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第十八話 白界に注ぐ陽光

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 目が覚めると諒は自身の部屋で寝かされていた。
 一体何が起こっているのだろう。服は依頼に出る時のものだし、カーテンから覗く太陽から見るに日もまたいでいるようだ。
 寝ぼけた頭でもそれで自分で家に帰ってきたわけではないことを悟る。そして状況を理解しようと自分の容態を確認しながら記憶を探る。

「・・・そういえば、誰かに呼ばれたような」

 少しの間ぼんやりしていたが、頭の痛みでその記憶は浮かび上がってきた。
 意識が途切れる寸前、諒を呼ぶすさまじい声が聞こえた。ただ、一瞬だったが諒の知る声ではなかった。

「諒様!目が覚めたのですね!!」

 しばらく記憶を探っていると、廊下から誰かの足音が聞こえてきた。思えば気づかぬうちにここに運ばれていたし、誰かが運んで看病してくれていたのだろうか。
 そう思ってそちらに視線を向けると、現れたのはれんでも由衣でもない。それどころかギルドの人間でもなかった。
 金色のポニーテールに高級そうな装飾の施された同色を基調とした膝上の丈のドレス。
 そして自信に満ち溢れた翠色の大きな瞳。どことなく貴族っぽさを感じるいで立ちだが、やはり諒の記憶にある人物ではないようだった。
 記憶を探っている間に少女は満面の笑顔を浮かべると諒に抱き着かんとばかりに飛びつこうとした。

「だめです!!」
「琴音さんストップ!!」

 しかし一歩目を踏み出した瞬間、さらに後ろから現れたれんと由衣が少女を抑え込む。
 少女は少しの間抵抗していたが、由衣が意外な力を発揮して暴れる少女を大人しくさせた。
 まだ太陽の昇りから見るに朝だが、よくもまあこんな騒ぐものだ。
 朝らしい落ち着きと静けさを取り戻したところで、四人は改めてテーブルに座った。
 少女、諒、れんと由衣で円を囲むように陣取る。由衣の定位置はれんの後ろなのか、椅子は用意していたがそこに座ろうとはせずれんに背中から抱き着いて幸せそうな笑顔を浮かべている。

「諒様、私のこと、覚えておりませんか?」

 諒が口を開くより前に少女が会話を切り出した。
 やはり少女の方は諒と面識があるらしい。改めて諒は彼女の顔をまじまじと眺める。
 年齢はれんよりも少し上、明美と同じくらいだろう。
 過去に少女と諒が出会っているとしたら、それはここ数年の出来事ではないだろう。
 忘れているとは考えずらいし、この少女は一度見たらそう忘れないだろうという印象を諒に与えていた。
 色々と思い出すに当たってのヒントはあったが、それでも諒の記憶からこの少女が浮かび上がってくることはなかった。

「すまない、俺には心当たりはない。人違いじゃないのか?」
「あり得ませんわ、霧矢諒様。その刀、そのお姿、そして慈悲深い瞳、あの時と全く変わっておりません。間違うことなんてありえません!」

 少女は自身の正しさを証明するかのように諒をフルネームで呼ぶ。
 なんだか知らないところで随分好かれているようだ。彼女の言い分的にちょっと顔を知っているくらいのものではなさそうだが、やはりどれだけ考えてもこの少女と記憶はいつまでも一致しなかった。
 迷っていると由衣が横から言葉を挟む。

「諒さん、莉彩さんがこれをって」
「・・・依頼書?」

 由衣から渡されたのは一枚の依頼書だ。ただその日づけは今受付中のものではなく五年前に完了しているものだった。
 それには一端構わず内容を読み進める。
 貴族の娘が賊にさらわれた。騎士団が救出に当たっていたが、追い込まれた賊はモンスターの生息する危険域に逃げ込んだらしい。それに対応するためにギルドにも協力を求めたというのがこの依頼の概要だ。
 受注したのは1人、当時の諒だ。そして保護する対象が・・・

「悪いが、名前を教えてもらっていいか?」
「伊吹琴音(いぶきことね)ですわ。諒様」

 彼女の名前と一致している。つまり、諒と琴音はこの依頼を通じて出会っているということになる。
 そこで諒の記憶もよみがえる。過去出会った琴音と今目の前にいる彼女を比べると、すぐに思い至らなかったのも頷けた。
 過去の彼女とは人相からして違う。出会った時は誘拐事件もあってどこか怯えていて活発さを感じることはなく、その印象が諒の記憶に残っていた。
 実際にはこんなに明るく自信に溢れる子だったらしい。取り敢えず彼女が何なのかは分かった。しかし今度は別の疑問が沸いてくる。

「なぜ五年も経ってわざわざ会いに来たんだ?」

 諒が尋ねると琴音は自信たっぷりに笑顔を浮かべると、「待っていてください」と残して玄関の方に走っていってしまった。
 一体何をするつもりなんだろう。その疑問は戻ってきた琴音と共に現れた大槍が全てを物語っていた。彼女の身長と同じくらいの大きさを誇る槍はとても少女の力で扱えるようなものではない。しかし琴音はそれを軽々と振り回して得意げな笑みを浮かべる。
 その行動が何を意味するのか、大体三人にも理解できた。

「もちろん諒様のお力になるためですわ。この五年間、ずっと修行を続けてきましたわ」
「莉彩さんから、琴音さんの実力はCランクでも戦えるくらいだって聞いてます」

 琴音の宣言に由衣は軽い補足を入れる。
 何やら諒が寝ていた間に色々と話は進んでいるらしい。
 それにしても驚きだ。貴族の人間が「パーティーに入りたい」と申し出ることはほとんど前例がない。しかも彼女の大槍は男でも扱いが難しい。それをまだ幼さの残る彼女が扱うのだ、その努力は尋常なものではなかっただろう。
 それでいてCランクに相当する実力を身につけたのだ。一体どれだけの時間を注いできたのか想像もつかない。

「そうか、だが尚更わからないな。俺はそんな大した人間じゃない。貴族の娘さんがそこまで努力を重ねて求めるような人間だと思われてるならそれは過大評価だ。五年も経ってるなら、俺より立派な人間とたくさん出会ってきただろうに」
「諒様以外なんて考えられませんわ!!」

 琴音は語気を強めてでそう返す。
 すさまじい程の熱意だ。それはその一言に全て詰まっているように感じた。
 それを見せられて、また諒もその想いに真剣に向き合うことにした。

「どうしてそこまでこだわる?」

 かなり興奮していた彼女を一度落ち着け再度座らせる。
 しばらく言葉は発さず、二人はじっと視線を交わす。れんと由衣は自分たちの出る幕はないと感じたのか、少し下がって二人の行く末を見守っていた。
 諒の表情から何を受け取ったのか、琴音は先ほどとは打って変わって穏やかな口調で話し始める。

「諒様は、依頼を終えた後何度も私の元に足を運んでくださりました」
「ああ、そんなこともあったな」
「その時、諒様は教えてくださいました。助けると決めたからには、そいつがもう一度立ち上がれるように希望を与えてやるのが自分の責任だと、ただ絶望から解放してやるだけじゃ意味はないと。だから私を元気づけるために依頼なんて関係なく会ってくださるのだと言ってくださいました。私はその言葉で確信しましたわ。あなたの慈悲は他の誰もが持ちえないような光だと、そして、私はそれについて行きたい。それが失われないために支えたいと」

 琴音はそこで口を閉じる。
 諒はふとれんに視線を向けていた。彼女もそれに気づくと小さく頷く。
 れんは琴音の言葉に分かる部分があるのだろう。彼女もまた諒に助けられ、彼の力になるために努力を続けている。
 琴音にも強い決意があり、覚悟がある。彼女の五年間はそれを何よりも示している。

「もう一つ聞いておくが、家のことは大丈夫なのか?」
「うぐ・・・・」

 続く諒の問いに琴音は不思議な声を漏らした。
 やはりか。貴族の人間が平民である諒の下に付きたいという意思を認められるはずがない。人の上に立って世界を良い方向に導くのが貴族の役割だと諒も聞いたことがある。
 おそらくは内緒で来たか、反対を押し切って無理やりきたのだろう。
 彼女を迎え入れるなら、そこははっきりさせなければならない。下手すれば捜索依頼だって出されないとも限らないのだ。

「両親とは縁を切られてしまいました。私も、あの人たちも、譲る気はありませんでしたから。ですが、最後に父からこれを預かっています。諒様にと」

 先ほどからは考えられない程小さい声でそうつぶやくと、琴音は諒に封筒を手渡した。
 黙って頷いて中身を開く。
 そこには五年前の礼と、琴音をよろしく頼むという旨の内容が書かれていた。
 かなり意外だった。ここで諒が琴音を拒絶すれば、彼女はおそらく諦めて帰るだろう。頑固な性格だとは思うが、それでも反対を押し切ってまで付いてくるようにも見えなかった。そう考えるなら、突き返せと書かれていても不思議ではない。
 だが、両親は娘の意思を受け入れたようだ。
 この文面は琴音がパーティーに入ることを前提とした内容になっている。
 つまり、娘の努力を見守り続けた両親が「必ず受け入れてくれる」と確信しているということだ。

「れん、大丈夫か?」
「私は大丈夫です。全て、諒さんにお任せします」

 れんはかなり内向的で他人は苦手としているが、琴音に対しての感情は特別なようだった。
 頷く彼女に無理をしている様子は感じられない。
 諒は琴音に視線を戻す。彼女は手紙の内容は知らないのだろう。もしかしたら突き返されるかもしれないのではと緊張した面持ちで諒の言葉を待っていた。

「・・・わかった。琴音、お前の加入を認めよう」
「・・・へ!?」
「お前は今から俺達の一員だ。よろしくな」
「はい!こちらこそよろしくお願いしますわ、諒様!」
「よろしくお願いします、琴音さん」
「はい、負けませんわよ。氷川さん!」

 負けませんって。
 しかし琴音がれんに向ける感情は敵意ではない。何に対してかは微妙だが、ライバルみたいなものだと考えているのだろう。
 れんも琴音の情熱に感化されたように琴音と握手を交わした。

「なんだか賑やかになったね、諒さん」
「まったくだ」

 こうしてDランク昇格とともに諒達に新しい仲間が加わった。
 随分と騒がしいことになりそうだが、パーティーならこれくらいの騒々しさはあってもいいだろう。
 四人は手続きをするため意気揚々にギルドに足を運んだ。
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