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第二部ー要塞拠点の狂想曲
第二話 ナガハマ要塞奪還作戦
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ナガハマ要塞奪還作戦は、深夜に決行された。
静まり返った水辺に、蛙の鳴く声が延々と響く中。
リンデンバウム少将率いる作戦部隊は、ひっそりと息を殺して水草の生い茂る繁みに身を顰めた。
作戦開始時間まで、後十分。
作戦の要を担う部隊に志願、又は選出された者達は皆、めらめらと沸き上がる闘志を滲ませていた。
緊張と興奮で、小銃を握る手にジワリと汗が滲む。
ゴクリと息を飲んだ直後、それは示し合わせていた通りのタイミングで起こった。
ナガハマ要塞の正面の平野。コヒメ方面に展開した師団が砲撃を開始した。
夜間の砲撃の轟音に、ナガハマ要塞の見張り台にいた敵軍の兵士達が慌てだすのが遠目に映る。
要塞攻防戦を開始してから今日。物資補給路を押さえられた皇国の兵士達は、空腹と連日波のように押しては返っていく帝国軍の地道な白兵戦に、神経を削られ、僅かな判断が鈍っていた。
師団規模が動いていたにも関わらず、まったく気づかなかった皇国軍は、次々に打ち込まれる砲弾の轟音に、まどろみから呼び起こされ、まるで巣穴を突かれた蟻の如く、右往左往要塞内を駆け回った。
「ええいっ直ちに打って出ろ!攻め込まれてからでは遅いぞ!」
寝所で夢の中にいた青天目中将は着替えもそこそこに寝所を飛び出すと、自身の副官へ指示を出した。
彼が兵を整えて帝国軍の第六連隊の軍勢を正面から迎え撃った時には、キャメリア大佐やマグノリア大佐率いる部隊はナガハマ要塞目前まで前線部隊を進めていた。
未明の奇襲戦に、ナガハマ要塞は混乱を極めた。
迫りくる敵軍を迎え撃つ為に要塞の外へ進軍した兵士達は、既に懐深く進攻した第六連隊の兵士達に次々と打ち取られていく。
もはや、門を閉ざして籠城を決め込むにはいささか遅すぎた。
要塞内に駐留していた兵士達の大半が出払い、中には要塞総司令官である青天目中将率いる少数の将校と士官のみが残る状況が生まれていた。
いや、この状況を作り出したのは他でもないリンデンバウム少将その人である。
「要塞の総指揮官である青天目中将は、貴族主義で自身の功績というよりお家柄で中将に上り詰めた人物だ。こういう奴は対外自分から前線に出る事は少ない。つまり、要塞内に残っている可能性が高いという訳だ」
作戦を立案、交付した時。リンデンバウム少将は真剣な顔でそういった。
「だから、要塞内の兵士達を要塞から誘き出し、手薄になって所に侵入する。そして、大将の首を押さえる。貴族の地位が高い皇国なら、大将さえ抑え込めばそれ以上の犠牲を出さなくて済むだろう」
要塞の図面を見つめてそう告げて、リンデンバウム少将は作戦会議の場にいる将校達を見つめて言い放つ。
「誘導時の犠牲は仕方ない。だが、要塞は出来るだけ無傷で奪還する。皆、期待しているよ」
第一段階である誘導作戦が徐々に激しさを増す中。
大海側にある水路からリンデンバウム少将率いる潜入部隊は、ひっそりとナガハマ要塞に侵入した。
かつて、この要塞は帝国側が持っていたものである。
構造図上、多少改造はされていても基盤の部分は変わらない。
その事実が、奪還作戦を優位に進めていた。水路は地下から西側にある炊事場や東側の湯浴み処へと続いている。
そこにある井戸から要塞内に出るのが潜入の第一関門だ。
狭い井戸から何十人もの兵士達が武器を手に地上に出るのである。
包囲されたら最後、集中攻撃は免れない。
水路の中でリンデンバウム少将率いる部隊と、彼が引き抜いたホークアイ軍曹率いる部隊とで二手に分かれる。
ホークアイ軍曹の部隊は要塞内を掻きまわす囮部隊だ。
西側の炊事場横にある井戸にされていた蓋が、ゆっくりと開かれる。
外を覗くと、そこには見張りはおろか、誰の姿も見当たらなかった。
代わりに要塞の外で行われている戦闘の轟音が聞こえてくる。
黒い戦闘服に身を包んだ数十名の兵士達が要塞内に這い出すと、彼らは一斉に内部へと侵入した。
数分後、要塞内は更なる混乱の様相を呈する事となった。
「敵襲―うわっ」
「直ぐに応戦をっぐあっ」
突如として現れた黒い戦闘服姿の敵兵に、皇国軍兵士達は武器を構える暇もなく、鉛玉に貫かれていく。
薄暗い内部で、小銃のノズルファイアが怪しく光り、次々に残っていた兵士達の身体を打ち抜いていく。
「よおし、暴れまわるとしますかね」
小銃を肩に担ぎ、不敵な笑みを零したホークアイ軍曹は、角から出てきた兵士の額を撃ち抜いて、ニヤリと口端を釣り上げた。
通路を進みながら、ホークアイ軍曹が任された囮部隊は、そのまま要塞の正面に向かって進んでいく。
内部から、今から出撃する軍勢を攪乱するのが、彼等の目的だった。
内部に敵が侵入したという一報は、ホークアイ軍曹が正面に辿り着いたのとほぼ同時に青天目中将の耳に届けられた。
「なんだとっ帝国のネズミどもがこの要塞内にだと!」
ダンっと、軍刀の鐺(こじり)を床に叩きつけた中将の顔は怒りで真っ赤に染まっていた。
浮き出た血管が、彼の憤りを更に印象深いものにしていた。
「殺せっネズミどもを今すぐ追い返せ!将校達は何をしている!」
「恐れながら閣下、既にほぼ全員が外に軍を率いて進軍しております。この中に残っているのは我々のみです」
青天目の副官が上官の前に跪いて進言する。
それを聞いて青天目中将はさらに怒り心頭した。
「ふざけるな!」
握りせめていた軍刀を自身の副官の肩に振り下ろす。
怒りに任せて跪く副官の肩や背を青天目中将は激しく軍刀を打ち付けた。
彼等が詰めていた総司令官の執務室の外が、俄かに騒がしくなる。
直後、勢いよく扉が開かれた。
「武器を捨てて手を挙げろ」
オブシディアン中尉を先頭に、執務室の中に雪崩れ込んできたリンデンバウム少将率いる部隊は、小銃を構え、その場にいた青天目中将を含めた数人を一気に包囲した。
「な、なんだ貴様ら!ここが皇国軍中将の執務室だと分かっての狼藉か!」
副官への折檻の手を止めて、青天目中将は己を包囲する軍人達に罵声を浴びせた。
「ここは完全に占拠した。もう貴方に勝ち目はありませんよ」
部下達の間を縫うように現れたリンデンバウム少将は、狼狽し冷静さを欠いている青天目中将と真正面から向き合った。
「貴様は…」
「お初にお目にかかります。秀真帝国第六連隊総指揮官、暁飛・フォン・リンデンバウム。階級は少将を賜っております。僭越ながら、我らが要塞をお返し頂きたく参上いたしました。既に貴方に勝ち目はありません。どうか潔く降伏して頂きたい」
淡々と落ち着いた声音でリンデンバウム少将は語り掛けるように敵中将へ降伏を促す。
だが、それで頷く青天目中将ではなかった。
「逆賊どもめが、この要塞は我等扶桑皇国の物、貴様らに返すものなどありはせん!この私を誰だと思っている、誇り高き皇国貴族であるぞ!かつての士族どもが勝手に名乗る貴族とはわけが違うのだ!」
高らかに笑う青天目中将の口上をリンデンバウム少将は静かに聞く。
小さなため息の後、リンデンバウム少将はゆっくりと腕を上げた。
「はっはっはっ反逆者共が何をふざけた事を言っ」
パンっ。
乾いた発砲音が室内に響き渡る。
大声で笑う形に開かれていた青天目中将の口は、そのままの形で固まり、目は驚愕に大きく見開かれた。
「では、ここで貴公には死んで頂きます。これ以上の犠牲は無意味ですからね」
右手に小型の拳銃を握ったまま、リンデンバウム少将は淡々とした表情で、正確に額を撃ち抜かれ、後方に倒れていく敵将校を見つめた。
ばたんと、それまで高らかに笑っていた要塞の総指揮を任されていた男が、あっけなく倒れると、撃ち抜かれた額から溢れた鮮血が床に敷かれた絨毯に染み込んでいく。
その様子を冷静に見つめた後、リンデンバウム少将は青天目中将の副官に視線を向けた。
「貴官等の負けだ。降伏してください」
感情を押し殺したような声音に、副官は両手を挙げて降伏の意を示した。
それに続くように、その場にいた兵達は次々に手を挙げて武器を捨てるのだった。
要塞の見張り台から、照明弾が上がり、ナガハマ周辺はまるで昼間のような明るさに一瞬包まれた。
それは、要塞が占拠されたという合図。
その光は、皇国側の兵士達には絶望に帝国側の兵士達には希望の光に映ったのだった。
「要塞奪還作戦、無事に済んだようでなによりである。流石は、菩提樹の軍師だな」
「私の功績というより、補給路を断ってくれたリコリス少将とエルダーベリー海軍大佐のご支援合っての結果なので…」
作戦終了から二日後。報告の為、第四軍都へと赴いたリンデンバウム少将は、上官であり、軍都の領主を任されている水芭(みずは)・フォン・クローバー大将に一連の作戦の状況を説明した。
それを聞き終えて、快活な笑みを浮かべてクローバー大将は部下を労った。
五十台半ばのその将校は、白髪交じりの頭に軍帽を被り、口元に威厳のある髭を生やしているが、どこか柔和な印象の壮年の将校だった。
当のリンデンバウム少将はといえば、いつものように苦笑を浮かべたままだ。
「なんにせよ、五十年近く奪われていた要塞だ。これで、少しは風向きが変わるだろう。その多大なる功績を成した卿にもそれ相応の褒賞が下るのは覚悟しておきなさい」
「はあ、そうですね。多分このまま私はあの要塞に残る事になるんでしょう?先生」
「ははは、流石は軍師と綽名されるだけはあるな。まだ正式な発表ではないが、いずれお前さんの部隊は再編制される事になる。辞令が下るのも時間の問題だな」
士官学校の恩師たる上官を見つめ、リンデンバウム少将は肩を落とした。
「それに、近々お前さんの推薦した部隊も合流するじゃないか。楽しみだろう?」
「ええ。それは、まあ…」
「なんでも、既に色々功績を挙げているらしいな。流石は戦場の熾天使と呼ばれるだけはあるな。夫婦揃って、これから期待しているよ」
「彼女の方が優秀ですから。なにせ、あのエルダーベリー海軍大佐の妹ですよ」
「ふむ、海軍省にも一報入れておかねばな。これから協力体制を築いていくことになるだろうからな」
執務机に肘をついてクローバー大将はかつての教え子を穏やかに見つめると、どこか楽しそうに笑った。
「それはそうと、皇国で不穏な動きがあると、情報士官からの密告があった」
それまでの朗らかな表情を一変させ、険しく硬い顔で、クローバー大将は声のトーンを落とす。
僅かに小さくなった声音に、何かを感じ取ったリンデンバウム少将はそれまでの気だるげな態度を改めて背筋を伸ばした。
「それは、一体…」
「まだ情報が少なく判断はできないが…新型兵器の開発かもしれん。くれぐれも警戒するように。このことを知っているのはまだそう多くはない」
「下手に情報を流して混乱を招いてはまずいでしょう。今はナガハマ要塞奪還が成功して帝国は歓喜に満ちています。不穏な空気を呼び込むのは士気に関わるかと」
どちらからともなく顔を近づけて、リンデンバウム少将は小声で進言した。
「そうだな。この情報にはしばらく緘口令を敷く。お前さんも他言無用せぬようにな」
「承知しました」
固い表情のまま、リンデンバウム少将は静かに相槌を打った。
こうして、ナガハマ要塞奪還作戦は幕を下ろしたのであった。
だが、それは新たな戦乱の日々の幕開けでもあったのだと。
この時の私はまだ知らなかった。
静まり返った水辺に、蛙の鳴く声が延々と響く中。
リンデンバウム少将率いる作戦部隊は、ひっそりと息を殺して水草の生い茂る繁みに身を顰めた。
作戦開始時間まで、後十分。
作戦の要を担う部隊に志願、又は選出された者達は皆、めらめらと沸き上がる闘志を滲ませていた。
緊張と興奮で、小銃を握る手にジワリと汗が滲む。
ゴクリと息を飲んだ直後、それは示し合わせていた通りのタイミングで起こった。
ナガハマ要塞の正面の平野。コヒメ方面に展開した師団が砲撃を開始した。
夜間の砲撃の轟音に、ナガハマ要塞の見張り台にいた敵軍の兵士達が慌てだすのが遠目に映る。
要塞攻防戦を開始してから今日。物資補給路を押さえられた皇国の兵士達は、空腹と連日波のように押しては返っていく帝国軍の地道な白兵戦に、神経を削られ、僅かな判断が鈍っていた。
師団規模が動いていたにも関わらず、まったく気づかなかった皇国軍は、次々に打ち込まれる砲弾の轟音に、まどろみから呼び起こされ、まるで巣穴を突かれた蟻の如く、右往左往要塞内を駆け回った。
「ええいっ直ちに打って出ろ!攻め込まれてからでは遅いぞ!」
寝所で夢の中にいた青天目中将は着替えもそこそこに寝所を飛び出すと、自身の副官へ指示を出した。
彼が兵を整えて帝国軍の第六連隊の軍勢を正面から迎え撃った時には、キャメリア大佐やマグノリア大佐率いる部隊はナガハマ要塞目前まで前線部隊を進めていた。
未明の奇襲戦に、ナガハマ要塞は混乱を極めた。
迫りくる敵軍を迎え撃つ為に要塞の外へ進軍した兵士達は、既に懐深く進攻した第六連隊の兵士達に次々と打ち取られていく。
もはや、門を閉ざして籠城を決め込むにはいささか遅すぎた。
要塞内に駐留していた兵士達の大半が出払い、中には要塞総司令官である青天目中将率いる少数の将校と士官のみが残る状況が生まれていた。
いや、この状況を作り出したのは他でもないリンデンバウム少将その人である。
「要塞の総指揮官である青天目中将は、貴族主義で自身の功績というよりお家柄で中将に上り詰めた人物だ。こういう奴は対外自分から前線に出る事は少ない。つまり、要塞内に残っている可能性が高いという訳だ」
作戦を立案、交付した時。リンデンバウム少将は真剣な顔でそういった。
「だから、要塞内の兵士達を要塞から誘き出し、手薄になって所に侵入する。そして、大将の首を押さえる。貴族の地位が高い皇国なら、大将さえ抑え込めばそれ以上の犠牲を出さなくて済むだろう」
要塞の図面を見つめてそう告げて、リンデンバウム少将は作戦会議の場にいる将校達を見つめて言い放つ。
「誘導時の犠牲は仕方ない。だが、要塞は出来るだけ無傷で奪還する。皆、期待しているよ」
第一段階である誘導作戦が徐々に激しさを増す中。
大海側にある水路からリンデンバウム少将率いる潜入部隊は、ひっそりとナガハマ要塞に侵入した。
かつて、この要塞は帝国側が持っていたものである。
構造図上、多少改造はされていても基盤の部分は変わらない。
その事実が、奪還作戦を優位に進めていた。水路は地下から西側にある炊事場や東側の湯浴み処へと続いている。
そこにある井戸から要塞内に出るのが潜入の第一関門だ。
狭い井戸から何十人もの兵士達が武器を手に地上に出るのである。
包囲されたら最後、集中攻撃は免れない。
水路の中でリンデンバウム少将率いる部隊と、彼が引き抜いたホークアイ軍曹率いる部隊とで二手に分かれる。
ホークアイ軍曹の部隊は要塞内を掻きまわす囮部隊だ。
西側の炊事場横にある井戸にされていた蓋が、ゆっくりと開かれる。
外を覗くと、そこには見張りはおろか、誰の姿も見当たらなかった。
代わりに要塞の外で行われている戦闘の轟音が聞こえてくる。
黒い戦闘服に身を包んだ数十名の兵士達が要塞内に這い出すと、彼らは一斉に内部へと侵入した。
数分後、要塞内は更なる混乱の様相を呈する事となった。
「敵襲―うわっ」
「直ぐに応戦をっぐあっ」
突如として現れた黒い戦闘服姿の敵兵に、皇国軍兵士達は武器を構える暇もなく、鉛玉に貫かれていく。
薄暗い内部で、小銃のノズルファイアが怪しく光り、次々に残っていた兵士達の身体を打ち抜いていく。
「よおし、暴れまわるとしますかね」
小銃を肩に担ぎ、不敵な笑みを零したホークアイ軍曹は、角から出てきた兵士の額を撃ち抜いて、ニヤリと口端を釣り上げた。
通路を進みながら、ホークアイ軍曹が任された囮部隊は、そのまま要塞の正面に向かって進んでいく。
内部から、今から出撃する軍勢を攪乱するのが、彼等の目的だった。
内部に敵が侵入したという一報は、ホークアイ軍曹が正面に辿り着いたのとほぼ同時に青天目中将の耳に届けられた。
「なんだとっ帝国のネズミどもがこの要塞内にだと!」
ダンっと、軍刀の鐺(こじり)を床に叩きつけた中将の顔は怒りで真っ赤に染まっていた。
浮き出た血管が、彼の憤りを更に印象深いものにしていた。
「殺せっネズミどもを今すぐ追い返せ!将校達は何をしている!」
「恐れながら閣下、既にほぼ全員が外に軍を率いて進軍しております。この中に残っているのは我々のみです」
青天目の副官が上官の前に跪いて進言する。
それを聞いて青天目中将はさらに怒り心頭した。
「ふざけるな!」
握りせめていた軍刀を自身の副官の肩に振り下ろす。
怒りに任せて跪く副官の肩や背を青天目中将は激しく軍刀を打ち付けた。
彼等が詰めていた総司令官の執務室の外が、俄かに騒がしくなる。
直後、勢いよく扉が開かれた。
「武器を捨てて手を挙げろ」
オブシディアン中尉を先頭に、執務室の中に雪崩れ込んできたリンデンバウム少将率いる部隊は、小銃を構え、その場にいた青天目中将を含めた数人を一気に包囲した。
「な、なんだ貴様ら!ここが皇国軍中将の執務室だと分かっての狼藉か!」
副官への折檻の手を止めて、青天目中将は己を包囲する軍人達に罵声を浴びせた。
「ここは完全に占拠した。もう貴方に勝ち目はありませんよ」
部下達の間を縫うように現れたリンデンバウム少将は、狼狽し冷静さを欠いている青天目中将と真正面から向き合った。
「貴様は…」
「お初にお目にかかります。秀真帝国第六連隊総指揮官、暁飛・フォン・リンデンバウム。階級は少将を賜っております。僭越ながら、我らが要塞をお返し頂きたく参上いたしました。既に貴方に勝ち目はありません。どうか潔く降伏して頂きたい」
淡々と落ち着いた声音でリンデンバウム少将は語り掛けるように敵中将へ降伏を促す。
だが、それで頷く青天目中将ではなかった。
「逆賊どもめが、この要塞は我等扶桑皇国の物、貴様らに返すものなどありはせん!この私を誰だと思っている、誇り高き皇国貴族であるぞ!かつての士族どもが勝手に名乗る貴族とはわけが違うのだ!」
高らかに笑う青天目中将の口上をリンデンバウム少将は静かに聞く。
小さなため息の後、リンデンバウム少将はゆっくりと腕を上げた。
「はっはっはっ反逆者共が何をふざけた事を言っ」
パンっ。
乾いた発砲音が室内に響き渡る。
大声で笑う形に開かれていた青天目中将の口は、そのままの形で固まり、目は驚愕に大きく見開かれた。
「では、ここで貴公には死んで頂きます。これ以上の犠牲は無意味ですからね」
右手に小型の拳銃を握ったまま、リンデンバウム少将は淡々とした表情で、正確に額を撃ち抜かれ、後方に倒れていく敵将校を見つめた。
ばたんと、それまで高らかに笑っていた要塞の総指揮を任されていた男が、あっけなく倒れると、撃ち抜かれた額から溢れた鮮血が床に敷かれた絨毯に染み込んでいく。
その様子を冷静に見つめた後、リンデンバウム少将は青天目中将の副官に視線を向けた。
「貴官等の負けだ。降伏してください」
感情を押し殺したような声音に、副官は両手を挙げて降伏の意を示した。
それに続くように、その場にいた兵達は次々に手を挙げて武器を捨てるのだった。
要塞の見張り台から、照明弾が上がり、ナガハマ周辺はまるで昼間のような明るさに一瞬包まれた。
それは、要塞が占拠されたという合図。
その光は、皇国側の兵士達には絶望に帝国側の兵士達には希望の光に映ったのだった。
「要塞奪還作戦、無事に済んだようでなによりである。流石は、菩提樹の軍師だな」
「私の功績というより、補給路を断ってくれたリコリス少将とエルダーベリー海軍大佐のご支援合っての結果なので…」
作戦終了から二日後。報告の為、第四軍都へと赴いたリンデンバウム少将は、上官であり、軍都の領主を任されている水芭(みずは)・フォン・クローバー大将に一連の作戦の状況を説明した。
それを聞き終えて、快活な笑みを浮かべてクローバー大将は部下を労った。
五十台半ばのその将校は、白髪交じりの頭に軍帽を被り、口元に威厳のある髭を生やしているが、どこか柔和な印象の壮年の将校だった。
当のリンデンバウム少将はといえば、いつものように苦笑を浮かべたままだ。
「なんにせよ、五十年近く奪われていた要塞だ。これで、少しは風向きが変わるだろう。その多大なる功績を成した卿にもそれ相応の褒賞が下るのは覚悟しておきなさい」
「はあ、そうですね。多分このまま私はあの要塞に残る事になるんでしょう?先生」
「ははは、流石は軍師と綽名されるだけはあるな。まだ正式な発表ではないが、いずれお前さんの部隊は再編制される事になる。辞令が下るのも時間の問題だな」
士官学校の恩師たる上官を見つめ、リンデンバウム少将は肩を落とした。
「それに、近々お前さんの推薦した部隊も合流するじゃないか。楽しみだろう?」
「ええ。それは、まあ…」
「なんでも、既に色々功績を挙げているらしいな。流石は戦場の熾天使と呼ばれるだけはあるな。夫婦揃って、これから期待しているよ」
「彼女の方が優秀ですから。なにせ、あのエルダーベリー海軍大佐の妹ですよ」
「ふむ、海軍省にも一報入れておかねばな。これから協力体制を築いていくことになるだろうからな」
執務机に肘をついてクローバー大将はかつての教え子を穏やかに見つめると、どこか楽しそうに笑った。
「それはそうと、皇国で不穏な動きがあると、情報士官からの密告があった」
それまでの朗らかな表情を一変させ、険しく硬い顔で、クローバー大将は声のトーンを落とす。
僅かに小さくなった声音に、何かを感じ取ったリンデンバウム少将はそれまでの気だるげな態度を改めて背筋を伸ばした。
「それは、一体…」
「まだ情報が少なく判断はできないが…新型兵器の開発かもしれん。くれぐれも警戒するように。このことを知っているのはまだそう多くはない」
「下手に情報を流して混乱を招いてはまずいでしょう。今はナガハマ要塞奪還が成功して帝国は歓喜に満ちています。不穏な空気を呼び込むのは士気に関わるかと」
どちらからともなく顔を近づけて、リンデンバウム少将は小声で進言した。
「そうだな。この情報にはしばらく緘口令を敷く。お前さんも他言無用せぬようにな」
「承知しました」
固い表情のまま、リンデンバウム少将は静かに相槌を打った。
こうして、ナガハマ要塞奪還作戦は幕を下ろしたのであった。
だが、それは新たな戦乱の日々の幕開けでもあったのだと。
この時の私はまだ知らなかった。
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