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four.
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ひたすら視線を注がれているのが少し気恥ずかしい。でも、ちゃんと見せて褒めてもらおうと以前から決めていたので俺は黙ったままその視線を受け止める。
「いや見すぎ見すぎ。超見るじゃん、やめてください委員長、人前ですよ。江角くんもなんか言いなよ」
それにしても随分見るなと思い始めた辺りで副委員長がキヨ先輩の肩を揺さぶった。は、と目を瞬いた先輩は「そんなに見てない」と言ったが、俺も副委員長が言うようにすごく見られていたと思うので同意できずに笑ってしまった。
「気に入りました?」と聞いてみる。
「、うん。すごく綺麗だ。格好いいな、ハル」
はにかむように笑い返したキヨ先輩は、真っ直ぐに褒めてくれた。先輩が俺を貶すことはないと分かっていたが、そうまで言われるとさすがに照れる。彼は本当に思って言っているという顔をするから。
ぎこちなく礼を返したところで副委員長が手を叩いて「それはそれとして」と言葉を挟んだので、俺は彼の方に顔を向けた。クラスTシャツなどは着ておらず、朝見た通りのきっちりした制服姿だ。
「このクラスは何かトラブルとかありませんか、江角くん」
「ないと思います。でも委員長の方がしっかり把握してるし、呼びましょうか」
「ああ、大丈夫ですよ。中の様子も見せてもらいたいし、こちらから行きます」
仕事という切り替えなのか敬語になった副委員長は、一緒に行こうとしたキヨ先輩を「委員長はいいですから、ここにいてください」と押さえた。
「そうか?……あー、ありがとな。柊」
「どういたしまして」
にっこりと笑った副委員長が教室の中に消えると、キヨ先輩は通行の邪魔にならないようにか俺の隣に並んで壁に凭れた。
「ハル、楽しめてるか?」
「はい。ちょっと落ち着かないですけど」
「そっか」
柔らかく細められた目が良かったな、と言っている。それが擽ったく感じて、俺は廊下を歩く人たちの方に顔を向けた。
「―キヨ先輩は? ちゃんと昼食べましたか」
「クラス回ってると、結構食べ物貰うから。それを有り難く受け取ってる」
「ああ。それなら、良かった」
何故かお互いに言葉少なで、ふっと沈黙が落ちた。明るく浮き足立つような賑やかさの中で、ここだけが別の空間みたいに静かだ。
でも、気まずさはない。キヨ先輩との間に共有される沈黙はいつも圧迫感がなくて微睡みのようで、今もそれと同じだった。そのせいか、まるで二人だけでいるときのように錯覚をした。体から余分な力が抜ける。
そのまま、ちょっとの間ぼんやりと廊下を眺めていたら、視界の端でキヨ先輩が小さく身動いだ。何か言いたいことでもできたのかと横を向けば目が合う。
「ハル。俺な、明日、一時間半くらいだけど店出るよ」
「あっ、ギャルソン?」
「それ。まだ恥ずかしい気がするけど、ちゃんと着ますんで」
「それ、この格好の俺に言います?」
襷を触って言うと、ハルは似合ってるから恥ずかしくないだろと不思議そうに返る。その理屈ならキヨ先輩だって絶対に似合うのだから恥ずかしくないはずだ。
思ったが、言い返しはしない。
「じゃあ、その時にキヨ先輩のクラス行きますね」
「うん、来て。―それとさ。その後、予定ではしばらく空くんだけど。……良かったら、一緒にまわらないか」
控えめな誘いに、俺は思わず体ごとキヨ先輩の方を向いた。
多くはない空き時間を過ごす相手に、キヨ先輩は俺を選んでくれるらしい。
「まわりたいです。一緒に」
嬉しくて、早く答えないと撤回されると思ったわけではないが、まるでそんな感じに急いた口調になった自覚はある。でもそのおかげで俺の心情は分かりやすく伝わったらしく、キヨ先輩は良かった、と堪えきれないみたいに嬉しそうに笑ってくれた。
「いや見すぎ見すぎ。超見るじゃん、やめてください委員長、人前ですよ。江角くんもなんか言いなよ」
それにしても随分見るなと思い始めた辺りで副委員長がキヨ先輩の肩を揺さぶった。は、と目を瞬いた先輩は「そんなに見てない」と言ったが、俺も副委員長が言うようにすごく見られていたと思うので同意できずに笑ってしまった。
「気に入りました?」と聞いてみる。
「、うん。すごく綺麗だ。格好いいな、ハル」
はにかむように笑い返したキヨ先輩は、真っ直ぐに褒めてくれた。先輩が俺を貶すことはないと分かっていたが、そうまで言われるとさすがに照れる。彼は本当に思って言っているという顔をするから。
ぎこちなく礼を返したところで副委員長が手を叩いて「それはそれとして」と言葉を挟んだので、俺は彼の方に顔を向けた。クラスTシャツなどは着ておらず、朝見た通りのきっちりした制服姿だ。
「このクラスは何かトラブルとかありませんか、江角くん」
「ないと思います。でも委員長の方がしっかり把握してるし、呼びましょうか」
「ああ、大丈夫ですよ。中の様子も見せてもらいたいし、こちらから行きます」
仕事という切り替えなのか敬語になった副委員長は、一緒に行こうとしたキヨ先輩を「委員長はいいですから、ここにいてください」と押さえた。
「そうか?……あー、ありがとな。柊」
「どういたしまして」
にっこりと笑った副委員長が教室の中に消えると、キヨ先輩は通行の邪魔にならないようにか俺の隣に並んで壁に凭れた。
「ハル、楽しめてるか?」
「はい。ちょっと落ち着かないですけど」
「そっか」
柔らかく細められた目が良かったな、と言っている。それが擽ったく感じて、俺は廊下を歩く人たちの方に顔を向けた。
「―キヨ先輩は? ちゃんと昼食べましたか」
「クラス回ってると、結構食べ物貰うから。それを有り難く受け取ってる」
「ああ。それなら、良かった」
何故かお互いに言葉少なで、ふっと沈黙が落ちた。明るく浮き足立つような賑やかさの中で、ここだけが別の空間みたいに静かだ。
でも、気まずさはない。キヨ先輩との間に共有される沈黙はいつも圧迫感がなくて微睡みのようで、今もそれと同じだった。そのせいか、まるで二人だけでいるときのように錯覚をした。体から余分な力が抜ける。
そのまま、ちょっとの間ぼんやりと廊下を眺めていたら、視界の端でキヨ先輩が小さく身動いだ。何か言いたいことでもできたのかと横を向けば目が合う。
「ハル。俺な、明日、一時間半くらいだけど店出るよ」
「あっ、ギャルソン?」
「それ。まだ恥ずかしい気がするけど、ちゃんと着ますんで」
「それ、この格好の俺に言います?」
襷を触って言うと、ハルは似合ってるから恥ずかしくないだろと不思議そうに返る。その理屈ならキヨ先輩だって絶対に似合うのだから恥ずかしくないはずだ。
思ったが、言い返しはしない。
「じゃあ、その時にキヨ先輩のクラス行きますね」
「うん、来て。―それとさ。その後、予定ではしばらく空くんだけど。……良かったら、一緒にまわらないか」
控えめな誘いに、俺は思わず体ごとキヨ先輩の方を向いた。
多くはない空き時間を過ごす相手に、キヨ先輩は俺を選んでくれるらしい。
「まわりたいです。一緒に」
嬉しくて、早く答えないと撤回されると思ったわけではないが、まるでそんな感じに急いた口調になった自覚はある。でもそのおかげで俺の心情は分かりやすく伝わったらしく、キヨ先輩は良かった、と堪えきれないみたいに嬉しそうに笑ってくれた。
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