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第十九話 考古学者
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「・・・半年ぶりか」
琴音の加入とDランク昇格から数日、諒達は少しの休暇を取っていた。
琴音の冒険者登録や街で暮らすための準備に時間がかかるようだったし、彼女から受けた頭突きが思いのほか強力だったらしい。数日は安静にした方が良いと言われていた。
折角だからメンバーで何かしようとも思ったが琴音はまだ忙しそうだし、れんの方は由衣が彼女の休暇に大はしゃぎしているらしく、諒が顔を出すとかえって邪魔そうだ。そんな少し時間を持て余していた時、その手紙は届いた。
諒の古くからの友人からだ。久しぶりに会わないかという内容だったわけだが、返事をするかは少し迷った。
ただ確かに久しぶりだし、丁度暇だ。それなら顔を見てもいいだろうとそれに応じることを決めた。
奴と会う時は決まって同じ喫茶店を指示してくる。ここは考古学研究所からほど近い所にあり、学者達にとって行きつけの店らしい。向こうはそれでいいだろうが、諒はなんだか場違いな気がしてしまうためあまり好きではなかった。
ここはどうにかならないものだろうか。そう思いながらも諒は店内に入り目的の人間を探す。そいつはカウンターに座って何かの資料を読んでいた。
諒は隣の席に座って声をかける。
「久しぶりだな、寛太」
「お~、久しぶりだね。諒」
高辻寛太(たかつじかんた)、諒と同じ北の辺境出身で、さらに同じ時期にこの央都に来た男だ。
央都に来てすぐ学者としての才能を発揮し、15歳の時正式に研究者の仲間入りを果たしていた。
同じ出の諒のことは友人として慕っており、たまに呼び出しては自分の研究内容の魅力を聞かせていた。諒にとっては面白くもない話が多いので、呼ばれる時は毎回行くのを渋っていたが、なんだかんだ交友関係は今でも続いている。
寛太は相変わらずの気さくな様子で笑顔を浮かべて握手を求める。
「半年ぶりかな、調子はどうだい?」
「ああ、まあ色々あったよ」
最後に寛太と会ったのは士のパーティーがAランクに到達する少し前だ。
つまり諒とパーティーに生まれた負を彼は知らない。
諒は自分の冒険者証を寛太に見せる。
「ん、Dランク?何だ、パーティーでも変えたのかい?」
「まあそうなるな」
「そりゃあまたどうしたんだい?結構気に入ってるって言ってたじゃないか」
「人間関係には色々あるんだよ。研究だけやってりゃいいお前とは違うんだ」
「もっともだね、良ければ聞かせてくれないかい?」
皮肉で言ったつもりだったが、寛太は全く気にしていないようだった。もしかすると本当にそうなのだろうか。
れん達はともかく士の件はいい思い出ではない。話すのは気乗りしなかったが、こうなると寛太は結構面倒だ。
学者肌なのか、気になったことは解決しないと気が済まない性格らしい。
少し言葉を整理したあと、諒は士に全て話した。こういうことは冒険者とはほとんど関係を持たない彼だからこそ話せることもある。予想以上に言葉は次々と出てきた。
寛太も余計な口出しはせずただ頷くだけに終始して諒の言葉に耳を傾けていた。
「確かに諒らしい別れ方だね。それで、今は満足してるのかい?」
「ああ、それに今は俺がリーダーだからな。メンバーを責めるわけにもいかない」
「そっか。それにしても女の子二人か・・・」
話を聞き終えると柄にもなく寛太は少し言葉を選んでいるようだった。
普段は遠慮ないくせにこういった思いやりは多少持ち合わせているらしい。
寛太は士達のことはあまり深く言及せず、軽いやり取りをしてすぐに話題を変えた。
「そういえば妹さん二人も同じくらいじゃないか?あの子たちは元気にしてるかい?」
「・・・手紙は届くが、詳しいことは聞いてない」
「なんだ、そこは相変わらずなのかい。変な意地張らず顔を見せに行けばいいのに」
「どの面さげて戻れっていうんだ。それが簡単なら10年も経たないさ」
寛太の言葉に諒は強い言葉で返す。
彼にとってそれは触れられたくない話題だった。
諒には妹が二人いる。年齢は五歳下ほどで確かに今のれんや琴音と同じ年齢だ。
姉妹で一つ上の茉白(ましろ)、そして妹のほうは幽奈(ゆな)だ。今は故郷の村にいて、央都にいる諒によく手紙を書いてくれていた。
しかし、諒はそれに返事を書くことをしていない。
元々諒が央都に来た理由は両親の死が原因だ。そのころまだ諒は10歳だったが、長男として諒は二人を守る責任があった。しかし小さな村では稼ぐことは難しく、まだ当時幼かった二人の手も借りないと生活も成り立たないほどだった。
二人はそれに満足していた。三人で頑張れば生きていけたし、何より両親を失った今兄である諒が心の拠り所だった。
だが諒はずっと迷っていた。自分が守らないといけないのに、逆に自分が守られているように感じていたのだ。
そんな不甲斐ない自分が許せなかった。妹の想いと迷ったその末に、諒は村を出ることを決めた。
最後まで二人は反対したが、諒は村の人に世話を託し、二人には黙って村を後にした。
結果的に諒の目的は達成できた。冒険者となり数か月後には村で稼ぐ何倍もの金額を手に入れられたし、二人が生活するのに不自由ないお金を送ることも出来た。
だが、妹の想いを裏切った後悔はいつまでも消えることは無かった。
合わせる顔もなく、10年経った今でも顔は見ていない。
寛太もそれは知っていた。ただこれは当人達の問題だと考えているのか、話題には時折出しつつもそれに対して口出しをすることはなかった。
少しうなった後、寛太は先ほど読んでいた資料を取り出した。
「そうだ、諒。君は覇龍種って知ってるかい?」
「・・・覇龍?聞いたことがないな」
寛太は気晴らしとばかりに話題を持ちかけた。
そんな気でもないと思ったが、予想以上にそれは冒険者である諒とも関係ありそうなものだった。ほぼ無意識に諒は聞き返していた。
寛太は得意気に人差し指を立てると言葉を続けた。
「竜の起源と言われる存在さ。陸、海、空の三界を統べ、世界の秩序を保つ力を持つそうだ」
「そりゃあ大層な存在だな。聞いた限り現代の竜族とも違うみたいだ」
今存在が確認されている竜族に「秩序を保つ」なんて大義名分があるようには見えない。
最高位である皇竜種もそれは変わらない。ただ時折現れては街をめちゃくちゃにするだけだ。ほとんど他人事のように聞いていたが、寛太は含みのある笑いを返す。
「実はね、それが今も生存し続けているんじゃないかって最近こっちの界隈で話題なんだ」
「・・・は?」
「マロウの森のヌシは君も知ってるだろう?」
「ああ、見たことはないが話くらいは」
マロウの森のヌシ、Sランクのパーティーすら跳ね返す世界でも指折りの化け物。
その全貌はほとんど明らかになっていないが、最も広がっている話では「竜」なのではないかと言われている。
ランク、種族すら分類されていない特別な存在で、それゆえにこれまで気にすることはなかったが、まさかここでその話題が出てくるとは。
「まさかそいつがその『覇龍』とかいうつもりじゃないよな」
「そのまさか・・・と言いたいんだけど、それはまだわかってない。資料が足りなさすぎるからね。ただヌシの圧倒的な実力と太古にいた強大な存在、関係は何かあるとみても不思議じゃないだろう?」
「・・・まあ確かにそうかもな。ていうか、その話が本当なら、ヌシみたいな奴は他にもいるってことか?」
「それもわからない。存在が確認されているヌシクラスのモンスターはまだマロウの森の奴だけだからね。歴史の中の存在って可能性は高い。でも、もしかしたら・・あるかもしれないね」
「怖いこと言うなよ」
寛太は楽しそうにコーヒーを口に含む。
戦うのは自分ではないとでも思っているのか、話題に反して表情は明るいままだ。
満足したのか、コップを空にした寛太は資料をしまって立ち上がった。
「そうだ、最後に一つ」
「なんだよ、急に改まって」
「あのヌシが僕の想像通りだとすれば・・・大空を征し、嵐と共に災厄を運ぶ破壊の象徴。名を『天覇龍ディザストフロウ』それがそいつの正体だ」
「・・・天覇龍」
「僕の言いたいことはそれだけだ。じゃあね、諒。また何か分かったら話してあげるよ」
「・・・ああ、楽しみにしとくよ」
寛太はそれだけ言って店から出ていった。
Sランクを超える存在、ヌシだって強力だとは言えその範疇にはいるだろうと思っていた。
だが、もしかすると冒険者が思っているより遥かにとんでもない存在が世界に眠っているかもしれない。
そいつが世界に牙をむくようなことがあった時、本当に人類は対抗できるのだろうか。
諒は放っておけばどんどんと膨らみそうになる不安を押さえつけるようにコーヒーを一気に飲み干した。
琴音の加入とDランク昇格から数日、諒達は少しの休暇を取っていた。
琴音の冒険者登録や街で暮らすための準備に時間がかかるようだったし、彼女から受けた頭突きが思いのほか強力だったらしい。数日は安静にした方が良いと言われていた。
折角だからメンバーで何かしようとも思ったが琴音はまだ忙しそうだし、れんの方は由衣が彼女の休暇に大はしゃぎしているらしく、諒が顔を出すとかえって邪魔そうだ。そんな少し時間を持て余していた時、その手紙は届いた。
諒の古くからの友人からだ。久しぶりに会わないかという内容だったわけだが、返事をするかは少し迷った。
ただ確かに久しぶりだし、丁度暇だ。それなら顔を見てもいいだろうとそれに応じることを決めた。
奴と会う時は決まって同じ喫茶店を指示してくる。ここは考古学研究所からほど近い所にあり、学者達にとって行きつけの店らしい。向こうはそれでいいだろうが、諒はなんだか場違いな気がしてしまうためあまり好きではなかった。
ここはどうにかならないものだろうか。そう思いながらも諒は店内に入り目的の人間を探す。そいつはカウンターに座って何かの資料を読んでいた。
諒は隣の席に座って声をかける。
「久しぶりだな、寛太」
「お~、久しぶりだね。諒」
高辻寛太(たかつじかんた)、諒と同じ北の辺境出身で、さらに同じ時期にこの央都に来た男だ。
央都に来てすぐ学者としての才能を発揮し、15歳の時正式に研究者の仲間入りを果たしていた。
同じ出の諒のことは友人として慕っており、たまに呼び出しては自分の研究内容の魅力を聞かせていた。諒にとっては面白くもない話が多いので、呼ばれる時は毎回行くのを渋っていたが、なんだかんだ交友関係は今でも続いている。
寛太は相変わらずの気さくな様子で笑顔を浮かべて握手を求める。
「半年ぶりかな、調子はどうだい?」
「ああ、まあ色々あったよ」
最後に寛太と会ったのは士のパーティーがAランクに到達する少し前だ。
つまり諒とパーティーに生まれた負を彼は知らない。
諒は自分の冒険者証を寛太に見せる。
「ん、Dランク?何だ、パーティーでも変えたのかい?」
「まあそうなるな」
「そりゃあまたどうしたんだい?結構気に入ってるって言ってたじゃないか」
「人間関係には色々あるんだよ。研究だけやってりゃいいお前とは違うんだ」
「もっともだね、良ければ聞かせてくれないかい?」
皮肉で言ったつもりだったが、寛太は全く気にしていないようだった。もしかすると本当にそうなのだろうか。
れん達はともかく士の件はいい思い出ではない。話すのは気乗りしなかったが、こうなると寛太は結構面倒だ。
学者肌なのか、気になったことは解決しないと気が済まない性格らしい。
少し言葉を整理したあと、諒は士に全て話した。こういうことは冒険者とはほとんど関係を持たない彼だからこそ話せることもある。予想以上に言葉は次々と出てきた。
寛太も余計な口出しはせずただ頷くだけに終始して諒の言葉に耳を傾けていた。
「確かに諒らしい別れ方だね。それで、今は満足してるのかい?」
「ああ、それに今は俺がリーダーだからな。メンバーを責めるわけにもいかない」
「そっか。それにしても女の子二人か・・・」
話を聞き終えると柄にもなく寛太は少し言葉を選んでいるようだった。
普段は遠慮ないくせにこういった思いやりは多少持ち合わせているらしい。
寛太は士達のことはあまり深く言及せず、軽いやり取りをしてすぐに話題を変えた。
「そういえば妹さん二人も同じくらいじゃないか?あの子たちは元気にしてるかい?」
「・・・手紙は届くが、詳しいことは聞いてない」
「なんだ、そこは相変わらずなのかい。変な意地張らず顔を見せに行けばいいのに」
「どの面さげて戻れっていうんだ。それが簡単なら10年も経たないさ」
寛太の言葉に諒は強い言葉で返す。
彼にとってそれは触れられたくない話題だった。
諒には妹が二人いる。年齢は五歳下ほどで確かに今のれんや琴音と同じ年齢だ。
姉妹で一つ上の茉白(ましろ)、そして妹のほうは幽奈(ゆな)だ。今は故郷の村にいて、央都にいる諒によく手紙を書いてくれていた。
しかし、諒はそれに返事を書くことをしていない。
元々諒が央都に来た理由は両親の死が原因だ。そのころまだ諒は10歳だったが、長男として諒は二人を守る責任があった。しかし小さな村では稼ぐことは難しく、まだ当時幼かった二人の手も借りないと生活も成り立たないほどだった。
二人はそれに満足していた。三人で頑張れば生きていけたし、何より両親を失った今兄である諒が心の拠り所だった。
だが諒はずっと迷っていた。自分が守らないといけないのに、逆に自分が守られているように感じていたのだ。
そんな不甲斐ない自分が許せなかった。妹の想いと迷ったその末に、諒は村を出ることを決めた。
最後まで二人は反対したが、諒は村の人に世話を託し、二人には黙って村を後にした。
結果的に諒の目的は達成できた。冒険者となり数か月後には村で稼ぐ何倍もの金額を手に入れられたし、二人が生活するのに不自由ないお金を送ることも出来た。
だが、妹の想いを裏切った後悔はいつまでも消えることは無かった。
合わせる顔もなく、10年経った今でも顔は見ていない。
寛太もそれは知っていた。ただこれは当人達の問題だと考えているのか、話題には時折出しつつもそれに対して口出しをすることはなかった。
少しうなった後、寛太は先ほど読んでいた資料を取り出した。
「そうだ、諒。君は覇龍種って知ってるかい?」
「・・・覇龍?聞いたことがないな」
寛太は気晴らしとばかりに話題を持ちかけた。
そんな気でもないと思ったが、予想以上にそれは冒険者である諒とも関係ありそうなものだった。ほぼ無意識に諒は聞き返していた。
寛太は得意気に人差し指を立てると言葉を続けた。
「竜の起源と言われる存在さ。陸、海、空の三界を統べ、世界の秩序を保つ力を持つそうだ」
「そりゃあ大層な存在だな。聞いた限り現代の竜族とも違うみたいだ」
今存在が確認されている竜族に「秩序を保つ」なんて大義名分があるようには見えない。
最高位である皇竜種もそれは変わらない。ただ時折現れては街をめちゃくちゃにするだけだ。ほとんど他人事のように聞いていたが、寛太は含みのある笑いを返す。
「実はね、それが今も生存し続けているんじゃないかって最近こっちの界隈で話題なんだ」
「・・・は?」
「マロウの森のヌシは君も知ってるだろう?」
「ああ、見たことはないが話くらいは」
マロウの森のヌシ、Sランクのパーティーすら跳ね返す世界でも指折りの化け物。
その全貌はほとんど明らかになっていないが、最も広がっている話では「竜」なのではないかと言われている。
ランク、種族すら分類されていない特別な存在で、それゆえにこれまで気にすることはなかったが、まさかここでその話題が出てくるとは。
「まさかそいつがその『覇龍』とかいうつもりじゃないよな」
「そのまさか・・・と言いたいんだけど、それはまだわかってない。資料が足りなさすぎるからね。ただヌシの圧倒的な実力と太古にいた強大な存在、関係は何かあるとみても不思議じゃないだろう?」
「・・・まあ確かにそうかもな。ていうか、その話が本当なら、ヌシみたいな奴は他にもいるってことか?」
「それもわからない。存在が確認されているヌシクラスのモンスターはまだマロウの森の奴だけだからね。歴史の中の存在って可能性は高い。でも、もしかしたら・・あるかもしれないね」
「怖いこと言うなよ」
寛太は楽しそうにコーヒーを口に含む。
戦うのは自分ではないとでも思っているのか、話題に反して表情は明るいままだ。
満足したのか、コップを空にした寛太は資料をしまって立ち上がった。
「そうだ、最後に一つ」
「なんだよ、急に改まって」
「あのヌシが僕の想像通りだとすれば・・・大空を征し、嵐と共に災厄を運ぶ破壊の象徴。名を『天覇龍ディザストフロウ』それがそいつの正体だ」
「・・・天覇龍」
「僕の言いたいことはそれだけだ。じゃあね、諒。また何か分かったら話してあげるよ」
「・・・ああ、楽しみにしとくよ」
寛太はそれだけ言って店から出ていった。
Sランクを超える存在、ヌシだって強力だとは言えその範疇にはいるだろうと思っていた。
だが、もしかすると冒険者が思っているより遥かにとんでもない存在が世界に眠っているかもしれない。
そいつが世界に牙をむくようなことがあった時、本当に人類は対抗できるのだろうか。
諒は放っておけばどんどんと膨らみそうになる不安を押さえつけるようにコーヒーを一気に飲み干した。
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