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第三十四話 九条

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「氷川さん、遅いですわね」
「ああ、予定時間はもう過ぎてるはずだが」

 それから数日経ってようやく琴音の怪我も完治した。
 それもあって内容関係なく依頼を受けられるようになり、早速今日そうしようと予定していた。
 諒達への依頼は由衣が担当している。そのため普段は諒の家に集まってから依頼の受注と準備をしているのだが、今日は少し様子がおかしかった。
 由衣とれんが来ないのだ。予定していた時間はとっくに過ぎている。
 普段から予定より大分早く琴音はもう待ちきれないのか退屈そうに机に突っ伏していた。

「二人が遅れるなんて珍しいな。よほど面倒な依頼でも任されてなければいいが」
「私もしばらくあんな依頼は勘弁してほしいですわ」

 軽口をたたいていたが、それに反して諒はじわじわと嫌な予感がこみあげていた。
 由衣が持ってくる依頼に対してではない。どちらかというとれんに対してだ。
 ついこの前恭介から言われたことを思い出していた。彼はれんの覚醒前に彼女を庇って意識を失ってしまったため、力を直接見たわけではない。
 確かに気になることではあるだろうが、それにしては少し彼の態度は妙だった。
 諒の知らない何かを彼は知っているとでもいうような。

「・・・なあ、琴音・・・」

カーン

「あ、来たみたいですわ」
「・・・ああ、そうみたいだ」

 諒の言葉は呼び鈴にかき消されてしまった。
 しかしその呼び鈴は逆に諒にとってありがたかった。れんを心配してのものだったため、とにかく何も無かったことに胸をなでおろす。
 だがそんな諒の安堵は次の瞬間には木っ端みじんに吹き飛ばされた。

カーン カーン カーン・・・

「何だ、なにがあったんだ」

 出迎えに玄関へ向かおうとする諒を急かせるように呼び鈴が連打される。
 ただ事ではないその様子に諒は慌ててドアを開ける。

「・・・由衣か・・・れんはどうし・・」
「諒さんお願い。お姉ちゃんを助けて!」
「は!?」

 ドアの前にいた由衣は諒を見るとすがるように彼に飛びついてそう訴える。
 しかしいきなりすぎて諒はついていけなかった。玄関前で戸惑っていると、後ろから駆け付けた琴音が代わりに場を落ちつけてドアを閉める。

「白銀さん、何があったんですの?」
「急に怖い人がいっぱい来て・・・それでお姉ちゃんが」
「れんがどうした?」
「よくわかんない。でもお姉ちゃんが私に逃げてって言って、それで・・・」
「ここに来たと」

 聞いてみてもやはり状況をつかみきれなかった。
 由衣が逃げられたところを見ると目的はれんのようだが、彼女を狙って得をする人間などいるのだろうか。

「諒様、氷川さんが危ないのなら急いだほうがいいですわ」
「わかってる。琴音はここで由衣と居てくれ。しばらく待って帰らなかったらギルドに行くんだ。いいな」
「わかりましたわ。お気をつけて」
「おねがい、諒さん」

 だが今それを考える時間はなかった。ここかられんの家まではそれなりに距離がある。由衣がここに来るまでにも時間がかかることから、もう事が済んでいる可能性だってあるのだ。
 諒は琴音と由衣を家で待たせ、1人れんの家に向かった。

「なんであいつにはこうも悩みの種ばかり巡ってくるんだ」

 走る間にも諒は思わず舌打ちする。
 繊細な性格というのもあるだろうが、れんはよく何かに悩んでいる。
 それは自分の力や周りの協力で解決してきたようだが、それにしても多い。
 前も竜人の件で多少力になれたと思った矢先にこれだ。本当に勘弁してほしい。
 諒のスピードなられんの家までそう時間はかからない。冒険者用の居住区はあまり人手が多くないためまっすぐ走って家までたどりつく。

「・・・何があったんだ?」

 しかし意外なほどにれんの家は荒らされた形跡がなかった。
 ドアが破壊されるどころか大きな傷すら入っていない。思わず気のせいかと思うほどだ。しかし鍵はかかっていない。諒が手をかけるとすんなりとドアは彼を歓迎した。
 中は確かに散らかっている。倒れた家具や中身が投げ出された棚。暴れた形跡があるのは間違いないらしい。
 だが人の気配がない。その「怖い人」もれんの姿もどこにもなかった。

「遅かったか」

 もうとっくにれんは連れ去られてしまったのだろうか。血の跡はなく、さすがに殺されたとは思えない。諒はとにかく何か痕跡を探そうと家を捜索する。
 すると居間のテーブルに置かれた紙が目についた。

『氷川れんと会いたければギルドに来い』

 紙にはそう書かれてあった。諒はそれに困惑を隠せなかった。

「ギルド?」

 確かにギルドはれんに用事が無いわけではない。彼女の血の調査をしてくれているのはギルドだし、なにより雇い主が一個人であっても用事があるといわれても不思議はない。
 だが、それならこんなことをする理由がない。今日だって由衣とれんはギルドへ足を運ぶ予定だったはずだ。わざわざさらってこんな紙を用意する必要すらない。

「・・・行ってみるしかないか」

 答えは直接問いただすしかない。琴音と由衣にはまだ何も言わないことにした。
 誰がこの件に関わっているのかは分からないが、冒険者で埋め尽くされたところで派手な騒ぎを起こすとは思えない。二人がギルドに行ってどうこうなるとは思えない。
 そう判断して諒は1人でギルドに向かった。

「ようやく来たようだな。諒」
「・・・これはどういうことか、説明してくれますね」
「ああ、もちろんだ」

 ギルドに入ると莉彩にまっすぐ奥へ案内された。拍子抜けするほど彼女の様子はいつもと変わらなかったが、部屋に入るとそこに立ち込める空気は明らかに普段とは異なっていた。
 部屋には紙に書いてあった通りれんがいた。しかしなぜかその隣には恭介の姿もあった。
 恭介は諒が視線を向けると軽い様子で手を上げて挨拶した。

「その前に、なんでお前までいるんだよ」
「なんでとはひどいな。怖い人たちかられんちゃんを守ったのは俺だぜ?」
「お前が?」
「ああ、俺が依頼してたんだ。れんのことを守ってやってほしいとな」

 恭介の返事に修平が言葉を続ける。
 確か恭介は任務があってここに滞在すると言っていたが、まさかこの件だったのだろうか。なにやらややこしい話になってきた。
 改めて見るとれんの様子もおかしかった。早い段階で恭介が助けに入ったのか怪我はしていないようだったが、ずっとうつむいて不自然な呼吸を繰り返している。
 何かは分からないがかなり動揺しているようだった。

「さて、まず話すことをまとめないといけないな。とりあえず諒も座れ」
「ええ、お願いします」

 恭介は立ち上がってれんの隣を諒に渡し、代わりに修平の正面に座った。
 落ち着いた後しばらくは沈黙が続いた。恭介も自分からは口を開く気が無いらしく、修平に話の主導権を任せていた。
 諒もじっと修平の言葉を待つ。彼は内容をまとめるために難しい顔をして考え込んでいたが、やがて諦めたかのように首を振って口を開いた。

「まずこれから伝えよう。昨日騎士団からとある情報を手に入れた。『騎士団親衛隊長、九条大我が任務中に死亡した』というものだ」
「・・・死んだ?」

 修平の言葉にれんはびくっと体を震わせる。しかし諒も今はそれに気を遣える余裕はなかった。大我とは一度共に戦った仲だ。その強さはよく知っている。
 そう簡単にどうにかなるような人物ではないだろうということも。

「一体どういうことなんですか?それに、それがれんとどういう関係が」
「今回の一件は騎士団内部で起こった。どうやら騎士団の上層部も覇龍や竜人に関する情報を握っていたらしい。そして、祭壇の調査も奴らは既に開始していた。東の森に大我が派遣されたのもそれが理由だ」
「・・・騎士団が」
「ああ、そして騎士団は龍巫子の力を持つれんに目をつけた。その力を利用することを計画していたようだ」

 修平はれんに視線を向ける。
 つまりさっきれんと由衣を襲ったやつらは騎士団の人間ということだ。まさか騎士団がそんなことをしていたとは驚くばかりだ。

「恭介、お前こんなことしてよかったのか?」
「れんちゃんは命の恩人だぜ?それに中央部の奴らはこっちに全然予算回しやがらないし、前から腹は立ててたんだ。いい機会だったよ」
「お前がいいなら別に俺はいいんだが」

 騎士団が首謀したとすれば、恭介がやったことは明らかな反逆行為だ。だが当の本人はこの状況にも飄々としていた。
 まるで自分は関係ないとでも思っているような顔だ。不思議なほど危機感がないが、本人が良いなら諒から何かこれ以上言うのはやめた。

「それで、まだれんを狙った理由はともかく大我さんが死んだというのはどういうことですか?」
「大我は今回の決定に強く反発したんだ。れんを利用する必要はないとな」
「反発?なぜあの人がそんなことを」

 諒の問いに修平はすぐには口を開かなかった。迷うように視線を辺りに巡らせる。
 その時今までほとんど動きを見せていなかったれんが諒の服の袖をつかんだ。彼女に視線を向けるが、うつむいたままのため表情は読めないままだ。だが、かすかに震える彼女の手からこの続きを聞いてほしくないという意思がかすかに感じられた。
 だが彼女の意思とは裏腹に修平は口を開いた。

「あいつはれんの父親だからだ」
「・・・は?」
「れんは母親の旧姓を名乗っている。本名は『九条れん』九条大我と血のつながりのある立派な家族だ」

 修平の口からその真実が告げられた瞬間、れんの手に力が入ったかと思うと次の瞬間には糸が切れたように諒の袖から手が離れた。
 親子、確かに納得だ。今まで感じていた彼とれんの間にあった関係、知り合いにしては不自然な年齢差、どれを見ても親子と言われればつじつまが合う。

「でも、なんでれんはそれを隠してたんだ?」
「それは俺から言うべきことではないが・・・」

 修平は言い淀むとれんに視線を向ける。しかし彼女はやはり何も語ろうとはしなかった。
 もうほとんど思考など回っていないだろう。こんな唐突に父の死が知らされ、さらには彼が所属していた騎士団が彼女を襲ってきたのだ。
 こんな状態になっていても責めることは出来ない。
 修平もそう考えたのかれんから視線を外して再び諒に目を向ける。

「この件をギルドは放っておくわけにはいかない。明日騎士団に言って話をつけるつもりだ」
「騎士団に、マスター直々にですか?」
「ああ、あいつには話さなきゃならないことがあるからな。それに、俺が行けば下手に断ることは出来んだろう」

 大我を殺してまで強行したくらいだ。おそらく騎士団はまだあきらめてはいないだろう。
 それならば、方法は一つ。直接騎士団に話をつけるしかない。それは諒が来る前から決めていたのだろう。普段からは明らかに違う緊張感はそれが理由だったらしい。

「諒とれんにも同行してもらう。特にれんの存在はこの話をする上で必要になるだろうからな」
「おれは構いませんけど、れんは大丈夫なのか?」
「駄目なら待つだけだ。整理をつける時間はどちらにせよ必要だろう」

 動くのは明日。乗り込むのは修平、諒、そしてれんの三人だ。

「向こうの気によってはどうなってもおかしくない。もしもの時の準備と覚悟はしておけ」
「わかりました」
「恭介、れんの見張りは任せたぞ」
「ええ、ばっちりやりますよ」

 れんの様子は相変わらずだ。これで本当に大丈夫なのだろうか。
 何か言った方がいいとは思いつつも、結局諒は言葉が見つからず重い足取りで部屋を後にする彼女を静かに見送ることしか出来なかった。
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スパークノークス

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