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第2章 竜騎士隊へ
シミュレーション
しおりを挟む「いくよー。」
マイク越しのサーシャの声が、ドーム内に響く。
それを合図に、実践場の照明が落ちた。
闇に閉ざされた世界に、四方八方から細いレーザー光が発射される。
それはキリハから五十メートルほど離れた位置に集まり、何かの形をどんどんと組み上げていく。
そして、前方から風が吹き抜けてくると共に、辺りの景色が一変した。
「おお……これはこれは。」
キリハは辺り一面を見回して呟く。
ドーム内に映像が映し出され、荒野の風景が広がっていた。
あくまでも映像なので地面に転がる石を踏んでも感触はないが、リアリティは十分にある。
そして、レーザー光が集まったところには巨大なドラゴンの姿があった。
固い鱗に包まれた巨体。
爬虫類を思わせる鋭い目と牙。
頭部から生える二本の角。
その羽ばたき一つで、何もかも吹き飛ばしてしまいそうな一対の翼。
昔教科書で見たドラゴンの絵にそっくりである。
「へえ…。ドラゴンって、本当にこんな感じなんだ。」
「まあ種類によって多少の差異はあるけど、原型はあんな感じかなあ。」
「ふーん。……って。」
普通に受け答えをして、キリハは隣を横目で見やる。
さっき投げ飛ばしたはずなのに、いつの間にかフールが肩の上に戻ってきていたのだ。
「お前、いつの間に……」
「まあまあ。何事にも、ナビゲーターは必要でしょ。あのドラゴンは、これまでの文献をデータ化して作られた映像なんだ。まあ映像だから実体はないし、実際の戦いとは結構な差があると思うけどね。でも、ドラゴンってものに少しは耐性がつくでしょ?」
言われて、キリハは幻のドラゴンを見上げる。
ドラゴンは一度咆哮をあげると、こちらのことを威嚇するようにして姿勢を低くした。
「なるほどね。」
確かに、こんなものを一切の予備知識もなしに退治しろと言うのは、無理難題だろう。
この訓練は、竜騎士でなくとも受けておいた方がいいかもしれない。
訓練を受けているかいないかで、非常時に陥った時の動きに大きな差が出るだろう。
もし本当に、ドラゴンが目覚めてしまったらの話だが。
「さて。まだ仕かけがあるんだよ。剣を前に構えてみて。」
「ん? こう?」
フールに言われたとおりに、キリハは剣を構える。
すると見えにくい細い光が剣に集まり、瞬く間にその刀身を真っ赤に染め上げた。
白いプラスチックだったはずの剣は、時代の最新技術によって、赤とオレンジが織り交ざる美しい剣へと姿を変える。
その周囲には、ちりちりと炎が舞っていた。
そして変化は、見かけだけにとどまらない。
「何、これ……」
キリハは思わず、両手で剣の柄を握る。
どう表現すればいいのだろうか。
ついさっきまでただの無機物だったのに、それが突然として意志を持ったかのような。
剣の重心が安定せず、常にぐらぐらしているような。
とにもかくにも―――
「使いにく!!」
キリハは率直に感想を述べた。
どういう仕組みで動いているのかは不明だが、これもシミュレーション機能の一つなのだろう。
さっきから、剣の中で何かが動く振動が伝わってくる。
「ねえ! 本当にこんな剣があるの!?」
狂いそうになる手元をなんとか抑えながら、キリハはフールに問う。
「さあ…? でも、焔は使用者を選ぶって話だし、こういうこともありえるんじゃないかな。この扱いにくさも、文献のデータ集積の結果としか言いようがないんだよ。」
「まったくもって現実的じゃないよ。もし本当に焔がこんな剣だとしたら、適合者がいたとしても、使いこなせるかどうか疑問だね!」
キリハは無理矢理に剣を薙ぎ払い、ドラゴンを見据えて剣を構えた。
左手を離したことで、右手にかかる負担が一気に増す。
片手で扱うには、この剣はくせが強すぎる。
「……ったく、大人しくしてよ。」
この構えは本来のスタイルではないのだが、武器が武器なので致し方あるまい。
深く一呼吸。
それで、外界の無駄な情報をシャットアウトする。
今必要なのは、戦闘に対する集中力。
そして、相手の動きの特性を見破る観察力だ。
肩に乗るフールの存在すらも意識の外へ追い出し、キリハは勢いよく地面を蹴った。
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