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第九話 才能

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「何で隠れる必要があるんだ?」
「・・・なんだか怖くて」
「そりゃあ、そうか。悪いな」

 大我の姿が見えなくなると、諒は改めてれんに声をかける。
 彼女がいつからいたのかは定かではないが、確かに彼女の性格を考えれば知らない人間と話している最中に割り込むことは出来なかっただろう。
 そうでなくとも両者とも一触即発の雰囲気をまとって得物に手をかけている状況でわざわざ行こうとは思わない。
 諒としては元からやりあうつもりはなかったが、傍から見ていたれんからはそうは見えなかったようで、自分が邪魔したのではないかと少し萎縮している様子だった。
 もちろん諒にとってはありがたいことだ。あのままれんに気づかなければ本当に剣を交えることになったかもしれない。
 大丈夫だと優しく声をかけて落ち着かせると、気を取り直して二人は家に入った。

「これが今回の依頼か」
「はい、莉彩さんから是非これをって・・・」

 居間のテーブルに腰かけるとれんは受注してきた依頼の用紙を諒に見せた。
 莉彩から勧められたという依頼の内容はゴブリンの群れの掃討、場所は央都から南の街道だ。輸送用の馬車が襲われたらしい。馬と人は無事らしいが、ゴブリンどもは荷物を漁ってそのまま道をふさいでしまったということだ。
 街道は荷物の輸送や人の移動にも使われる。そこが塞がれたとなると現れる被害は大きいものとなる。依頼の中でもこの手のものはかなり緊急性が高いものだ。莉彩が勧めた理由もこれだろう。
 それにしてもよくこんな依頼が残っていたものだ。あまり時間が経っていないのだろうか。
 だとすれば早めに処理しておけば被害が拡大する前にどうにかできるだろう。

「そういうことなら詳しいことは道すがらに話すとしよう。急いだそうがよさそうだしな」
「・・・わかりました」

 諒は紙をれんに返して手早く用意を始める。
 れんは討伐依頼に緊張しているのか、用意をする諒を落ち着かない様子で見ていた。この前ゴブリンとは比べ物にならない激震竜のところに来たというのに、中々恐怖というのは克服できないみたいだ。
 だがそれくらいで丁度いい。下手に慣れたと言って油断されるよりはよっぽど安心できる。

「よし、じゃあ行くか」
「はい」

 準備を終え、二人は依頼地である南の街道に向けて出発した。

「あの、諒さん。一つ・・・聞いてもいいですか?」
「ん、もちろんだ。なんでもいいぞ」
「・・・さっきの人と、何を話してたんですか?」

 作戦会議はそう時間はかからなかった。相手は集団だが、諒の実力があれば別に問題はない。なんなられんを背負いながらでもなんとかできるくらいだろう。
 さすがにそれではれんのためにはならないのでそうするつもりはないが、二人では複雑な戦略を立てるのも難しい。
 そんなわけで街を抜けるころには話も終わり、しばらく静かに平原の南部を歩いていた。
 その静寂を好機と見たか、少し迷った素振りを見せながらもれんは口を開いた。
 彼女から話をしてくるのはそれなりに珍しいし、諒も笑顔でそれを歓迎したが、どうにも少し妙な質問だった。

「さっきのって、騎士団の奴か。別に大した話はしてないが」
「・・・それでも聞きたいんです」

 諒はますます首を傾げた。そんなに気になるだろうか。確かれんも最後に大我と何か話していた気もするが、それと関係があるのだろうか。
 答えに迷ったが、別に隠すようなものでもない。まだ時間もあるし、話しても大丈夫だろう。

「騎士団への勧誘話さ。この前の激震竜討伐の話がそっちにも届いているらしくてな。それでぜひ来てくれとのことだ」
「・・・それで・・・諒さんはどう・・」
「断った。騎士団はいい組織だが俺みたいな奴が好きにやるには向いてない。それに、お前を放ってはいけないさ。お前の進む果てを見るまでは、な」
「・・・そうですか」

 れんはあまり反応を示さなかったが、それが何かを押し殺してのものだろうことは諒にもわかった。
 自分の事を思ってもらえていることの喜びなのか、それとも他に何かあるのか。

「そういえば、れんも何か話してたよな。何を言われたんだ?」
「・・・・」

 れんは諒の答えを聞いた辺りから顔を背けていたが、続く彼の言葉に再び目を合わせる。
 諒としては別に何でもない質問だった。れんも何か話していたし、それを聞くだけだと。
 しかしれんはすぐには言葉が出ず考え込んでいた。明らかに話すことを渋っている様子だ。

「話したくないのか?」
「・・・ごめんなさい」
「いや、別にいい。俺はそこまで気になってるわけでもないからな」

 諒はそこで会話を打ち切った。気にならないわけではなかったが、何となく聞かない方が良い気がした。
 丁度目的地も近づいて来たし、れんにも声をかけて気持ちを切り替える。
 ゴブリン達は随分と大騒ぎしているらしい。姿はまだ確認できないが声だけは聞こえてくる。襲った馬車には食料が積まれていたのだろう。奴らに知性というのはほとんど存在しないが、馬車を襲えば食べ物が手に入りやすいというのは覚えているようで、こういった依頼は定期的に発生する。
 被害もそれなりにあるので馬車には普段護衛が付いているはずだが、最近襲われていないこともあって油断していたのだろうか。
 おかげで面倒なことになった。さらに足を進めると目標のゴブリンの群れと横転した馬車が目に入った。

「数は、五匹か。よし、それじゃあ行くか」
「はい・・・あの、私はどうやれば」
「ん・・・俺に当てないなら好きにやればいい」
「好きにって・・・何か助言とかは」
「俺も弓の事はわからん。だから自分で考えて状況に一番合った方法を見つけろ。正解は・・・結果が教えてくれる」
「・・・わかりました」
「よし、じゃあ行くぞ」

 敵の総数は馬車の周りにいる五匹だ。他に隠れている個体はいないようだ。
 この数なら正面突破で問題ない。
 れんは自分の居るべき間合いは把握しているようだが、どう攻撃するべきか決めかねているようだった。
 それは諒が教えることではないし、そもそも近接主体の彼から教えられることはなかった。
 まだ依頼の難易度も高くない。だったら思いのままに動きながら探せばいい。
 れんも不安そうだが諒の言葉に頷き弓を構える。
 諒も頷き返すと剣を抜いて駆け出した。

ギギ―!

 二人の接近にゴブリン達も気づいたようだ。荷物を漁っている最中に敵が来たことに怒っているのか、こちらを見る目には大分苛立ちがにじんでいた。
 もちろんそんな都合は知ったことではない。急に襲ってきたのは元はと言えばゴブリン側だ。こっちが急襲することに負い目を感じる必要などどこにもない。
 れんは諒の後を追って走っていたが、かなり間合いを取った位置で立ち止まり、代わりに弓を構えて狙いをつける。

「好きにやれって・・・」

 敵は五匹、全員が馬車の前に固まっており、姿を隠しているやつはいない。狙おうと思えばどいつからでも射抜ける。
 諒は群れに真正面に突っ込んでいる。彼の狙いは真ん中の一匹ということになるだろう。
 つまり、諒の援護をするなら中心に近い個体から狙うのがいい。しかし、彼の邪魔をしないようにするなら端のどちらかになる。

「・・・どうすれば」

 れんはまだ戦闘の経験がほとんどなく、パーティーでの立ち回りも分かっていなかった。
 そんな彼女にいきなり正しい選択を取るというのは酷なことだった。狙いが定まらないまま、矢を撃つというより指からすっぽ抜けるように不格好な軌道を描いてゴブリンに向けて放たれる。
 矢は右端の一匹に向かっていたが、距離が離れていることも相まって軌道が逸れて空を切った。

「それでいい。そのために俺がいるんだからな」

 矢の軌道は諒にも見えていた。残念ながら褒めるところが見当たらないほどの射撃だったが、まずは矢を放ったことに意味がある。
 れんが外した分は諒がカバーする。
 諒は刀を肩の高さで構え、腕と水平になるように持ってくる。

「竜剣技・斬翼『太刀風』!」

 飛竜の翼は鋭く触れる者全てを切り裂く。まるでそれを思わせる諒の太刀筋にゴブリン達はほとんど反応すらできず正面の三匹をまとめて両断した。
 いきなり三匹が消されたことで残った二体もさきほどまでの余裕と苛立ちは微塵も無くなっていた。
 殺気立った表情で諒を睨み、持っていたこん棒で諒を砕かんと殺到する。

「・・・今だ!」

 その瞬間を見計らってれんは諒の背後から迫る一匹に矢を放つ。
 五匹いる状態では狙いをうまくつけられなかったが、的が減ったことで多少は冷静に物事が見られるようになっていた。
 今度の矢は見事命中し、ゴブリンの動きが鈍る。
 正面から迫る一匹の攻撃を防いでいた諒は勢いをそのまま受け流す。
 体勢を崩されたゴブリンは背後から迫っていた一匹と衝突して二匹一緒に倒れ込む。

「いい判断だ、早くも何かつかんできたか」

 二矢にして適格な射撃を行うれんの才能に諒は感心しつつ刀を構えなおす。
 どうなるかはやってみないと分からなかったが、予想を超えていい滑り出しになりそうだ。

「竜剣技・鞭尾『草薙』!」

 ゴブリン達が立ち上がる隙も与えない。
 一緒に倒れ込んで何か言いあっているようでもあったが、隙だらけの背中に諒は剣撃を叩き込む。
 防御の隙もなく残りの二体もあっけなく両断された。
 最初の見立て通り他の個体はいないらしい。五匹を討伐した街道には先ほどのゴブリン達の騒ぎ声は無く、風と周りの木々のざわめきのみが空間を満たしていた。
 依頼が完了したことを確認し、諒は刀を収める。

「良い射撃だったぞ。れん」
「・・・ありがとうございます」

 諒が刀を収めるまでれんは不安そうに周囲を伺っていたが、諒が笑いかけるとようやく笑顔を浮かべた。
 諒は「頑張ったな」と言ってれんの頭を撫でる。
 れんは恥ずかしそうにうつむいていたが、それを咎めようとはしなかった。

「さてと、それじゃあ帰るとするか」
「はい!」

 少しの間そうした後、諒は手を離して大きく体を伸ばす。
 ここで見せたれんの才能はかなりのものだった。冷静に狙うべき標的を感じ取っていたし、なにより技術には目を見張るものがある。
 これは将来が楽しみだ。
 最高のスタートを切った二人を称えるように、街に戻る二人を平原から吹きぬける優しい風が包んでいた。
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