煙草

田辺 ふみ

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新之助

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「なあ、お前、美味い煙草を知らないか?」
 珍しく道場に来た友人の新之介にたずねた。
 児玉新之介は新発田藩江戸屋敷の用人の庶子で母親は御用商人、淀屋の娘だった。実家から小遣いをもらっては遊んでいるせいか、市井に詳しかった。
「ん、なんだ。お前も嗜むようになったのか」
「いや、父上への贈り物にしようかと」
「ふむ、今の愛用の煙草は何かわかるか?」
「いや、嘉助に聞けばわかるが」
「まあ、聞いても、国分というところだろうな。薩摩の葉だ。それを超えるというと、なかなか難しい。しかし、いい店がある。好みを言えば、薩摩の葉や阿波の葉や色々混ぜて作ってくれる。おまけに刻みが細かい」
 得意げに話す新之介について、その店に行ってみることにした。
 小さな店だった。
 草っぽい香りと煙の香りがする。
 薄暗さに目を瞬かせると、年老いた男が黙々と煙草の葉を刻んでいた。
「すまないが、好みに合わせた煙草をこいつに作ってくれないか」
 新之介が慣れた調子で話しかけた。
「坊っちゃま、またですか」
 老爺がじろりと見る。
「坊っちゃまはやめてくれよ。友達なんだ。父上に贈りたいらしい」
「父は煙草が楽しみなんだ。よろしく頼む」
 頭を下げると、老爺の目が少し優しくなった。
「頭なんて下げないでください。お父上の好みはわかりますか」
「そうだな、よく今年の葉は香りがいいとか、薄いとか言ってるので、味よりは香りを重視しているのだろう。それから、仕事で気を使っているので、心が落ち着くようなものがあれば……」
 人斬りと蔑まれることもあるので、父が誰かは言わない。
「今、吸われている煙草と同じような香りがこの中にありますか」
 煙草の葉を三種類、小皿に盛って出された。
 顔を近づけて、匂いをかいだ。
 い草のような香り、少し甘いような香り、燻されたような香り。
「意外と違うものだな。この左のが同じだと思う」
「国分ですね。それではお任せください」
 手早くいくつかの葉を選び、重ねて刻んでいく。ごつごつとした手が葉を細い糸のように刻んでいくのが面白い。
 刻み終わると、老爺は刻んだ葉を紙で包んだ。古びた帳面に何かを書き付け、そして、包みの上に番号を書いた札をつけた。
「気に入ったら、この札を持ってきてください。同じものをお作りします」

「よく考えてるなと思いました」
 私の説明を聞いて、父は包みから札をはずし、大事そうに文箱に収めた。
「では、早速」
 父は待ちきれないように包みを開けた。
 煙管に詰め、火をつけると、深く吸った。
「うん、これはいい」
 もう一度、吸って、破顔した。
「お前がこんな気のきいたものが買えるようになるとはな」
 思わず、頭をかいて白状した。
「新之介に教えてもらいました」
「新発田藩の者だったか」
「はい、上山道場で知り合いました」
「ほう、腕は」
 苦笑いをしてしまった。
「実は全然でして。最近はさぼってばかりのようです。ただ、命を救われたことがありまして」
「なに、命を? そんな大事なことをなぜ、黙っていた」
 じろりと睨まれた。
「恥をさらすことになりますが、聞いてください」
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