My heart in your hand.

津秋

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one.

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ふっと集中が途切れた。没頭していた文字の世界から抜け出し顔を上げる。
すぐに眩しくて目を眇めた。窓から入る光が、ちょうど俺が座った場所に当たっていた。
日にさらされると本が傷んでしまうことを思い出して、机の上に置きっぱなしにしていた数冊の本を日陰に移動させる。

ずっと俯いていたせいで強張った首をさすりながら図書室の中を見回す。
読書や勉強をするために設けられた長机のスペースは一面がオレンジに染められていた。本に直接陽光が当たらないよう工夫して設計された、たくさんの窓の西側から、ふんだんに夕日が射し込んでいるのだ。
天井まで届く高い本の壁。独特の匂いが満ちた静かな空間。
本も好きだが、図書室とか図書館とか、そういう空間自体も好きだ。いっそ住みたい。

それにしてもここは、せっかく立派な図書室なのに利用者はいつも少ない。俺なら、三年間でできるだけ多くの蔵書を読みたいと思うのに、皆は違うらしい。


本を片手に図書室を出て、廊下を歩きだしたときに鞄の中にある反省文の存在を思い出した。昨夜書いて、鞄に入れていたのだった。
早く出して悪いことはないだろう。そう思い立って、玄関に向けていた足を風紀室の方向に反転させる。

前回は風紀委員に連れられて行ったからか着くまでに少し迷ってしまった。やっと見つけた「風紀室」という味も素っ気もないプレートにほっとする。
校舎が大きすぎるのも考えものだな、と考えながら軽く三度、ノックした。
ガチャリとわざわざ内側からドアが開けられた。驚いて顔をあげると、開けてくれた風紀委員のほうも少し目を丸くしていた。

「あれ? 昨日の子だよな。どうかした?」
「……反省文、書いたんで持ってきました」
「お、早いな。いいんちょー!」
頷いてから振り返った委員が体をずらしたことで室内が見えた。「どうした」と応じた委員長とちょうど目が合う。
この間も座っていた、部屋の一番奥、ドアの対辺に位置するデスクが彼の席らしい。

「委員長に、渡しておいで」
「、はい」
どうすればよいか、と少し躊躇っているとそれに気がついた委員の人が俺の背をごく軽く押した。その勢いのまま、広い部屋を突っ切って委員長の元まで行く。

「もう書けたのか」
挨拶の代わりのように少しだけ微笑んだ彼を見たまま首肯して、差し出された手に二枚の紙を渡した。
委員長はそのまま視線を滑らせて内容をざっと確認する。目の前で書いたものを読まれるのは少し気恥ずかしいような身の置き場がないような妙な心地だ。特に邪魔でもない前髪を後ろに流しつつ少し視線を泳がせる。

ややあって、「……うん」と低く言った彼が顔を上げた。
「まあ、喧嘩は控えるように」
「―俺から喧嘩を売るつもりはないです」
ちゃんと守れるか分からない約束はできないからそう返すと、わずかに困ったような顔で笑われて、少し気まずくなる。

「……迷惑かけてすみませんでした。これからは、気を付けます」
頭を下げつつ言い直す。委員長は目を真ん丸く見開いてから「江角は、いい子だな」と呟いた。
問題起こして反省文を持ってきた生徒に言うには冗談がすぎると思ったし、あまりに言われ慣れない言葉で頬がひきつったが、そう言った委員長の表情がずいぶん優しげだったから俺は結局何も言えなかった。

風紀室を出てからも、なんとなくそれを思い出してしまって、そうしたら、なんとなく疲れたような顔だったなということにも遅れて気が付いた。やはり学業と委員会とで忙しいのだろうか。
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