My heart in your hand.

津秋

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図書室に入ると、カウンターには互いに顔を見知っている図書委員の人がいた。ドアの開く音に反応してこちらを向いた彼に目礼されて同じように返す。恐らく一学年上だろう彼の意識は、すぐに分厚い本に戻ったようだ。
この図書委員は寡黙なので顔見知りだからと言って話しかけて来たりはしないし、俺もそうだ。時々、本のことに関して軽く言葉を交わす程度。だから実際の性質が寡黙なのか、ここが図書室だからなのかまでは知らない。

返却手続きを済ませてからいつも座る席の辺りに視線をやる。テーブルに勉強道具を広げたキヨ先輩が、俺が振り返るのを待っていたかのようにひらひらと手を振った。彼がいることにすぐに気付けなかった。

「こんにちは、キヨ先輩」
「こんにちは。勉強してくのか?」
傍まで歩いて行って、いつものように挨拶をする。仕草で座るように促しながら、先輩はにこやかに問うた。
「一応、そのつもりです」
答え、荷物をテーブルに載せて図書室では定位置になっている椅子に腰かける。
先輩が開いている参考書らしき本は分厚くて重たそうだ。一ページをまるごと使った長い英文が目に入る。取り組む前から気力が萎えてしまいそうな長文だと思った。物語ならそうは思わないのに問題文だと意識すると、どうしてか。

「難しそう」
「ああ、これな。読む前からうんざりするよなあ」
何を指して言ったのかをあっさりと汲み取ったキヨ先輩は、頬杖をついて俺が考えたのと同じことを口にする。
「推薦もらう大学の過去問なんだ。一般入試のだけど」
なるほど、と頷く。

「試験、いつなんですか?」
「書類選考が十一月の中旬で、二次選考の面接と筆記が十二月の初め」
「……あまり間がないんですね」
「はは、そうだな」
指定校推薦ということもあってか、キヨ先輩からは受験生の気負いのようなものはほとんど感じないけれど、受験の日程を聞くと、実感させられる。先輩は、ここを出てから進む道の為の準備をしている。そうして春にはもういなくなってしまうのだ。
この間感じたのと同じ心許なさとも焦燥感ともつかない感覚をまた抱いてしまう。寂しいとかなんだとか、口に出すことはしたくなかった。声に乗ったら抑えが効かなくなるような気がしてならない。
それに、言ったってどうにもならないことを言うのは不毛だ。でも――。

俺が黙り込んだからか、それともずっと見つめてしまっていたからか、キヨ先輩は笑顔を引っ込めて不思議そうな表情をした。我に返ったが取り繕うには少し遅かった。「どうした?」と問われて、テーブルの下で無意味に自分の指を触る。

「どう―、したんですかね」
「うん?」
俺の答えになっていない妙な言葉になにそれ、と緩く笑う。もう何度も思ったことだがこの、笑ったときに細められる目元が好きだ。楽しそうで柔い先輩の表情。
ずっとそばで見ていたい。そう思って、苦しくなる。

「ぼんやりしていたみたいです」
付け足しながら、窓の方に視線を移した。
赤や黄に染まった葉が風に飛ばされて宙を舞っている。ああ、嫌だ。冬が来てしまう。

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