24 / 598
第3章 竜使いであること
キリハの訓練内容
しおりを挟む
ドーム内に落ちる暗闇。
その中にぽつりと浮かぶ、〈撃破成功〉の文字。
照明が再び点灯してもその余韻は覚めず、この空間全てを無と表現しても大袈裟ではない静寂で塗り潰していた。
キリハは無言で立ち上がり、剣を左右に振った。
その剣を右手にぶら下げ、一人で操作室に戻る。
ラックに剣を片づけ、茫然自失といった面々の中で唯一満足そうな笑みを浮かべているフールに向って、肩をすくめてみせた。
「ほら。これでご希望どおりでしょ?」
「にゃはは。さすがキリハ、狙いどおりだよ~♪」
してやったりといったフールの声で、この場を凍りつかせていた呪縛が解けた。
「すっ…」
カレンの唇が震える。
「すごいすごい!! どうやったのあれ!? いつの間に覚えたのー!?」
興奮したカレンに、一瞬で詰め寄られてしまった。
「いや、まあ……とにかく、焔のくせを体に叩き込んだ結果っていうか、なんていうか……」
キリハは、視線を右往左往させる。
まさかこんなに驚かれるとは思っていなかったので、急に居心地が悪くなってしまった。
カレンの興味深げな視線による追究はまだ続いている。
それに、キリハが上手い説明を構築できずに言いよどんでいると……
「おーい。みんな、こっちこっち!」
フールが飛び跳ねながら手を招いてきた。
彼はまた操作盤の前でタッチペンを持ち、何やら忙しなくその手を動かしている。
液晶画面がどんどん切り替わっていき、あるページで止まる。
そこに映るのは、キリハの個人ページだ。
(こいつに、パスワードを教えるんじゃなかった。)
効率化のためだったとはいえ、過去の自分の行動が悔やまれる。
キリハ以外の皆が注目する中、フールはさらに画面をタッチしていく。
通常訓練メニューからシングルモード。
個人カスタム訓練。
そして、カスタム詳細設定へ。
「これが、いつもキリハが一人の時にやってるメニューだよ。」
これはシミュレーションなので、設定さえすれば様々な状況を想定した訓練が可能だ。
フールが示したのは、キリハがいつも行っている訓練の設定内容だったのである。
液晶画面を凝視するカレンの表情が、見る見るうちに不可解そうに変化していく。
想定フィールド:屋内・道場
遮蔽物:人形ランダム出現
《焔乱舞》:有
時間:無制限
そして……
「ドラゴン出現:無?」
設定の中で最も解せない部分を、カレンの唇がなぞる。
そう。
キリハの練習はドラゴン戦を想定したものではなく、基本的な剣の訓練だったのだ。
その場にいる全員の視線が、一点に集まる。
〝一体何故〟という無言の問いに、キリハは頭を掻いた。
「だって、この剣使いにく過ぎるんだもん。基本的に受け手に回るのが俺の戦い方だから、まずは焔がどんな物なのかを徹底的に知ろうと思って。それなら、ドラゴンって邪魔じゃん?」
自分の力で無理にねじ伏せて剣を振るうのは性に合わない。
だから一度ドラゴンのことを忘れ、《焔乱舞》だけに集中することにしたのだ。
しかし、こういう精密機械の扱いは理解し難く、どうしたもんかと悩んでいたところにフールが来た。
フールの助言がなければ、自分はこの詳細設定の存在すら知らなかったことだろう。
「まあ、焔がただの剣だったら、俺もみんなと同じ練習してたと思うけど。」
今回は、武器が規格外だったのだ。
自分としてもこんな初歩的な訓練を今さらすることになるとは思っていなかったし、それにここまでの時間を費やすことになるなんて、それこそ予想もしていなかった。
「僕も最初は、変わったことするなぁ~って思ってたんだけど、キリハったらぐんぐん焔と馴染んでいくんだもん。これはいけると思って、さっきの技を教えたんだ。」
まるで自分のことのように鼻高々といった様子のフール。
キリハは呆れるしかなかった。
「お前なぁ…。あの感触覚えるのに、どれだけ苦労したと思ってるのさ。まだ焔のくせにも慣れきってなかったのに、あんな無茶振り―――」
文句は最後まで言えなかった。
実践場と操作室の間を仕切る自動ドアが開いたからだ。
そこから現れたルカは、悔しさや苛立ちがない交ぜになった複雑な目でキリハを一瞥し、結局何も言わずにシミュレート室を出ていこうとする。
「ルカ。」
その背に投げかけられる、フールの声。
「僕は別に、キリハだけに目をかけてるわけじゃないよ。たまたまキリハの流儀が、焔と相性がよかったってだけさ。君のやり方が間違ってるわけではないし、僕としても否定するつもりはないよ。」
「………」
ルカは数秒立ち止まったが、振り返らずにシミュレート室を出ていってしまった。
「あちゃー。焔の技を見せてあげたかっただけなんだけど、こりゃ刺激が強すぎたかな?」
強すぎもなにも最悪だ。
もし本当にこの流れを予測できずにあの技を使わせたのなら、このぬいぐるみには空気を察する能力が致命的に欠如している。
〝お前のせいなんだから、命令を撤回しろ。〟
その言葉が喉の真ん中まで出かかったが、フールはともかく、ターニャがそれを許してくれるとは思わない。
キリハはがっくりと肩を落とした。
「俺は、悪くないからね……」
その中にぽつりと浮かぶ、〈撃破成功〉の文字。
照明が再び点灯してもその余韻は覚めず、この空間全てを無と表現しても大袈裟ではない静寂で塗り潰していた。
キリハは無言で立ち上がり、剣を左右に振った。
その剣を右手にぶら下げ、一人で操作室に戻る。
ラックに剣を片づけ、茫然自失といった面々の中で唯一満足そうな笑みを浮かべているフールに向って、肩をすくめてみせた。
「ほら。これでご希望どおりでしょ?」
「にゃはは。さすがキリハ、狙いどおりだよ~♪」
してやったりといったフールの声で、この場を凍りつかせていた呪縛が解けた。
「すっ…」
カレンの唇が震える。
「すごいすごい!! どうやったのあれ!? いつの間に覚えたのー!?」
興奮したカレンに、一瞬で詰め寄られてしまった。
「いや、まあ……とにかく、焔のくせを体に叩き込んだ結果っていうか、なんていうか……」
キリハは、視線を右往左往させる。
まさかこんなに驚かれるとは思っていなかったので、急に居心地が悪くなってしまった。
カレンの興味深げな視線による追究はまだ続いている。
それに、キリハが上手い説明を構築できずに言いよどんでいると……
「おーい。みんな、こっちこっち!」
フールが飛び跳ねながら手を招いてきた。
彼はまた操作盤の前でタッチペンを持ち、何やら忙しなくその手を動かしている。
液晶画面がどんどん切り替わっていき、あるページで止まる。
そこに映るのは、キリハの個人ページだ。
(こいつに、パスワードを教えるんじゃなかった。)
効率化のためだったとはいえ、過去の自分の行動が悔やまれる。
キリハ以外の皆が注目する中、フールはさらに画面をタッチしていく。
通常訓練メニューからシングルモード。
個人カスタム訓練。
そして、カスタム詳細設定へ。
「これが、いつもキリハが一人の時にやってるメニューだよ。」
これはシミュレーションなので、設定さえすれば様々な状況を想定した訓練が可能だ。
フールが示したのは、キリハがいつも行っている訓練の設定内容だったのである。
液晶画面を凝視するカレンの表情が、見る見るうちに不可解そうに変化していく。
想定フィールド:屋内・道場
遮蔽物:人形ランダム出現
《焔乱舞》:有
時間:無制限
そして……
「ドラゴン出現:無?」
設定の中で最も解せない部分を、カレンの唇がなぞる。
そう。
キリハの練習はドラゴン戦を想定したものではなく、基本的な剣の訓練だったのだ。
その場にいる全員の視線が、一点に集まる。
〝一体何故〟という無言の問いに、キリハは頭を掻いた。
「だって、この剣使いにく過ぎるんだもん。基本的に受け手に回るのが俺の戦い方だから、まずは焔がどんな物なのかを徹底的に知ろうと思って。それなら、ドラゴンって邪魔じゃん?」
自分の力で無理にねじ伏せて剣を振るうのは性に合わない。
だから一度ドラゴンのことを忘れ、《焔乱舞》だけに集中することにしたのだ。
しかし、こういう精密機械の扱いは理解し難く、どうしたもんかと悩んでいたところにフールが来た。
フールの助言がなければ、自分はこの詳細設定の存在すら知らなかったことだろう。
「まあ、焔がただの剣だったら、俺もみんなと同じ練習してたと思うけど。」
今回は、武器が規格外だったのだ。
自分としてもこんな初歩的な訓練を今さらすることになるとは思っていなかったし、それにここまでの時間を費やすことになるなんて、それこそ予想もしていなかった。
「僕も最初は、変わったことするなぁ~って思ってたんだけど、キリハったらぐんぐん焔と馴染んでいくんだもん。これはいけると思って、さっきの技を教えたんだ。」
まるで自分のことのように鼻高々といった様子のフール。
キリハは呆れるしかなかった。
「お前なぁ…。あの感触覚えるのに、どれだけ苦労したと思ってるのさ。まだ焔のくせにも慣れきってなかったのに、あんな無茶振り―――」
文句は最後まで言えなかった。
実践場と操作室の間を仕切る自動ドアが開いたからだ。
そこから現れたルカは、悔しさや苛立ちがない交ぜになった複雑な目でキリハを一瞥し、結局何も言わずにシミュレート室を出ていこうとする。
「ルカ。」
その背に投げかけられる、フールの声。
「僕は別に、キリハだけに目をかけてるわけじゃないよ。たまたまキリハの流儀が、焔と相性がよかったってだけさ。君のやり方が間違ってるわけではないし、僕としても否定するつもりはないよ。」
「………」
ルカは数秒立ち止まったが、振り返らずにシミュレート室を出ていってしまった。
「あちゃー。焔の技を見せてあげたかっただけなんだけど、こりゃ刺激が強すぎたかな?」
強すぎもなにも最悪だ。
もし本当にこの流れを予測できずにあの技を使わせたのなら、このぬいぐるみには空気を察する能力が致命的に欠如している。
〝お前のせいなんだから、命令を撤回しろ。〟
その言葉が喉の真ん中まで出かかったが、フールはともかく、ターニャがそれを許してくれるとは思わない。
キリハはがっくりと肩を落とした。
「俺は、悪くないからね……」
0
お気に入りに追加
59
あなたにおすすめの小説


積みかけアラフォーOL、公爵令嬢に転生したのでやりたいことをやって好きに生きる!
ぽらいと
ファンタジー
アラフォー、バツ2派遣OLが公爵令嬢に転生したので、やりたいことを好きなようにやって過ごす、というほのぼの系の話。
悪役等は一切出てこない、優しい世界のお話です。

独身貴族の異世界転生~ゲームの能力を引き継いで俺TUEEEチート生活
髙龍
ファンタジー
MMORPGで念願のアイテムを入手した次の瞬間大量の水に押し流され無念の中生涯を終えてしまう。
しかし神は彼を見捨てていなかった。
そんなにゲームが好きならと手にしたステータスとアイテムを持ったままゲームに似た世界に転生させてやろうと。
これは俺TUEEEしながら異世界に新しい風を巻き起こす一人の男の物語。
45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる
よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です!
小説家になろうでも10位獲得しました!
そして、カクヨムでもランクイン中です!
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。
いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。
欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・
●●●●●●●●●●●●●●●
小説家になろうで執筆中の作品です。
アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。
現在見直し作業中です。
変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。
もう私、好きなようにさせていただきますね? 〜とりあえず、元婚約者はコテンパン〜
野菜ばたけ@既刊5冊📚好評発売中!
ファンタジー
「婚約破棄ですね、はいどうぞ」
婚約者から、婚約破棄を言い渡されたので、そういう対応を致しました。
もう面倒だし、食い下がる事も辞めたのですが、まぁ家族が許してくれたから全ては大団円ですね。
……え? いまさら何ですか? 殿下。
そんな虫のいいお話に、まさか私が「はい分かりました」と頷くとは思っていませんよね?
もう私の、使い潰されるだけの生活からは解放されたのです。
だって私はもう貴方の婚約者ではありませんから。
これはそうやって、自らが得た自由の為に戦う令嬢の物語。
※本作はそれぞれ違うタイプのざまぁをお届けする、『野菜の夏休みざまぁ』作品、4作の内の1作です。
他作品は検索画面で『野菜の夏休みざまぁ』と打つとヒット致します。

はぁ?とりあえず寝てていい?
夕凪
ファンタジー
嫌いな両親と同級生から逃げて、アメリカ留学をした帰り道。帰国中の飛行機が事故を起こし、日本の女子高生だった私は墜落死した。特に未練もなかったが、強いて言えば、大好きなもふもふと一緒に暮らしたかった。しかし何故か、剣と魔法の異世界で、貴族の子として転生していた。しかも男の子で。今世の両親はとてもやさしくいい人たちで、さらには前世にはいなかった兄弟がいた。せっかくだから思いっきり、もふもふと戯れたい!惰眠を貪りたい!のんびり自由に生きたい!そう思っていたが、5歳の時に行われる判定の儀という、魔法属性を調べた日を境に、幸せな日常が崩れ去っていった・・・。その後、名を変え別の人物として、相棒のもふもふと共に旅に出る。相棒のもふもふであるズィーリオスの為の旅が、次第に自分自身の未来に深く関わっていき、仲間と共に逃れられない運命の荒波に飲み込まれていく。
※第二章は全体的に説明回が多いです。
<<<小説家になろうにて先行投稿しています>>>

間違い転生!!〜神様の加護をたくさん貰っても それでものんびり自由に生きたい〜
舞桜
ファンタジー
「初めまして!私の名前は 沙樹崎 咲子 35歳 自営業 独身です‼︎よろしくお願いします‼︎」
突然 神様の手違いにより死亡扱いになってしまったオタクアラサー女子、
手違いのお詫びにと色々な加護とチートスキルを貰って異世界に転生することに、
だが転生した先でまたもや神様の手違いが‼︎
神々から貰った加護とスキルで“転生チート無双“
瞳は希少なオッドアイで顔は超絶美人、でも性格は・・・
転生したオタクアラサー女子は意外と物知りで有能?
だが、死亡する原因には不可解な点が…
数々の事件が巻き起こる中、神様に貰った加護と前世での知識で乗り越えて、
神々と家族からの溺愛され前世での心の傷を癒していくハートフルなストーリー?
様々な思惑と神様達のやらかしで異世界ライフを楽しく過ごす主人公、
目指すは“のんびり自由な冒険者ライフ‼︎“
そんな主人公は無自覚に色々やらかすお茶目さん♪
*神様達は間違いをちょいちょいやらかします。これから咲子はどうなるのか?のんびりできるといいね!(希望的観測っw)
*投稿周期は基本的には不定期です、3日に1度を目安にやりたいと思いますので生暖かく見守って下さい
*この作品は“小説家になろう“にも掲載しています

精霊の森に捨てられた少女が、精霊さんと一緒に人の街へ帰ってきた
アイイロモンペ
ファンタジー
2020.9.6.完結いたしました。
2020.9.28. 追補を入れました。
2021.4. 2. 追補を追加しました。
人が精霊と袂を分かった世界。
魔力なしの忌子として瘴気の森に捨てられた幼子は、精霊が好む姿かたちをしていた。
幼子は、ターニャという名を精霊から貰い、精霊の森で精霊に愛されて育った。
ある日、ターニャは人間ある以上は、人間の世界を知るべきだと、育ての親である大精霊に言われる。
人の世の常識を知らないターニャの行動は、周囲の人々を困惑させる。
そして、魔力の強い者が人々を支配すると言う世界で、ターニャは既存の価値観を意識せずにぶち壊していく。
オーソドックスなファンタジーを心がけようと思います。読んでいただけたら嬉しいです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる