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2.授業2回目

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 アエイウエオアオ、カケキクケコカコ、サセシスセソサソ・・・
 アメンボあかいなアイウエオ うきもに小海老も泳いでる・・・ 

 30人程の生徒達が立ち上がり、ぐるりと輪になり声を合わせて発声する。
 「はい、もっと腹から声だす!」
 私は輪の中に入り、とにもかくにも今日の課題、大きな声を出させるためにあおる。
 プリントを片手に持ち、みんな真剣そのもの。
 「みんな顔が恐いよ。もっとリラックス」
 こわばった顔から笑みがこぼれる。
 次は宿題の早口言葉。これは一人一人聞いていく。

お決まりの生麦生米生卵、高速増殖炉もんじゅ、赤まきがみ、青まきがみ、黄まきがみ。
懐かしいなー。家では騒音になるのでトイレにこもってよくやってたのを思い出す。
そしてなぜか、パパかばばかママかばばか子かばばかでみんな引っかかる。
 この時点で家でちゃんと練習してきた子、やってない子が明確に分かる。
 やってきた子は大きな声ですらすら進む。
 つっかかって声が極端に小さな子がいた。その子はバツが悪そうにこう言った。

「緊張しました」

 キターーーーーー!
 実はこの言葉を誰か言わないか待っていたのである。ふっ、ふっ、ふっ。
 私はこの為に声優の先生をやっているといっても過言ではない。
 よし、今年も行くぞ。
 「これは私の先生の言葉なんだけど、みんなに約束してほしい。」
 ふーと息を吐く。
  
「私も養成所時代にレッスン第一日目に言われたの。今日から絶対に緊張してもいいけど緊張しましたという言葉は絶対に使ってはいけない。緊張しましたという言葉は上手く出来なかった時にそれで簡単に言い訳が出来てしまう。だから緊張してもいいけど、緊張しましたという言葉は使うなってね。」
 「先生」
 生徒の一人が手を挙げた。
 「何?」
 「そうは言っても緊張してしまうんですけど」
 まあ、そうだけど。
 「緊張してもいいの。緊張しない人なんていないから。ただ、緊張しましたって口に出さないだけでいいのよ。やってみて。絶対変われるから」。
 「何かいいこと聞いた。」「ホント?良かった」
 早口言葉を言ってた真剣な顔たちがほころぶ。
 授業終了の鐘が鳴った。
 少しでもみんなの心に響いてくれればいいな。私もこの言葉で本当に変われたから。
 緊張しましたっていえないから練習量も増えたし、何よりも気合が違う。本当にあの時の先生には感謝である。

 「あーそうそう、みんなプリントが綺麗すぎなのね。人のダメだしは自分のダメだしから、ちゃんとメモしておくように。」
 
 緊張してもいいけど緊張しましたと言ってはいけない。
 
 この言葉を伝えただけで養成所の先生として、ほぼほぼ満足である。

 
  


 
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