My heart in your hand.

津秋

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three.

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キヨ先輩の家。特に何か聞いた覚えはなかったので、そのまま否定の返事をする。

『うち、旅館なんだ』
「え、そうだったんですか。いいですね」
毎日温泉に入れそうだな、くらいの緩い感想しか浮かばずにそう言ったら、先輩は『いい、かな?』とぴんと来ていないような答え方をした。そしてゆったりと続ける。

『大分田舎だし山の中だし、不便だけど。でも、綺麗なところではあるんだ。ハルさえ良かったら、来てみないか? で、ついでに手貸してくれると助かるな。……と思って、電話しました』
最後は少し照れくさそうにそう結ばれる。誘いに驚いて、けれど拒む理由はなくむしろ嬉しくなった。
「キヨ先輩とそちらのご家族がいいなら、是非」
『良かった。ハルが来てくれたら嬉しいよ。夏休み長いし』
「長いですね。先輩と会いたいし、話せたらいいのにって、ちょうど思ってました」
全く素直な気持ちで「そうしたら電話がかかってきたから、びっくりしたんですよ」と告げると、返事の代わりに、ゴトッという大きな物音がした。

「―今なにか落としました? 大丈夫ですか」
『いや……、いや、大丈夫大丈夫。手が滑ってグラス落ちちゃっただけ』
「えっ、それって大丈夫じゃなくないですか」
『割れてないから』
微かに上ずった声で平気平気、と言われ少し不思議に思いながらも、大丈夫ならいいかとそれ以上聞くのはやめた。
そこでふと、先輩が手を貸してほしいと言ったことを思い出した。

「キヨ先輩、さっき手貸してほしいって言ってましたけど―あ、バイトとも言ってましたよね。同じ話ですか?」
『あ、ああ。そうそう。あのさ、いつも旅館の掃除してくれてた人が、ぎっくり腰で動けなくなったらしくて。一人ならそこまで問題でもないんだけど、ちょうど別の従業員が産休に入ったところだったから急に清掃担当が人手不足になってな』
軽い咳払いのあとには穏やかな調子を取り戻した、直接聞くより少し低く感じる声に相槌をうつ。
『で、求人出すか誰か知り合いに頼むかって話になってな。ハルに遊びに来てほしいけど、遠いし呼ぶのはどうなんだろうって考えてたから、口実になるかなと思ってしまいまして』
ふっと笑い声がこぼれた。
「それ俺に言っちゃうんですね」
『いや、本当にそうだよな。言うつもりなかったんだけど、なんか言っちゃったな』

以上が経緯です、とややおどけた口調で締め括られる。俺に遊びに来てほしいと思ってくれていたのか、とそれがまた嬉しくて口元は緩んだままだ。

「じゃあ、俺は清掃の手伝いをしたらいいんですね」
『やってくれる? 断ってもいいよ』
「え、何でですか、やりますよ。でもバイト代とか要らないので、温泉に入らせてください」
『そっか、助かる。ありがとう、ハル。温泉は当たり前に入っていいよ、もちろん。けど給料の方は、あー……、絶対払うって言うと思う』
「ご両親が、ですか?」
『親もだけど、姉が特に』

なるほど。そういえば先輩と兄弟の話はしたことがなかった。この電話だけで知らなかったことがいくつも出てきた。
俺はキヨ先輩のことを全然知らないのだ。まだ話すようになってそれほど経っていないから当たり前なのかもしれない。けれど親しみという点では過ごした時間の長さなど関係がないし、彼のことを知らないというのは表面的な関係みたいで嫌だな、と思う。

いろいろなことを知りたいし、俺のことも、先輩が望むならいくらでも話す。
休暇中に一緒に居られるのは、そうするのにいい機会であるように思えた。
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