竜焔の騎士

時雨青葉

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第1章 ドラゴンを従えていた国

レイミヤの人々の真意

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 自分が竜騎士隊の一人…?




 キリハは茫然と、ターニャを見つめるしかなかった。


 いまいちピンとこないが、とんでもないことになってしまったことだけは分かる。


「なんだそりゃ……」


 キリハは片手で目を覆い、天井を仰いだ。


 どうしてこんなことになってしまったのだろう。
 自分の一生は、ここで終わるはずではなかったのか。
 何もかもがぶち壊しではないか。


 そう。
 あの意味の分からないサイコロのせいで。


「任期は一年です。その一年間は宮殿で過ごしていただくことになります。宮殿からの命ですので、もちろんその分の報酬はお支払いします。任期が終了すれば、ここへ帰ることもできます。もし《焔乱舞》に認められたら、待遇はこの限りではありませんが。」
「あー…そうですか……」


 キリハは溜め息をつく。


 まだ納得もしていないのに具体的な待遇の話をされても、全然頭に入ってこない。


「キリハへの話は終わりましたか?」


 これまでずっと黙っていたメイが、唐突に口を開いたのはその時だった。
 ターニャの視線が流れるように動く。


「ええ。彼に伝えたかったことは、これで全部です。」
「そうですか。……では、次のお話をどうぞ。私に同席を命じたのは、キリハへの処遇を聞かせるためだけではないのでしょう?」
「ば……ばあちゃん?」


 キリハは戸惑う。


 何故だろう。
 メイが話に割り込んできた途端に、この場の空気が凍りついたように感じるのだが。


「そうですね。」


 答えるターニャの声音も、先ほどまでとは変わっていた。


「五年前、宮殿は竜騎士選出の効率化と竜使いの保護を目的に、竜使いの人々をフィロア市の中央区へ集めました。その際、各市町村には竜使いに関する情報の報告義務の通知したはず。その通知は当然、あなたの耳にも届いていたはずですね。メイさん?」


 ターニャの目がすっと細くなる。


「何故、報告をおこたったのです?」


 メイを見据えるターニャの目には、明らかな非難の色が浮かんでいる。


 メイはしばらく、何も言わなかった。
 びりびりとしびれるような空気が肌を刺す。


「……無礼を承知で申し上げます。」


 静かに切り出したメイは、真正面からターニャと向き合った。


「このレイミヤがここまで豊かなのは、あなた方宮殿のお力添えがあってのことです。それには感謝をしております。ですが竜使いに関することに対しては、私は宮殿を信用していないのです。」


 メイの発言に、キリハはぎょっとして瞠目した。


 ターニャはメイから視線を逸らすことなく、次の言葉を待っている。
 威圧感を放つこの国一番の権力者を前にしても、メイは一歩も引かない態度で胸を張っていた。
 ゆっくりと動いたメイの目が、不安げなキリハの姿を映す。


「この子がここに引き取られるまで、いくつの孤児院をたらい回しにされたか、あなたはご存じないでしょう。親を失い、竜使いというだけで受け入れを拒否され続けたこの子が、どれだけ深い傷を心に負っていたと思いますか? それでもこの子は、周囲を恨まず健気に生きてきたのです。そんな可愛い子を、どういう仕打ちを受けるかも分からないのに受け渡すなんて……そんな我が子を売るようなことが、どうしてできるでしょう? そんなことをすれば、今度こそこの子の心は壊れてしまう。だから私たちは、この町でこの子を守ると決めたのです。」


(あ…)


 キリハはふと、過去のことを思い出す。


 今まで時々、町の人々の態度が急変する時があった。
 急に建物の中に閉じ込められたり、畑で麻袋の下敷きにされたり、ひどい時には数日外出を禁じられたこともあった。


 まるで、何かから自分を隠すように。


 点と点だった記憶が、一本の線になる。
 今まで知らなかったレイミヤの人々の真意が、巨大な波となって心に押し寄せてくるようだった。


(俺を、守るために……)


 キリハは歪みそうになる顔を、奥歯を噛み締めてどうにか抑える。


 ここを離れたくない、と。
 心底そう思った。


 自分のことを受け入れて、守って、そして愛してくれたこの町を、自分もまた愛していたから。
 自分はまだ、この町の人々に何も返していない。


 それなのに、選ばれたという理由だけでここを離れるなんて……


 握り締められたキリハの手に、しわだらけの手がそっと添えられる。
 キリハがハッとして顔を上げると、メイはこの上なく優しげで慈愛に満ちた表情で笑った。


「ばあちゃん……」
「いいんだよ。キリハはもう、十分過ぎるくらいに傷ついてきたんだから。」


 キリハの髪から頬にかけてなでてから、メイはまたターニャに向き直る。


「私たちは、間違ったことをしたとは思っておりません。それでも罪に問われるというなら、堂々と裁きを受けましょう。どうぞ、いかようにも処分なさってください。」
「!?」


 キリハは目を剥き、ターニャを見る。
 一方のターニャは、何かを推し量るような眼差しをこちらに向けていた。


 確かにメイは国の命令に背き、自分を国から隠した。
 そのせいで今回の竜騎士選定に支障が出ていたのなら、その責任を問われる可能性が高いのかもしれない。


 けれど、そんなのおかしい。


「まっ、待ってよ!」


 キリハは思わず、椅子から立ち上がっていた。

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