176 / 191
アルク・ティムシーというドエム
アルク・ティムシーというドエム49
しおりを挟む
月明かりの下のテラスでの二人きりの舞踏会。
うっとりするほどロマンチックなシチュエーションのはずなのに、残念ながらそんなムードはすぐに霧散してしまう。
「あたっ! また、足踏んだ!」
「……悪ぃ」
「……下手くそ」
「…………………」
「あたたたた! それ、わざと! 今ぐりぐりしてるのは、絶対わざと!」
いくら音楽に合わせて私が上手に踊っても、すぐにデイビッドが足を踏んでしまってダンスが中断してしまうのだ。
……これ一体何度目だ?
うう……足の甲が悲惨なことに……。
「……しょうがないだろ」
デイビッドがどこか決まり悪そうに唇を尖らした。
「ほとんどダンスなんかしたことねぇし……授業で習ったのも女のパートだったし……」
視線を剃らして言い訳するデイビッドの姿が、まるで悪戯をした小さな男の子のようで、思わず吹き出してしまった。
「……しょうがないなぁ」
わざとらしく肩をすくませて、デイビッドの手を強く握る。
「私が教えてあげるよ、デイビッド。一から一でマンツーマンで」
……そんなデイビッドをかわいいと思ってしまうのだから、しょうがない。
貴族になるべく、完璧を目指しているデイビッドの、不完全な部分がいとおしい。
デイビッドは私の言葉に一瞬身を強張らせてから、わざとらしく溜め息を吐いた。
「……お前に教わるとか、屈辱的だな」
何それひどい! ここで、ツン出してくるか!?
「……だけど、そうだな」
あからさまにむくれる私に、小さく笑ってデイビットは握った手を、持ち上げた。
「――せっかくなので、ご教授お願いしマス。ルクレア・ボレア嬢?」
芝居がかった口調でそう言って、デイビッドはそっと私の手の甲に口付けた。
唇が触れた部分から、熱が全身に広がっていくのが分かった。
「……うん、いいよ。ルクレア・ボレアの名にかけて、私が完璧なダンスをデイビットに叩きこんであげマショウ」
――ああ、夜で良かった。どうしようもなく赤く染まった顔が、デイビッドにバレない。
「それじゃあ、まず基礎からおさらいしましょうか――ご主人サマ」
それでもきっと体中を広がるこの熱は、触れた部分から伝わってしまうだろうけど。
月夜のテラスでの、二人きりのダンス教室。
それは密かに夢見ていた状況ほど、美しくはない。
不器用で、どこか荒っぽいデイビッドのダンス。ダンスの技量なら、オージンの方がずっと上手だし、恐らく学園のほとんどの生徒がデイビットよりはましなダンスをするだろう。
だけど、そんなみっともないダンスが、踏まれて痛む足の甲が、それでもどうしようもなく、嬉しくて。
どうしようもなく、幸せで。
今まで数えきれないほどの数のダンスを、数えきれないほどの人達と踊ってきたけど、これほど楽しいダンスを、私は知らない。
思わず、締まりのない笑みが口元に浮かぶ。
「……なんだ、急に間抜けな面をして」
「いや……なんか楽しいなと思って」
私の言葉に、デイビッドは少し思案するように黙りこんだ。
「……ああ、そうだな。悪くねぇ」
ぶっきらぼうに言い放ちながら、デイビットは表情を隠すように月を見上げる。
「悪くねぇ、時間だ」
私もまた、デイビッドの視線を追うように、月を見上げた。
夜空に高く浮かぶ、まん丸の月が、どうしようもないくらいに綺麗だった。
――もう、否定できないな。
勘違いだなんて、ただのストックホルム症候群だなんて、そうやって自分を誤魔化すのはもう、限界だ。
「――月が、綺麗だね。デイビッド」
デイビッドが、好きだ。
どうしようもないほど、好きだ。
どうしようもないくらいに――恋をしている。
「? ああ、そうだな」
私の言葉の意味も知らず同意するデイビッドに、小さく笑いかけて、目を伏せる。
――だからこそ、ちゃんと向き合わないと、いけない。
私に月が綺麗だと言ってくれた、あの人と。
うっとりするほどロマンチックなシチュエーションのはずなのに、残念ながらそんなムードはすぐに霧散してしまう。
「あたっ! また、足踏んだ!」
「……悪ぃ」
「……下手くそ」
「…………………」
「あたたたた! それ、わざと! 今ぐりぐりしてるのは、絶対わざと!」
いくら音楽に合わせて私が上手に踊っても、すぐにデイビッドが足を踏んでしまってダンスが中断してしまうのだ。
……これ一体何度目だ?
うう……足の甲が悲惨なことに……。
「……しょうがないだろ」
デイビッドがどこか決まり悪そうに唇を尖らした。
「ほとんどダンスなんかしたことねぇし……授業で習ったのも女のパートだったし……」
視線を剃らして言い訳するデイビッドの姿が、まるで悪戯をした小さな男の子のようで、思わず吹き出してしまった。
「……しょうがないなぁ」
わざとらしく肩をすくませて、デイビッドの手を強く握る。
「私が教えてあげるよ、デイビッド。一から一でマンツーマンで」
……そんなデイビッドをかわいいと思ってしまうのだから、しょうがない。
貴族になるべく、完璧を目指しているデイビッドの、不完全な部分がいとおしい。
デイビッドは私の言葉に一瞬身を強張らせてから、わざとらしく溜め息を吐いた。
「……お前に教わるとか、屈辱的だな」
何それひどい! ここで、ツン出してくるか!?
「……だけど、そうだな」
あからさまにむくれる私に、小さく笑ってデイビットは握った手を、持ち上げた。
「――せっかくなので、ご教授お願いしマス。ルクレア・ボレア嬢?」
芝居がかった口調でそう言って、デイビッドはそっと私の手の甲に口付けた。
唇が触れた部分から、熱が全身に広がっていくのが分かった。
「……うん、いいよ。ルクレア・ボレアの名にかけて、私が完璧なダンスをデイビットに叩きこんであげマショウ」
――ああ、夜で良かった。どうしようもなく赤く染まった顔が、デイビッドにバレない。
「それじゃあ、まず基礎からおさらいしましょうか――ご主人サマ」
それでもきっと体中を広がるこの熱は、触れた部分から伝わってしまうだろうけど。
月夜のテラスでの、二人きりのダンス教室。
それは密かに夢見ていた状況ほど、美しくはない。
不器用で、どこか荒っぽいデイビッドのダンス。ダンスの技量なら、オージンの方がずっと上手だし、恐らく学園のほとんどの生徒がデイビットよりはましなダンスをするだろう。
だけど、そんなみっともないダンスが、踏まれて痛む足の甲が、それでもどうしようもなく、嬉しくて。
どうしようもなく、幸せで。
今まで数えきれないほどの数のダンスを、数えきれないほどの人達と踊ってきたけど、これほど楽しいダンスを、私は知らない。
思わず、締まりのない笑みが口元に浮かぶ。
「……なんだ、急に間抜けな面をして」
「いや……なんか楽しいなと思って」
私の言葉に、デイビッドは少し思案するように黙りこんだ。
「……ああ、そうだな。悪くねぇ」
ぶっきらぼうに言い放ちながら、デイビットは表情を隠すように月を見上げる。
「悪くねぇ、時間だ」
私もまた、デイビッドの視線を追うように、月を見上げた。
夜空に高く浮かぶ、まん丸の月が、どうしようもないくらいに綺麗だった。
――もう、否定できないな。
勘違いだなんて、ただのストックホルム症候群だなんて、そうやって自分を誤魔化すのはもう、限界だ。
「――月が、綺麗だね。デイビッド」
デイビッドが、好きだ。
どうしようもないほど、好きだ。
どうしようもないくらいに――恋をしている。
「? ああ、そうだな」
私の言葉の意味も知らず同意するデイビッドに、小さく笑いかけて、目を伏せる。
――だからこそ、ちゃんと向き合わないと、いけない。
私に月が綺麗だと言ってくれた、あの人と。
0
お気に入りに追加
433
あなたにおすすめの小説
痩せすぎ貧乳令嬢の侍女になりましたが、前世の技術で絶世の美女に変身させます
ちゃんゆ
恋愛
男爵家の三女に産まれた私。衝撃的な出来事などもなく、頭を打ったわけでもなく、池で溺れて死にかけたわけでもない。ごくごく自然に前世の記憶があった。
そして前世の私は…
ゴットハンドと呼ばれるほどのエステティシャンだった。
とあるお屋敷へ呼ばれて行くと、そこには細い細い風に飛ばされそうなお嬢様がいた。
お嬢様の悩みは…。。。
さぁ、お嬢様。
私のゴッドハンドで世界を変えますよ?
**********************
転生侍女シリーズ第三弾。
『おデブな悪役令嬢の侍女に転生しましたが、前世の技術で絶世の美女に変身させます』
『醜いと蔑まれている令嬢の侍女になりましたが、前世の技術で絶世の美女に変身させます』
の続編です。
続編ですが、これだけでも楽しんでいただけます。
前作も読んでいただけるともっと嬉しいです!
だってお義姉様が
砂月ちゃん
恋愛
『だってお義姉様が…… 』『いつもお屋敷でお義姉様にいじめられているの!』と言って、高位貴族令息達に助けを求めて来た可憐な伯爵令嬢。
ところが正義感あふれる彼らが、その意地悪な義姉に会いに行ってみると……
他サイトでも掲載中。
悪役令嬢が死んだ後
ぐう
恋愛
王立学園で殺人事件が起きた。
被害者は公爵令嬢 加害者は男爵令嬢
男爵令嬢は王立学園で多くの高位貴族令息を侍らせていたと言う。
公爵令嬢は婚約者の第二王子に常に邪険にされていた。
殺害理由はなんなのか?
視察に訪れていた第一王子の目の前で事件は起きた。第一王子が事件を調査する目的は?
*一話に流血・残虐な表現が有ります。話はわかる様になっていますのでお嫌いな方は二話からお読み下さい。
家庭の事情で歪んだ悪役令嬢に転生しましたが、溺愛されすぎて歪むはずがありません。
木山楽斗
恋愛
公爵令嬢であるエルミナ・サディードは、両親や兄弟から虐げられて育ってきた。
その結果、彼女の性格は最悪なものとなり、主人公であるメリーナを虐め抜くような悪役令嬢となったのである。
そんなエルミナに生まれ変わった私は困惑していた。
なぜなら、ゲームの中で明かされた彼女の過去とは異なり、両親も兄弟も私のことを溺愛していたからである。
私は、確かに彼女と同じ姿をしていた。
しかも、人生の中で出会う人々もゲームの中と同じだ。
それなのに、私の扱いだけはまったく違う。
どうやら、私が転生したこの世界は、ゲームと少しだけずれているようだ。
当然のことながら、そんな環境で歪むはずはなく、私はただの公爵令嬢として育つのだった。
転生悪役令嬢は冒険者になればいいと気が付いた
よーこ
恋愛
物心ついた頃から前世の記憶持ちの悪役令嬢ベルティーア。
国の第一王子との婚約式の時、ここが乙女ゲームの世界だと気が付いた。
自分はメイン攻略対象にくっつく悪役令嬢キャラだった。
はい、詰んだ。
将来は貴族籍を剥奪されて国外追放決定です。
よし、だったら魔法があるこのファンタジーな世界を満喫しよう。
国外に追放されたら冒険者になって生きるぞヒャッホー!
オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!
みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した!
転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!!
前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。
とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。
森で調合師して暮らすこと!
ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが…
無理そうです……
更に隣で笑う幼なじみが気になります…
完結済みです。
なろう様にも掲載しています。
副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。
エピローグで完結です。
番外編になります。
※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。
【完結】攻略を諦めたら騎士様に溺愛されました。悪役でも幸せになれますか?
うり北 うりこ
恋愛
メイリーンは、大好きな乙女ゲームに転生をした。しかも、ヒロインだ。これは、推しの王子様との恋愛も夢じゃない! そう意気込んで学園に入学してみれば、王子様は悪役令嬢のローズリンゼットに夢中。しかも、悪役令嬢はおかめのお面をつけている。
これは、巷で流行りの悪役令嬢が主人公、ヒロインが悪役展開なのでは?
命一番なので、攻略を諦めたら騎士様の溺愛が待っていた。
どうして私が我慢しなきゃいけないの?!~悪役令嬢のとりまきの母でした~
涼暮 月
恋愛
目を覚ますと別人になっていたわたし。なんだか冴えない異国の女の子ね。あれ、これってもしかして異世界転生?と思ったら、乙女ゲームの悪役令嬢のとりまきのうちの一人の母…かもしれないです。とりあえず婚約者が最悪なので、婚約回避のために頑張ります!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる