157 / 192
last.
9
しおりを挟む
図書室に入ると、カウンターには互いに顔を見知っている図書委員の人がいた。ドアの開く音に反応してこちらを向いた彼に目礼されて同じように返す。恐らく一学年上だろう彼の意識は、すぐに分厚い本に戻ったようだ。
この図書委員は寡黙なので顔見知りだからと言って話しかけて来たりはしないし、俺もそうだ。時々、本のことに関して軽く言葉を交わす程度。だから実際の性質が寡黙なのか、ここが図書室だからなのかまでは知らない。
返却手続きを済ませてからいつも座る席の辺りに視線をやる。テーブルに勉強道具を広げたキヨ先輩が、俺が振り返るのを待っていたかのようにひらひらと手を振った。彼がいることにすぐに気付けなかった。
「こんにちは、キヨ先輩」
「こんにちは。勉強してくのか?」
傍まで歩いて行って、いつものように挨拶をする。仕草で座るように促しながら、先輩はにこやかに問うた。
「一応、そのつもりです」
答え、荷物をテーブルに載せて図書室では定位置になっている椅子に腰かける。
先輩が開いている参考書らしき本は分厚くて重たそうだ。一ページをまるごと使った長い英文が目に入る。取り組む前から気力が萎えてしまいそうな長文だと思った。物語ならそうは思わないのに問題文だと意識すると、どうしてか。
「難しそう」
「ああ、これな。読む前からうんざりするよなあ」
何を指して言ったのかをあっさりと汲み取ったキヨ先輩は、頬杖をついて俺が考えたのと同じことを口にする。
「推薦もらう大学の過去問なんだ。一般入試のだけど」
なるほど、と頷く。
「試験、いつなんですか?」
「書類選考が十一月の中旬で、二次選考の面接と筆記が十二月の初め」
「……あまり間がないんですね」
「はは、そうだな」
指定校推薦ということもあってか、キヨ先輩からは受験生の気負いのようなものはほとんど感じないけれど、受験の日程を聞くと、実感させられる。先輩は、ここを出てから進む道の為の準備をしている。そうして春にはもういなくなってしまうのだ。
この間感じたのと同じ心許なさとも焦燥感ともつかない感覚をまた抱いてしまう。寂しいとかなんだとか、口に出すことはしたくなかった。声に乗ったら抑えが効かなくなるような気がしてならない。
それに、言ったってどうにもならないことを言うのは不毛だ。でも――。
俺が黙り込んだからか、それともずっと見つめてしまっていたからか、キヨ先輩は笑顔を引っ込めて不思議そうな表情をした。我に返ったが取り繕うには少し遅かった。「どうした?」と問われて、テーブルの下で無意味に自分の指を触る。
「どう―、したんですかね」
「うん?」
俺の答えになっていない妙な言葉になにそれ、と緩く笑う。もう何度も思ったことだがこの、笑ったときに細められる目元が好きだ。楽しそうで柔い先輩の表情。
ずっとそばで見ていたい。そう思って、苦しくなる。
「ぼんやりしていたみたいです」
付け足しながら、窓の方に視線を移した。
赤や黄に染まった葉が風に飛ばされて宙を舞っている。ああ、嫌だ。冬が来てしまう。
この図書委員は寡黙なので顔見知りだからと言って話しかけて来たりはしないし、俺もそうだ。時々、本のことに関して軽く言葉を交わす程度。だから実際の性質が寡黙なのか、ここが図書室だからなのかまでは知らない。
返却手続きを済ませてからいつも座る席の辺りに視線をやる。テーブルに勉強道具を広げたキヨ先輩が、俺が振り返るのを待っていたかのようにひらひらと手を振った。彼がいることにすぐに気付けなかった。
「こんにちは、キヨ先輩」
「こんにちは。勉強してくのか?」
傍まで歩いて行って、いつものように挨拶をする。仕草で座るように促しながら、先輩はにこやかに問うた。
「一応、そのつもりです」
答え、荷物をテーブルに載せて図書室では定位置になっている椅子に腰かける。
先輩が開いている参考書らしき本は分厚くて重たそうだ。一ページをまるごと使った長い英文が目に入る。取り組む前から気力が萎えてしまいそうな長文だと思った。物語ならそうは思わないのに問題文だと意識すると、どうしてか。
「難しそう」
「ああ、これな。読む前からうんざりするよなあ」
何を指して言ったのかをあっさりと汲み取ったキヨ先輩は、頬杖をついて俺が考えたのと同じことを口にする。
「推薦もらう大学の過去問なんだ。一般入試のだけど」
なるほど、と頷く。
「試験、いつなんですか?」
「書類選考が十一月の中旬で、二次選考の面接と筆記が十二月の初め」
「……あまり間がないんですね」
「はは、そうだな」
指定校推薦ということもあってか、キヨ先輩からは受験生の気負いのようなものはほとんど感じないけれど、受験の日程を聞くと、実感させられる。先輩は、ここを出てから進む道の為の準備をしている。そうして春にはもういなくなってしまうのだ。
この間感じたのと同じ心許なさとも焦燥感ともつかない感覚をまた抱いてしまう。寂しいとかなんだとか、口に出すことはしたくなかった。声に乗ったら抑えが効かなくなるような気がしてならない。
それに、言ったってどうにもならないことを言うのは不毛だ。でも――。
俺が黙り込んだからか、それともずっと見つめてしまっていたからか、キヨ先輩は笑顔を引っ込めて不思議そうな表情をした。我に返ったが取り繕うには少し遅かった。「どうした?」と問われて、テーブルの下で無意味に自分の指を触る。
「どう―、したんですかね」
「うん?」
俺の答えになっていない妙な言葉になにそれ、と緩く笑う。もう何度も思ったことだがこの、笑ったときに細められる目元が好きだ。楽しそうで柔い先輩の表情。
ずっとそばで見ていたい。そう思って、苦しくなる。
「ぼんやりしていたみたいです」
付け足しながら、窓の方に視線を移した。
赤や黄に染まった葉が風に飛ばされて宙を舞っている。ああ、嫌だ。冬が来てしまう。
0
お気に入りに追加
31
あなたにおすすめの小説
なんか金髪超絶美形の御曹司を抱くことになったんだが
なずとず
BL
タイトル通りの軽いノリの話です
酔った勢いで知らないハーフと将来を約束してしまった勇気君視点のお話になります
攻
井之上 勇気
まだまだ若手のサラリーマン
元ヤンの過去を隠しているが、酒が入ると本性が出てしまうらしい
でも翌朝には完全に記憶がない
受
牧野・ハロルド・エリス
天才・イケメン・天然ボケなカタコトハーフの御曹司
金髪ロング、勇気より背が高い
勇気にベタ惚れの仔犬ちゃん
ユウキにオヨメサンにしてもらいたい
同作者作品の「一夜の関係」の登場人物も絡んできます
片桐くんはただの幼馴染
ベポ田
BL
俺とアイツは同小同中ってだけなので、そのチョコは直接片桐くんに渡してあげてください。
藤白侑希
バレー部。眠そうな地味顔。知らないうちに部屋に置かれていた水槽にいつの間にか住み着いていた亀が、気付いたらいなくなっていた。
右成夕陽
バレー部。精悍な顔つきの黒髪美形。特に親しくない人の水筒から無断で茶を飲む。
片桐秀司
バスケ部。爽やかな風が吹く黒髪美形。部活生の9割は黒髪か坊主。
佐伯浩平
こーくん。キリッとした塩顔。藤白のジュニアからの先輩。藤白を先輩離れさせようと努力していたが、ちゃんと高校まで追ってきて涙ぐんだ。
人気アイドルグループのリーダーは、気苦労が絶えない
タタミ
BL
大人気5人組アイドルグループ・JETのリーダーである矢代頼は、気苦労が絶えない。
対メンバー、対事務所、対仕事の全てにおいて潤滑剤役を果たす日々を送る最中、矢代は人気2トップの御厨と立花が『仲が良い』では片付けられない距離感になっていることが気にかかり──
実力を隠し「例え長男でも無能に家は継がせん。他家に養子に出す」と親父殿に言われたところまでは計算通りだったが、まさかハーレム生活になるとは
竹井ゴールド
ライト文芸
日本国内トップ5に入る異能力者の名家、東条院。
その宗家本流の嫡子に生まれた東条院青夜は子供の頃に実母に「16歳までに東条院の家を出ないと命を落とす事になる」と予言され、無能を演じ続け、父親や後妻、異母弟や異母妹、親族や許嫁に馬鹿にされながらも、念願適って中学卒業の春休みに東条院家から田中家に養子に出された。
青夜は4月が誕生日なのでギリギリ16歳までに家を出た訳だが。
その後がよろしくない。
青夜を引き取った田中家の義父、一狼は53歳ながら若い妻を持ち、4人の娘の父親でもあったからだ。
妻、21歳、一狼の8人目の妻、愛。
長女、25歳、皇宮警察の異能力部隊所属、弥生。
次女、22歳、田中流空手道場の師範代、葉月。
三女、19歳、離婚したフランス系アメリカ人の3人目の妻が産んだハーフ、アンジェリカ。
四女、17歳、死別した4人目の妻が産んだ中国系ハーフ、シャンリー。
この5人とも青夜は家族となり、
・・・何これ? 少し想定外なんだけど。
【2023/3/23、24hポイント26万4600pt突破】
【2023/7/11、累計ポイント550万pt突破】
【2023/6/5、お気に入り数2130突破】
【アルファポリスのみの投稿です】
【第6回ライト文芸大賞、22万7046pt、2位】
【2023/6/30、メールが来て出版申請、8/1、慰めメール】
【未完】
家事代行サービスにdomの溺愛は必要ありません!
灯璃
BL
家事代行サービスで働く鏑木(かぶらぎ) 慧(けい)はある日、高級マンションの一室に仕事に向かった。だが、住人の男性は入る事すら拒否し、何故かなかなか中に入れてくれない。
何度かの押し問答の後、なんとか慧は中に入れてもらえる事になった。だが、男性からは冷たくオレの部屋には入るなと言われてしまう。
仕方ないと気にせず仕事をし、気が重いまま次の日も訪れると、昨日とは打って変わって男性、秋水(しゅうすい) 龍士郎(りゅうしろう)は慧の料理を褒めた。
思ったより悪い人ではないのかもと慧が思った時、彼がdom、支配する側の人間だという事に気づいてしまう。subである慧は彼と一定の距離を置こうとするがーー。
みたいな、ゆるいdom/subユニバース。ふんわり過ぎてdom/subユニバースにする必要あったのかとか疑問に思ってはいけない。
※完結しました!ありがとうございました!
モテる兄貴を持つと……(三人称改訂版)
夏目碧央
BL
兄、海斗(かいと)と同じ高校に入学した城崎岳斗(きのさきやまと)は、兄がモテるがゆえに様々な苦難に遭う。だが、カッコよくて優しい兄を実は自慢に思っている。兄は弟が大好きで、少々過保護気味。
ある日、岳斗は両親の血液型と自分の血液型がおかしい事に気づく。海斗は「覚えてないのか?」と驚いた様子。岳斗は何を忘れているのか?一体どんな秘密が?
告白ゲーム
茉莉花 香乃
BL
自転車にまたがり校門を抜け帰路に着く。最初の交差点で止まった時、教室の自分の机にぶら下がる空の弁当箱のイメージが頭に浮かぶ。「やばい。明日、弁当作ってもらえない」自転車を反転して、もう一度教室をめざす。教室の中には五人の男子がいた。入り辛い。扉の前で中を窺っていると、何やら悪巧みをしているのを聞いてしまった
他サイトにも公開しています
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる