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第十三話 夜空にまたたく白銀の星(1)

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 諒とれんは少しの間依頼を休むことにした。
 最近依頼続きで疲れていたこともあるし、少し休んで気持ちの整理をすることも必要だった。
 依頼を受けていないとれんは特にやることがなかったが、今日は買い物ついでに街を散歩することにした。
 商店街通りは食料から生活用品までなんでも揃う場所だ。人の量もその分多い。
 こういった場所に来るとき、れんはフードをかぶって人目を避けるようにしていた。そんなことをする人はれんくらいで、逆に目立つことになるのだが彼女にとってはフードをかぶった時の安心感の方が重要だった。
 Eランク依頼の報酬だとそれなりに頑張れば数日は全く依頼を受けなくても生活に問題ないくらいのお金にはなるが、貯金や贅沢をしようと思うと余裕は一切ない。
 商店に並ぶ衣服やアクセサリーのほとんどは今のれんには手の届かないものだ。それらを少し惜しみながらも通りすぎ、目当ての食料を買うため足を進める。

「・・・?」

 何軒目かわからない衣服店を通りすぎた時、ふと妙な音が聞こえてれんは立ち止まった。
 ドサっという何かが倒れたような音だ。しかし周りを見てもそれらしきものは見えないし、彼女以外に音が聞こえた人間もいなさそうだった。
 首をかしげながら少し周りを見ていると、ふと立ち並ぶ店の間に狭い路地が目に入った。

「・・・もしかして」

 店からの音ではないとすれば、音の発生源はそこかもしれない。
 光もほとんど届いていない路地に入るのはかなり抵抗があったが、迷いに迷った末にれんは路地に入った。
 何かに突き動かされるように入ったが、すぐにそれは後悔に変わった。
 暗い路地はほとんど見通しが聞かず、何が出てもおかしくない雰囲気を漂わせていた。
 十歩で何も無かったら出よう。そう心に決めてれんは慎重に足を進める。

「・・・あ・・」

 結果としてはゆっくりと進んだことでそれに気づくことが出来た。
 ゴミ捨て場と思しき金属の箱の傍に人が倒れているのが目に入る。
 おそるおそる近寄って確認すると、そこにいたのはまだ小さい少女だった。
 銀色の長い髪はしばらく洗っていないのかくすんで見え、さらには身につけている白いワンピースもかなり汚れている。
 おまけに靴すら履いていない状態だ。

「・・・どうしよう・・・」

 気を失っている人間を前にしてれんはどうするべきか迷っていた。
 迷子なら騎士団に行くべきだろうか、容態は良くないだろうし、それなら病院に行くべきだろうか。ギルドは頼れそうだが、こういったことに対応してくれるのだろうか。
 そもそもどれくらい酷いのかもわからない。治療が必要なのか、安静にしていれば自然に目を覚ますのか・・・

「・・・そうだ・・」

 困りに困ってれんは最終的に一つの結論に行きついた。
 力に自信はないが、おそらくまだ10歳にも満たないだろう少女をれんは何とか背負う。
 そして、路地を出て目的地に向かった。

「・・・それで俺のところに来たと」
「・・・ごめんなさい」
「まあ、ある意味では妥当な判断だろう。よく連れてきたものだ」

 何の予定もない突然のノックに諒がドアを開けると、そこにいたのは見知らぬ少女を背負っているれんだった。
 言葉は無くとも大体それで事情は理解できた。
 ひとまず息を切らしてぜえぜえ言っているれんから少女を預かり代わりにベッドに寝かせる。
 そして邪魔をしないようにと寝室を出て改めてれんから事情を聞くことにした。

「それにしても不思議な子だ。歳は10も言ってないだろう。身につけているものもあまりに質素だし、判断材料が無さ過ぎるな」
「・・・早く目を覚ましてくれるでしょうか」
「見た所重症には見えない。ゆっくり寝かせておけば目を覚ますだろう・・・俺は一度ギルドに行って迷子やその手の依頼がないか確認してくる。れんはそれまであの子の看病をしていてくれ」
「私が?」
「お前が連れてきたんだろう。だったらそれくらいは頑張ってくれ」
「・・・わかりました」

 少女が目を覚ますまで少し時間があるだろう。それまでに出来ることはしておくことにした。
 おそらく1人の状態になって一日二日の状態ではないだろうし、迷子か何かならその辺りの情報が出ているはずだ。
 この手の仕事は本来騎士団の領域なのだが、情報はギルドの方にも回っているだろう。
 れんを家に残し、諒はギルドに向かった。

・・・

「銀の長髪、白いワンピース、年齢は10歳くらい・・・」

 諒の隣を歩く莉彩は迷子の一覧を見ながら難しい顔をしていた。

「どうですか?何か情報は・・・」
「うーん、どうやらまだそういった情報は出ていないみたいですが、とにかく一度見てみないことにはなんともいえないですね」

 ギルドに足を運んだ諒だったが、そこではほとんど情報を得ることは出来なかった。
 何かはあるだろうと踏んでいただけに落胆していたが、なぜか莉彩が同行を希望する。
 直接見てみれば何かわかるかもしれないと彼女も付いてくることになった。

「それにしてもれんちゃんが見つけて連れてくるなんて、少し意外ですね」
「そうですね。とは言っても倒れてる人間を見捨てられる性格でもないでしょうし、ある意味安心しているとも言えますけどね」

 最近では諒に対しては普通に会話できているが、他の人間に対してはやはりひどく内向的だった。それでいて優しさは人一倍、困っている人は放っておけないような性格だ。
 本当、生きるのに苦労しそうな性格をしている。
 そう思っている間にも諒の家が見えてきた。二人は階段を上がってドアを開ける。
 その瞬間、聞きなれない声が家の中から響いて来た。

「お姉ちゃん、抱っこして!」
「ええ・・・ちょっとそれは・・・」
「えー・・だめ?」
「ええと・・・ダメってわけじゃないけど・・・」

 続いてれんの声も聞こえてくる。どうやら少女が目を覚ましたようだ。
 それにしても一体どんな会話をしているのだろう。
 諒は一度莉彩と顔を見合わせる。彼女も困惑しているようで二人して首をかしげる。
 何はともあれまず二人の様子を確認することにした。

「れん、帰ったぞ」
「あ・・・諒さん、それに莉彩さんも」
「・・・お姉ちゃん、この人達誰?」
「ええと、とにかくいい人だよ」
「・・・いい人」

 本当にどういう状況なのだろう。
 少女は無邪気にれんに抱き着いており、れんは離すこともできずどうしようもない様子で助けを求めるように視線をこちらに送っていた。
 少女は諒達に気づくと警戒の目を二人に向けるが、れんの言葉に頷くとすぐに無邪気な笑顔が戻った。
 恐ろしくなつかれている。とりあえずそれだけは理解した。
 ひとまず話を聞くためテーブルを囲んで座る。
 少女は椅子には座らずれんに後ろから抱き着いて幸せそうにれんの右肩に頬をすり寄せていた。

「で、一体何があったんだ?」
「それが・・・私にもよくわからなくて」

 れんが言うには本当に唐突にこんな状況になったらしい。
 諒が家を出てしばらくすると少女は目を覚ましたそうだ。その時丁度少女の額のタオルを変えようとしていたところでいきなり目が合った。
 びっくりして後ずさるれんに対して、少女はゆっくり体をあげて「お姉ちゃん誰?」と聞く。驚きつつもれんは自分の名前を答えると、少女はれんの目を見ながらしばらく考え込んだ後、突如としてこんな状態になったらしいのだ。
 確かに聞いても意味がわからない。
 脈絡が無い割になつき方が異常にもほどがある。

「ねえ、お名前、教えてくれないかな?」
「・・・名前?」
「うん、君の名前」

 こういった子供への対応も心得ているのか、会話は莉彩が主導することになった。
 任せろと言わんばかりに諒に目くばせすると、優しい口調で少女に話しかける。
 名前を聞かれた少女は笑顔を崩すと天を見上げて考えていた。
 するとおもむろに視線を莉彩に戻すと首を横に振る。

「・・・わかんない」
「わからないって・・・自分の名前だよ?本当に思い出せないの?」

 少女は不安そうに頷く。

「・・・じゃあ、他に思い出せることは何かある?」
「・・・なんだか変な気持ち、思い出そうとすると・・・ぐにゃーってなる」
「そっか・・・ありがとう」

 莉彩はそこで言葉を打ち切り複雑そうに諒を見る。
 諒も同じような表情で頷く。
 記憶喪失、端的に言ってそういうことだろう。
 思った以上に複雑な話になってきた。

「莉彩さん、この子に心当たりはありますか?」
「いえ、私の記憶には無い子です。他に分かることがあればどうにかなるかもしれませんけど、今はなんとも言えません」

 今一番頼りに出来るのは莉彩だが、彼女がどうにもできないとなるとかなり絶望的だ。
 不安そうに周りを見回す少女をれんは何とか落ち着けようと頭を撫でている。
 何とかならないものかと思考を巡らせていると、莉彩が何かを閃いたように手を叩く。

「そうだ、マスターに聞いてみましょう」
「マスターって、あの人なら何かできるんですか?」
「断言はできませんけど、きっと力になってくれるはずです。顔も広いですし、何かやってくれるはずです」
「そこまで言うなら、れん、それでいいか?」
「はい、私は大丈夫です」
「?どこか行くの?」
「うん、とっても頼りになる人に会いに行くの」

 ギルドマスター。ギルドの頂点に立つ男だ。
 組織のトップたる手腕と顔の広さは世界でも有数で、ギルドの地位を支えるとんでもない人物だ。
 諒は何度かあったことがあるが、肩書に対して威厳のあるような人物ではない。
 それでも頼りになるのは間違いない。他に頼れるところもないし、彼にかけるほかない。
 少女にも声をかけて早速ギルドに向かうことにした。靴がないため誰かが背負っていくしかない。ここは諒がそれを担当することにし、少女に手を伸ばした。

「・・・いや、れんお姉ちゃんがいい」

 のだが、少女はこれを拒否。れんをぎゅっと抱きしめて彼女に背負ってほしいと希望する。
 どうやら譲る気はないらしい。少女の目からはそんな確固たる意志が見て取れた。

「すまない、頼めるか、れん?」
「・・・頑張ります」

 結局この中で最も力に自信がないれんが少女を背負うことに。
 距離を考えればたどり着けるか正直微妙な気がしたが、これだけ頼りにされて彼女にも思うところがあるのだろう。
 いつになく少女を背負うれんは強い表情をしていた。

「じゃあ、行きましょう」
「ええ、早くしないとれんが倒れてしまいますからね」
「頑張って、れんお姉ちゃん!」
「・・・うん、頑張るよ」

 無垢というのは中々恐ろしいものだ。
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