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第三十二話 揺らめく炎
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「なあれん、本当に大丈夫なのか?」
「はい、本当に大丈夫です」
れんに促されるままに諒達は依頼にでていた。
内容は「閃光の実」の採取。見た目はどんぐりのように小さいが、強い衝撃を与えるとかなりの光を出す効果がある。
これを改良することで閃光爆弾という相手の目くらましに使えるアイテムを作ることができ、その有用さから人気の高いものだ。
ただ性質ゆえ下手に扱えば勝手に炸裂して持って帰ることも難しいため、ランクはDの依頼として位置づけられている。
「確かに大丈夫そうですけど、一体どうしたんですの?まさかそんなに元気そうだとは思っていませんでしたわ」
「悩む必要なんかないって由衣ちゃんが気づかせてくれたんです。私はこのパーティーにいたい。それを受け入れてくれるなら、何も心配なんていらなかったんです」
「そうか、それなら俺達も歓迎しないとな」
「そうですわね。それでこそ私のライバルですわ」
諒が琴音に視線を向けると、彼女は得意げにウインクを返す。
れんが心配する必要がなかったように、諒も同じだったようだ。悩みを越えて彼女は一層たくましさが増したように感じる。
それに由衣も尽力してくれていたようだ。諒への当たりの強さから二人の関係は相変わらず芳しくないが、れんに対してなら彼女以上に頼りになる人間はいないだろう。
今のれんなら心配はいらないだろう。
竜の血がどんな運命をもたらしたとしても、きっと乗り越えられるはずだ。
「それと。琴音、ケガの調子はどうだ?」
「申し訳ありませんが、戦うのは無理ですわ。痛みはもうひいておりますので採取くらいならお役に立てますが、戦力にはなれません」
「そうか、丁度採取依頼だしそれでいい。もしモンスターと遭遇したら俺とれんで対処する」
琴音は槍を持ってきてはいたものの、戦力にはなれないようだ。
彼女の槍は両手で扱うため利き手ではないとはいえ腕の怪我は戦いにより響いてしまう。
それを見越してれんは採取依頼を持ってきたのだろう。諒の言葉に彼女も大きく頷いた。
「よし、場所はこの辺りだな」
「これがその依頼の実ですか?」
「ああ、取り扱い注意の物だから慎重にな」
閃光の実の採取は大きく二つのやり方がある。
一つは普通に落ちているものを拾うやり方だ。本来なら地面に落ちる程度の衝撃でも炸裂してしまうが、下が緑でおおわれていればそれが衝撃を吸収して閃光の実をそのままの状態で受け止めてくれる。それを冒険者が採取するということだ。
もう一つは木にのぼって採取するやり方。落ちている物を拾うより面倒だが、慣れれば一度にかなりの量採取できる。
しかし閃光の実はある程度の大きさに成長しないと光を出すようにならないため、採取するものを誤れば依頼不備となることもある。かなり慣れが重要なやり方だ。
「俺は上で採取してくる。二人は下で落ちているものを拾ってくれ」
「わかりましたわ」
「わかりました」
三人は役割分担をしてそれぞれが採取を始める。
れんはEランクの時に採取依頼をそれなりに経験していたおかげか順調に集めていくが、意外と琴音が苦戦しているようだ。
要領がつかみ切れていないのか、何も落ちていない場所をうろうろして首をかしげていた。
「あれは慣れというよりそもそも向いてないな」
木の上にいる諒の声は琴音に届くことは無かった。
彼女の性格も考えれば採取のような細かい作業はあまり向いていないだろう。今回は依頼された量が多くないため大丈夫だが、依頼によっては少し対策が必要かもしれない。
円を描くように同じ場所を周り続け、ようやく見つけた一つを拾い上げて満足そうにしている琴音を見て諒はそう思った。
「諒様、下にある分は採取出来ましたわ」
「わかった。それじゃあ終わりにしよう。ポーチを降ろすから受け取ってくれ」
久しぶりの採取で諒も順調とまではいかなかったが、れんが活躍してくれて予想より早く必要数集まった。
ただ木の上にいる諒に声が届かなかったか、代わりに琴音がそれを報告した。
諒はポーチを縄でくくって下におろす。扱いにデリケートな物なため下手に飛び降りたりするとそのまま炸裂しておじゃんなんてことはよくある話だ。
下で琴音が受け取ったのを見ると諒も飛び降りて二人と合流した。
「よし、これで十分だろう。帰って納品だ」
「やっと終わりましたわ」
慣れない作業に集中力を使ったのか、琴音は採取が終わると大きなため息をつく。
普段は頼りになる姿を見せてくれている彼女の意外な弱点だ。内容としてはこれからどんどんと減っていくだろうが、苦手なまま放置しておくのも冒険者としては問題だ。
どう教えていくものか。新しい課題も見つかり、三人は央都に戻った。
「お疲れさまでした。先にポーチを回収しますね」
「ええ、お願いします」
ギルドへ帰って来た三人は待っていた由衣もつれて早速報告した。
彼女は討伐依頼の報告は出来るが採取依頼はまだ任されていないようで、ちゃんと受付を通す必要があった。
莉彩は三人からポーチを受け取ると中身を確認する。1人だけやたらと軽いポーチに首をかしげていたが、数は十分集まっているため何か口出しをすることはなかった。
確認を終えると他の職員にポーチを渡し、代わりに報酬と依頼書を取り出す。
報酬は諒からの要望であらかじめ三等分にしてもらっている。
「お疲れさまでした。これが今回の報酬になります」
「ありがとうございます」
諒は報酬を受け取り二人にも渡す。採取ではあるが今回は無事依頼を終え由衣も嬉しそうにニコニコしていた。
「さて、今日はもう遅いし二人ともゆっくり休めよ」
「わかってますわ。諒様の前で無様な姿は見せられません」
今回は依頼を受けた時間が遅めだったこともあり、帰るときには日も落ち始めていた。
普段は依頼ついでに何かすることも多いが、今日はまっすぐ帰ることにした。
依頼も完了し、四人はギルドを後にした。
「・・?諒様、一体どうされたんですか?」
しかし、入り口に近づくと諒は不自然にその足を止めた。
琴音の声にも応じず、その表情は近寄りがたい怖ささえ感じる。
「・・・?」
れんと由衣も諒に視線を向ける。どうしたのかと諒の様子を伺うと、彼の右手を誰かがつかんでいるのが見えた。
誰も口を開かない中、ふと諒は大きなため息をついて口を開く。
「久しぶりだな。明美」
「・・・付き合ってもらえますね?」
「ああ」
諒の言葉に明美は低い声で返す。周りに士の姿は見えない。1人で会いにきたらしい。諒がパーティーを抜けることに未練や後悔があるのだとすれば、間違いなく彼女はその理由の一つだった。
その彼女がまさか向こうから会いにくるなんて、一体何の要件だろう。
諒も頷いて場所を変えることにした。
三人には先に帰るよう言ったが、気になるのか結局二人について来た。しかしさすがに同じ席にはつかず、少し離れて二人の様子を伺っている。
「氷川さんはあの方をご存知なのですか?」
「いえ、私が諒さんと会った時にはソロでしたので」
「ということは、私と別れて氷川さんと出会うまでの人ということですか。なんだか匂いますわね」
「・・・でも、そんな感じではないような」
れんは始めて会った明美から何かただならぬ感情が渦巻いているのを感じた。好意、怒り、戸惑い、決して単純な感情では表せないような、そんな何かを。
諒は三人を追い返すべきかどうか迷ったが、おそらく言っても聞かなさそうだし、聞かれて困る要件なら明美からもその言葉は出るだろう。
そう判断して諒は口を開く。
「士から話は聞いてるだろう。納得できないことがあったか?」
「リーダーはパーティーのやり方に賛同しなかったからとしか話してくれませんでした。だから本人に直接聞きに来たんです」
「なるほど」
もうとっくに士は自分の答えをそのまま遂行していると思っていたが、どうやらそういうわけではないようだ。
明美の話を聞く限り士は諒の脱退に関してかなり濁した言い方しかしていないらしい。それは彼らしくない。答えに自信があるのなら、はっきりと言ってしまえばいいのだ。
それをしていないということは、まだ迷っているということになる。リーダーとしてのあるべき姿を。
「俺の目的はパーティーを大きくすることじゃなかった。仲間の関係が崩れることがなくみんな仲良くずっとやっていく。月並みな言葉だがそれが俺の理想だった。士はそれを目指していたはずだった。だから俺はあいつの元にいることを選んだ。だが、あいつはそれを捨てた。それ以上に大事なものをあいつは作ってしまった。そして、あいつは譲ることはなかった。それなら、もう俺の答えは一つだ」
「それが、霧矢さんの答えですか?」
諒ははっきりと頷いた。
その答えを聞いて明美は表情を曇らせる。それを見て明美がここに来た理由がなんとなくわかった気がした。
「言っておくが、俺はパーティーに戻るつもりはない。それに、今は俺もリーダーだからな」
「・・・でも、霧矢さんが居なくなってしまってから依頼の達成に支障が出始めたんです。あなたの力はパーティーの中でもすごく大きかったから、それがなくなって失敗も多くなりました。そのせいで周りからの目も良いものではないとリーダーも言ってました」
「それは皆で決めたことだろう。俺に責任が無いと言えば嘘かもしれんが、それでも俺一人でそこまで影響を出すようなら自業自得だ。軽い気持ちで昇進を選んだ結果だっただけのこと。そんな理由で戻ったりはしない」
士が悩んでいる理由はそれだろう。依頼の失敗が増え、パーティーのブランドはむしろ下がってしまった。自分のやり方を信じたはいいが、それは今のところ失敗に終わってしまっている。
それが彼の心を迷わせている。
そして、気持ちは明美も同じだ。
諒の答えに明美はすがるように彼に視線を向ける。
「・・・だったら・・・私も・・・」
「やめておけ」
諒は彼女の言葉を遮った。
わざわざ直接来た理由はこれもあるのだろう。明美はパーティーで一緒だった間はかなりの好意を諒に寄せていた。恋愛対象とはまた違ったものだった気もするが、二人の関係と他のメンバーとの関係には確実に差があった。
その想いはまだ残ってくれていたらしい。
諒が消えたことで依頼に支障が出始め、士も迷っている。パーティーの雰囲気は過去一番と言っていい程悪い状態になってしまっているのだろう。
だが、だからこそ彼女は士の傍にいてやるべきだ。
「なんでですか?私なら絶対に霧矢さんの役に立てます」
「お前は士を捨てられるのか?」
「・・・っ」
「できないはずだ。今はパーティーの空気が悪くなって想いがぶれているだけだ。落ち着けば必ず士やあいつらへの想いは戻ってくるだろう。だが、俺のパーティーにいながらそんなことをされは邪魔なだけだ。おれはもうあいつとはいられないんだからな」
「じゃあ・・・私はどうすれば」
「そんなことまで俺は面倒見れん。だが、士をどうにかできるのはお前達だけだ。不安定な時期だからこそ、その想いを崩してやるな。道はあいつ1人に任せるものじゃないんだ」
明美はしばらくうつむいていた。
期待はもちろんあっただろう。諒ならどうにかしてくれる、手を差し伸べてくれると。しかし彼は最後まで突き放したような態度に終始した。
士のことが気にならないと言えば嘘だ。だが、同時に諒では彼の助けにはなれない。何とかしてやれないわけではないだろうが、それは根本的な解決にはならない。
パーティーが正しい方向に進むには明美や他のメンバーが協力しないといけない。
「こういう時こそメンバーで協力するものだ。それでもどうにもならなかったら・・・その時は真剣に考えてやる」
「・・・ありがとうございました。霧矢さん」
「ああ、頑張れよ」
明美は最後まで笑顔を見せることはなかった。
納得したわけじゃない。説得することを諦めたと言った方が正しいだろう。最後に小さく頭を下げ、立ち上がって重い足取りで店を出た。
明美が去った後、しばらく諒も後ろで成り行きを見ていた三人も口を開かなかった。
しかし、考え込んだ後意を決したようにれんは諒に声をかける。
「諒さん、良かったんですか?」
「・・・あいつをパーティーに加えるかどうかか?」
れんは静かに頷く。彼女が口を開いたのに合わせて後ろから琴音も言葉を並べる。
「私はあの人がパーティーに入ることに反対はしませんわ。おそらく気持ちは私や氷川さんと同じです。少し癪ですが、そのような志を持つ方を拒む理由はありません」
「確かにそうかもな。だが、あいつはお前達と決定的に違うことがある」
「違いですか?」
「あいつは折り合いがついてないんだ。今のパーティーを抜けることへのな。俺達の仲間になっても、そいつらのことをいつまでも引きずったままいられたら良い気分ではないだろう?」
「・・・難しい話ですわ」
二人の関係をれんや琴音は知らないはずだが、傍から見ていて感じるものはあったのだろう。明美に向ける感情は悪いものではないようだった。
だが、それでも今の彼女をパーティーに歓迎することは出来ない。
仮に諒が加入を認めたとしても、明美はそれを士に言えるかどうかは分からない。下手すると何も言わず逃げるようにこちらに来るかもしれない。
それほどまでに彼女の心は揺れている。捨てたくない二人が離れてしまったことで余裕を失ってしまってもいるだろう。
「あいつの置かれている状況は単純な話で済むことじゃない。俺達が下手に介入するようなことでもない。ただ、あいつが本当の意味で答えを出してここに来るのならその時は、お前達も認めてくれるか?」
「・・・よくわかりませんが、来るというのであれば歓迎しますわ」
「・・・私もです」
「ありがとう。さあ、俺達も帰るぞ。由衣も眠そうだしな」
二人はまだ何か言いたそうだったが、諒は無理やり会話を切り上げた。
由衣もれんの背中にもたれかかってうとうとしていた。
複雑な話は琴音以上に苦手なのだろう。それとも自分には関係ないところでの会話に興味を失ってしまったか。
とにもかくにもれんは歩けそうにもない由衣を背負い、今日は帰って休むことにした。
「はい、本当に大丈夫です」
れんに促されるままに諒達は依頼にでていた。
内容は「閃光の実」の採取。見た目はどんぐりのように小さいが、強い衝撃を与えるとかなりの光を出す効果がある。
これを改良することで閃光爆弾という相手の目くらましに使えるアイテムを作ることができ、その有用さから人気の高いものだ。
ただ性質ゆえ下手に扱えば勝手に炸裂して持って帰ることも難しいため、ランクはDの依頼として位置づけられている。
「確かに大丈夫そうですけど、一体どうしたんですの?まさかそんなに元気そうだとは思っていませんでしたわ」
「悩む必要なんかないって由衣ちゃんが気づかせてくれたんです。私はこのパーティーにいたい。それを受け入れてくれるなら、何も心配なんていらなかったんです」
「そうか、それなら俺達も歓迎しないとな」
「そうですわね。それでこそ私のライバルですわ」
諒が琴音に視線を向けると、彼女は得意げにウインクを返す。
れんが心配する必要がなかったように、諒も同じだったようだ。悩みを越えて彼女は一層たくましさが増したように感じる。
それに由衣も尽力してくれていたようだ。諒への当たりの強さから二人の関係は相変わらず芳しくないが、れんに対してなら彼女以上に頼りになる人間はいないだろう。
今のれんなら心配はいらないだろう。
竜の血がどんな運命をもたらしたとしても、きっと乗り越えられるはずだ。
「それと。琴音、ケガの調子はどうだ?」
「申し訳ありませんが、戦うのは無理ですわ。痛みはもうひいておりますので採取くらいならお役に立てますが、戦力にはなれません」
「そうか、丁度採取依頼だしそれでいい。もしモンスターと遭遇したら俺とれんで対処する」
琴音は槍を持ってきてはいたものの、戦力にはなれないようだ。
彼女の槍は両手で扱うため利き手ではないとはいえ腕の怪我は戦いにより響いてしまう。
それを見越してれんは採取依頼を持ってきたのだろう。諒の言葉に彼女も大きく頷いた。
「よし、場所はこの辺りだな」
「これがその依頼の実ですか?」
「ああ、取り扱い注意の物だから慎重にな」
閃光の実の採取は大きく二つのやり方がある。
一つは普通に落ちているものを拾うやり方だ。本来なら地面に落ちる程度の衝撃でも炸裂してしまうが、下が緑でおおわれていればそれが衝撃を吸収して閃光の実をそのままの状態で受け止めてくれる。それを冒険者が採取するということだ。
もう一つは木にのぼって採取するやり方。落ちている物を拾うより面倒だが、慣れれば一度にかなりの量採取できる。
しかし閃光の実はある程度の大きさに成長しないと光を出すようにならないため、採取するものを誤れば依頼不備となることもある。かなり慣れが重要なやり方だ。
「俺は上で採取してくる。二人は下で落ちているものを拾ってくれ」
「わかりましたわ」
「わかりました」
三人は役割分担をしてそれぞれが採取を始める。
れんはEランクの時に採取依頼をそれなりに経験していたおかげか順調に集めていくが、意外と琴音が苦戦しているようだ。
要領がつかみ切れていないのか、何も落ちていない場所をうろうろして首をかしげていた。
「あれは慣れというよりそもそも向いてないな」
木の上にいる諒の声は琴音に届くことは無かった。
彼女の性格も考えれば採取のような細かい作業はあまり向いていないだろう。今回は依頼された量が多くないため大丈夫だが、依頼によっては少し対策が必要かもしれない。
円を描くように同じ場所を周り続け、ようやく見つけた一つを拾い上げて満足そうにしている琴音を見て諒はそう思った。
「諒様、下にある分は採取出来ましたわ」
「わかった。それじゃあ終わりにしよう。ポーチを降ろすから受け取ってくれ」
久しぶりの採取で諒も順調とまではいかなかったが、れんが活躍してくれて予想より早く必要数集まった。
ただ木の上にいる諒に声が届かなかったか、代わりに琴音がそれを報告した。
諒はポーチを縄でくくって下におろす。扱いにデリケートな物なため下手に飛び降りたりするとそのまま炸裂しておじゃんなんてことはよくある話だ。
下で琴音が受け取ったのを見ると諒も飛び降りて二人と合流した。
「よし、これで十分だろう。帰って納品だ」
「やっと終わりましたわ」
慣れない作業に集中力を使ったのか、琴音は採取が終わると大きなため息をつく。
普段は頼りになる姿を見せてくれている彼女の意外な弱点だ。内容としてはこれからどんどんと減っていくだろうが、苦手なまま放置しておくのも冒険者としては問題だ。
どう教えていくものか。新しい課題も見つかり、三人は央都に戻った。
「お疲れさまでした。先にポーチを回収しますね」
「ええ、お願いします」
ギルドへ帰って来た三人は待っていた由衣もつれて早速報告した。
彼女は討伐依頼の報告は出来るが採取依頼はまだ任されていないようで、ちゃんと受付を通す必要があった。
莉彩は三人からポーチを受け取ると中身を確認する。1人だけやたらと軽いポーチに首をかしげていたが、数は十分集まっているため何か口出しをすることはなかった。
確認を終えると他の職員にポーチを渡し、代わりに報酬と依頼書を取り出す。
報酬は諒からの要望であらかじめ三等分にしてもらっている。
「お疲れさまでした。これが今回の報酬になります」
「ありがとうございます」
諒は報酬を受け取り二人にも渡す。採取ではあるが今回は無事依頼を終え由衣も嬉しそうにニコニコしていた。
「さて、今日はもう遅いし二人ともゆっくり休めよ」
「わかってますわ。諒様の前で無様な姿は見せられません」
今回は依頼を受けた時間が遅めだったこともあり、帰るときには日も落ち始めていた。
普段は依頼ついでに何かすることも多いが、今日はまっすぐ帰ることにした。
依頼も完了し、四人はギルドを後にした。
「・・?諒様、一体どうされたんですか?」
しかし、入り口に近づくと諒は不自然にその足を止めた。
琴音の声にも応じず、その表情は近寄りがたい怖ささえ感じる。
「・・・?」
れんと由衣も諒に視線を向ける。どうしたのかと諒の様子を伺うと、彼の右手を誰かがつかんでいるのが見えた。
誰も口を開かない中、ふと諒は大きなため息をついて口を開く。
「久しぶりだな。明美」
「・・・付き合ってもらえますね?」
「ああ」
諒の言葉に明美は低い声で返す。周りに士の姿は見えない。1人で会いにきたらしい。諒がパーティーを抜けることに未練や後悔があるのだとすれば、間違いなく彼女はその理由の一つだった。
その彼女がまさか向こうから会いにくるなんて、一体何の要件だろう。
諒も頷いて場所を変えることにした。
三人には先に帰るよう言ったが、気になるのか結局二人について来た。しかしさすがに同じ席にはつかず、少し離れて二人の様子を伺っている。
「氷川さんはあの方をご存知なのですか?」
「いえ、私が諒さんと会った時にはソロでしたので」
「ということは、私と別れて氷川さんと出会うまでの人ということですか。なんだか匂いますわね」
「・・・でも、そんな感じではないような」
れんは始めて会った明美から何かただならぬ感情が渦巻いているのを感じた。好意、怒り、戸惑い、決して単純な感情では表せないような、そんな何かを。
諒は三人を追い返すべきかどうか迷ったが、おそらく言っても聞かなさそうだし、聞かれて困る要件なら明美からもその言葉は出るだろう。
そう判断して諒は口を開く。
「士から話は聞いてるだろう。納得できないことがあったか?」
「リーダーはパーティーのやり方に賛同しなかったからとしか話してくれませんでした。だから本人に直接聞きに来たんです」
「なるほど」
もうとっくに士は自分の答えをそのまま遂行していると思っていたが、どうやらそういうわけではないようだ。
明美の話を聞く限り士は諒の脱退に関してかなり濁した言い方しかしていないらしい。それは彼らしくない。答えに自信があるのなら、はっきりと言ってしまえばいいのだ。
それをしていないということは、まだ迷っているということになる。リーダーとしてのあるべき姿を。
「俺の目的はパーティーを大きくすることじゃなかった。仲間の関係が崩れることがなくみんな仲良くずっとやっていく。月並みな言葉だがそれが俺の理想だった。士はそれを目指していたはずだった。だから俺はあいつの元にいることを選んだ。だが、あいつはそれを捨てた。それ以上に大事なものをあいつは作ってしまった。そして、あいつは譲ることはなかった。それなら、もう俺の答えは一つだ」
「それが、霧矢さんの答えですか?」
諒ははっきりと頷いた。
その答えを聞いて明美は表情を曇らせる。それを見て明美がここに来た理由がなんとなくわかった気がした。
「言っておくが、俺はパーティーに戻るつもりはない。それに、今は俺もリーダーだからな」
「・・・でも、霧矢さんが居なくなってしまってから依頼の達成に支障が出始めたんです。あなたの力はパーティーの中でもすごく大きかったから、それがなくなって失敗も多くなりました。そのせいで周りからの目も良いものではないとリーダーも言ってました」
「それは皆で決めたことだろう。俺に責任が無いと言えば嘘かもしれんが、それでも俺一人でそこまで影響を出すようなら自業自得だ。軽い気持ちで昇進を選んだ結果だっただけのこと。そんな理由で戻ったりはしない」
士が悩んでいる理由はそれだろう。依頼の失敗が増え、パーティーのブランドはむしろ下がってしまった。自分のやり方を信じたはいいが、それは今のところ失敗に終わってしまっている。
それが彼の心を迷わせている。
そして、気持ちは明美も同じだ。
諒の答えに明美はすがるように彼に視線を向ける。
「・・・だったら・・・私も・・・」
「やめておけ」
諒は彼女の言葉を遮った。
わざわざ直接来た理由はこれもあるのだろう。明美はパーティーで一緒だった間はかなりの好意を諒に寄せていた。恋愛対象とはまた違ったものだった気もするが、二人の関係と他のメンバーとの関係には確実に差があった。
その想いはまだ残ってくれていたらしい。
諒が消えたことで依頼に支障が出始め、士も迷っている。パーティーの雰囲気は過去一番と言っていい程悪い状態になってしまっているのだろう。
だが、だからこそ彼女は士の傍にいてやるべきだ。
「なんでですか?私なら絶対に霧矢さんの役に立てます」
「お前は士を捨てられるのか?」
「・・・っ」
「できないはずだ。今はパーティーの空気が悪くなって想いがぶれているだけだ。落ち着けば必ず士やあいつらへの想いは戻ってくるだろう。だが、俺のパーティーにいながらそんなことをされは邪魔なだけだ。おれはもうあいつとはいられないんだからな」
「じゃあ・・・私はどうすれば」
「そんなことまで俺は面倒見れん。だが、士をどうにかできるのはお前達だけだ。不安定な時期だからこそ、その想いを崩してやるな。道はあいつ1人に任せるものじゃないんだ」
明美はしばらくうつむいていた。
期待はもちろんあっただろう。諒ならどうにかしてくれる、手を差し伸べてくれると。しかし彼は最後まで突き放したような態度に終始した。
士のことが気にならないと言えば嘘だ。だが、同時に諒では彼の助けにはなれない。何とかしてやれないわけではないだろうが、それは根本的な解決にはならない。
パーティーが正しい方向に進むには明美や他のメンバーが協力しないといけない。
「こういう時こそメンバーで協力するものだ。それでもどうにもならなかったら・・・その時は真剣に考えてやる」
「・・・ありがとうございました。霧矢さん」
「ああ、頑張れよ」
明美は最後まで笑顔を見せることはなかった。
納得したわけじゃない。説得することを諦めたと言った方が正しいだろう。最後に小さく頭を下げ、立ち上がって重い足取りで店を出た。
明美が去った後、しばらく諒も後ろで成り行きを見ていた三人も口を開かなかった。
しかし、考え込んだ後意を決したようにれんは諒に声をかける。
「諒さん、良かったんですか?」
「・・・あいつをパーティーに加えるかどうかか?」
れんは静かに頷く。彼女が口を開いたのに合わせて後ろから琴音も言葉を並べる。
「私はあの人がパーティーに入ることに反対はしませんわ。おそらく気持ちは私や氷川さんと同じです。少し癪ですが、そのような志を持つ方を拒む理由はありません」
「確かにそうかもな。だが、あいつはお前達と決定的に違うことがある」
「違いですか?」
「あいつは折り合いがついてないんだ。今のパーティーを抜けることへのな。俺達の仲間になっても、そいつらのことをいつまでも引きずったままいられたら良い気分ではないだろう?」
「・・・難しい話ですわ」
二人の関係をれんや琴音は知らないはずだが、傍から見ていて感じるものはあったのだろう。明美に向ける感情は悪いものではないようだった。
だが、それでも今の彼女をパーティーに歓迎することは出来ない。
仮に諒が加入を認めたとしても、明美はそれを士に言えるかどうかは分からない。下手すると何も言わず逃げるようにこちらに来るかもしれない。
それほどまでに彼女の心は揺れている。捨てたくない二人が離れてしまったことで余裕を失ってしまってもいるだろう。
「あいつの置かれている状況は単純な話で済むことじゃない。俺達が下手に介入するようなことでもない。ただ、あいつが本当の意味で答えを出してここに来るのならその時は、お前達も認めてくれるか?」
「・・・よくわかりませんが、来るというのであれば歓迎しますわ」
「・・・私もです」
「ありがとう。さあ、俺達も帰るぞ。由衣も眠そうだしな」
二人はまだ何か言いたそうだったが、諒は無理やり会話を切り上げた。
由衣もれんの背中にもたれかかってうとうとしていた。
複雑な話は琴音以上に苦手なのだろう。それとも自分には関係ないところでの会話に興味を失ってしまったか。
とにもかくにもれんは歩けそうにもない由衣を背負い、今日は帰って休むことにした。
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