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アルク・ティムシーというドエム

アルク・ティムシーというドエム14

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「いや、つい出来心でね。申し訳ないよ……だけど君の名を汚すようなことはしていないはずだけど?」

 いけしゃあしゃあと言ってのけるオージンに、よけい腹が立つ。
 確かに収集させた噂は全て、「オージン・メトオグがルクレア・ボレアに一方的に岡惚れしている」 というものばかりで、私がオージンをたぶらかした等の私を貶めるようなものは耳に入らなかった。

 ……まあ思ってはいたとしても、私の報復を恐れて口に出せないというのもおおいにあるだろうが、それにしてもここまで噂がぶれることがないのは異常だ。噂というのは伝播するうちにねじ曲げられ、悪意をまぶされ、変質するものだから。

 十中八九、オージンが情報操作を行っているのだろう。私の逆鱗に触れない、ぎりぎりのラインを見極めたうえで。
 事前許可など求めても、私が応じるはずがないと分かっていたが故に、私から縁遠い生徒を中心に先に噂を流して、私が否定できない状況にしたのだ。実に小賢しい。

 真偽はどうであれ、高位貴族に想いを寄せられるという噂は貴族令嬢にとっては名誉なことであるのも事実だから、頭ごなしに怒れないことも分かって行動しているのが、一層小賢しい。

「……お陰で、パートナーの申込みが全くありませんでしたけど?」

「いくら私のことが噂になっているからってそれでも君のパートナーになりない気骨がある貴族なら、躊躇わずに申込んでいただろう? そう、それこそメネガ卿のようにさ。取捨選択出来て良かったのではないかい」

 ……くそ、盗人猛々しいとはまさにこういう奴のことを言うんだな。完全に開き直ってやがる。
 しかもここで、敢えてマシェルの名を出してくるあたりが、本当に良い性格しているよ。

 ああ゛ー、ムカつくっっ!


「――そんな噂を流して本当に私を婚約者に、なんて話が出ても知りませんからね」

 しかし、ここで怒りを露にするのは小物臭がはんぱないので、耐える。
 びー・くーるだ、私。びー・くーる。

 挑発的に口端をあげて横目で睨み付けてみるものの、オージンはあくまで平静だ。

「君を溺愛しているボレア家当主が、君の望まぬ婚姻を強いるはずがないだろう。それに、ショムテ叔父上と私が対立している現状で、まだどちら側につくか決めかねているだろうし。現段階で私と君を結婚させるのは、私側にはメリットは大きいけれど、ボレア家としては旨味が少ない。君が私に惚れ込んで、婚姻を切望しない限り、まずあり得ないさ。……だけどね、そうだな」

 少し考え込むように口元に手をあてた後、オージンはくすりと微笑む。

「そんな状況でもし万が一君が私に恋をしたりなんかしたら、その時はちゃんと責任を取る覚悟はあるよ」

 ぞわっと、全身にサブいぼが立った。

「……天地が引っ繰り返っても起こりえない心配をして下さり、お気遣いアリガトウゴザイマス」

「おや、随分とつれないね。本気なのに」

「……心に他の誰かを宿した男に、同情で連れ添って貰うなんて、私は死んでもごめんですわ」

「まぁ、君ならそういうと思ってたけど」

 ……冗談にしても性質が悪い冗談だと思う。怒りを通り越して、最早気持ち悪くなってきたよ。……うう、悪寒が……。
 私がオージンに惚れるだなんて、想像しただけで悪夢だ。ありえん。

「だけどね、ルクレア嬢。……本音を言うと、私は君に婚約者になってもらいたいとはずっと思っている」

 ……そんな真剣な声色で今度は何を言い出すんだ!?と、ぎょっとしてオージンの方を見る。
 だけどその顔がどこまでも真顔で目の奥が覚めていることに気づき、途端まるで瞬時に熱が引いたかのように平静になった。

 ……あぁ、そういうことね。

「――期限付きのと、そういうわけですの?」

「ああ、勿論。加えて、式を使って婚姻まで君には指一本触れないという誓約もしたうえでの婚約だ」

「例え貞節が守られたことは周知の事実だったとしても、私が婚約者を寝取られる哀れな被害者の立場を甘んじると本気で思ってらっしゃいますの?」

「そんな悪評を遥かに凌駕する利点があるというのなら、あるいは、ね」

 オージン、こいつ、卒業後まで私を傀儡にすること、企んでやがる。
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