My heart in your hand.

津秋

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three.

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この場所には木漏れ日が柔らかく落ちているが、ほんの数メートル先の日向は強い日差しに照らされて玉砂利が光って見える。時刻は十七時近いのに、陽光は全く衰えていないようだった。
ぼんやりと庭を眺める。草と木々の葉と苔と。緑という色にもたくさんの種類がある。

「お兄ちゃん、晴貴くん! みーつけた」

二人並んで座っていた俺達のところに、庭の向こうからとたとたと女の子が駆けてきた。無邪気で屈託のないぴかぴかの笑顔だ。
「あやめ」
飛び込んできた小さな体をキヨ先輩は難なく受け止めた。あやめちゃんはくっついたままくるんと姿勢を変えて、当然のように彼の膝に収まる。よく日に焼けた脚をふらふらと揺らしながら、彼女は兄を見上げた。
「ねえねえ、あやめね、お祭り行きたいの」
「祭?」
「ん! 明日の。花火もあるやつ」
「ああ、もうそんな時期か。連れてってほしいってことか?」
「うん! ね、おねがい」

元気なおねだりだな、と見ていると、彼がこちらを向いた。じっと見つめられて、首を傾げる。

「麓の町で毎年花火大会やってるんだけど、明日らしいし、ハルがよかったら三人で行かないか?」
「え」
「晴貴くん、いこ? 花火、大きくてきれいだよ」
「花火……」
そういえば、花火をちゃんと見たことがないような気がする。祭りに行こうと自主的に思うような性格ではないし、地元の花火大会は一山越えた先にある大きな川の近くで、家からは見えない。腹に響く音は伝わってくるのだが。

「俺も一緒に行っていいの?」
ぱっちりした焦げ茶の目を見て尋ねると、あやめちゃんは先輩の膝から滑り下りて、俺の両手をぎゅっと握った。柔らかくて熱い、小さな手は、そのまま上下に大きく揺らされる。
「当たり前だよー! 一緒に行こ! かき氷食べよ、晴貴くん」
「うん。……ありがとう、あやめちゃん」

ありがとう、という言い方がぎこちなくなった。小さい女の子と言葉を交わすことがなかったから、どんな風に接すればいいか分からない。名前を呼ぶことにすらもの慣れなさがある。
とはいえ怖がらせたくないから、出来るだけ柔らかい言葉遣いを心掛けてはいる。この屈託のない女の子が普段通りの俺に怖がるかと言われれば、そんなこともないような気がするのだけれど。これは俺なりの愛想のいい振る舞いなのだ。ぎこちなくても、一応。
そしてそんな俺に、あやめちゃんは何一つ気にしていないような顔で笑ってくれる。いい子だな、と素直に思う。
そっと撫でた髪は、太陽に晒されていたせいか温かかった。

あやめちゃんは、先輩と二言三言話すともう用は終わったというように軽やかな足取りで去っていった。
その背を見送っていると、先輩がすこし体を屈めるようにして俺の顔を覗き込んだ。

「ハルって、もしかして子ども苦手?」
「苦手……とは思わないですけど、どういう風な態度が正解か分からなくて、ちょっと戸惑います。あやめちゃんは女の子だし、特に」
「いつも通りでいいんだよ。あやめは図太いから、そんなに気遣わなくてもいいって」
図太いというあんまりな表現に思わず笑えば、柔らかく肩を叩かれた。
風鈴が鳴る。見上げると、キヨ先輩も釣られたように頭上を見た。透き通る硝子に青い波模様と金魚の絵。短冊は水色。高く澄んだ音を聞くと、時間がゆっくりになったような錯覚を覚える。

「花火大会なんて、いつぶりだろうなあ」
先輩が言った。後ろ手をついて、まだ風鈴をぼんやりと眺めている。ちょうど左目だけに木漏れ日が当たっていて、左右の目が全く違う色になる。
白い頬や、髪と同じ色の薄い睫毛が光っていて、冷たそうに見えた。冷淡という意味ではなくて、美術品のひんやりした質感だ。

「、帰省してても、行ってなかったんですね」
綺麗で、完成された感じがして、なんとなく遠く思えた。少し言葉に詰まる。
「うん。ここからでも花火は見えるし、いいかなって思ってさ。人も凄いし」
「凄いんですか」
「この辺りでは大きい祭りだから。ハル、人混み苦手? 苦手そうに見える」
俺の呼び名を口にしながら先輩がこっちを見た。笑いかけられて、ああキヨ先輩だ、と思う。冗談みたいに格好いいのに、それを自分で全く意識していない笑い方をする。
それが先輩らしくて、いい意味で、特別ではない感じがする。

「得意ではないですけど、大丈夫ですよ。花火楽しみですし」
「そっか。あ、浴衣着る?」
「―なんですか、その期待の眼差し……。絶対着崩れるんで、遠慮しておきます」
「なんだ、残念」

軽く言って笑う先輩をついじっと見てしまった。首を傾げられて「なんでもないです」と返す。やっぱり俺は先輩の笑う顔が好きだ。
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