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決意
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新之介が逃げていった方へ行くと、すぐに鳥居があった。
「新之介! もう大丈夫だ。追っ手は引き上げたぞ」
長い石段を上っていくと、上から新之介が顔を出した。
「一体、どうしたんだ」
声をかけると、新之介の顔が歪んだ。
「知っているか。境内では仇討ちは禁止なんだぞ」
石段の一番上に並んで腰を下ろした。
「一応、知っているが……。お前が仇?」
「やっぱり、普通は知っているのか。俺はこの二日で勉強したぞ」
「おい、はっきり言え。どういうことだ」
「父が亡くなった。殺された。酒の上のけんかだ。馬鹿らしい」
「新之介……」
「悔みの言葉はいい。亡くなっても、父に対しては恨みの言葉しか出てこないから。それなのに、なぜ」
新之介は唇をかみしめた。
「なぜ、俺が仇討ちをしなくてはならないんだ。俺は元々、跡を継ぐつもりなんてなかった。娘が三人もいるんだから、婿養子をもらえばよかったんだ。俺の腕で仇が討てると思うか。返り討ちにされるだけだ。さっきの奴らは返討ちを狙っていたらしい。お前が来なければ、殺されていた」
新之介は震えていた。
「跡を継ぐのをやめろよ。仇討ちなんて、無理するな」
「仇討ちの届けはもう出されてしまった」
「いいじゃないか。逃げてしまえ」
簡単に言っていいことではない。それでも、新之介の気持ちに沿いたかった。
「淀屋にも見張りがついている。俺に無理矢理、仇討ちをさせるつもりだ」
新之介はガッと肩を掴んできた。
「俺が邪魔だから、奥方は仇と手を組んだんだ。どさくさに紛れて、俺を殺そうとしている」
そんな馬鹿なとは言い切れなかった。新之介がひどい扱いを受けていたのは知っている。
「淀屋の商人仲間が大阪にいる。そこに逃げればいいと言われている。そこまで逃げ切れるか。浪人の用心棒たちは金より士官を望む。商人の、淀屋の力では買えない。清五郎、助けてくれ。助けてくれ」
新之介は私の肩にすがった。
いつも世慣れた新之介がこんなに弱った姿を見せるのは初めてだった。
「任せておけ」
「大丈夫だ」
「私がついている」
長い時間、声をかけ続けていると、新之介が小声で言った。
「すまん、馬鹿なことを言った」
「いや、大阪まで送ってやる」
「いや、大丈夫だ。大丈夫だ」
新之介は自分に言い聞かせるように言った。
「お前は真面目に考えすぎだ。俺が取り乱して言ったことを本気にするな」
「真面目に考えて何が悪い」
「それじゃ、命がいくつあっても足らん。阿部や武藤に騙されたとき、腹を切るつもりだっただろう」
「気づいていたのか」
「すごい顔をしていたぞ。あの程度のことを真面目に考えるなんて」
「私にとってはあの程度のことではなかった。もう、終わりだと思ったんだ」
「ああ、わかってる。それが、今では阿部や武藤とも飲みに行ったりするじゃないか」
「お前のおかげで少しは固い頭も柔らかくなったようだ。感謝している」
父の弟子たちにも自分があまりにも堅苦しいものだから、他人と仲良くなる気がない傲慢な男だと思われていたらしい。
それが新之介と馬鹿な遊びをしているうちに誤解も解け、養子になったときは兄弟子たちも喜んでくれた。
「感謝の気持ちだけでいいよ。お前に頼めるようなことじゃなかった」
新之介が顔を上げた。
「児玉家を継ぐつもりはないと言えば、大丈夫なはずだ」
新之介は覚悟を決めたような顔だった。
その顔が赤い。いつの間にか、夕日が空を照らし、あたりが赤く染まっていた。その燃えるような赤い色が血を連想させた。
とても、大丈夫には思えなかった。
「新之介! もう大丈夫だ。追っ手は引き上げたぞ」
長い石段を上っていくと、上から新之介が顔を出した。
「一体、どうしたんだ」
声をかけると、新之介の顔が歪んだ。
「知っているか。境内では仇討ちは禁止なんだぞ」
石段の一番上に並んで腰を下ろした。
「一応、知っているが……。お前が仇?」
「やっぱり、普通は知っているのか。俺はこの二日で勉強したぞ」
「おい、はっきり言え。どういうことだ」
「父が亡くなった。殺された。酒の上のけんかだ。馬鹿らしい」
「新之介……」
「悔みの言葉はいい。亡くなっても、父に対しては恨みの言葉しか出てこないから。それなのに、なぜ」
新之介は唇をかみしめた。
「なぜ、俺が仇討ちをしなくてはならないんだ。俺は元々、跡を継ぐつもりなんてなかった。娘が三人もいるんだから、婿養子をもらえばよかったんだ。俺の腕で仇が討てると思うか。返り討ちにされるだけだ。さっきの奴らは返討ちを狙っていたらしい。お前が来なければ、殺されていた」
新之介は震えていた。
「跡を継ぐのをやめろよ。仇討ちなんて、無理するな」
「仇討ちの届けはもう出されてしまった」
「いいじゃないか。逃げてしまえ」
簡単に言っていいことではない。それでも、新之介の気持ちに沿いたかった。
「淀屋にも見張りがついている。俺に無理矢理、仇討ちをさせるつもりだ」
新之介はガッと肩を掴んできた。
「俺が邪魔だから、奥方は仇と手を組んだんだ。どさくさに紛れて、俺を殺そうとしている」
そんな馬鹿なとは言い切れなかった。新之介がひどい扱いを受けていたのは知っている。
「淀屋の商人仲間が大阪にいる。そこに逃げればいいと言われている。そこまで逃げ切れるか。浪人の用心棒たちは金より士官を望む。商人の、淀屋の力では買えない。清五郎、助けてくれ。助けてくれ」
新之介は私の肩にすがった。
いつも世慣れた新之介がこんなに弱った姿を見せるのは初めてだった。
「任せておけ」
「大丈夫だ」
「私がついている」
長い時間、声をかけ続けていると、新之介が小声で言った。
「すまん、馬鹿なことを言った」
「いや、大阪まで送ってやる」
「いや、大丈夫だ。大丈夫だ」
新之介は自分に言い聞かせるように言った。
「お前は真面目に考えすぎだ。俺が取り乱して言ったことを本気にするな」
「真面目に考えて何が悪い」
「それじゃ、命がいくつあっても足らん。阿部や武藤に騙されたとき、腹を切るつもりだっただろう」
「気づいていたのか」
「すごい顔をしていたぞ。あの程度のことを真面目に考えるなんて」
「私にとってはあの程度のことではなかった。もう、終わりだと思ったんだ」
「ああ、わかってる。それが、今では阿部や武藤とも飲みに行ったりするじゃないか」
「お前のおかげで少しは固い頭も柔らかくなったようだ。感謝している」
父の弟子たちにも自分があまりにも堅苦しいものだから、他人と仲良くなる気がない傲慢な男だと思われていたらしい。
それが新之介と馬鹿な遊びをしているうちに誤解も解け、養子になったときは兄弟子たちも喜んでくれた。
「感謝の気持ちだけでいいよ。お前に頼めるようなことじゃなかった」
新之介が顔を上げた。
「児玉家を継ぐつもりはないと言えば、大丈夫なはずだ」
新之介は覚悟を決めたような顔だった。
その顔が赤い。いつの間にか、夕日が空を照らし、あたりが赤く染まっていた。その燃えるような赤い色が血を連想させた。
とても、大丈夫には思えなかった。
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