My heart in your hand.

津秋

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four.

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文化祭は十月の土日に行われる。準備期間はそれなりに長い、と思う。
参考にとホームルームで見せられた過去の文化祭の映像を見るに、クラスの出店もステージ発表もかなり本格的にやっている様子だったから、この学校の場合それくらいの期間は必要なのだろう。もちろん、他の学校のことは知らないのでもっと長く準備期間を設けているところもあるのかもしれないが。

クラスでの話し合いでは、コンセプトにも関わってくる衣装のことを先に決めてしまおうということになったらしい。どんな和装がいいか好きに話し合ってくれと指示され、ざわざわとクラスメイトたちが特に仲のいい者同士で寄り集まる。

岸田が俺のところにやってきた。珍しいな、と何気なく岸田の席の方を見れば、すぐそばで楽しげに話しているグループがいる。たぶん岸田とはあまり話さないクラスメイトたちだ。居心地が悪くて避難してきたのだろう。

「江角と岸田は、どんなのがいいと思う? 俺、和服とか全然詳しくないんだよなー」
夏休み明けの席替えで俺の前の席になった川森が、くるっと振り返ってためらいなく話しかけてくる。彼の傍に来た千山と金井は各々空いている誰かの席に腰かけた。球技大会で同じチームになってからこの三人は比較的よく話すクラスメイトだ。
岸田と俺は、顔を見合わせてからそろって首を傾げた。俺もさほど詳しくない。和装というと何があっただろうか。
「浴衣とか作務衣とか甚平とか、いろいろあるよね」
千山がおっとりと答えをくれて、ああなるほどと頷く。

「江角、絶対和服似合うじゃん。何着たいとかないの?」
「確かに。ほら、こういう襷掛けとかしたらかっこよくね? 似合いそう」
「ほんとだ。どう? 江角」
「いや、俺は裏方するつもりだから」
衣装としてはいいと思うが、なぜ俺も着るのが当たり前みたいに言うのか。
スマホで検索した画像を眺めながら話す三人にそう返すと、言葉を失ったように凝視された。岸田までもがぽかんとした顔をする。

「―え。なに」
なぜそんな反応をされるのか理解できず、少し動揺して四人の顔を見回す。何かおかしなことを言っただろうか。

こちらを見つめたまま、川森がすうっと息を吸い込む。

「委員長~っ!! 江角がっ、江角が裏方やるとか言ってるぞー!」
「なにぃっ!?」
突然、"信じられない!"とでも言いたげな芝居がかった大声が教室に響き渡った。
ぎょっとして川森を見る。間髪入れず同じようなノリで応えたのは、もちろん役職名で名指しされた眼鏡の男だ。
一気にクラス中の視線が俺たちに集まる。

なんだこれ。

「江角くん! そんな殺生な! このクラスの宣伝隊長はどう考えても君だろ!?」
「は? いや、なにそれ―」
「そんな! 江角くんの和装が見られないなんて、僕は、僕は何を糧に頑張れば―っ!」
「この世の危機だ…クラスの士気に関わるぞ、江角……」
「江角がいれば売り上げトップも夢じゃないと思ってたのに!」
俺の声に被せるように口々に言われる。そうだそうだとまた別の誰かが同意する。俺はきゅっと唇を結んで、教室内を見回した。
こいつら冗談にしたって俺をどういう扱いしているんだ、と思う。なんで俺が糧になり得ると思っていたのかとか、クラスの士気を左右するような影響力が俺にあるはずがないとか、指摘したいことだらけだ。
しかも皆して芝居がかった口振りなのだ。俺を乗せようとしている。

前から思っていたがこのクラス、仲が良い上に行事ごとに妙に真剣だ。

だからといって素直に乗れるようなことでもないので、俺は椅子に座ったままちょっと体を引いた。
「……何期待されてるか分かんねえけど、俺は接客は向いてないと思う」

だから裏方のほうがいい、表には愛想のいい人間が出た方が良いに決まっているだろうと続けようとした言葉は、委員長の姿を見て尻すぼみになってしまった。彼は拝むように手を合わせた姿勢で、腰を直角に折って頭を下げている。なんだその体勢。思わず「えぇ……」と小さく声が漏れた。
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