上 下
25 / 34

第二十五話 強襲する炎狐

しおりを挟む
「・・・始まったみたいです」
「本当ですの?私には聞こえませんけど」
「間違いないです」
「そうか、ならそれを信じて俺達も出発することにしよう。二人は後方を頼んだよ」
「任せてください」
「・・・わかりました」

 大我の期待通り、二人の戦いが始まったのをれんは感じ取っていた。
 隣で村の方向を見ていた琴音は首をかしげるが、そのことを聞かされていた恭介は彼女のことを信頼して早速騎士団に指示を出し始める。
 二人がいつまで持つかわからない。素早く動くことがなにより肝心だ。

「ほら、氷川さん早く行きますわよ」
「あ・・・はい」

 琴音はれんの手を引っ張って恭介達について行く。
 諒達が出発してもやはりれんの様子は変わらなかった。なんとか戦いが始まったのは感じ取れたようだがその後は依然として表情には影が落ちていた。
 それでも今はゆっくり事情を聞く暇はない。
 二人は恭介に指示された通り村民の最後列についた。
 百人ほどの列ともなればそれなりの長さになるがそれでも団子状態になるよりはマシだと判断した。もしモンスターが襲ってきた際に冷静さを欠くと団子状態では逃げるのは難しい。
 先頭は恭介が担当し、後ろは孝希、れん、琴音の三人がつく。残りの騎士団は村人の列にまじって配置した。
 できれば孝希は中間あたりに配置しておきたかったが二人と騎士団が連携を取るには恭介か孝希の存在が必要だった。悩んだ末に孝希を後ろに変更することになった。全員が列に混じったことを確認すると、孝希は前にいる恭介に合図を送る。
 あまり大声を出してモンスターを刺激するわけにはいかない。かなり騎士団の方も繊細に動いていた。
 恭介は孝希の合図に気づくと手を上げて頷き返し、出発の合図を送った。
 歩き始めてからも特にモンスターと出会うこともなく順調に歩を進めていた。どうやら想像以上に村での戦いが効果を発揮しているようだ。それは二人への心配を助長させながらも、自分たちの目的は問題なく達成できることへの安堵もあった。
 少し余裕が出始めた頃、琴音は最初からあったもう一つの問題に手を出した。

「氷川さん、一体どうしたんですの?先ほどから元気がないようですが」
「・・・ごめんなさい」
「謝らなくていいですわ。それなら理由の方が聞きたいです」
「・・・」

 れんは琴音に目を向けた。何かを考えるように、そして思い出すように。

「琴音さんはいいですよね・・・そんな強さがあって。私もそれくらい強ければ・・・逃げなくてもよかったかもしれないのに」
「なんのことかさっぱりわかりませんわ」
「・・・私はいつまでも弱いままなんです。迷惑ばかりかけて、周りから逃げ続けて・・・だから・・・」

 やはり琴音にはなんのことかさっぱりだった。
 悩んでいることは伝わってきたが、なぜいきなりそんな悩みを持ってしまったのかもわからない。

「弱い、ですか。私はあなたのことをそう思ったことはありませんわ」
「・・・え?」
「諒様があなたに向ける目を見ればわかります。あなたが戦いに向ける覚悟、努力、そして想い、どれも私と似たものを感じますわ。誰にも負けるつもりはありませんでしたのに、まさかこんなに手強いライバルがいるなんて思っておりませんでした」
「・・・そんな・・・私は」
「氷川さんが何から逃げたのか、今は聞きません。ですが、いいんじゃなくて?逃げた先に今のあなたがあるのなら、それが間違いだったとは思いませんわ」

 琴音は「それだけです」と最後に付け加えるとそれきり口を閉じた。
 れんはその言葉に目を丸くしていた。二人でまじめに話すのはこれが初めてだが、琴音は彼女のことをよく見ていたらしい。
 意外な琴音の一面にしばらくれんは彼女から目を離せなかった。

「・・・ありがとうございます。琴音さん」
「別によくってよ。ライバルがそれでは張り合いがありませんからね」

 れんの表情には少し明るさが戻っているようだった。
 琴音の言葉に元気をもらえたみたいだ。さっきまで俯いてばかりいたが、今は顔を上げ、感覚を最大限使って周囲の警戒に当たっていた。
 それを見て琴音も表情を和らげて一緒に周囲に気を配る。彼女のグイグイと近づきにいくコミュニケーションが今回はれんに良い影響を及ぼした。
 その後も順調に森の中を進んでいたが、ふとれんは何かに気づいたように振り返る。

「氷川さん、どうかしたんですの?」
「・・・何かいます。琴音さん、皆さんを早く行かせてください」
「ええ、わかりましたわ」

 れんの言葉に琴音も素早く状況を理解したようだった。
 モンスターが近くにいる。琴音はすぐ孝希にそのことを伝えて先を急がせた。

「わかった。すぐ恭介さんに伝える」
「お願いします。私と氷川さんはモンスターの対処に当たりますわ」
「わかった。無理はしないようにね」

 孝希も事情を聞くとすぐに先頭に立つ恭介の元に走る。
 琴音もれんの元に戻って槍を引き抜く。

「さあ、やりますわよ。氷川さん」
「はい、頑張ります」

 二人が武器を構えるのを待っていたかのように音の正体が姿を現す。

ガアアアア!

「こいつ、オーガですわね」
「はい、多分村に移動する時にこっちに気づいたんだと」
「なんでもいいですわ。とにかくさっさと倒しますわよ」

 諒達がキングオーガと交戦を始めたことで村の周りにいたオーガ達も活発になったようだ。この個体もかなり気が立っているようで、二人を目にとめると不機嫌そうにこん棒を振り回して威嚇する。
 そしてその勢いのままに襲い掛かって来た。
 先手を取られたが二人もすぐ対応する。琴音がれんを守るようにオーガに立ちはだかり、れんも後ろに下がって矢をつがえる。

 ガキィィン!

 れんの矢をもろともせずオーガはこん棒を振りおろす。琴音はそれを槍でがっちりと受け止める。
 琴音の怪力はオーガにも引けを取らず、衝撃を吸収すると逆に押し返した。

「今度はこっちの番ですわ!」

 押し返されたオーガは態勢を崩す。琴音はその隙を見て一気に攻勢に出ようとしたが、その琴音のすぐ横をれんの矢が通り過ぎて思わず動きを止める。

「氷川さん、危ないじゃないですか!」
「ごめんなさい」

 れんはオーガと力勝負を仕掛ける琴音のサポートしようとしていたが、彼女の想像以上に琴音はあっさりとはね返してしまい、そのせいで連携にくるいが出てしまった。琴音もそれは察したようだ。それ以上は言わず、再びオーガと向き合う。
 息が合わなくとも琴音の動きにれんが合わせるしかない。彼女の矢ではオーガに致命傷は与えられない。
 それなら琴音の攻撃力を前に出すほかない。れんは彼女の行動に意識を集中させる。

「琴音さん!」

 れんは走り出した琴音の援護をするため矢を放つ。
 それは琴音を向かい打つべくこん棒を振りかぶるオーガの右腕に集中する。それを見て琴音もれんの意図を理解した。
 琴音の戦法は持ち前の怪力を活かした立ち回りが基本だ。敵の攻撃をかわすより受け止め、そのまま押し返してカウンターを狙う。
 しかしそれでは琴音にかかる負荷は大きくなってしまう。オーガの攻撃を受け止めるのはさすがにそう簡単なことではない。連戦を考えれば余計な負担は避けるべきだ。さらに受け止めるよりも回避してのカウンターの方がより強力な威力が期待できる。
 れんの矢はオーガの動きを止めるまでは叶わないがかなり鈍らせることに成功する。
 おかげで先ほどは攻撃を受け止めた琴音も余裕をもって回避しカウンターの一撃をがら空きの身体に打ち込んだ。

「はあああ!!」

 琴音の怪力と合わせて重量のある一撃は全力で放てれば諒のそれを超えるほどだろう。
 彼女の槍はオーガの外皮をあっさり貫き致命傷を与えた。

「やりましたね、琴音さん」
「ええ、氷川さんこそいい援護でしたわよ」
「いえ、琴音さんの攻撃力があってこそです」

 初の戦いを勝利で終えた二人はハイタッチで喜びを分かち合う。

「さてと、急いで戻らないといけませんわ」
「そうですね。急ぎましょう」

 モンスターとの戦いはれん達の役目だ。ここでオーガと遭遇したということはまだ油断できる状況ではない。
 喜びもほどほどに、二人はすぐに集団を追うことにした。

「・・・っ!琴音さん危ない!」

 しかし二人が振り返る寸前、背後から追加で現れた一体がこん棒を二人に振り下ろそうとしていた。
 れんは間一髪でそれに気づいて琴音を押して一緒に回避した。

ズドン!!

 オーガのこん棒が地面に振り下ろされる。その一撃は地面をえぐり大きな穴を空ける。
 一歩間違えればれん達がこうなっていたかと思うと背筋が寒くなる。

「もう一体いたなんて、不覚ですわ」
「はい、気づきませんでした」
「ですが、何体来ようが私達の敵では・・・」

 そこで琴音は異変に気付く。槍がないのだ。
 焦って周囲を見るとオーガの足元にそれは転がっていた。
 さっきれんが押した時に放してしまったようだ。れんもそれに気づくと一気に表情に曇りが見えた。

「いったん退きましょう。このままやるのは危険です」
「ですが、逃げても武器が無いと戻っても戦えませんわ」
「それは・・・」

 想定外の事態に二人の意見は割れてしまい動きが遅れてしまった。
 そこを逃さずオーガは二人の頭上にこん棒を振り下ろす。

「地の型・一式『共震』!」

 こん棒が二人に落ちる寸前、飛び込んできた恭介がオーガの腕を両断する。
 間一髪で腕ごとこん棒は吹き飛び、放物線を描いて二人の後方に落下した。

「無事か、二人とも?」
「加賀美さん?どうしてここに」
「孝希さんから話は聞いてたが、戻ってくるのが遅いから様子を見に来たんだ」
「でも、村の人たちは」
「大丈夫だ。指揮は孝希さんに託してるし、俺の部下もたくさん見張ってる。多少外しても問題ない」

 現れた恭介に二人は困惑を隠せないようだったが、それでも立ち上がったオーガに気が付くと口を閉じて二人も身構える。

「二人は休んでろ。俺一人でいい」

 琴音はまだ武器を回収できていない。代わりにれんが恭介のサポートをしようとするが、恭介はそれを手で制して1人オーガの前に立ちはだかる。
 オーガも右腕を吹き飛ばした彼に狙いをつけているようだ。痛みか怒りか、とてつもない形相を彼に向けると左腕で殴りつける。

「地の型・弐式『土蔦封印』!」

 恭介はオーガの拳を刀で受け流し、そのまま腕をなぞるように剣を走らせ次の一撃を封じる。
 そして右腕も使えず、抵抗の術を失ったオーガを切り裂いた。
 自分の得物で敵の得物を封じ、追撃も防御も許さない必中の一撃を叩き込む剣技だ。
 相手の力を利用する地の型は天の型と比べて使いこなすのが難しいが、恭介の剣捌きはそれを全く感じさせないほど鮮やかだった。
 オーガを屠った恭介は琴音の槍を拾い笑顔で振り返る。

「さあ、急いで戻ろう。少し空けすぎたからな」
「ありがとうございます。助かりましたわ」
「これくらいお安い御用さ。何かあったら俺が首をはねられちゃうからな」

 少し軽口を交わし、三人は急いで戻ることにした。
 まだ孝希達の方では騒ぎは起こっていないようだが、森の慌ただしい状況を考えればいつ襲われても不思議ではない。
 しかし走り出して間もなく、再び三人に近づく何者かの気配があった。

「またモンスターですの?」
「多いな。まあいい。向こうに現れるよりはましだ」

 三人は立ち止まって迎え撃つことにした。
 どうやら三人の戦いをかぎつけてモンスターが集まってきているようだ。少しタイミングが早かったのか、まだオーガたちが移動を終えていない段階でれん達も騒ぎを起こしてしまったらしい。
 だがここで三人もオーガを引き付けられれば村民達の方に及ぶ危険をかなり軽減できるだろう。
 恭介の実力なら単騎でオーガを相手出来る。三人でやればオーガが何体かかってきてもかなりの間耐えられるはずだ。
 しかし、待ち構える三人の前に現れたのはオーガではなかった。

「・・・一体なんですの?こいつは?」
「わかりません。でも・・・強そうです」
「みたいだな。まさか他の奴まで現れるとは」

 レッドフォックス。オーガと同等の巨体を誇るキツネ型のモンスターだ。全身を赤い体毛に覆われており、鋭い爪と鞭のように扱える尻尾がこいつの武器だ。その実力はCランクに分類される強敵だ。
 三人はそれをわかってはいなかったが、直感がその強さを知らせていた。油断のない表情で武器を構える。
 レッドフォックスはかなり気が立っているようだ。こいつは元々この森に生息域を持つモンスターだったが、オーガの襲来によって生態系に変化が起こってしまい、かなりストレスをためていた。
 三人を視界に捉えると怒りのままに突然襲い掛かって来た。巨体に似合わない俊敏な動きで距離を一瞬で詰めると鋭い爪を振るう。

「危ね!」
「くぅっ!!」

 恭介はれんを掴んで一緒に回避した。琴音も何とか横に飛んで回避に成功する。
 いきなりの攻撃に先手を打たれたが、対応できない速さや大きさではない。
 これだけなら三人でも戦える。
 だがレッドフォックスの最大の特徴はそのどれでもない。回避した三人を面倒そうに睨むと、今度はおもむろに口を開いて恭介とれんに向ける。
 一体何をするつもりだ。反応に迷う二人だったが、その瞬間レッドフォックスの口から火球が放たれた。

「恭介さん!!」

 とっさにれんは恭介の腕を引っ張って身をかがめる。直撃は避けられたが間一髪だった。かがめた時になびいた髪の端が火球に焼かれるのを感じてれんは顔をしかめる。

「危なかった。まさかあんな攻撃を持ってやがるとは」

 レッドフォックスは竜族以外では珍しい自然エネルギーを扱うことが出来るモンスターだ。竜族の登竜門とも言える存在であり、その実力はCランクでも上位に位置する。琴音も実力ならCランクに達しているがそれでもまだ力不足と言わざるを得ない。危険もなく倒すことはまず不可能、苦戦は必至だった。

「やるしかないか」
「はい、絶対に倒しましょう」
「燃えてきましたわね」

 しかし三人に諦めはない。態勢を立て直すと再びレッドフォックスに立ち向かった。
しおりを挟む

処理中です...