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第1章 ドラゴンを従えていた国
〝合格〟の意味
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院長室に併設されている応接室。
そこが話し合いの場となった。
部屋の外は人払いがされ、見張りの兵士たちが廊下を警備している。
「それで、お話とは?」
立て続けに想定外の事態に見舞われ、頭がパンク寸前のキリハに代わり、メイがそう切り出した。
その助け舟に思わずほっとしたキリハだったが、ターニャの視線がまっすぐにこちらを向いたので、また姿勢を整える。
「フールから聞いたのですが、あなたは竜騎士を知らないそうですね?」
「……はい。」
本当のことなので、キリハは素直に頷く。
すると、ターニャはその目を細めてメイをちらりと一瞥した。
「そうですか…。たまたま知る機会がなかったのか、あるいはあえて教えられなかったのか…。今は、そんなことを議論しても無駄ですね。」
ターニャの威圧感を孕んだ雰囲気にさらされても、メイは眉一つ動かさずに紅茶を飲んでいる。
こちらは雲の上の存在を前にして喉がからからだというのに、なんという精神力だろう。
キリハは内心ではらはらとしながら、とりあえず話を聞くことに集中する。
「では、ドラゴン大戦とセレニアに封印されているドラゴンたちのことは知っていますか?」
「まあ、そのくらいなら……歴史の授業で習いますし。」
こくりと、首を縦に振る。
(あれ、敬語ってこれでいいんだっけ?)
依然として混乱中の思考は、この場にはそぐわない馬鹿みたいなことを大真面目に考えて、頭をフル回転させている。
許されるなら、今すぐ部屋に引きこもりたい。
当然ながらそんな本音を言えるはずもなく、キリハは冷や汗を浮かべながら椅子に座っていた。
「そうですか。それなら、お話がまだ早く済みます。」
ものすごく事務的で感情のこもっていない声で、ターニャは先を続ける。
「ドラゴンの封印など本当はないのだという方もいますが、ドラゴンたちは確実にこの地に眠り、そして目覚めの時を待っています。それは、封印を長年見守り続けてきた私たちの一族とフールがよく知っていることです。封印が解けるまで、もう一刻の猶予もない状況です。」
急に何を語り出しているのか。
まるでその意図が分からない。
「は、はあ…。えっと、封印をやり直すってことはできないんですか?」
苦しまぎれにそう訊ねると、ターニャははっきりと首を横に振った。
「できません。……少なくとも、人間には。古の封印は人間ではなく、ドラゴンを束ねる王である神竜リュドルフリアによって施されたものなのです。」
「………?」
ぎこちない笑顔で首を傾げるキリハ。
「知らなくて当然です。これは、宮殿内でのみ語られている歴史ですから。」
ターニャはキリハの様子に構わず、先を続ける。
「神竜リュドルフリアは卓越した知性を持ち、セレニアに住むドラゴンの中で唯一同族殺しを許された、まさに神のごときドラゴンでした。」
「同族……殺し……」
いきなり飛び出した物騒な言葉に、キリハはごくりと唾を飲み込んだ。
「ドラゴンは同族殺しを異様に嫌います。自分たちが希少種であることもありますが、数少ない文献によると、自分以外のドラゴンの血を浴びると鱗や体が腐り落ちて死んでしまうそうです。」
鱗や体が腐る。
言葉の内容を想像したら、気持ち悪くなってしまった。
キリハは思わず口元を押さえる。
「リュドルフリアは、他のドラゴンの血を浴びても死なないそうです。そして彼が吐く炎は浄化と裁きの炎と呼ばれ、一吹きでドラゴンを消滅させることができたと語り継がれています。だからこそリュドルフリアは、ドラゴンからも人間からも畏怖されていました。」
そこで一度話を区切り、ターニャは紅茶を飲んで小休止を挟んだ。
結局、彼女は何を自分に伝えたいのだろう。
いくら考えても、彼女の思惑を察することはできなかった。
「リュドルフリアはドラゴン大戦時、中立的立場を貫いたと伝えられています。どちらに味方するでもなく、双方の戦意を削ぎ続け、最後にはセレニア山脈から東のドラゴンたちを封印したそうです。必然的に人間はドラゴンがいなくなった東側に集まり、さすがにこれ以上の犠牲を渋ったドラゴンたちは西側に住処を移しました。それからドラゴン大戦は実質的に停戦状態となったのですが、リュドルフリアの生死はそこから不明なのです。つまり―――」
ターニャの口調が少しだけ強くなる。
「封印をかけ直すことは不可能です。ドラゴンの弱点として知られているのは同族の血ですが、当然今はそんなものもありません。もし封印が解けてしまったら、現存している対ドラゴン用の武器で地道に倒していくしかないのです。……しかし人間側にも一つだけ、ドラゴンに致命的な一撃を与えることができる剣があります。」
そこから数秒の間を開けて、ターニャの唇が厳かにその名を口にした。
「竜血剣《焔乱舞》」
重々しく告げられた剣の名前。
その名が頭の中で反響した瞬間、脳裏がパッと赤く染まった。
「《焔乱舞》は、鍛冶職人だったユアンがリュドルフリアの血を混ぜて鍛え、リュドルフリアがその刀身に己の炎の力を込めた剣だと言われています。まさに、人間とドラゴンの絆の象徴ともいえる剣です。《焔乱舞》にはリュドルフリアの浄化の力が宿っていると、一族に伝わる文献にも載っています。」
ターニャの説明を聞きながら、キリハは自分の目に手を当てる。
滴る真紅の血。
全てを焼き尽くす煉獄の炎。
そんな赤い映像が、脳内で弾けては消える。
異変に気づいたターニャがこちらを気にする素振りを見せるが、キリハは続けてくれと先を促す。
「《焔乱舞》は今、セレニア山脈中腹にある洞窟に保管されています。しかし《焔乱舞》はかなり特殊なものでして、多くの者が剣に触れることさえ叶いません。ユアンの直系である私でも……触れることはできませんでした。」
ターニャは自分の両手を見下ろし、ふと目を閉じた。
「それでも私たちは、国を守るためにあの剣にすがらずにはいられないのです。そこで私たち宮殿は、今いる竜使いの中から毎年何人かを選び、《焔乱舞》に認められるように鍛錬を積んでいただいた上で、焔の試練に挑んでいただいています。それが竜騎士です。」
その辺りでようやく脳内の映像が消えたので、キリハはのろのろと顔を上げる。
とりあえず、竜騎士がどんなものであるかは分かったが……
「どうしてそんなことを自分に言って聞かせるのか……とでも言いたそうな顔ですね。」
どうやらターニャには、こちらの考えていることなど筒抜けのようだ。
キリハは肯定も否定もせず、次の言葉を待った。
「フールに、選ばれたのでしょう?」
唐突に、ターニャはそんなことを訊いてくる。
キリハは記憶を手繰り寄せた。
フールに選ばれたという言葉で思い当たる節といえば……
「あの……サイコロ?」
言いながら半分以上冗談だったのだが、ターニャは真顔で頷いた。
「フールは、《焔乱舞》への案内人。竜騎士を《焔乱舞》へ導くのも、《焔乱舞》に適合する可能性のある竜騎士を選定するのも彼の役割です。ここまで言えば、どうして私があなたを訪ねてきたのか、分かったのではないですか?」
「ま、まさか……」
キリハは表情をなくす。
分かるも何も、ほとんど結論ではないか。
ターニャは淡々と告げた。
「フールに選ばれたのなら、あなたは今この瞬間から―――第十四期竜騎士隊の一人です。」
その発言は、自分の平穏な生活に終止符を打つ託宣のように聞こえた。
そこが話し合いの場となった。
部屋の外は人払いがされ、見張りの兵士たちが廊下を警備している。
「それで、お話とは?」
立て続けに想定外の事態に見舞われ、頭がパンク寸前のキリハに代わり、メイがそう切り出した。
その助け舟に思わずほっとしたキリハだったが、ターニャの視線がまっすぐにこちらを向いたので、また姿勢を整える。
「フールから聞いたのですが、あなたは竜騎士を知らないそうですね?」
「……はい。」
本当のことなので、キリハは素直に頷く。
すると、ターニャはその目を細めてメイをちらりと一瞥した。
「そうですか…。たまたま知る機会がなかったのか、あるいはあえて教えられなかったのか…。今は、そんなことを議論しても無駄ですね。」
ターニャの威圧感を孕んだ雰囲気にさらされても、メイは眉一つ動かさずに紅茶を飲んでいる。
こちらは雲の上の存在を前にして喉がからからだというのに、なんという精神力だろう。
キリハは内心ではらはらとしながら、とりあえず話を聞くことに集中する。
「では、ドラゴン大戦とセレニアに封印されているドラゴンたちのことは知っていますか?」
「まあ、そのくらいなら……歴史の授業で習いますし。」
こくりと、首を縦に振る。
(あれ、敬語ってこれでいいんだっけ?)
依然として混乱中の思考は、この場にはそぐわない馬鹿みたいなことを大真面目に考えて、頭をフル回転させている。
許されるなら、今すぐ部屋に引きこもりたい。
当然ながらそんな本音を言えるはずもなく、キリハは冷や汗を浮かべながら椅子に座っていた。
「そうですか。それなら、お話がまだ早く済みます。」
ものすごく事務的で感情のこもっていない声で、ターニャは先を続ける。
「ドラゴンの封印など本当はないのだという方もいますが、ドラゴンたちは確実にこの地に眠り、そして目覚めの時を待っています。それは、封印を長年見守り続けてきた私たちの一族とフールがよく知っていることです。封印が解けるまで、もう一刻の猶予もない状況です。」
急に何を語り出しているのか。
まるでその意図が分からない。
「は、はあ…。えっと、封印をやり直すってことはできないんですか?」
苦しまぎれにそう訊ねると、ターニャははっきりと首を横に振った。
「できません。……少なくとも、人間には。古の封印は人間ではなく、ドラゴンを束ねる王である神竜リュドルフリアによって施されたものなのです。」
「………?」
ぎこちない笑顔で首を傾げるキリハ。
「知らなくて当然です。これは、宮殿内でのみ語られている歴史ですから。」
ターニャはキリハの様子に構わず、先を続ける。
「神竜リュドルフリアは卓越した知性を持ち、セレニアに住むドラゴンの中で唯一同族殺しを許された、まさに神のごときドラゴンでした。」
「同族……殺し……」
いきなり飛び出した物騒な言葉に、キリハはごくりと唾を飲み込んだ。
「ドラゴンは同族殺しを異様に嫌います。自分たちが希少種であることもありますが、数少ない文献によると、自分以外のドラゴンの血を浴びると鱗や体が腐り落ちて死んでしまうそうです。」
鱗や体が腐る。
言葉の内容を想像したら、気持ち悪くなってしまった。
キリハは思わず口元を押さえる。
「リュドルフリアは、他のドラゴンの血を浴びても死なないそうです。そして彼が吐く炎は浄化と裁きの炎と呼ばれ、一吹きでドラゴンを消滅させることができたと語り継がれています。だからこそリュドルフリアは、ドラゴンからも人間からも畏怖されていました。」
そこで一度話を区切り、ターニャは紅茶を飲んで小休止を挟んだ。
結局、彼女は何を自分に伝えたいのだろう。
いくら考えても、彼女の思惑を察することはできなかった。
「リュドルフリアはドラゴン大戦時、中立的立場を貫いたと伝えられています。どちらに味方するでもなく、双方の戦意を削ぎ続け、最後にはセレニア山脈から東のドラゴンたちを封印したそうです。必然的に人間はドラゴンがいなくなった東側に集まり、さすがにこれ以上の犠牲を渋ったドラゴンたちは西側に住処を移しました。それからドラゴン大戦は実質的に停戦状態となったのですが、リュドルフリアの生死はそこから不明なのです。つまり―――」
ターニャの口調が少しだけ強くなる。
「封印をかけ直すことは不可能です。ドラゴンの弱点として知られているのは同族の血ですが、当然今はそんなものもありません。もし封印が解けてしまったら、現存している対ドラゴン用の武器で地道に倒していくしかないのです。……しかし人間側にも一つだけ、ドラゴンに致命的な一撃を与えることができる剣があります。」
そこから数秒の間を開けて、ターニャの唇が厳かにその名を口にした。
「竜血剣《焔乱舞》」
重々しく告げられた剣の名前。
その名が頭の中で反響した瞬間、脳裏がパッと赤く染まった。
「《焔乱舞》は、鍛冶職人だったユアンがリュドルフリアの血を混ぜて鍛え、リュドルフリアがその刀身に己の炎の力を込めた剣だと言われています。まさに、人間とドラゴンの絆の象徴ともいえる剣です。《焔乱舞》にはリュドルフリアの浄化の力が宿っていると、一族に伝わる文献にも載っています。」
ターニャの説明を聞きながら、キリハは自分の目に手を当てる。
滴る真紅の血。
全てを焼き尽くす煉獄の炎。
そんな赤い映像が、脳内で弾けては消える。
異変に気づいたターニャがこちらを気にする素振りを見せるが、キリハは続けてくれと先を促す。
「《焔乱舞》は今、セレニア山脈中腹にある洞窟に保管されています。しかし《焔乱舞》はかなり特殊なものでして、多くの者が剣に触れることさえ叶いません。ユアンの直系である私でも……触れることはできませんでした。」
ターニャは自分の両手を見下ろし、ふと目を閉じた。
「それでも私たちは、国を守るためにあの剣にすがらずにはいられないのです。そこで私たち宮殿は、今いる竜使いの中から毎年何人かを選び、《焔乱舞》に認められるように鍛錬を積んでいただいた上で、焔の試練に挑んでいただいています。それが竜騎士です。」
その辺りでようやく脳内の映像が消えたので、キリハはのろのろと顔を上げる。
とりあえず、竜騎士がどんなものであるかは分かったが……
「どうしてそんなことを自分に言って聞かせるのか……とでも言いたそうな顔ですね。」
どうやらターニャには、こちらの考えていることなど筒抜けのようだ。
キリハは肯定も否定もせず、次の言葉を待った。
「フールに、選ばれたのでしょう?」
唐突に、ターニャはそんなことを訊いてくる。
キリハは記憶を手繰り寄せた。
フールに選ばれたという言葉で思い当たる節といえば……
「あの……サイコロ?」
言いながら半分以上冗談だったのだが、ターニャは真顔で頷いた。
「フールは、《焔乱舞》への案内人。竜騎士を《焔乱舞》へ導くのも、《焔乱舞》に適合する可能性のある竜騎士を選定するのも彼の役割です。ここまで言えば、どうして私があなたを訪ねてきたのか、分かったのではないですか?」
「ま、まさか……」
キリハは表情をなくす。
分かるも何も、ほとんど結論ではないか。
ターニャは淡々と告げた。
「フールに選ばれたのなら、あなたは今この瞬間から―――第十四期竜騎士隊の一人です。」
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