1 / 7
試し斬り
しおりを挟む
日は高く、蔵の前に立っていても、影は一つもなく、じりじりと暑かった。
蔵の前の空いた場所に土壇が設けられ、その上に二つ重ねの死体が載せられていた。
二人の非人が死体を括った縄の両端を引っ張って、ずれないようにしていた。
そんな中、父は熨斗目麻裃を身につけ、涼しい顔で立っている。
刀を大きく振り上げ、振り下ろす。
ザシュッ。
いつでも、思ったより音が軽いなと思う。
そして、斬った瞬間に一気に腐敗臭が押し寄せてきた。これには慣れそうもない。
それでも、鼻を押さえたりはしない。
ただ、父の見事な剣技に目を見張るだけだ。
二人の非人が引っ張っていた縄から手を離した。非人が横に控えるのを待って、検分役はゆっくりと近づき、切り口を確かめた。
広縁に集まった屋敷の人々はお茶を飲んだり、煙草を吸いながら、気楽に見ていたが、急に静かになって、検分役の言葉を待った。
「二ツ胴にございます」
検分役が高らかに宣言すると、
「おおっ」
人々の間から喜びの声が上がる。
父は検分役に何か話しかけた。切れ味などを伝えているのだろう。
自分なら、と考える。
父と同じように構えず、平常心で斬れるだろうか。
いや、斬らなくてはならないのだが。
試し斬りや罪人の処刑を行う山田浅右衛門の弟子の一人として、早くに死体を斬る経験は済ませていた。
ただ、養子に入ってからは圧力を感じるようになった。浅右衛門という名の重みだ。
名刀を手に入れた大名たちは父に頼みたがる。
下手な者が斬ったせいで斬れる胴の数が減り、刀の評価が下がることを恐れているのだ。
父がこちらを見た。
もう帰るつもりらしい。
刀の試しを頼んだ屋敷の者が引きとめようとしているが、父は試し斬りの後に賂を受けようとはしない。
いつでもまっすぐ寺に寄って回向を頼んで帰るだけだ。
だが、その日はいつもと違っていた。
「どうも煙草が吸いたくなってしまった」
屋敷を出て、最初に見つかった茶店に父は腰を落ち着けた。
「先ほどのお屋敷でお吸いになればよろしかったのに」
荷物持ちについてきた小者の嘉助が言った。
町民が利用するような小さな茶店というのが、納得できないらしい。
父はゆっくりと首を振った。
「お前たちは団子でも食べなさい」
言われて、嘉助が店の女に注文する。
父はため息をついた。
「一振り目の刀ですか?」
たずねると、父は目を見張り、笑った。
「清五郎にはわかったか」
「はい、私にもわかるようなあんなひどい刀を父上に試させるとは」
「いや、お前の見る目があったということだ。見た目は立派だが、あんなものは刀とは言えん。図々しくも古徹の銘がつけられていた。騙されて、つかまされたのか、それとも、偽物とわかっていながら、浅右衛門の名が欲しかったのか。あんな刀の格付けのために亡骸を斬るなど。おまけに芝居でも見物するかのように煙草を吸いながら見ていた。いいか、我らは人の命を奪うものだ。亡骸を傷つけるものだ。だからこそ、罪人であろうが、亡くなっていようが、真摯に向き合わねばならぬ」
「わかりました」
寡黙な人だと思っていたが、養子になってみると、父は思ったよりも普通の人だった。
仕事の苦労を語ることもあれば、説教をすることもある。
「お待ちどお」
団子とお茶が出てきた。
大ぶりなみたらし団子だった。
私が団子に手をつけたのを見届けてから、嘉助が団子にかぶりつく。先ほどまで不満そうな顔をしていたのが嘘のようにうれしそうだ。
父は煙草入れを取り出すと、煙管に煙草を詰めた。
いつも使っている七寸ほどの簡素な煙管だ。羅宇は煤竹、雁首と吸い口は銀だが彫りもない。
話題を変えようと思い、たずねた。
「その煙管、ずいぶんお気に入りですね」
「ああ、凝った意匠はないが、手にぴたりとくる。それに吸い口がいいのだ。同じ煙草でもこれの方が美味く感じる」
一口吸うと、それだけで、父の顔が緩んだ。
「そういうものですか」
「お前も吸ってみるか?」
「いえ、結構です」
煙草を吸ったことはあるが、特に美味しいと思ったことはなかった。
その時の香りに比べると、この香りは濃厚なような気がする。
父は満足そうに煙草を吸っていた。
蔵の前の空いた場所に土壇が設けられ、その上に二つ重ねの死体が載せられていた。
二人の非人が死体を括った縄の両端を引っ張って、ずれないようにしていた。
そんな中、父は熨斗目麻裃を身につけ、涼しい顔で立っている。
刀を大きく振り上げ、振り下ろす。
ザシュッ。
いつでも、思ったより音が軽いなと思う。
そして、斬った瞬間に一気に腐敗臭が押し寄せてきた。これには慣れそうもない。
それでも、鼻を押さえたりはしない。
ただ、父の見事な剣技に目を見張るだけだ。
二人の非人が引っ張っていた縄から手を離した。非人が横に控えるのを待って、検分役はゆっくりと近づき、切り口を確かめた。
広縁に集まった屋敷の人々はお茶を飲んだり、煙草を吸いながら、気楽に見ていたが、急に静かになって、検分役の言葉を待った。
「二ツ胴にございます」
検分役が高らかに宣言すると、
「おおっ」
人々の間から喜びの声が上がる。
父は検分役に何か話しかけた。切れ味などを伝えているのだろう。
自分なら、と考える。
父と同じように構えず、平常心で斬れるだろうか。
いや、斬らなくてはならないのだが。
試し斬りや罪人の処刑を行う山田浅右衛門の弟子の一人として、早くに死体を斬る経験は済ませていた。
ただ、養子に入ってからは圧力を感じるようになった。浅右衛門という名の重みだ。
名刀を手に入れた大名たちは父に頼みたがる。
下手な者が斬ったせいで斬れる胴の数が減り、刀の評価が下がることを恐れているのだ。
父がこちらを見た。
もう帰るつもりらしい。
刀の試しを頼んだ屋敷の者が引きとめようとしているが、父は試し斬りの後に賂を受けようとはしない。
いつでもまっすぐ寺に寄って回向を頼んで帰るだけだ。
だが、その日はいつもと違っていた。
「どうも煙草が吸いたくなってしまった」
屋敷を出て、最初に見つかった茶店に父は腰を落ち着けた。
「先ほどのお屋敷でお吸いになればよろしかったのに」
荷物持ちについてきた小者の嘉助が言った。
町民が利用するような小さな茶店というのが、納得できないらしい。
父はゆっくりと首を振った。
「お前たちは団子でも食べなさい」
言われて、嘉助が店の女に注文する。
父はため息をついた。
「一振り目の刀ですか?」
たずねると、父は目を見張り、笑った。
「清五郎にはわかったか」
「はい、私にもわかるようなあんなひどい刀を父上に試させるとは」
「いや、お前の見る目があったということだ。見た目は立派だが、あんなものは刀とは言えん。図々しくも古徹の銘がつけられていた。騙されて、つかまされたのか、それとも、偽物とわかっていながら、浅右衛門の名が欲しかったのか。あんな刀の格付けのために亡骸を斬るなど。おまけに芝居でも見物するかのように煙草を吸いながら見ていた。いいか、我らは人の命を奪うものだ。亡骸を傷つけるものだ。だからこそ、罪人であろうが、亡くなっていようが、真摯に向き合わねばならぬ」
「わかりました」
寡黙な人だと思っていたが、養子になってみると、父は思ったよりも普通の人だった。
仕事の苦労を語ることもあれば、説教をすることもある。
「お待ちどお」
団子とお茶が出てきた。
大ぶりなみたらし団子だった。
私が団子に手をつけたのを見届けてから、嘉助が団子にかぶりつく。先ほどまで不満そうな顔をしていたのが嘘のようにうれしそうだ。
父は煙草入れを取り出すと、煙管に煙草を詰めた。
いつも使っている七寸ほどの簡素な煙管だ。羅宇は煤竹、雁首と吸い口は銀だが彫りもない。
話題を変えようと思い、たずねた。
「その煙管、ずいぶんお気に入りですね」
「ああ、凝った意匠はないが、手にぴたりとくる。それに吸い口がいいのだ。同じ煙草でもこれの方が美味く感じる」
一口吸うと、それだけで、父の顔が緩んだ。
「そういうものですか」
「お前も吸ってみるか?」
「いえ、結構です」
煙草を吸ったことはあるが、特に美味しいと思ったことはなかった。
その時の香りに比べると、この香りは濃厚なような気がする。
父は満足そうに煙草を吸っていた。
0
お気に入りに追加
0
あなたにおすすめの小説


永き夜の遠の睡りの皆目醒め
七瀬京
歴史・時代
近藤勇の『首』が消えた……。
新撰組の局長として名を馳せた近藤勇は板橋で罪人として処刑されてから、その首を晒された。
しかし、その首が、ある日忽然と消えたのだった……。
近藤の『首』を巡り、過去と栄光と男たちの愛憎が交錯する。
首はどこにあるのか。
そして激動の時代、男たちはどこへ向かうのか……。
※男性同士の恋愛表現がありますので苦手な方はご注意下さい


日本が危機に?第二次日露戦争
杏
歴史・時代
2023年2月24日ロシアのウクライナ侵攻の開始から一年たった。その日ロシアの極東地域で大きな動きがあった。それはロシア海軍太平洋艦隊が黒海艦隊の援助のために主力を引き連れてウラジオストクを離れた。それと同時に日本とアメリカを牽制する為にロシアは3つの種類の新しい極超音速ミサイルの発射実験を行った。そこで事故が起きた。それはこの事故によって発生した戦争の物語である。ただし3発も間違えた方向に飛ぶのは故意だと思われた。実際には事故だったがそもそも飛ばす場所をセッティングした将校は日本に向けて飛ばすようにセッティングをわざとしていた。これは太平洋艦隊の司令官の命令だ。司令官は黒海艦隊を支援するのが不服でこれを企んだのだ。ただ実際に戦争をするとは考えていなかったし過激な思想を持っていた為普通に海の上を進んでいた。
なろう、カクヨムでも連載しています。

if 大坂夏の陣 〜勝ってはならぬ闘い〜
かまぼこのもと
歴史・時代
1615年5月。
徳川家康の天下統一は最終局面に入っていた。
堅固な大坂城を無力化させ、内部崩壊を煽り、ほぼ勝利を手中に入れる……
豊臣家に味方する者はいない。
西国無双と呼ばれた立花宗茂も徳川家康の配下となった。
しかし、ほんの少しの違いにより戦局は全く違うものとなっていくのであった。
全5話……と思ってましたが、終わりそうにないので10話ほどになりそうなので、マルチバース豊臣家と別に連載することにしました。

幕府海軍戦艦大和
みらいつりびと
歴史・時代
IF歴史SF短編です。全3話。
ときに西暦1853年、江戸湾にぽんぽんぽんと蒸気機関を響かせて黒船が来航したが、徳川幕府はそんなものへっちゃらだった。征夷大将軍徳川家定は余裕綽々としていた。
「大和に迎撃させよ!」と命令した。
戦艦大和が横須賀基地から出撃し、46センチ三連装砲を黒船に向けた……。
北武の寅 <幕末さいたま志士伝>
海野 次朗
歴史・時代
タイトルは『北武の寅』(ほくぶのとら)と読みます。
幕末の埼玉人にスポットをあてた作品です。主人公は熊谷北郊出身の吉田寅之助という青年です。他に渋沢栄一(尾高兄弟含む)、根岸友山、清水卯三郎、斎藤健次郎などが登場します。さらにベルギー系フランス人のモンブランやフランスお政、五代才助(友厚)、松木弘安(寺島宗則)、伊藤俊輔(博文)なども登場します。
根岸友山が出る関係から新選組や清河八郎の話もあります。また、渋沢栄一やモンブランが出る関係からパリ万博などパリを舞台とした場面が何回かあります。
前作の『伊藤とサトウ』と違って今作は史実重視というよりも、より「小説」に近い形になっているはずです。ただしキャラクターや時代背景はかなり重複しております。『伊藤とサトウ』でやれなかった事件を深掘りしているつもりですので、その点はご了承ください。
(※この作品は「NOVEL DAYS」「小説家になろう」「カクヨム」にも転載してます)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる