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恥
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奥州から江戸へ出てきてすぐのことだった。
幼い頃から習ってきた秋山師範の伝手で山田浅右衛門の弟子になるため、来たのだが、すぐに自信をなくしてしまった。
屋敷内にいる弟子たちは皆、自分と同じか、それ以上の腕を持っていた。新参者は田舎くさいと笑われても、肩肘を張るしかなかった。浅右衛門の名を継ぐのは誰かということを意識しすぎているようで、気が休まらなかった。
田舎から出てきた人間には、遊びに行こうにも江戸は人も多く、圧倒されていた。
このままではいけないと思って、願い出たのは外の道場に通うことだった。
父に紹介された上山道場は町民も通うような気軽な道場だった。道場主の上山清心は大らかで人斬り浅右衛門の弟子と聞いても落ち着いたものだった。
「小松原清五郎と申します。盛岡から来たばかりの田舎者ですが、よろしくお願いいたします」
「小松原殿は諸賞流の印可を持っておられる。他流派の動きを学ぶのも大事なことだ。皆も稽古をつけてもらえ」
上山師匠の言葉に少し張り切りすぎたのかもしれない。久しぶりに自分の強さを感じることができて、気持ちがはずんだ。最初、自分と手合わせを望んだ門人たちも、打たれ、転がされる内に近寄らなくなったが、気にもしなかった。
その日の終わりに阿部と武藤の二人が誘いをかけてきた。
「清五郎殿の歓迎会だ。いい店を知っているから任せておけ」
他の門人たちと一緒に料理茶屋に案内された。二階の座敷は贅を尽くした部屋だった。門人たちに親しく話しかけられると、山田屋敷で気詰まりだったものがほどけていくようだった。そして、珍しい肴に舌鼓を打ち、美しい女たちに酒を注がれる内にわけが分からなくなってしまった。
寒いと思って目を覚ました。
寒いのもどうりで下帯一つの姿だった。
着物もなかった。刀もなかった。畳のない床に寝ていたせいか、身体がギシギシと痛んだ。
「お侍さん、やっと、お目覚めかい」
いかにも用心棒といった風体の男が顔を覗き込んできた。
「な、なんだ、お前は」
「あっしは付け馬でさあ。昨晩のお代を頂きたいんですが、お持ちでないなら、お屋敷までお供させてもらいましょうか」
「あ、阿部はどうした? 他の者は?」
「皆さん、代金は小松原清五郎からもらえと言って、御帰りになりましたよ」
すっと、心が冷える。
だまされたのだ。歓迎なんてされていなかった。
「さ、出してくださいよ。それとも、お帰りですか。さ、早く」
着物を剥ぎ取っているのだから、財布の中身も見たはずだ。まあ、あんな金では足りるはずがない。
「まずは着物と刀を返してもらえないか」
こんな姿ではどうしようもない。
「お代を頂いたら、返しましょう」
男に短刀をちらつかされても、そのこと自体は怖くなかった。構え方も堂に入ったものだったが、柔術も学んだことのある身には取り押さえるのは簡単だった。
それにお金に困るわけじゃない。山田家は裕福だ。屋敷に戻れば、代金ぐらい、すぐに払えるだろう。
問題はそうじゃない。
揉めてこのことが公になるのは耐えられなかった。
同じ道場の者にだまされ、酒でつぶされ、金もなく、付け馬を連れて屋敷に戻る? 下帯一つで? まさか。そうなったら、弟子たちに笑われるだろう。腹を切るしかないのか? 父に頼む? こんな恥ずかしいことを頼めるのか? やはり、腹を切って……。
ぐるぐる考えているところに明るい声が響いた。
「あー、すまんすまん。代金は俺が払おう」
「新之介のだんな」
男が嬉しそうに新之介の名を呼んだ。
「昨日はご都合が悪かったんですか?」
「いやあ、あいつらの意地悪だよ。ふだん、俺を金づるにしてるくせに、わざと呼ばず、こいつに払わそうとしたのさ」
新之介はどこから取り戻してきたのか、私の着物と刀をよこした。
「強いってのも妬まれて大変だな」
あわてて、着物を身につけながら、たずねた。
「妬み?」
「そうさ。俺は剣がダメだから、気にしていないが、あいつらは自信があったから、お前に負けたのが我慢できなかったんだろう。そのくせ、やりすぎたから見てきてくれと言われたんだ。会わせる顔がないって言うなら、最初から、やらなければいいのに。まあ、許してやってくれ」
新之介はにこりと笑った。
幼い頃から習ってきた秋山師範の伝手で山田浅右衛門の弟子になるため、来たのだが、すぐに自信をなくしてしまった。
屋敷内にいる弟子たちは皆、自分と同じか、それ以上の腕を持っていた。新参者は田舎くさいと笑われても、肩肘を張るしかなかった。浅右衛門の名を継ぐのは誰かということを意識しすぎているようで、気が休まらなかった。
田舎から出てきた人間には、遊びに行こうにも江戸は人も多く、圧倒されていた。
このままではいけないと思って、願い出たのは外の道場に通うことだった。
父に紹介された上山道場は町民も通うような気軽な道場だった。道場主の上山清心は大らかで人斬り浅右衛門の弟子と聞いても落ち着いたものだった。
「小松原清五郎と申します。盛岡から来たばかりの田舎者ですが、よろしくお願いいたします」
「小松原殿は諸賞流の印可を持っておられる。他流派の動きを学ぶのも大事なことだ。皆も稽古をつけてもらえ」
上山師匠の言葉に少し張り切りすぎたのかもしれない。久しぶりに自分の強さを感じることができて、気持ちがはずんだ。最初、自分と手合わせを望んだ門人たちも、打たれ、転がされる内に近寄らなくなったが、気にもしなかった。
その日の終わりに阿部と武藤の二人が誘いをかけてきた。
「清五郎殿の歓迎会だ。いい店を知っているから任せておけ」
他の門人たちと一緒に料理茶屋に案内された。二階の座敷は贅を尽くした部屋だった。門人たちに親しく話しかけられると、山田屋敷で気詰まりだったものがほどけていくようだった。そして、珍しい肴に舌鼓を打ち、美しい女たちに酒を注がれる内にわけが分からなくなってしまった。
寒いと思って目を覚ました。
寒いのもどうりで下帯一つの姿だった。
着物もなかった。刀もなかった。畳のない床に寝ていたせいか、身体がギシギシと痛んだ。
「お侍さん、やっと、お目覚めかい」
いかにも用心棒といった風体の男が顔を覗き込んできた。
「な、なんだ、お前は」
「あっしは付け馬でさあ。昨晩のお代を頂きたいんですが、お持ちでないなら、お屋敷までお供させてもらいましょうか」
「あ、阿部はどうした? 他の者は?」
「皆さん、代金は小松原清五郎からもらえと言って、御帰りになりましたよ」
すっと、心が冷える。
だまされたのだ。歓迎なんてされていなかった。
「さ、出してくださいよ。それとも、お帰りですか。さ、早く」
着物を剥ぎ取っているのだから、財布の中身も見たはずだ。まあ、あんな金では足りるはずがない。
「まずは着物と刀を返してもらえないか」
こんな姿ではどうしようもない。
「お代を頂いたら、返しましょう」
男に短刀をちらつかされても、そのこと自体は怖くなかった。構え方も堂に入ったものだったが、柔術も学んだことのある身には取り押さえるのは簡単だった。
それにお金に困るわけじゃない。山田家は裕福だ。屋敷に戻れば、代金ぐらい、すぐに払えるだろう。
問題はそうじゃない。
揉めてこのことが公になるのは耐えられなかった。
同じ道場の者にだまされ、酒でつぶされ、金もなく、付け馬を連れて屋敷に戻る? 下帯一つで? まさか。そうなったら、弟子たちに笑われるだろう。腹を切るしかないのか? 父に頼む? こんな恥ずかしいことを頼めるのか? やはり、腹を切って……。
ぐるぐる考えているところに明るい声が響いた。
「あー、すまんすまん。代金は俺が払おう」
「新之介のだんな」
男が嬉しそうに新之介の名を呼んだ。
「昨日はご都合が悪かったんですか?」
「いやあ、あいつらの意地悪だよ。ふだん、俺を金づるにしてるくせに、わざと呼ばず、こいつに払わそうとしたのさ」
新之介はどこから取り戻してきたのか、私の着物と刀をよこした。
「強いってのも妬まれて大変だな」
あわてて、着物を身につけながら、たずねた。
「妬み?」
「そうさ。俺は剣がダメだから、気にしていないが、あいつらは自信があったから、お前に負けたのが我慢できなかったんだろう。そのくせ、やりすぎたから見てきてくれと言われたんだ。会わせる顔がないって言うなら、最初から、やらなければいいのに。まあ、許してやってくれ」
新之介はにこりと笑った。
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