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第二十八話 依頼を終えて

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「ん・・・」

 依頼から三日後、ようやくれんは目を覚ました。
 彼女には目立った外傷こそなかったが、目を覚ます気配が無く琴音や恭介と一緒に入院していた。
 れんの目に映る景色は見慣れた木の茶色に覆われた天井ではなく綺麗に保たれた真っ白なものだった。

 少し天井を眺めながらぼんやりしていたが、落ち着いてくると次は自分の状態の確認する。とりあえず体は動く。ずっと寝かされていたせいか変な感じがしたが、れんは一度体を起こした。

「やっと目が覚めたか」
「・・・諒さん?」
「思ったより元気そうだな。三日も起きなかったからさすがに不安になったぞ」

 丁度病室で看病していた諒はれんの目覚めに気づくと声をかける。
 彼女は不思議そうに諒を見ていたが、やがて状況を理解したように頭を下げる。

「ごめんなさい。心配をかけてしまって」
「俺は別にいい。謝るならそっちに言ってくれ」
「?」

 諒の指につられて視線を動かすと、そこにはベッドにもたれて眠っている由衣の姿があった。諒と同じように彼女もれんの看病のために来ていたのだが、ほとんど寝ずに付いていたため少し前に限界が来て眠ってしまった。

「だれだけ心配だったのか。こいつまで入院しかねないくらい付きっきりでお前の看病してたんだ。おかげで琴音も苦労してたよ」
「・・・琴音さん?・・・よかった。無事だったんですね」
「ああ、あいつはもう退院してる。まあしばらく依頼には出られないがな。それでお前に代わって由衣の面倒を見てくれていたが、ことあるごとに由衣が消えたって俺のところに来てたよ」

 一時は多少好感度を取り戻したが、今回の一件で由衣の諒に対する評価はまた下がってしまった。諒は行動を別にしていたから仕方ないと琴音達も言ってくれていたが、それでも聞く耳は持たなかった。
 だが琴音に対しては結構な好意を見せており、彼女が代わりに面倒を見ると申し出た時には少し表情を柔らかくしていた。
 ただやはりれんの事が心配だったようで、暇さえあればれんの病室に来て看病を続けていた。それは夜も例外ではなく、そのせいで由衣はおろか彼女の行動に神経を使っていた琴音も最近睡眠が足りていない様子だった。

「ん~・・・」

 二人の声に反応したのか、そこで由衣が目を覚ました。眠そうに目をこすりながらぼんやりと首を動かす。

「・・・」
「おはよう、由衣ちゃん」

 そこでれんと目が合う。いきなりの状況に脳が追い付いていない様子で完全に彼女を見たままフリーズしていたが、れんの言葉にようやく笑顔をこぼす。

「お姉ちゃん!!よかった。目が覚めたんだね」
「うん。ごめんね、心配かけて」

 由衣に飛びつかれてれんは再びベッドに体を倒す。
 れんもそれを咎めようとはせず優しく抱き留めて頭を撫でる。まるで一世一代の手術でも成功させたような喜び方だ。
 諒もしばらく距離を取って好きにさせていたが、いつまで経っても由衣が離れようとしないためさすがに口をはさんだ。

「由衣、悪いがれんが目を覚ましたことをギルドに報告してきてくれないか?」
「ん~~あと一時間・・・」
「どんだけやるんだよ」

 少し二人で話したいこともあったし、れんの報告は代わりに由衣に任せることにした。
 彼女は上機嫌のためかそれを拒むことはなかったが、幸せそうにれんに頬ずりしながら表情を崩しきっていて動く気配もない。
 諒の考えを感じ取ったのか、れんもそこで由衣に声をかける。

「お願い、由衣ちゃん。帰ったらいくらでも付き合うから」
「んんん~・・・じゃあ後五分だけ」

 由衣もそこは譲る気はなかった。だがさっきと比べればはるかに譲歩してくれたようなので二人も頷いて好きにさせてやった。
 彼女は本当に五分間ずっとれんとスキンシップを続け、それを終えると少し満足した様子で病室から出ていった。

「気をつけないと由衣の方が先にどうにかなっちまうな。自分だけの体じゃないと思って気をつけろよ」
「・・・はい、頑張ります」

 由衣が出ていった後、諒は近くに椅子を持ってきて少し息を整える。
 れんも再び体を起こすと枕を使って楽な姿勢を保つ。

「あの後どうなったのか、先に伝えておく」
「はい、お願いします」

 依頼の結果としては文句なく成功だ。諒、大我とれん、琴音、恭介が戦っていたおかげで村民の避難集団の方にはモンスターが襲ってくることはなく、無事全員が東都にたどりついた。今は新たにギルドで森に残っているオーガの掃討依頼が出され、後始末に当たっている状態だ。
 次に、依頼で負傷した琴音と恭介だ。琴音の怪我は深かったものの命に関わるものではないらしく、治療が済むと入院も必要なく普通に過ごしている。
 さすがに腕は使いづらいらしく依頼にも出られないが、安静にしていれば心配はいらないようだ。
 恭介の方はレッドフォックスの火球を浴びてかなりの重傷を負ったが、吹き飛ばされた際に転がって奇跡的に早期の鎮火に成功したことが彼を救った。
 治療後もしばらく眠っていたが、れんよりも早くに回復して目を覚ましていた。
 彼に関してはしばらくの入院が必要らしく、央都に残ってここで治療を続けるとのことだ。共に参加していた孝希と大我は怪我もなく、東都に残って避難してきた村民の受入れを担当しているらしい。

「そうですか・・・よかった」
「ああ、俺達は役目をちゃんと果たせた。だから心配はいらない。報酬も中々よかったぞ」

 まず4人でオーガの群れをかなりの量討伐し、諒、大我がキングオーガ。れん、琴音、恭介がレッドフォックスの討伐と結果を見ればかなり大きな依頼になったことを改めて実感した。その分報酬もかなりのもので、治療費を差し引いても結構な大金になった。

「まあそれはいい。今俺達の本題はそこじゃないからな」
「・・・」
「れん、琴音から聞いたが、冷気を扱えるってのは本当なのか?」

 ひとまず悪い知らせは無いようでれんは安心したように表情を綻ばせるが、諒の表情は真剣なままだった。
 改めて話題を切り出し、唯一謎が残ったれんの力に言及する。

「・・・ごめんなさい。私にもわからなくて」
「わからない?」
「はい。急に力が沸き上がって・・・何か、不思議な感覚でした。自分が自分じゃないみたいで・・・何かに背中を押されるように力を使ったんです」
「心辺りもないのか?」

 れんは不安そうに頷いた。
 諒も顎に手を当ててうなっていた。諒は琴音からそれを聞かされた時以前のウルフの一件を思い出していた。あのとき感じた違和感、そして今回の冷気。あの時もそれを使ったと考えれば納得がいく。
 だが、力の正体がつかめない。自然エネルギーを使うのは竜族以外にもレッドフォックスのように存在こそしているが、少なくとも人類には使えないはずだ。それが関係しているとは考えにくい。同時にそれでなければ本当に手がかりがないことになるだが、そこで思考は止まっていた。

「ギルドの方でも調べているらしい。由衣も報告に行ってるし、その内声もかかるだろう。もう体は大丈夫か?」
「・・・はい、動くくらいならなんとも」
「そうか、だが今はゆっくりしておけ。もしかしたら・・・があるかもしれないからな」

 依頼も済み、負傷していた三人は全員無事大きな後遺症も無く目を覚ました。
 何も悪いことなど無いはずだったが、それでも空は不安をあおるように白く曇り、強くなってきた風が病室の窓を叩いていた。
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