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第二十三話 語られた真実

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「ここが野営地です。今回の件に当たっている騎士と村民は全員ここにいます」
「そうか、僕と孝希は少し様子を見てくる。恭介達は外で待っててくれるかい?すぐに戻る」
「わかりました。外には見張り用のテントがあるからそこに案内しよう」

 野営地はかなり近くにあったようで、少し歩くとそれと見られる大きなテントが見えてきた。
 一端外で大我と孝希は別れて中に入る。現状の確認と援軍が来たことを伝えるためだろう。
 諒達はそれには同行せず近くの見張り用のテントで待つことにした。
 大我や恭介からは感じないが、騎士団には冒険者を嫌っている人間は多い。あまり無暗に顔をあわせない方がいいという配慮だろう。

「加賀美さんはどうして諒様とお知り合いになられたのですか?」
「きっかけは君の誘拐事件でギルドに協力を求めた時だな。だが、あの頃は正直弱そうな奴が来たと思ってたくらいの印象だったよ」
「そういやそうだったな。会議の間も俺はずっと蚊帳の外だったし」
「そうなんですの?でも今は友好的な関係を築かれておりますわよね。一体何があったんですの?」
「・・・そんなに気になるか?」
「はい、ぜひ聞かせてほしいですわ」

 琴音は妙な程恭介に懐いているようだった。当の恭介本人も困惑しているほどだ。
 ただ理由は至極単純なもので、恭介が諒と同性で彼を慕う人物だからである。
 異性であるれんはいわば琴音にとってはライバルのようなものになるが、同性なら話は別だ。そんな危険はないので思い存分話に華を咲かせられる。
 それ以外にも琴音の修行に付き合っていた騎士団員が口々に冒険者の悪口を言っていたことも重なり、騎士でありながら冒険者の諒に友好的な反応を示す恭介に興味を持っているのだ。
 諒は自分のことで盛り上がっているこの状況だが特に口出しはせず、恭介に任せるとばかりに沈黙を保っていた。
 恭介は難しそうにうなっていたが、琴音の期待の眼差しには耐えられなかったようで口を開いた。

「君は覚えてるか分からないが、琴音ちゃんを救ったのは諒だ。こいつがいなかったら、今頃君はここにいないかもしれない」
「・・・」
「俺達騎士に出る幕は無かった。なんたって君を誘拐した奴らは全員モンスターに食われちまっていたんだからな。よりによって化け物の巣に入り込んじまっていたようで、俺たちが近づいてもモンスター共は束で襲い掛かってきやがったが諒はそれを突破して君を探した。だが、それでも少しだけ時間が足りなかった。諒が君を発見した時、もうモンスターは君を食べようと口を開いていたところだったんだ」
「・・・ええ、それはかすかに覚えてますわ。もうだめかと思いましたもの」

 琴音は当時のことを思い出したかわずかに顔をしかめていた。

「そんな君を救うために諒はとんでもないことをした。君とモンスターの間に強引に割り込んで自分の左腕を差し出したんだ」
「・・・え?」
「・・・!?」

 恭介の言葉に琴音と静かに話を聞いていたれんも諒の方を見る。
 諒は何も言わないが、二人と視線を合わすことも無かった。「余計なことを言いやがって」という目を恭介に向けている。

「運よく腕を持っていかれることは無かったが、それでこいつもその時大怪我をおった。その状態でモンスターを討伐して琴音ちゃんを無事連れ帰ってきたんだ」
「大怪我って、ですがそれから2日後には諒様は・・・」

 琴音は諒が割り込む直前に恐怖で気を失っていた。だからそれ以降の記憶は彼女にはなく、目を覚ましたのは翌日だ。
 そして元気がない琴音を心配して顔をだしたのが諒だった。しかし、そんな大怪我を負っていたのなら本来諒も絶対安静だ。2日では回復できるわけがない。琴音に会いに行けるような状態ではなかったはずだ。
 それでも諒は琴音に会いに行き、そして彼女が元気を取り戻すまでの数日、毎日彼女に付き合い続けた。

「ああ、諒は本来病院から出られる状態ではなかった。だが、ずっと琴音ちゃんのことを心配していて君が元気がないと聞くと病院から抜け出して会いにいったんだ。痛々しい腕の傷と包帯をそのコートで隠してね」
「そんな・・・諒様、どうして言ってくれなかったんですか!?」
「言ったらお前はどうしたんだ?」
「・・・それは・・・」

 諒の言葉に琴音は返事に詰まった。
 何となく彼の意図を理解しているのだろう。元気を与える側の人間が大けがをしているなんてそんな馬鹿な話はない。
 琴音が諒に好意を持ち、元気を取り戻せたのは彼がそれを黙っていたからなのは間違いなかった。

「俺もこいつの怪我のことは把握してた。病院に運んだのは俺だったしな。そして、依頼の後俺達騎士団は責任問題になって琴音ちゃんの両親に頭を下げるため毎日のように家に行っていた。そんな時に、君と病院にいるはずの諒が庭で元気に遊んでいるのが見えたんだ。言葉を失ったよ。俺達よりよっぽどその時のこいつの方が騎士団らしかった。同時に興味も沸いてきてな。それが俺がこいつとつるむようになったきっかけだ」
「・・・そんなことが」

 話を聞いた琴音の表情は複雑そうだった。
 自分の知らないところでそんなことがあったと知ればそうなるだろう。彼女にとっては、知らない方がいい真実だった。

「しかし惜しいものを無くしたよ。あれが無ければ・・・」
「それ以上は言うな」
「・・・諒さん?」

 さらに何か言おうとしていた恭介の言葉を諒は無理やり遮った。しかし今まで黙っていただけに琴音とれんは不審に思ったようだ。
 さっき言いかけていた言葉を聞いて何か思い至ったのか、れんは諒の左腕を見ながら恐る恐る口を開く。

「もしかして、諒さん・・・」
「そんなわけないだろ。とっくに治ってる。その証拠に剣も振れてるだろ?」
「それは、そうですけど」

 左腕の怪我が重傷だったのではと疑っているのだろう。
 諒は安心させるように左腕を振って見せる。諒の剣技は両腕で放つものもあるし、それはれんも実際にみている。尚も心配そうだがれんはそれを見て戸惑いつつも頷いた。恭介も諒の意図を組んだのかそれ以上口は開かなかった。
 少し不穏な空気が流れたが、それを払うようにタイミングよく大我と孝希が戻って来た。

「お待たせ、確認は済んだ。急だが早速会議を始めよう」
「ええ、わかりました」

 大我は入った瞬間流れていた空気に首をかしげていたが、恭介が大丈夫だと手を振るとそのまま言葉を続ける。
 琴音とれんもそれ以上言葉を並べようとはせず会話を打ち切って大我に従う。
 6人はテーブルを囲むように座りなおし、これからの行動について話し合うことにした。

「まず状況とやるべきことを確認しよう」

 避難している村民は約100人ほどだ。小さい村の人口で言えばそんなものだろう。
 それに対してこの事態に当たっているのはここにいる6人に加えて恭介の部下の団員が10人程ほどだ。
 村は完全に占拠されているが、奇跡的に逃げ遅れた人間はいない。つまりまず村民の避難を完了させるのが最優先だ。その安全を確保できれば最悪ギルドに再び依頼を出して村のモンスターを掃討すればいい。
 しかし、その目的を前に諒には懸念点があった。モンスターに詳しくない大我達は気づいていないようで、諒は口を挟む。

「恭介、村を占拠してるモンスターはどんなやつだった?」
「ん、ああ。汚い緑色したでかいやつだよ。こん棒を持ってて・・・」
「やっぱりオーガか」
「そうそう、いやービビったよ。騎士が相手しながら逃げ遅れた人を探してる時にさらにでかい奴まで出てきたりしてな。なんとか逃げ切ったがあれは危なかった」
「そうか・・・大我さん、だったら今の状況はかなり厄介かもしれません」
「どういうことかな?」

 恭介の言っていた「オーガのさらにでかい奴」、それは諒には心当たりがある。そして、そいつが本来この森に生息していないオーガが現れる原因を作った張本人だ。
 Aランク、「キングオーガ」。オーガ種のボスで、実力はオーガたちを大きくしのぐ。さらに巨大な体躯とこん棒、そしてオーガには持ちえない速度も持ち合わせる難敵だ。
 しかしその実力は奴のほんの一部でしかない。本当の特徴は奴の特性にある。
 キングオーガは群れを形成する習性を持つのだが、その方法が近くに生息するオーガどもを呼び寄せるというものだ。原理は不明だが、とにかくこいつがひとたび呼びかけると、かなりの広範囲からオーガは集まってきて生態系だろうが何だろうがめちゃくちゃにしてしまう。
 その習性ゆえ、危険度なら竜族にも引けをとらない怪物だ。
 そして、この状況下だとこの森にはかなりの数のオーガどもがいるはずだ。あの数の村民を移動させると遭遇する確率はぐんと上がるし、下手に戦えばキングオーガに察知されて大混戦になる可能性だってある。
 考えなしに動くのは危険だ。

「・・・なるほど、確かにそれは厄介だな」
「あいつ、そんなにやばいやつなのかよ」

 予想以上の相手に恭介は頭を抱えていた。れんと琴音の表情にも戸惑いが見られる。
 キングオーガが相手の場合、二人では全く実力が足りない。
 Aランクの相手は少なくとも数年以上の経験を積んだベテランしかたどり着けないような領域だ。
 これが相手となると村人はおろかれんと琴音を守ることさえ困難だ。大我も難しそうにうなり、五人の顔を見回しながら最適な策を巡らせる。村民を最優先だが、キングオーガも無視は出来ない。しばらく考え込んだ後ようやく答えを出した。

「二手に分かれて行動しよう。まず片方が村に向かいオーガたちを相手する。派手に動けば周りにいるオーガたちも村に来るでしょう。その隙にもう片方が先導して村人達を東都まで避難させます」
「なるほど、確かに悪くないが、誰がオーガの相手をするんだ?」

 おそらくその作戦が最も良い。村民の安全を最優先にするなら、オーガと避難を両立させるしかない。
 だがそれを行う場合、今度はここにいる六人の内の誰かが危険を一身に背負うことになる。キングオーガもいることを考えれば、命の保証だってない。諒の言葉に大我は迷いのない表情で答えた。

「僕と諒さんの二人が担当します。孝希達四人は村民を守ってください」
「そんな、二人では危険すぎますわ!」
「いや、別にいい。村人の数もかなりだ。それを守ろうと思えばあまりこっちに人手を割くわけにはいかない。それに、キングオーガを相手することも考えれば、お前達では足手まといになる」

 琴音もDランクの相手をして敵の強さも分かってきたことだろう。
 Aランクの言葉を前にさすがにいつもの元気はなかった。それはれんも同じようだ。まっすぐ反対することもできないが、それでも不安そうな視線を諒に送る。

「避難が済んだら連絡煙を上げてください。それを見たら僕たちも撤退して合流、その後に改めて依頼を出して残ったオーガを掃討します。疑問がある者は?」
「俺はない。そんな化け物の相手、騎士団ではできかねるしな」

 恭介はすぐに頷いた。彼なりに思うところはあるようだが、彼もこれが最適だということは理解していた。
 れんと琴音はしばらく首を縦に振らなかったが、「絶対に無事帰る」と指切りの約束までしてようやく同意した。
 村民の避難の指揮は引き続き恭介が担当することになった。さらに大我と2人で話し合いを進める中、諒達も少し話をしておくことにした。

「琴音、れんのことは頼んだぞ」
「ええ、任せてください。氷川さんも、村の方々も必ず守り切ってみせますわ。諒様こそ、どうかご無事に」
「ああ、わかってる。お前達を放って死ぬわけにはいかないからな」

 れんはやはりどこか元気がないようだった。
 表情もどこか上の空で諒達の声も届いていないようだった。あの状態ではもしもの時に対応できるか分からない。琴音には彼女のことをよく見ておくように頼んだ。
 彼女もれんの様子に思うところがあるのか、諒の言葉に自信満々に頷く。

「この森はオーガ以外にもモンスターはいるが、どれもそこまでランクは高くない。連戦になる可能性もあるが、落ち着いて対処すれば二人でもやれるはずだ」
「わかっておりますわ。二人でもやってみせます」

 いつも依頼は三人で挑んでおり、琴音とれんでモンスターと戦うことはこれまでなかった。それが少し気がかりだが、決まった以上は二人の実力を信じるしかない。大我もおそらくそう判断して二人をそちらに回したのだろう。

「こちらの話は終わった。そちらはどうだい?」
「こっちは大丈夫だ。いつでも出発できる」
「わかった。じゃあ二人は恭介から話を聞いて避難の準備に取り掛かってくれ。僕と諒君はすぐに村の方に向かう。いいね?」
「ああ、問題ない。恭介、二人の事は頼んだぞ。ケガさせたら首飛ばすからな」
「そりゃあ鬼畜なもので」
「孝希も後は頼んだぞ。恭介をサポートしてやってくれ」
「はい、わかりました」

 最後の話も終わり、大我と諒は村の方へ出発した。
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