My heart in your hand.

津秋

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キヨ先輩が触れたいと思うのも実際に触れるのも、俺だけが良い。先輩が、俺を見てくれないと悲しい。眠そうな緩い表情で気の抜けた話をするのも、ささやかな愚痴をこぼすのも、あの優しい手つきで髪を撫でるのも、相手は全部俺であってほしい。他の誰にも同じものを与えないで欲しい。
独占欲じみたそんな思考に驚いて、拒絶していたけれど、考えてみればそれらは多分、ずっと俺の中にあったのだ。他の誰かが傍にいなくて、俺たちは基本的にいつも二人だけでいられたからさほど意識していなかっただけで。

彼に対して思うことを、ゆっくりと一つ一つ確認していく。そこには確かに温かなものだって存在していた。それでもまだ何か、足りないような気がした。本当に正しいのか、と自問してしまう。
自分にとって恋愛感情というものがどういうものなのかが不透明だから、断言できなくて躊躇するのだと思う。あと少しで自信を持って差し出せるものだと分かる気がするのに、糸の最後のほつれがとれないみたいで、もどかしい。

ホームルームの間も机に広げたままだった最後の授業の数学の教科書をぱたりと閉じる。授業内で課された問題を解くのに手間取ってしまったのだ。苦手な単元ということもあるが、考えごとに気をとられて集中できなかったのが原因だと思う。

暮れは、日を増すごとに早くなっていた。時刻はまだ放課後になって間もないが、空はもう翳りを見せている。
教科書とノートを机の中に片付けかけ、次の授業までの課題を出されていたことを思い出してバッグにしまう。

Dクラスは教室から人がいなくなるのがいつも早くて、今日もすでに残っているのは俺だけだ。窓の施錠を確認してカーテンを閉め、消灯するのは最後に教室から出る人がやるという暗黙の了解。のろのろとそれらをこなして教室を出る。
息をついて、長い廊下の先を見る。帰りたくない。

狭い室内で考え事をするのは、なんだかあまり好きではない。思考まで閉鎖してしまう気がして。
いつものように図書室にでも行こうかと考えながら窓の外に視線を流して、不意に屋上に行ってみようと思い立った。


この学校の屋上が、施錠されているのかどうか俺は知らなかった。立ち入り禁止になっているという話は聞いたことがないから、もしかしたら出られるようになっているのかもしれない。
中学の屋上は、いつ見ても鍵穴にガムが詰められて施錠出来ないようになっていた。どうせ鍵を新しくしたってまた繰り返されるだけだから教師も知らぬ顔をしていたのを覚えている。

とりあえず目的地が決まったので、方向転換して、俺は屋上を目指すことにした。

▽▽▽

「―あれ。江角だ」

声がして、先の段に片足だけを乗せたまま、俺は階段の一番上を見上げて目を瞬いた。屋上に続くドアの前に人がいる。知っている顔だった。

「……、なんだっけ、桃ちゃんって呼ばれてた人」
「森下な。お前、全然覚えねえな、俺のこと」
名乗られた記憶もあったから、俺の発言は失礼だったと思うが、彼は気分を害した様子もなく面白そうに答えた。指に挟んだ煙草がふらりと揺らされる。
低くて格好いい声と桃ちゃんと呼ばれていたことばかり印象に残っていたのだ。今度は忘れないように告げられた名をインプットする。

俺はゆっくりと階段を登りきって、胡座をかいて座っている彼を見下ろした。

「今、覚えました。次からは大丈夫っす」
「おお、次は呼ばれるのを期待しとく」
「はい。森下さん、なんでこんなとこにいるんすか」
「起きたら放課後だったんだよ」
つまり授業をサボって寝過ごしたということだろうか。森下さんが吐き出した煙がふわふわと漂う。煙草の匂いを嗅ぐのは久しぶりだった。

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