竜焔の騎士

時雨青葉

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第3章 竜使いであること

誘拐未遂

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 目が留まったのは、向かいの道に建つビルとビルの隙間。


 人々の雑踏の中に紛れて存在感をなくしているその暗がりに、数人の男の姿が見える。
 彼らは明らかに挙動不審で、人々の目を気にしながらも何やら作業を急いでいるようだった。


 なんだか、嫌な予感がする。
 そんな直感だけでキリハは車道をきょろきょろと確認し、車の切れ目で一気にそこを駆け抜けた。


「おい、何してるんだ!!」


 暗がりに飛び込み、キリハは厳しく問いかける。


 キリハの声に驚いて、そこにいた三人の男たちが弾かれたように顔を上げた。
 その内の一人の手には、大きな布袋が抱えられている。


 もぞもぞと動く布袋。
 中に詰められたものが何であるかを悟り、背中を嫌悪感が駆け上がっていった。


「てめえっ!」


 雄叫おたけびをあげて襲いかかってくる男を一瞬でかわし、キリハは最奥にいた男の手首に手刀を叩き込んだ。
 男が怯んだ隙に布袋を奪い取り、彼らから距離を置いた所で固く結ばれた紐を剣で切る。


「―――っ!?」


 中身をあらためたキリハは、戦慄を覚えた。


 袋の中には、両手足を縛られて口をガムテープで塞がれている少年がいた。
 大きく見開かれて涙に濡れた双眸が、鏡のように自分の姿を映している。




 そして―――その左目は、綺麗な赤。




 意識を白く染め上げてしまうほどの動揺は、致命的な油断となってしまった。


 後頭部に重い衝撃が響き、巨大な熱の波が全身を襲う。
 殴られたのだと理解した時には、第二撃が振り下ろされようとしていた。


「―――っ!!」


 かすむ視界とにぶる体を叱咤し、キリハはぎりぎりのタイミングで、男が振り下ろした鉄パイプを弾き返した。
 その余力で体がよろけそうになるが、剣を杖にしてなんとか踏みとどまる。


「おい、こいつも竜使いだぞ。」


 気づいた男が、鉄パイプを握り直す男に指摘する。


「剣持ちの竜使いってことは、竜騎士じゃないっすか? こいつも連れていっちまいましょうよ。竜騎士なんてレアな奴、ゼッテー高く売れますって!」


 別の男が興奮したように言うと、他の二人の目の色が変わった。


 邪魔者を見る目から、極上の獲物を見つけた狩人かりゅうどの目へ。


「悪く思うなよ。」


 じわじわと迫ってくる男たちに、キリハは歯噛みして剣の柄を握る。


 退路を切り開くのは己の剣のみ。
 でも、ここで人を斬るのか?


 その自問がキリハを躊躇ちゅうちょさせていた。




「―――まったく、世も末だな。」




 路地裏に第三者の声が響く。
 いつの間にか、そこにはルカが立っていた。


 ルカは男たちの視線を自分に集めると、手に持っていた携帯電話をゆっくりと回す。
 携帯電話は、一定のリズムで光を放っている。


 どうやら彼は、今の状況を録画していたらしい。


「―――っ!?」


 顔を撮られたことに思い至った男がルカに飛びかかろうとするが、ルカは無表情のまま空いていた方の手をひらめかせた。
 銀の軌跡を描き、一瞬で男の首筋にルカの短剣が突きつけられる。


「オレは、そこのお人好しほど甘くない。邪魔だと思えば、容赦なく斬るぞ。」


 言葉の信憑性しんぴょうせいを示すように、ルカは剣に込める力を強めた。
 男を見据えるその瞳には、底冷えするような光と凄みが宿っている。


 これは脅しではないと悟ったのか、男たちが息を飲んで小さな悲鳴をあげる。
 そのまま情けなく逃げ出した男たちを、ルカは一瞥いちべつもしなかった。


 どうにか危機は脱したらしい。
 ほっと肩を落としたキリハは大慌てで少年に向き直り、細い手足に食い込む縄を切って、ガムテープを剥いでやった。


「大丈夫?」


 そっと訊ねると少年は何度も頷き、弾かれたようにこちらの胸に飛び込んてきた。
 安心して気が緩んだのか、胸の中で大泣きする少年をしっかりと抱き締めてやり、キリハはその頭を優しくなでる。


「よしよし、怖かったね。もう大丈夫だから。」
「お前って奴は、本当に甘いな。あんな連中におくれを取るなんて―――」


 呆れ顔で近づいてきたルカが、言葉の途中で表情を一変させる。


「カ、カミル!?」


 驚いた様子のルカがキリハたちの傍に膝をつき、少年の肩にそっと手を触れる。
 名前を呼ばれて顔を上げた少年が、さらに表情を歪めた。


「ルカお兄ちゃん……」


 カミルの目からは、未だ止まらない涙があふれ続けている。
 ルカがぐっと奥歯を噛んだ。


「あいつら、本当に斬り捨てればよかった。」


 ルカはしばらく人々が行き交う大通りを睨み、一つ息を吐き出すことで殺気を収めた。


「なんで中央区を出たんだ?」


 カミルにそう訊ねたルカの声は、今までに聞いたことがないほどの穏やかさに満ちていた。


「今日……お姉ちゃんの誕生日、だから……ママにおつかい頼まれたの。でも、いつものスーパーは売り切れてて……」


 カミルが指差す先には、ビニール袋から飛び出しているイチゴとチョコレートがある。


「そんなの……売り切れてたって、正直に言えばよかっただろう。」
「だって…っ。お姉ちゃん、楽しみにしてたから……」


「だからって、お前がこんな目に遭ったって知ったら―――」
「ルカ。」


 言い募ろうとするルカを、キリハは静かに制した。


「言いたいことは分かるけど、理屈じゃ気持ちは割り切れないよ。特に、こんな小さい子じゃあ……」


 キリハはカミルの頭をなでながら、優しく問いかける。


「お姉ちゃんに、喜んでほしかったんだもんね。」
「うん。」


「だから、ここまで一人で来たんだもんね。」
「うん。」


「怖かった?」
「うん、うん……すごく、怖かった。」
「そっか。よく頑張ったね。」


 そう言ってやると、カミルはまた火が点いたように泣き始めた。
 そんなカミルを抱いたまま、キリハは無言で立ち上がる。


 途端に殴られた場所からにぶい痛みが広がって視界が揺れたが、意地でそれを無視する。


「送っていこうよ。ついでに、それも買い直そう。」
「……言われなくてもそうする。」


 腰を上げて先を歩き出したルカの後ろに、キリハも無言で続いた。

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