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会計の後に岩見と一旦別れて手洗いに寄った。外で待っていると言われていたので、店から出てきょろりと広場のようになっている店の前を見回す。
岩見は、中央にある時計台を囲むように設置されたベンチにいた。そちらに向かおうとしてすぐに、誰かと話していることに気が付いた。女の二人組だ。知り合いだろうか。人懐っこく見える愛想笑いの岩見が何か応じると、二人は手を振って去っていった。
「知ってる人か?」
「わ。お帰り。見てたの?」
俺がそのまま歩いていって、横から声をかけると丸くなった目がこちらを振り返った。
「こっち来るとき見えた」
「そか。知り合いじゃないよ、一緒に遊ぼって声かけられたの」
「え。あ、ナンパっていうやつか? すげえ、本当にそういうことあるんだな。初めて見た」
呑気に感心すると、岩見は「ナンパだったのかな」となんともいえない顔をして苦笑した。
「俺みたいのでも、そういうことあるんだね」
「なんか卑下した言い方してるけど、学校であるなら外でもあるだろ」
「ん? え?」
「告白とか、たまにされてるじゃん」
ナンパとは違うけど、と言いながら隣に座る。岩見は言われた言葉を反芻するように、口を開けたまま一拍黙って、
「――っえ、え!? 見てたの!?」と驚いた声を上げた。一気に頬の血色が良くなったのが傍目にも分かった。
「見てはない」
「はっ?」
「勘」
「……俺、今、カマかけられたの?」
見開いた黒目がちの眼をぱちぱちと瞬いて呆気に取られている様子が面白くて軽く笑い声を上げると、肩をどつかれた。割合強い力だったので、いてっ、と声を上げる。
モテると表現すればいいのか人気があるとでも言うべきか、とにかく岩見を気にしている人間が少なくないことは分かっていた。俺でさえ告白を受けたりするのだから、人当たりがよくて誰とでも親しく言葉を交わせる岩見は当然だろうとも俺は思っている。
「もう!」
「ごめんて。で? 付き合ってみようかって気になる奴はいなかったのか」
どうせこの話題になったのだから、と何気なく尋ねる。予想外のことを聞かれたという顔のまま首を捻るから、俺もつられて同じ方向に頭を傾げた。
「なにその反応」
「え、いや……エスがそんなこと言うと思わなかった」
「なんで」
「だって、よく知らない人とか、好きじゃない人と付き合うとか考えられない派だろ」
全くその通りではあるが。
「それは俺の考えで、岩見がそうである必要はないだろ。好きじゃないけどとりあえず付き合うっていうのも、俺はしないけど、お前がそういう選択をしても反対はしないし、悪いふうにも思わねえよ」
心配は、多分するけど。それは結局、両思いの末の付き合いであったとしてもするだろうから、気にする必要はない。
何か考えているのか少しの間岩見が黙ったから、俺も口をつぐんでアウターの袖をいじりながら雑踏を眺めた。暑いと思うことはいつの間にか無くなって、今日は涼しいというより俺にとっては少し肌寒いくらいの気温だった。
しばらくして、すぐ傍から「そうだよね」と穏やかな声がした。
「ごめん。俺、考え浅かった」
「ん?」
「エスが理解できないって思うことを俺がしたら、エスは俺のこと嫌になるかなって、ちょっと思ってた。気がする。無意識に」
「そ。なら、安心した?」
隣に視線を戻すと、「うん」と柔こい笑みが返される。
「例えば、お前がころころ相手変えたりする奴でも、セフレが何人もいるとかでも、それをお前が楽しんでて好きでやってるなら、いいんじゃねえのって思うよ、俺は。あ、でも不倫とかはやめとけよ」
「―ふ、っはは、なんなの、お前。俺のことすごい好きじゃん」
「はあ?」
なぜそういう結論になるのだ。今の言葉に好意を示すものがあっただろうか。まあ、岩見が相手だからこその言葉で好意が根底にあるのは当然なので、そういう意味では正しい結論なのだが。
岩見は、中央にある時計台を囲むように設置されたベンチにいた。そちらに向かおうとしてすぐに、誰かと話していることに気が付いた。女の二人組だ。知り合いだろうか。人懐っこく見える愛想笑いの岩見が何か応じると、二人は手を振って去っていった。
「知ってる人か?」
「わ。お帰り。見てたの?」
俺がそのまま歩いていって、横から声をかけると丸くなった目がこちらを振り返った。
「こっち来るとき見えた」
「そか。知り合いじゃないよ、一緒に遊ぼって声かけられたの」
「え。あ、ナンパっていうやつか? すげえ、本当にそういうことあるんだな。初めて見た」
呑気に感心すると、岩見は「ナンパだったのかな」となんともいえない顔をして苦笑した。
「俺みたいのでも、そういうことあるんだね」
「なんか卑下した言い方してるけど、学校であるなら外でもあるだろ」
「ん? え?」
「告白とか、たまにされてるじゃん」
ナンパとは違うけど、と言いながら隣に座る。岩見は言われた言葉を反芻するように、口を開けたまま一拍黙って、
「――っえ、え!? 見てたの!?」と驚いた声を上げた。一気に頬の血色が良くなったのが傍目にも分かった。
「見てはない」
「はっ?」
「勘」
「……俺、今、カマかけられたの?」
見開いた黒目がちの眼をぱちぱちと瞬いて呆気に取られている様子が面白くて軽く笑い声を上げると、肩をどつかれた。割合強い力だったので、いてっ、と声を上げる。
モテると表現すればいいのか人気があるとでも言うべきか、とにかく岩見を気にしている人間が少なくないことは分かっていた。俺でさえ告白を受けたりするのだから、人当たりがよくて誰とでも親しく言葉を交わせる岩見は当然だろうとも俺は思っている。
「もう!」
「ごめんて。で? 付き合ってみようかって気になる奴はいなかったのか」
どうせこの話題になったのだから、と何気なく尋ねる。予想外のことを聞かれたという顔のまま首を捻るから、俺もつられて同じ方向に頭を傾げた。
「なにその反応」
「え、いや……エスがそんなこと言うと思わなかった」
「なんで」
「だって、よく知らない人とか、好きじゃない人と付き合うとか考えられない派だろ」
全くその通りではあるが。
「それは俺の考えで、岩見がそうである必要はないだろ。好きじゃないけどとりあえず付き合うっていうのも、俺はしないけど、お前がそういう選択をしても反対はしないし、悪いふうにも思わねえよ」
心配は、多分するけど。それは結局、両思いの末の付き合いであったとしてもするだろうから、気にする必要はない。
何か考えているのか少しの間岩見が黙ったから、俺も口をつぐんでアウターの袖をいじりながら雑踏を眺めた。暑いと思うことはいつの間にか無くなって、今日は涼しいというより俺にとっては少し肌寒いくらいの気温だった。
しばらくして、すぐ傍から「そうだよね」と穏やかな声がした。
「ごめん。俺、考え浅かった」
「ん?」
「エスが理解できないって思うことを俺がしたら、エスは俺のこと嫌になるかなって、ちょっと思ってた。気がする。無意識に」
「そ。なら、安心した?」
隣に視線を戻すと、「うん」と柔こい笑みが返される。
「例えば、お前がころころ相手変えたりする奴でも、セフレが何人もいるとかでも、それをお前が楽しんでて好きでやってるなら、いいんじゃねえのって思うよ、俺は。あ、でも不倫とかはやめとけよ」
「―ふ、っはは、なんなの、お前。俺のことすごい好きじゃん」
「はあ?」
なぜそういう結論になるのだ。今の言葉に好意を示すものがあっただろうか。まあ、岩見が相手だからこその言葉で好意が根底にあるのは当然なので、そういう意味では正しい結論なのだが。
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