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第一部ー戦場の熾天使と戦乙女の輪舞

第十七話ー菩提樹の軍師との約束

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 首都を囲むように配置された四つの軍都は都市が出来た時からそれぞれ『御三家(ごさんけ)』と称される三つの貴族の家系が納めている。

 第二軍都『紅天(こうてん)』。
 四つの軍都のうち、南に位置するその都市を納める御三家の一つが、リンデンバウム家。

 そう、我らが上官、結月・フォン・リンデンバウム少佐のファミリーネームである家系だ。

 私達の第六連隊支援兵科衛生兵科特殊衛生兵部隊の本拠地が第二軍都にあるのは、まさしくリンデンバウムに関連しているからだ。

 だが、仮にも私の上司である上官の階級は『少佐』である。

 普通なら他の都市の部隊に配属されていても不思議ではない。実際、御三家の出身であっても、自分の家が納める都市の部隊に配属されるのは珍しい。
 ただし、一部を除いては...。


 本隊との合流を控えた最後の休暇中の事。

 一人、兵舎の居室で日記を認めていた私は、ラジオから流れてくるニュースに耳を傾けた。
 それは、北西での戦況の様子。

 私が先日最終訓練を兼ねて出兵して西方防衛ラインの少し北に位置する戦線での戦況を熱の籠ったアナウンサーの声が伝えてくる。

 その戦線に送られているのは、私が所属する第六連隊だ。

 本来ならリンデンバウム部隊も送られている筈なのだが。そうならなかったのには、新設部隊だったからだ。

 この休暇が明ければ、いよいよ私達は戦場に送られる。
 それは、当然の事であるし衛生兵としての役目を果たすべき時が来たという訳だ。

 それを考えると武者震いがしてくるが、今は最後の休暇ともいうべきものを私はのんびりと過ごしていた。

『我が帝国第六連隊は菩提樹の軍師の巧みな戦略によって、北西のナガハマ要塞を奪取し、好戦に至り...』

 戦況はどうやら良好の様だ。

 そこでふと、ラジオが伝えて来た第六連隊の連隊長の異名を脳裏に浮かべて、不意に私は小首を傾げた。

(そういえば...うちの連隊の連隊長って、どんな方なんだろう...?)

 士官学校を卒業し、リンデンバウム少佐の衛生兵部隊に配属されてから既に一カ月が経過したが、未だ第六連隊の最高指揮官たる人にはお目に掛かれていない。

 通称『菩提樹の軍師』と呼ばれ、その巧みな戦略と作戦は例え劣勢であっても好転へと導くまさしく知将と名高い。

 そんな人物が率いる連隊に末端ながらも所属しているのは実に誇らしい。

(名前は確か...リンデンバウム少将だったような...ん?あれ、それって...)

 指揮官の名前を思い出していると、トントンと、居室の扉がノックされた。


 居室への訪問者が来てから一時間後。
 私は今、軍用車に乗せられて第二軍都の南区を目指していた。

 そこは、御三家を始めとした貴族の邸宅が並ぶいわゆる高級住宅街だ。

 何故、そんな場所に自分が呼ばれているのか正直不思議だが、上官の名前を出されては従う他なかったのである。

「もう直ぐ着きますから」

 柔らかく穏やかな声音でそう告げて来たのは、軍用車を運転する人物。

 彼の名前は明那(あきな)・オブシディアン中尉。第六連隊総指揮部隊の副官だという。
 先程、ラジオで流れていた菩提樹の軍師の腹心だ。
 そんな人物がどうして私を訪ねて来たのか。

 疑問は直ぐに解ける事になった。


 軍用車が止まったのは、ある一軒の邸の前。

 厚い門に閉じられたその邸宅に入ると、待っていたのは見知った人物だった。

「少佐...?」

 一瞬、誰か分からず疑問形になったしまったのは、彼女が見慣れた軍服姿ではなく、ロイヤルブルーの肩の大きく開けて胸元の見えるドレスを身に纏っていたからだ。

 金糸の髪と色白の肌を引き立てる青に色彩は普段の凛々しい印象を女性らしいそれに引き立てている。

「お連れ致しました」

 運転席から降りたオブシディアン中尉が上官に敬礼をするのに合わせて、後部座席から降りた私も同様に敬礼を返した。

「ご苦労だったな、中尉。折角の凱旋だというのに」

「いえ、これは閣下の頼みでもありますから、慣れております」

 困ったように眉を垂らす上官にオブシディアン中尉は気にしていないと言うように爽やかに笑った。

「それでは、小官はこれで」

「ご苦労」

 互いに敬礼を返した後、オブシディアン中尉は軍用車に乗り込んで、一人その場から帰って行った。

「少尉」

「は、はい」

 オブシディアン中尉の車が見えなくなった頃、唐突に呼ばれて私は上官を振り返った。

「休暇中にすまないな。卿に会いたいというのがいるので、会ってやってくれないか?私もいずれは紹介しようと思っていたのだが...次にいつゆっくり出来るか分からないのでね」

「私に会いたいとは、どのような方でしょうか?」

「ついて来なさい」

 そう言って、ドレスの裾を優雅に翻した上官の後ろを私はついて行く。

 
 良く手入れされた庭を抜け、通されたのはガラス張りの天井が覆う、サロンだった。

 そこに、少し癖のある黒髪に軍帽を被り、少しけだるげに軍服を崩して着る一人の男性が待っていた。

「暁飛(あきひ)、連れて来たぞ」

 暁飛と呼ばれたその人は、柔和な笑みを口元に浮かべて顔を上げると、柔らかい春の日差しの様な笑みを私に向けてくれた。

「これはこれは、休暇中にすまなかったね」

 手にしていた本を閉じて座っていたソファから腰を上げたその人を、私は思わず見上げてしまう。実際、私や上官より背の高いその人は、長身にも関わらず、その雰囲気から威圧感は感じず、軍人というより、学者といった方が似合うような人だった。

「初めまして。私は第六連隊連隊長の暁飛・フォン・リンデンバウムだ。階級は少将。貴官の噂は結月(ゆづき)からきいているよ」

 こちらに歩み寄り、気さくに握手を促してくるその人を見上げ、私はポカンと目を見開いた。

「菩提樹の軍師閣下?」

「おや、私の事は知っているのだね...いや、そちらで呼ばれるのはどうも落ち着かないのだが...まあ、それはさておき...いつも我が妻が世話になっているようで感謝しているよ」

「...妻?」

「あれ?結月、彼女に話していないのか?俺との事」

「話すも何も、名字を見れば分かるかと思っていたから伝えていないだけだ」

 キョトンとしている私の目の前で、リンデンバウム少将と上官のやり取りが続く。

(ん?リンデンバウム少将とリンデンバウム少佐?)

 そこで改めて私は目の前の二人の名字が同じことに気づいたのだ。

「それじゃあ、改めて...初めましてコランダム少尉。私は結月・フォン・リンデンバウムの夫で、第六連隊の指揮官を任されている暁飛・フォン・リンデンバウムだ」

「第六連隊支援兵科特殊衛生兵部隊所属の燈花・コランダムです」

 反射的に敬礼をしてから、私はちらちらと上官と目の前の指揮官閣下に視線を泳がせた。

「うん、結月が気に入ったからどんな娘さんかと思ったが、なるほど...」

 まじまじと私を眺めて来られる少将閣下の視線と言葉が、いまいち理解できず、私はその場でキョトンと目を見張った。

「貴官はいい目をしている。俺の隊に欲しいくらいだ」

「暁飛、それはいくら将官命令でも却下だ」

「はいはい、君の女性好きには頭が上がらないよ」

「彼女は我が衛生兵部隊の大事なホープだ。これから私と共に同胞を救うんだ」

「分かっているさ。その特殊部隊の設立を後押ししたのが、俺の力だという事も忘れないで欲しいな」

 のんびりと話す少将閣下と上官のやり取りは何処か微笑ましささえ感じさせる。
 仲がいいのは直ぐに理解できた。

「それにしても、まさか、こんな形で帝の牙の一族に出逢えるとはね...世間は狭いな」

「少将閣下は私の事をご存じなのですね」

「まあ、将官クラスならそれなりに話くらいは聞くさ。今日は突然呼んでしまったし、そのお詫びも兼ねてこれから、食事をご馳走したいのだけれど、よろしいかな?」

「私のような尉官には恐れ多いお誘いですが...謹んでお受け致します」

「良かった」

 朗らかに笑うその人は、とても歴戦の知略を駆使して戦況を後転させた知将には見えない程、穏やかな人だった。



 それから三日。休暇が終るまで私はリンデンバウムだ邸で過ごすことを許された。


 休暇が終る前日。
 恐れ多くも、リンデンバウム少将に軍庁舎にある寮に近くまで送ってもらいながら、私は彼からお願いをされた。

「君も見ていると思うが、結月はなかなか危なっかしい...だから、君に彼女を護ってもらえないだろうか?」

「それは、上官命令でしょうか?」

「いや、個人的なお願い、かな。知っての通り、衛生兵部隊と指揮官部隊では、同じ連隊と言えど共にいる事は少ない...俺も、君のような人物が彼女の傍にいてくれた方が心強い。あれでいて結構向こう見ずな女だから」

「分かりました。少佐の事、必ずやお護り致します。この命に代えても」

「命を無駄にするものじゃないよ。でも、それくらいの心意気は評価すべきかな」

 苦笑を浮かべる少将閣下の目元をバックミラー越しに見つめ、私は自分中に誇りのような門尾が宿るのを感じていた。

「貴官の働きに期待する。コランダム少尉」

「仰せのままに、少将閣下」

 その時のやり取りは、第六連隊特殊衛生兵部隊として戦場に赴く私にとって、戦場で過ごす間、ずっと胸に刻まれた出来事だった。 
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