上 下
2 / 34

第二話 Eランク

しおりを挟む
 パーティー脱退から一夜、諒は朝早くから家を出ていた。昨夜の一件で全く眠れていなかったが、あれ以上家に居ても気持ちの整理がつく気はしなかった。
 まだ早朝ではあるものの、ここ「央都セントリア」は既に活気が満ちており、沈んでいた諒を暖かく迎えていた。
 世界で最も発展した街であり、「来る者すべてを歓迎する街」とも言われている。普段はやかましいことこの上ないが、今はこの街にギルドが存在しているのをありがたく思った。
 ギルドは諒達冒険者を管理する組織だ。対モンスターを専門の生業とし、道をふさぐモンスターや街に迫るモンスター、時には危険地帯に侵入して採取を行ったりもするのが冒険者の仕事だ。
 総勢で言えば世界でも有数の規模だが、ギルドはこの央都に設置された本部一つですべてをまとめ上げている。
 その数もあって四六時中開いているが、どの時間帯でも密度は中々すごい。
 唯一ましなのは今、早朝の時間帯だ。ギルドには酒場や冒険者用の道具購入など依頼以外にも出来ることは多いが、夜に使われるのは基本的に酒場。施設の地下にあるのだが夜は一階の受付ホールも酒場と兼用で運営されているくらいだ。
 しかし朝まで騒ぐ奴も珍しい。早朝の時間帯には大体の冒険者は寝静まり、人が戻り始めるのにもラグがあった。
 早朝に家を出たのもこれが一つの理由だった。今からやらなければいけないことを考えればあまり騒がしいのは好ましくない。
 諒の期待通り、中に入るとさすがにぽつぽつと人はいるが、普段の密度と比べればはるかに落ち着いている。
 散漫な人の波を抜け、諒はまっすぐと受付に向かった。

「おはようございます、戸上さん」
「諒さん・・・はい。おはようございます」

 受付嬢の戸上莉彩(とがみりさ)は諒の挨拶に少し迷いのある表情で返した。
 どうやら士はあの後すぐにギルドに向かっていたようだ。諒の脱退の話は既に彼女の耳に届いているらしい。

「諒さん。パーティー、やめちゃったんですね」
「・・・あなたもいつかこうなるとわかっていたでしょう」
「そうですね・・・それでもちょっと残念です」

 莉彩はまだ18と諒より一つ年下だが、受付嬢として人と接し続けてきた経験からか、年齢よりも随分大人びて見えた。
 そう見えるのは諒だけではないようで、莉彩は冒険者達にとってはお姉さんのような存在で、よく悩みや愚痴を聞いている姿が目に入っている。
 諒もその例に漏れず、莉彩は彼らの事情についてかなりの理解があった。
 そんな彼女と顔をあわせるのは非常に気まずいものがありはしたが、いつか会うことになるのであればこのタイミングは最適だったのかもしれない。

「今日は冒険者登録の更新をしに来ました」
「・・・わかりました。諒さんの実力なら高ランクパーティーに移籍することだって出来ます。募集しているパーティーはいっぱいありますから、思う存分悩んで決めてください」

 莉彩はそう言ってパーティーの募集一覧を取り出して諒に渡した。
 実際のところ最初から答えは決まっていたが、一応諒はそれを受け取っていくらかページをめくっていった。
 パーティーの募集はそれぞれだ。規模を大きくしたいと思えばこうしてギルドに申請して広く募集を行うことも出来るし、縁のあった冒険者を直接スカウトしたりもできる。
 今回の募集に関しても形態や要件は様々だ。
 強さだけを求めるところもあれば、特定の能力を探すところもある。諒の元のランクはA、この実力なら同ランクのパーティーに移籍も可能だし、低ランクのパーティーともなれば募集要件に合っていなくとも歓迎してくれるところだってあるだろう。
 それほどまでに諒の持つAランクというカードの威力は絶大なものだった。
 しかし、その募集の波に当たってみても諒の意見が変わることはなかった。心を決めるように一度深呼吸し、莉彩に一覧を返す。

「移籍するつもりはありません。ソロで登録してください」
「ソロですか?それは構いませんけど・・・本当にいいんですか?」
「ええ、昔のあいつみたいな奴に会うのは一筋縄ではいきませんから。しばらくはのんびりとやるつもりです」
「そうですか。確かに今の諒さんにはその方がいいかもしれませんね。でも、気が変わったらいつでもいってください。私の紹介で良いパーティーを探しますから」

 莉彩は意外そうにもう一度確認したが、諒の意見はもう変わらない。
 その意志を汲み取ってか、莉彩はそれ以上は言葉を重ねずゆっくりと頷いて登録用紙を取り出した。
 彼女がパーティーへの移籍を勧めるのには当然理由がある。というより、勧めない人間の方が少ない。
 パーティーからソロに転向する時、パーティーでいたときのランクや実績はすべてリセットされる。どんなに高ランクでいてどんな功績を上げようが、ソロになった瞬間に最低ランクのEからの再スタートとなる。
 以前はランクも引き継がれていたようだが、パーティーでの実力とソロでの実力の差から無謀に高ランクの依頼にソロで行って大けがをする例が後を絶たず、改めてソロの実力を再確認するという意味を込めて今のシステムになったらしい。
 とはいえ、しかるべき実力を見せればランクはすぐに戻すことも当然可能だ。実績も無くなるとはいえ、これまで培ってきた実力まで消えるわけではない。
 そしてこれまでにソロでも様々な依頼をこなしてきた諒なら、すぐにAランクとは言わずとも、ソロとしては非常に高いランクにまで戻れることは間違いない。ただ、もうそんなランクにこだわる必要も今の諒にはなかった。
 そんなことを考えている内に書面も書きあがったようだ。
 莉彩は一度内容を見返してから諒に書類を見せる。

「では、霧矢諒さんをソロとして登録を更新させていただきます。承諾いただけましたら、こちらに署名をお願いします」
「わかりました」

 もう迷う事は無い。確認もほどほどに諒は書類に署名した。
 これで一からのスタートになったわけだ。冒険者として10年近く経つが、Eランクだったのはもう何年前だったか思い出せないくらいだ。
 ある意味では新鮮さすら感じる。
 冒険者登録の更新もすぐに終わった。Aランクの冒険者証はそれなり豪華さのあるものだったが、Eランクは言うのもなんだが結構適当なつくりだ。これなら偽造なんてし放題じゃないかとも思えるが、実際に起こったという話は聞かないのが不思議なくらいだ。
 このまま一度帰ってこれからの身の振り方でも考えようかと迷ったが、今のまま家でゴロゴロしていても気が滅入るだけだと思い直した。

「じゃあ早速依頼を受けることにしますよ。今は何がありますか?」
「はい、こちらがEランクの依頼ですね」

 諒は渡された依頼一覧を眺める。普段見慣れている依頼よりも随分と簡単な内容の数々・・それも採取依頼が大半を占めていた。
 基本的に採取をするのは一部の危険地帯をのぞいて大体が低ランクの仕事だ。しかし、ある程度経験を積んだ冒険者はモンスターとの戦いを好んで採取はやりたがらない。結果として、採取依頼はほとんどの場合余っている。
 いつでもモンスターと戦えるような状況なら少しくらい余力を採取に回そうという奴もいそうだが、ギルドは無暗に冒険者を外に駆り出すことはしない。原則として依頼で受注した対象のみとの戦闘を許可している。
 その分戦えるモンスターは限られてくるし、依頼される数より冒険者の母数はそれをはるかに上回っている。
 それなら採取なんかで時間を使っていられないというのも分からなくはない。

「・・・これは全部北の森でそろえられますね。この三つを受けることにします」
「この三つですね。採取依頼を受けていただけるのはこちらとしてもありがたいです」

 手始めに採取クエストを受けることにした。モンスターの依頼も無くはないが、身の振りを考えるのに戦いに赴くというのは避けたかった。
 その割には経験者としての知識を使ってまとめて複数依頼を片付けにいくわけだが、まあ採取なんて一つずつこなしていたらそれこそたまっていく一方だ。
 まとめて済ませられるならそうするのに越したことはない。
 莉彩も中々片付かない採取依頼が受注されてどこか嬉しそうに手続きをする手が踊っていた。

「場所はここから北の『マロウの森』ですね。それではお願いします」
「ええ、行ってきます」

 複数の採取なら荷物は軽い方がいい。準備もほどほどに諒は目的地に向けて出発した。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

チートがちと強すぎるが、異世界を満喫できればそれでいい

616號
ファンタジー
 不慮の事故に遭い異世界に転移した主人公アキトは、強さや魔法を思い通り設定できるチートを手に入れた。ダンジョンや迷宮などが数多く存在し、それに加えて異世界からの侵略も日常的にある世界でチートすぎる魔法を次々と編み出して、自由にそして気ままに生きていく冒険物語。

凡人がおまけ召喚されてしまった件

根鳥 泰造
ファンタジー
 勇者召喚に巻き込まれて、異世界にきてしまった祐介。最初は勇者の様に大切に扱われていたが、ごく普通の才能しかないので、冷遇されるようになり、ついには王宮から追い出される。  仕方なく冒険者登録することにしたが、この世界では希少なヒーラー適正を持っていた。一年掛けて治癒魔法を習得し、治癒剣士となると、引く手あまたに。しかも、彼は『強欲』という大罪スキルを持っていて、倒した敵のスキルを自分のものにできるのだ。  それらのお蔭で、才能は凡人でも、数多のスキルで能力を補い、熟練度は飛びぬけ、高難度クエストも熟せる有名冒険者となる。そして、裏では気配消去や不可視化スキルを活かして、暗殺という裏の仕事も始めた。  異世界に来て八年後、その暗殺依頼で、召喚勇者の暗殺を受けたのだが、それは祐介を捕まえるための罠だった。祐介が暗殺者になっていると知った勇者が、改心させよう企てたもので、その後は勇者一行に加わり、魔王討伐の旅に同行することに。  最初は脅され渋々同行していた祐介も、勇者や仲間の思いをしり、どんどん勇者が好きになり、勇者から告白までされる。  だが、魔王を討伐を成し遂げるも、魔王戦で勇者は祐介を庇い、障害者になる。  祐介は、勇者の嘘で、病院を作り、医師の道を歩みだすのだった。

【完結】【勇者】の称号が無かった美少年は王宮を追放されたのでのんびり異世界を謳歌する

雪雪ノ雪
ファンタジー
ある日、突然学校にいた人全員が【勇者】として召喚された。 その召喚に巻き込まれた少年柊茜は、1人だけ【勇者】の称号がなかった。 代わりにあったのは【ラグナロク】という【固有exスキル】。 それを見た柊茜は 「あー....このスキルのせいで【勇者】の称号がなかったのかー。まぁ、ス・ラ・イ・厶・に【勇者】って称号とか合わないからなぁ…」 【勇者】の称号が無かった柊茜は、王宮を追放されてしまう。 追放されてしまった柊茜は、特に慌てる事もなくのんびり異世界を謳歌する..........たぶん….... 主人公は男の娘です 基本主人公が自分を表す時は「私」と表現します

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

超越者となったおっさんはマイペースに異世界を散策する

神尾優
ファンタジー
山田博(やまだひろし)42歳、独身は年齢制限十代の筈の勇者召喚に何故か選出され、そこで神様曰く大当たりのチートスキル【超越者】を引き当てる。他の勇者を大きく上回る力を手に入れた山田博は勇者の使命そっちのけで異世界の散策を始める。 他の作品の合間にノープランで書いている作品なのでストックが無くなった後は不規則投稿となります。1話の文字数はプロローグを除いて1000文字程です。

精霊のお仕事

ぼん@ぼおやっじ
ファンタジー
【完結】 オレは前世の記憶を思い出した。 あの世で、ダメじゃん。 でもそこにいたのは地球で慣れ親しんだ神様。神様のおかげで復活がなったが…今世の記憶が飛んでいた。 まあ、オレを拾ってくれたのはいい人達だしオレは彼等と家族になって新しい人生を生きる。 ときどき神様の依頼があったり。 わけのわからん敵が出てきたりする。 たまには人間を蹂躙したりもする。? まあいいか。

処理中です...