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入寮二日目は、朝食はどうするという旨の電話に起こされて岩見の部屋に出向いた。自分の部屋はまだ居心地が悪くて、慣れた存在がいるこちらの部屋での方が寛いだ気分になれると分かったのでそのまま居座って、夕方になった。
同じ部屋に居るとは言っても、特に何かを一緒にするわけではない。俺はずっと読書をしていたし、岩見は岩見で家具を動かしてみたりパソコンを触ったり、かと思えばいつの間にか昼寝をしていたりとそれぞれ好きに過ごしていた。場所は違えど、中学までの休日と大して変わりはない。
本を二冊読み終えたし、俺としてはなかなか有意義な春休み最後の日だったと言っていい。
「ね、エス。今日食堂行ってみねえ?」
声をかけられて、ぱらぱらと捲っていた本を閉じる。岩見はわくわくした様子でキャスター付きの椅子に腰かけくるくる回っていた。手に揺れているのは、学校案内の資料のようだ。俺がまだ一度も開かずに放置しているもの。多分、今後も自分のものを開くことはないだろう。
「いいけど、急にどうした」
作るって意気込んでいただろうに、という風に首を捻れば座ったままずるずるとこちらに寄ってきて、眼前に資料をつきつけてきた。受験の話をしたときに見せられたのとはまた別で、新入生向けに作られているようだ。近すぎてちゃんと見えないけれど。
「ここ見て。メニューだいぶ豊富じゃない? 俺、麻婆豆腐が食べたくなった」
岩見は椅子の上から俺の隣に移動して、二人で見られるように大きく資料を開く。わざと俺の肩に体重をかけて凭れてくるので、その頭を押しやりながら視線を落とした。
開かれているのは食堂について紹介しているページで、一流のシェフがどうのこうのと書き立てられているのを流し読み、岩見が指差したメニューの欄を見る。確かに豊富だ。写真も多くて食欲が刺激される。
「意外に普通の食堂っぽい。もっとかっこつけた感じかと思った」
「でもほら、学食でこんなにたくさんメニューあるのは珍しいんじゃないかな。てか、エスって好きな食べ物あったっけ?」
「どうかな。大抵なんでも好きだと思う。温まるものだともっといい」
「寒がりだもんな。……もしかして今も寒い? カーデ着てるけど。暖房つける?」
長袖のシャツの上に羽織ったカーディガンの袖を軽く引かれ、緩く首を振る。
「着てれば寒くない。お前はそんな薄着で平気なのか」
「全然平気。てか、薄着かなあ? これ」
両手を広げる岩見は長袖のシャツ一枚だ。薄着だろ。見ている俺が寒くなる。
「まだそんな気温も高くないんだし、風邪引かないようにしろよ」
言いながらベッドから下りる。引かないよー、と軽く答えながら岩見も立ち上がって資料を机に片付けにいった。
時間も頃合いだし、このまま食堂に向かえばいいだろう。混んでいそうなのが気になるけれど。
▽▽▽
時間帯的に当然のことだが、案の定食堂は混んでいた。とはいえ、料理の方は文句なく美味しかった。
俺は焼き魚定食で、岩見は言っていた通りに麻婆豆腐を食べた。
昨日と同じくらいの時間に岩見と別れて部屋に戻ると、リビングでテレビを観ていた北川がお帰りと声をかけてくる。
「ただいま」
他人に言うには慣れない言葉だった。家族や岩見に言うのとは違う響きをしているような気がする。馴染むまで少し時間がかかりそうだ。
それでもおかしなぎこちなさはなかったようで、北川は特段聞きとがめることもなく背凭れに腕をかけてこちらを振り返った。
「江角くん、すごいな。注目の的だよ」
「なにが?」
「君たち」
「なんで」
「俺もさっき食堂にいたんだけどさ、二人とも格好いいってざわざわされてた。気付かなかった?」
「……全然」
来た日のあの視線の方が不快だったくらいだ。あからさまに見られているという気はしなかった。
「あの人は外部生仲間?」
「ああ、中学が一緒」
岩見のことを言っているのだろうと思ってそう答える。北川はなるほどなーと頷いてから猫のように目を細めて笑った。
「イケメン二人が一緒にいると、いつも視線がすごいだろ」
「……昨日、変なもの見るみたいな目で見られたけど、あれってもしかするとそういう視線だったの」
「ははは、変なものって。皆面食いだから知らないイケメンがいたら食い入るように見ちゃうんだろうよ。どんまい」
軽い調子で言われた。俺はあんまり嬉しくないな、と感想を漏らす。岩見が俺をイケメンだと言うことはあっても他の人に言われた記憶はないので、そんなふうに扱われているのだとしたら変な感じだ。岩見のあれは身内ノリだし。
外部生だって俺達だけじゃないだろうに。暇なんだな、春休みだしな。
「ファンクラブもできるかもね」
「なんだそれ。芸能人みたいだな」
「通称親衛隊ね。そんなようなものだよ、扱いは」
大袈裟な、と思ったが個人の自由か。愛想がいいわけでもなければ、岩見曰くツンツン顔の俺に好んで接触してくるような人は少ないだろう。人に好かれやすい質でもない。
……岩見の方は分からないが。あいつは顔も良ければ愛想もいい。大変なのは俺より岩見だな。
「ここのこと、いろいろ教えてくれて助かる」
「いえいえ、お安いご用ですよ。なんか知りたいことあったら聞いてくれて構わんよー、俺が分かることならいくらでも教えるし」
「ああ、どうも」
北川とは上手くやっていけそうだ。必要以上に踏み込んでくる様子もなくあくまでマイペースな感じが楽。
先にシャワーを使うことを断って俺は風呂に向かった。
同じ部屋に居るとは言っても、特に何かを一緒にするわけではない。俺はずっと読書をしていたし、岩見は岩見で家具を動かしてみたりパソコンを触ったり、かと思えばいつの間にか昼寝をしていたりとそれぞれ好きに過ごしていた。場所は違えど、中学までの休日と大して変わりはない。
本を二冊読み終えたし、俺としてはなかなか有意義な春休み最後の日だったと言っていい。
「ね、エス。今日食堂行ってみねえ?」
声をかけられて、ぱらぱらと捲っていた本を閉じる。岩見はわくわくした様子でキャスター付きの椅子に腰かけくるくる回っていた。手に揺れているのは、学校案内の資料のようだ。俺がまだ一度も開かずに放置しているもの。多分、今後も自分のものを開くことはないだろう。
「いいけど、急にどうした」
作るって意気込んでいただろうに、という風に首を捻れば座ったままずるずるとこちらに寄ってきて、眼前に資料をつきつけてきた。受験の話をしたときに見せられたのとはまた別で、新入生向けに作られているようだ。近すぎてちゃんと見えないけれど。
「ここ見て。メニューだいぶ豊富じゃない? 俺、麻婆豆腐が食べたくなった」
岩見は椅子の上から俺の隣に移動して、二人で見られるように大きく資料を開く。わざと俺の肩に体重をかけて凭れてくるので、その頭を押しやりながら視線を落とした。
開かれているのは食堂について紹介しているページで、一流のシェフがどうのこうのと書き立てられているのを流し読み、岩見が指差したメニューの欄を見る。確かに豊富だ。写真も多くて食欲が刺激される。
「意外に普通の食堂っぽい。もっとかっこつけた感じかと思った」
「でもほら、学食でこんなにたくさんメニューあるのは珍しいんじゃないかな。てか、エスって好きな食べ物あったっけ?」
「どうかな。大抵なんでも好きだと思う。温まるものだともっといい」
「寒がりだもんな。……もしかして今も寒い? カーデ着てるけど。暖房つける?」
長袖のシャツの上に羽織ったカーディガンの袖を軽く引かれ、緩く首を振る。
「着てれば寒くない。お前はそんな薄着で平気なのか」
「全然平気。てか、薄着かなあ? これ」
両手を広げる岩見は長袖のシャツ一枚だ。薄着だろ。見ている俺が寒くなる。
「まだそんな気温も高くないんだし、風邪引かないようにしろよ」
言いながらベッドから下りる。引かないよー、と軽く答えながら岩見も立ち上がって資料を机に片付けにいった。
時間も頃合いだし、このまま食堂に向かえばいいだろう。混んでいそうなのが気になるけれど。
▽▽▽
時間帯的に当然のことだが、案の定食堂は混んでいた。とはいえ、料理の方は文句なく美味しかった。
俺は焼き魚定食で、岩見は言っていた通りに麻婆豆腐を食べた。
昨日と同じくらいの時間に岩見と別れて部屋に戻ると、リビングでテレビを観ていた北川がお帰りと声をかけてくる。
「ただいま」
他人に言うには慣れない言葉だった。家族や岩見に言うのとは違う響きをしているような気がする。馴染むまで少し時間がかかりそうだ。
それでもおかしなぎこちなさはなかったようで、北川は特段聞きとがめることもなく背凭れに腕をかけてこちらを振り返った。
「江角くん、すごいな。注目の的だよ」
「なにが?」
「君たち」
「なんで」
「俺もさっき食堂にいたんだけどさ、二人とも格好いいってざわざわされてた。気付かなかった?」
「……全然」
来た日のあの視線の方が不快だったくらいだ。あからさまに見られているという気はしなかった。
「あの人は外部生仲間?」
「ああ、中学が一緒」
岩見のことを言っているのだろうと思ってそう答える。北川はなるほどなーと頷いてから猫のように目を細めて笑った。
「イケメン二人が一緒にいると、いつも視線がすごいだろ」
「……昨日、変なもの見るみたいな目で見られたけど、あれってもしかするとそういう視線だったの」
「ははは、変なものって。皆面食いだから知らないイケメンがいたら食い入るように見ちゃうんだろうよ。どんまい」
軽い調子で言われた。俺はあんまり嬉しくないな、と感想を漏らす。岩見が俺をイケメンだと言うことはあっても他の人に言われた記憶はないので、そんなふうに扱われているのだとしたら変な感じだ。岩見のあれは身内ノリだし。
外部生だって俺達だけじゃないだろうに。暇なんだな、春休みだしな。
「ファンクラブもできるかもね」
「なんだそれ。芸能人みたいだな」
「通称親衛隊ね。そんなようなものだよ、扱いは」
大袈裟な、と思ったが個人の自由か。愛想がいいわけでもなければ、岩見曰くツンツン顔の俺に好んで接触してくるような人は少ないだろう。人に好かれやすい質でもない。
……岩見の方は分からないが。あいつは顔も良ければ愛想もいい。大変なのは俺より岩見だな。
「ここのこと、いろいろ教えてくれて助かる」
「いえいえ、お安いご用ですよ。なんか知りたいことあったら聞いてくれて構わんよー、俺が分かることならいくらでも教えるし」
「ああ、どうも」
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