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第1章 ドラゴンを従えていた国
田舎町の孤児院
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セレニア国南部、レイミヤ。
広大な田畑が土地の面積の多くを占めるこの町は、セレニア国でも有数の野菜の特産地だ。
田畑の面積に対して住民の数は少なく、このレイミヤには田舎ならではの独特の風景が広がっていた。
そんなレイミヤの町には、大きな孤児院がある。
高齢化が進み、人口の減少と共に作物の生産量の低下を懸念する声に対する国の対策が、この孤児院の設立だった。
孤児院に住む子供たちの多くは、レイミヤの田畑で働くことになる。
こういった流れを作ることでレイミヤの農業従事者を確保し、親を失った子供たちの将来も安定させる。
そういう考えによって打ち出されたこの策は、大方成功したといえよう。
子供たちは幼い頃から農業に触れていたため、それを仕事とすることに何ら抵抗もなかったし、優しいレイミヤの人々の温かさは、心に傷を負った子供たちを強く支えることになった。
今やレイミヤは、セレニア一安定した町だとまで言われるほどに平和だった。
「キリハー。どこなのー?」
どこかで誰かが呼んでいる。
自分を呼ぶ声を聞いて、キリハは顔に乗せていた本をどけた。
途端に、木の葉越しに差し込んできた日光に目を焼かれてしまう。
「まぶし…」
光を避けるように目を閉じて首を振り、キリハは寝転んでいた枝から地面へと飛び降りた。
「どうしたの? ナスカ先生。」
呼びかけると、こちらに気づいたナスカが小走りで近寄ってきた。
「アイリスさんが、売り物にならなかった小麦をくれるって電話してくれたのよ。悪いけど、取りに行ってもらえる?」
「ええぇー」
キリハは少しだけ不満そうに顔をしかめた。
「俺、今日非番なのに……」
「分かってるけど、お願い! ただでさえ男手不足なんだからー。キリハの働きに、子供たちのご飯がかかってるのよ!」
「しょうがないなぁ……」
始めから断る気はないし、どうせ断るという選択肢などないことは分かりきっている。
倉庫のリヤカーを引いて、アイリスの畑を目指すキリハは、もう見慣れた景色の中を歩き出した。
自分が両親を事故で亡くしたのは十歳の頃。
それからなんやかんやとあって、最終的にこの孤児院に引き取られることになった。
それから七年間ここで過ごしているが、ここでの毎日はわりと充実していたように思う。
孤児院の人も地域の人もいい人ばかりだし、同じ境遇の仲間もいる。
必要最低限の勉学もできたし、今じゃ孤児院に自分専用の部屋だって割り振られている。
遊ぶ時間はほとんどないが、土いじりがもはや遊びのようなものだ。
キリハは強制的におつかいに出された状況であるにもかかわらず、鼻歌混じりで舗装されていない道を行く。
本来なら自分も高校へ行くか畑で本格的に働き出している頃なのだが、孤児院の皆からの人気ぶりが買われ、十六歳から孤児院の職員として働くことになった。
「アイリスばあちゃーん、いるー?」
アイリスたちが持っている畑の側で、キリハは大声を張る。
すると、黄金色の海の一部ががさがさと揺れた。
「あらあら、キリハちゃん。ご苦労様。」
アイリスは深くしわが刻まれた目元を細め、優しげな笑顔をキリハに向けた。
「あんた。キリハちゃんが来たわよー。」
アイリスが呼びかけると、畑の向かいにあった倉庫のシャッターが自動で開いた。
そこから現れたのは、車椅子に乗った和やかな風貌の老爺だ。
アイリスの夫のファジルである。
「おーい。キリハ、こっちじゃ。」
ファジルに呼ばれ、キリハはリヤカーを引いて倉庫に向かった。
「ほれ、これじゃよ。」
倉庫の中を覗くと、大きな紙袋がどんといくつも積んであった。
キリハは目を丸くする。
「うえっ!? こんなに!?」
紙袋とファジルの顔を忙しなく交互に見ていると、ファジルは面白そうに笑った。
「いいんじゃよ。今年は豊作でな。私たち二人じゃ食べきらんし、来年の分も取ってあるから心配するな。」
「そうよ。あげるって言ってるんだから、図々しくもらっておきなさい!」
畑から上がってきたアイリスが、後ろからキリハの背を叩く。
「うわぁ、ありがとう。わざわざ挽いてくれちゃって…。そのくらい、俺がやったのに。ファジルじいちゃん足弱いんだから、あんま無理しないでよね。」
「なんのなんの。粉を挽くのも運ぶのも機械がやってくれるんじゃ。大した手間ではないよ。どうせキリハが取りにくると思ってな。いつも助けてもらってる、ささやかな礼じゃよ。」
「そうそう。」
ファジルと共にうんうんと頷き、アイリスはキリハの顔をまじまじと見つめた。
「それにしても、惜しいねぇ。キリハちゃんは絶対にうちがもらうってライバルと争ってたのに、まさか孤児院本体に取られちゃうなんて……」
そういえば、進路を決める時期に色んな人からラブコールがあった気がする。
残念そうなアイリスに、キリハはにやりと笑ってみせた。
「優秀な人気者はあげないってさ。」
茶目っ気たっぷりで言うと。
「何を言っとるんじゃ。」
と、ファジルに後ろ髪を思いきり引っ張られてしまった。
「いったー。だって、本当のことなんだもん。」
老夫婦と見つめ合い、そして大声で笑う。
こんな毎日が、自分の日常だ。
もらった小麦粉をリヤカーに積み込み、キリハはのんびりと孤児院へ帰ることにする。
ありがたいことに、自分はどこに行っても好意的に迎えてもらえる。
それは自分の行いの賜物だという前に、レイミヤの人々の心の広さがあってこそだと思う。
レイミヤは自分にとって、どこよりも大事な場所だ。
だから自分としては、レイミヤのためになるなら孤児院の職員になっても、皆と同じように畑を耕すことを仕事にしてもよかった。
最終的に孤児院の職員になる道を選んだわけだが、今でも暇な時は色んな人の畑を手伝っている。
どんな道に進んでも、皆から必要とされていることは素直に嬉しい。
このまま穏やかに、自分の一生はここで終わっていく。
それはそれで、幸せな人生なのだろう。
両親を亡くしている不幸を差し引いても、それは断言できる気がした。
広大な田畑が土地の面積の多くを占めるこの町は、セレニア国でも有数の野菜の特産地だ。
田畑の面積に対して住民の数は少なく、このレイミヤには田舎ならではの独特の風景が広がっていた。
そんなレイミヤの町には、大きな孤児院がある。
高齢化が進み、人口の減少と共に作物の生産量の低下を懸念する声に対する国の対策が、この孤児院の設立だった。
孤児院に住む子供たちの多くは、レイミヤの田畑で働くことになる。
こういった流れを作ることでレイミヤの農業従事者を確保し、親を失った子供たちの将来も安定させる。
そういう考えによって打ち出されたこの策は、大方成功したといえよう。
子供たちは幼い頃から農業に触れていたため、それを仕事とすることに何ら抵抗もなかったし、優しいレイミヤの人々の温かさは、心に傷を負った子供たちを強く支えることになった。
今やレイミヤは、セレニア一安定した町だとまで言われるほどに平和だった。
「キリハー。どこなのー?」
どこかで誰かが呼んでいる。
自分を呼ぶ声を聞いて、キリハは顔に乗せていた本をどけた。
途端に、木の葉越しに差し込んできた日光に目を焼かれてしまう。
「まぶし…」
光を避けるように目を閉じて首を振り、キリハは寝転んでいた枝から地面へと飛び降りた。
「どうしたの? ナスカ先生。」
呼びかけると、こちらに気づいたナスカが小走りで近寄ってきた。
「アイリスさんが、売り物にならなかった小麦をくれるって電話してくれたのよ。悪いけど、取りに行ってもらえる?」
「ええぇー」
キリハは少しだけ不満そうに顔をしかめた。
「俺、今日非番なのに……」
「分かってるけど、お願い! ただでさえ男手不足なんだからー。キリハの働きに、子供たちのご飯がかかってるのよ!」
「しょうがないなぁ……」
始めから断る気はないし、どうせ断るという選択肢などないことは分かりきっている。
倉庫のリヤカーを引いて、アイリスの畑を目指すキリハは、もう見慣れた景色の中を歩き出した。
自分が両親を事故で亡くしたのは十歳の頃。
それからなんやかんやとあって、最終的にこの孤児院に引き取られることになった。
それから七年間ここで過ごしているが、ここでの毎日はわりと充実していたように思う。
孤児院の人も地域の人もいい人ばかりだし、同じ境遇の仲間もいる。
必要最低限の勉学もできたし、今じゃ孤児院に自分専用の部屋だって割り振られている。
遊ぶ時間はほとんどないが、土いじりがもはや遊びのようなものだ。
キリハは強制的におつかいに出された状況であるにもかかわらず、鼻歌混じりで舗装されていない道を行く。
本来なら自分も高校へ行くか畑で本格的に働き出している頃なのだが、孤児院の皆からの人気ぶりが買われ、十六歳から孤児院の職員として働くことになった。
「アイリスばあちゃーん、いるー?」
アイリスたちが持っている畑の側で、キリハは大声を張る。
すると、黄金色の海の一部ががさがさと揺れた。
「あらあら、キリハちゃん。ご苦労様。」
アイリスは深くしわが刻まれた目元を細め、優しげな笑顔をキリハに向けた。
「あんた。キリハちゃんが来たわよー。」
アイリスが呼びかけると、畑の向かいにあった倉庫のシャッターが自動で開いた。
そこから現れたのは、車椅子に乗った和やかな風貌の老爺だ。
アイリスの夫のファジルである。
「おーい。キリハ、こっちじゃ。」
ファジルに呼ばれ、キリハはリヤカーを引いて倉庫に向かった。
「ほれ、これじゃよ。」
倉庫の中を覗くと、大きな紙袋がどんといくつも積んであった。
キリハは目を丸くする。
「うえっ!? こんなに!?」
紙袋とファジルの顔を忙しなく交互に見ていると、ファジルは面白そうに笑った。
「いいんじゃよ。今年は豊作でな。私たち二人じゃ食べきらんし、来年の分も取ってあるから心配するな。」
「そうよ。あげるって言ってるんだから、図々しくもらっておきなさい!」
畑から上がってきたアイリスが、後ろからキリハの背を叩く。
「うわぁ、ありがとう。わざわざ挽いてくれちゃって…。そのくらい、俺がやったのに。ファジルじいちゃん足弱いんだから、あんま無理しないでよね。」
「なんのなんの。粉を挽くのも運ぶのも機械がやってくれるんじゃ。大した手間ではないよ。どうせキリハが取りにくると思ってな。いつも助けてもらってる、ささやかな礼じゃよ。」
「そうそう。」
ファジルと共にうんうんと頷き、アイリスはキリハの顔をまじまじと見つめた。
「それにしても、惜しいねぇ。キリハちゃんは絶対にうちがもらうってライバルと争ってたのに、まさか孤児院本体に取られちゃうなんて……」
そういえば、進路を決める時期に色んな人からラブコールがあった気がする。
残念そうなアイリスに、キリハはにやりと笑ってみせた。
「優秀な人気者はあげないってさ。」
茶目っ気たっぷりで言うと。
「何を言っとるんじゃ。」
と、ファジルに後ろ髪を思いきり引っ張られてしまった。
「いったー。だって、本当のことなんだもん。」
老夫婦と見つめ合い、そして大声で笑う。
こんな毎日が、自分の日常だ。
もらった小麦粉をリヤカーに積み込み、キリハはのんびりと孤児院へ帰ることにする。
ありがたいことに、自分はどこに行っても好意的に迎えてもらえる。
それは自分の行いの賜物だという前に、レイミヤの人々の心の広さがあってこそだと思う。
レイミヤは自分にとって、どこよりも大事な場所だ。
だから自分としては、レイミヤのためになるなら孤児院の職員になっても、皆と同じように畑を耕すことを仕事にしてもよかった。
最終的に孤児院の職員になる道を選んだわけだが、今でも暇な時は色んな人の畑を手伝っている。
どんな道に進んでも、皆から必要とされていることは素直に嬉しい。
このまま穏やかに、自分の一生はここで終わっていく。
それはそれで、幸せな人生なのだろう。
両親を亡くしている不幸を差し引いても、それは断言できる気がした。
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掲載は不定期になります。
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