!」
突然のことに驚き、キリハは文字どおり飛び上がる。
目を丸くしてルカを見ると、彼は苛立ちを噛み殺すように唇を引き結んでいた。
「この馬鹿!」
叩きつけるような勢いで怒鳴られ、きょとんとしてまばたきを繰り返すキリハ。
しかし状況を飲み込む間もなく、ルカの言葉は矢継ぎ早に降り注いでくる。
「言っとくけどな、この前のことはオレのせいじゃないからな! お前が勝手に首を突っ込んだんだぞ。それなのにまったく、お前ときたら……ああっ、もう! 調子狂うんだよ!!」
髪をぐちゃぐちゃと掻き回していたルカは、そう言い捨てるとこちらに背を向けて大股で歩いて行ってしまった。
「……キリハ、ルカと何かあったの?」
茫然と立ち尽くすキリハに、カレンがそう訊ねる。
心当たりといってもカミルの一件以外に思いつかないので、キリハは曖昧に首を傾げるしかない。
そんなキリハを見て、カレンはふふっと笑う。
「要約すると、元気出してってことだよ。あのルカが他人のことを気にするなんて、明日は雪でも降っちゃうかも。」
どこか嬉しそうな様子で笑みを深め、カレンはスキップをしながらルカの後を追っていった。
残されたのは、キリハとサーシャの二人。
「気にしてたんだ……」
気づけば、そんな失礼極まりない感想を漏らしていた。
あのルカに限ってそんなことはしないと思っていたのだが、これはまた認識を改めなければなるまい。
思い返してみれば、ルカのカミルに対する態度は至って普通だった。
それに自分が入院している間は、なんだかんだとずっと病室にしてくれていた気がする。
あの時は自分も頭が痛かったので気にする余裕もなかったが、これまでのルカの言動を考えると、少しばかりおかしく思える行動だ。
行動を共にしろという命令があったから?
それとも―――
(あれ…?)
自分の中で再構築されていく、ルカに対するイメージ。
その結果。
「本当にめんどくさいなぁ。」
結論はこれだった。
キリハのバッサリとした物言いに、隣にいたサーシャが小さく噴き出す。
「ごめんなさい。でも、キリハとルカ君って、本当に遠慮がないよね。」
「え、そう……だね。」
初対面から今までを振り返ると、それは認めざるを得ないだろう。
出会った日からあんなことが起これば、双方に〝遠慮〟の二文字が出るはずもない。
ルカに対して言葉を考えてから話せと言われても、言葉を選ぶ前に思ったことをそのまま口にしてしまう自信があった。
それを言うと、サーシャはますます笑う。
「いいじゃない。自分のことを隠さないでいられるって、素敵なことだと思うな。」
サーシャの声に、若干の寂しさが混じった。
彼女は相変わらずの笑顔だが、その目はどこか遠くを見ているよう。
「………」
キリハは黙って彼女のことを見つめる。
思えば、自分はサーシャのことを何も知らない。
ルカのことは気に食わないからこそ知っていることも多いし、カレンは自分と同じように誰に対しても自分を隠さない性格なので、見たままが彼女自身という感じだ。
だが、サーシャはどうだろうか。
決して無口というわけではないのだが、彼女はいつも発言を避けて一歩下がったところから周りを見ているように思う。
だからか彼女の性格はなんとなく分かっても、彼女の価値観や考え方といったものはまるで分らないのだ。
あの月夜。
一人で泣いていたサーシャの姿が脳裏をよぎる。
以前彼女は自分に、戦うことが怖いと話してくれた。
でも、彼女が抱えているものはそれだけじゃないのかもしれない。
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